「お、見えてきたな」
グランのブリッジにある映像モニタで、遠くに見えるのは火星。
地球を出発してからは特に何の問題もなく、無事に火星に到着出来た。
しかも、アリアドネのある航路を通ってだ。
アリアドネのある航路と、高密度デブリ帯。
そのどちらを通るのかというのは、最初それなりに問題になった。
ただ、最終的にはノブリスの一件があるということで、今回は出来るだけ早く火星に戻るのを優先した結果、アリアドネのある航路を通る事になったのだ。
勿論、マクギリスにも連絡はしてある。
もっとも、向こうは現在忙しいのでリアルタイムのやり取りではなく、伝言という形でだったが。
なので、アリアンロッド艦隊のMS隊で撃破したMSのコックピットに入っていた死体も、現在はまだ空間倉庫の中にあるんだよな。
ちなみにその死体は当然ながらコックピットから取り出した状態で収納されている。
色々と厄介な死体もあったが……どうせいつかはやらないといけない事だし、火星に到着するまでの間、特にやる事もなかった。
そんな訳で、実は火星に到着するまでの間はそれなりに急がしたかったんだよな。
グレイズを出しては、コックピットを開けて死体を取り出すという作業があったので。
それ以外にも、撃破したグレイズの中でも損傷の軽い機体は修理をしたり、損傷の大きな機体は解体して部品取り用にしたりといったように。
……何しろ、空間倉庫を使えるのは俺だけだ。
その為、それらの作業をするには俺がいないといけない訳で。
それ以外にも、いつもより時間を掛けて呪いの解呪をしたりもした。
正直なところ、自分では解呪が進んでいるのかどうかは分からない。
分からないが、それでもシーラの見立てでは間違いなく進んでいるらしい。
他にも召喚魔法で狛治を呼んで情報交換をしたり。
ちなみに、この世界の時間の流れはかなり遅いらしい。
ゲートが無事に起動すれば時間の流れも同じになるのだが、そういう意味ではこの世界の時間の流れが遅いというのは悪い話ではない。
特に呪いの件でレモン達を心配させている今となっては特に。
そんな諸々、やるべき事をやっていたので、何だかんだとゆっくり出来た気はしない。
「アクセルさん、ハンマーヘッドから通信です」
ブリッジにいたフミタンの言葉に頷く。
すると映像モニタに名瀬が映し出される。
『兄貴、ようやく戻ってきたな』
「いや、何でお前がしみじみといった様子で言うんだよ?」
名瀬はタービンズを率いる身で、テイワズの参加組織だ。
つまり本拠地はこの火星ではなく木星になる訳だ。
なのに、何故かようやく戻ってこられたといった様子を見せている。
『そう言われても、地球であった諸々……いや、地球に向かってからの諸々を考えると、やっぱりようやく戻ってきたように思っても仕方がないだろう? 兄貴もそう思ってるんじゃないか?』
「それは否定出来ないな」
火星を出発してから起こった諸々は、それこそ腹一杯といった感じだ。
とはいえ、その諸々の中にはテイワズでの出来事も入ってるんだが。
そして俺達をテイワズの本拠地である歳星に連れていったのは、結局のところ名瀬が影響している。
そんな俺の視線に何かを感じたのか、名瀬は帽子で顔を隠す。
名瀬の隣では、アミダが面白そうに笑みを浮かべていた。
この2人は、まさにお互いに最高のパートナーといった感じだな。
多分だが、俺に対するレモンのような、そんな存在なのだろう。
最も男女関係というのは色々と複雑だ。
あくまでも俺がそう思うだけで、実際には違っている可能性も十分にあるのだが。
「それで、何で通信を?」
『いや、火星も見えてきたから、これからの事を相談したくてな。兄貴もやる事があるんだろう?』
「まぁ、そうだな」
戻って拠点の連中を安堵させたり、あるいは俺達がいない間に拠点で一体どういう事が起きたのかを聞いたり。
クーデリア達を家まで送る必要もあるだろう。
他にも色々とあるが……そんな中で忘れてはいけないのは、やはりノブリスの件だ。
何しろノブリスから落とし前としてどれだけのMSやMW、あるいは財産を引っ張れるのかは、アーブラウ軍を作るのに大きく影響してくるのだから。
MSが足りなければ、テイワズから購入したり、あるいはジャンマルコが言っていたようにタントテンポから購入する必要があった。
その辺の手続きとかもする必要があるし、何よりアーブラウとの関係についての話を広める必要もある。……これは俺じゃなくてクーデリアの仕事になるだろうが。
ともあれ、やるべき事が大量にあるのは間違いない。
『だろう? だから、今のうちに話しておこうと思ったんだよ。……俺も、いつまでも火星にいるって訳にもいかないし。色々と報告はしてるが、歳星に戻って詳細な報告をする必要もあるしな』
「だろうな」
名瀬の言葉には俺もそう返すしかない。
実際、俺達と一緒に行動した事によって起きた色々な件については、マクマードに報告する必要があるだろうし。ただ……
「魔法については、マクマードだけにしておいてくれよ」
俺が魔法を使えるというのをジャスレイとかが知ったら、何をするか分からない。
だからこそ、ここで名瀬には念を押しておく。
『それは分かってるけど……そうなると色々と説明が難しいんだけどな』
困ったといった様子の名瀬。
まぁ、蒔苗を連れてエドモントンに転移したとか、その辺についてはどう説明するのか難しいところではあるだろうが。
とはいえ、それについては実際にどうにかして欲しいとしか言えない。
ジャスレイが転移魔法について知ったら、こっちに都合の悪い事しかしそうにないし。
「それでも俺からの要望を変えることは出来ないな。それは分かるだろう? ……もし馬鹿正直に全てを報告したら、最悪シャドウミラーとテイワズが正面からぶつかるような事になるかもしれないぞ?」
そう脅す。
とはいえ、これは決して妄想とかではない。
ジャスレイの性格を考えれば、本当に最悪の場合はそういう事をしてもおかしくはないのだから。
ジャスレイもテイワズのNo.2である以上、決して無能という訳ではない。
だが、それでも俺達にちょっかいを出してきた事を思えば……うん。転移魔法とかについて知った時、どのような反応をするのかは容易に想像出来てしまうのも事実。
商人というか、金稼ぎの才能は文句ないんだけどな。
そして組織に……それもテイワズ程の組織ともなれば、そういう才能が必要なのは間違いのない事実ではある。
だが、その手の才能があっても性格的な問題が……いやまぁ、俺がテイワズ内部の事について心配するのは筋が違うか。
マクマードもそれを承知の上でジャスレイをNo.2にしてるんだろうし。
つまり、マクマードにはジャスレイを暴走させないように出来るという自信があるのだろう。
なら、その件について俺が何かを言う必要はない。
……ただし、名瀬と話しているように俺の転移魔法について、あるいはそれを知らなくても俺と揉めた一件で恨みに思って何かを仕掛けて来るようなら、こっちも相応の対応をする必要があるだろうが。
それは名瀬にも分かっているのだろう。
俺の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
まぁ、テイワズ系の組織の中でシャドウミラーの、そして俺の実力を一番知ってるのは名瀬だしな。
だからこそ、もしシャドウミラーとテイワズが戦いになった時にどれだけの被害が出るのかが予想出来てしまうのだろう。
いや、被害程度ではすまないだろう。
俺が歳星でマクマードに言った、俺だけでテイワズを壊滅させる事が出来るというのは、嘘でも何でもない。
実際、模擬戦で俺の実力は見せつけているし。
その辺の事情を思えば、マクマードや名瀬が俺と敵対したいとは思わないだろう。
……だからこそ、ジャスレイの暴走が心配なのだろうが。
『分かったよ。出来る限り気を付ける』
「そうしてくれ。それで火星に到着したら、どうするんだ? そのまま歳星に戻るのか、それとも火星に寄って行くのか。さっきは出来るだけ早く歳星に戻るって言ってたけど」
『一応寄っていきたいと思ってる。ノブリスの落とし前の件についてある程度確認しておきたいし』
「そうか。なら、俺達と一緒に下りる事になるな。俺としては、出来ればあまりノブリスから毟り取って欲しくはないけど」
ノブリスにはアーブラウ軍を作る為の資金や物資を出して貰う必要がある。
だからこそ、出来ればあまりテイワズに毟り取って欲しくはない訳だが……
『俺に言われても』
「だろうな」
既に落とし前の件は終わってる以上、ここで名瀬に不満を言っても仕方がない。
後は実際に自分の目で確認して確かめるだけだ。
その後も名瀬と少し話し、ついでにオルガも呼んで話をするのだった。
「ようやく火星ですか。少し感慨深いものがありますね」
グランの食堂で、クーデリアがお茶を飲みながらそう呟く。
「お嬢様は頑張っていましたから」
そんなクーデリアに、フミタンが微かに笑みを浮かべつつ、そう言う。
フミタンにとっても、今回の地球行きの件は色々と……それはもう色々とあった。
何しろ自分がノブリスの手の者だというのがクーデリアに知られてしまったのだから。
だが、クーデリアはそんなフミタンを受け入れた。
それによって、フミタンはノブリスとの関係を切ってクーデリアに尽くす事になったのだ。
もし地球に行っていなければ、そういう展開はなかっただろう。
もっとも、その場合はフミタンがノブリスの手の者だというのを知られるような事もなかっただろうが。
……そうなると、フミタンはクーデリアに隠し事をし続けていたのか。
そういう意味でも、やはり地球に行ってよかったんだろうな。
「ありがとう、フミタン。でも、フミタンが私に協力してくれたからというのもあるのよ?」
クーデリアの言葉に、フミタンが微笑ではなく本物の笑みを浮かべる。
「お嬢様だからこそ、私もそうしたいと思ったのです」
「ふふっ、私もフミタンに負けないように頑張らないとね。……特に火星に戻ってからは、色々と大変ですし」
俺達もノブリスの落とし前の件であったり、あるいは地球に行っていた間に残してきたシャドウミラーの面々がどうしていたのかとか、他にも色々とやるべき事がある。
だが、クーデリアはクーデリアで、色々とやるべき事があるのも事実だった。
アーブラウとの間でハーフメタルの関税とかそういうのが是正される事になったものの……ぶっちゃけ、実際にはクーデリアにそういう権限はないんだよな。
クーデリアは独立の象徴、革命の乙女、火星のジャンヌ・ダルク……そんな風に言われてはいるが、何らかの公的な立場についている訳ではない。
そのような立場にあるのは、クーデリアではなくクーデリアの父親だ。
火星の……より正確にはアーブラウの植民地であるクリュセ自治区の代表首相クーデリアの父親のノーマンなのだが、そのノーマンは自分の地位を守る為にあっさりとギャラルホルンにクーデリアを売り渡してるしな。
そういう意味では、ノーマンをどうにかしないと正式に火星の……クリュセ自治区とアーブラウの関係は正常化しない。
つまりクーデリアは、自分を売り払った父親をこれから説得する必要があるのだ。
クーデリアにしてみれば、自分を売ったとはいえ、相手は父親だ。
そうである以上、これからの事が大変なのは間違いないだろう。
「そっちの方で大変だったら、こっちも協力するぞ?」
「……それは嬉しいのですが、まずは自分の力でやってみます」
そうきっぱりと言い切る。
その目には強い意思を示すかのような光があった。
クーデリアの目を見れば、恋人だからといってここで俺が無理に手伝うというのは違うだろう。
寧ろ恋人だからこそ、クーデリアが助けて欲しいと自分から言ってくるまでは、クーデリアのやりたいようにやらせればいい。
ぶっちゃけ、クーデリアやフミタンから聞いたノーマンの性格からすると、脅せばあっさりとこっちの言いなりになる気がする。
それこそ毎晩のようにベッドの近くにナイフとかを突き刺し、そこにメッセージを置いておけば、あっさりとこっちの要望に従うだろう。
クーデリアにしてみれば、そういう方法で父親に言う事を聞かせたいとは思わないだろうが。
その辺については、クーデリアが自分でやりたいようにやればいいのだから。
「そうか、分かった。なら、クーデリアのやりたいようにやったらいい。……ただ、どうしようもなくなったら、きちんと頼れよ。俺はただの仲間という訳じゃなく、恋人なんだから」
そう言うと、クーデリアの頬が赤く染まる。
クーデリアにしてみれば、まだそういうのに慣れていないのだろう。
それでもこれからの事を思えば、いずれ慣れるのだろう。
もしくは、一夜を共にすれば……まぁ、それはもう少し後での話だろうな。
そんな風に思いつつ、俺はクーデリアやフミタンと会話を続けるのだった。