あーそーぼと声を掛けてから、ふと『俺、アクセル。今扉の前にいるの』とか言った方がよかったかと思う。
……もっとも、そんな風に言われたところで中にいる者達が喜ぶとは思えないが。
「ひっ、ひぃっ!」
扉の隙間から聞こえてきたのは、ノブリスの悲鳴か、あるいはノブリスと一緒に地下シェルターに入っている者の悲鳴か。
ノブリスと一緒に地下シェルターに入るのを許されたという事は、恐らくノブリスにとっても腹心とか側近とか、そういう感じの人物なのだろう。
スライムを通して聞こえてきた会話からも、ノブリスのイエスマンという訳ではなかったようだし。
そんな風に思いつつ、俺は力だけで強引に扉と壁の間の隙間を広げていき……やがて人が1人入るくらいなら問題ないくらいの隙間となる。
隙間から地下シェルターの中に入ると……
ガン!
そんな音がする。
同時に、俺の掌の中には銃弾。
「……」
視線を向けると、そこには拳銃を持ったノブリスの姿があった。
何が起きたのか全く理解出来ない様子で俺の方を見ている。
そんなノブリスに対し、掌を開く。
するとカランという音と共に、俺が握っていた銃弾が床に落ちる。
「な……」
そこでようやくノブリスも何が起きたのか理解したのだろう。
信じられないといった様子で口を大きく開け、俺を見てくる。
残念ながら、今のこの状況は間違いなく現実であって、夢でも何でもないのだが。
「さて、歓迎はもう終わりか? それなら、そろそろ本題に入りたいんだが?」
そう聞くと、ノブリスはビクリとする。
そして焦ったように口を開く。
「な……何のつもりだ! 儂はお前達に便宜を図ってきた。それはお前も承知の上だろう。儂のおかげでシャドウミラーというPMCを起ち上げる事も出来たし、会社の体裁を整え、装備品も多く融通した。であれば、このような事をされるいわれはない!」
叫んでいるうちに、ノブリスも興奮してきたのだろう。
その顔が真っ赤に染まっている。
そんなノブリスから視線を逸らし、もう1人の男……ノブリスの腹心なのだろう男に視線を向けると、視線が合うと腰が抜けたのか床に座り込む。
こっちは取りあえず気にしなくてもいいか。
ノブリスの腹心なら、それこそこっちの隙を突いて何か動くのかと思ったんだが、どうやらそういう感じではないらしい。
まぁ、それならそれでノブリスとのやり取りに集中出来るから、構わないが。
それにもし不意を突いて攻撃しても、俺なら反応は出来る。
……反応しなくても、銃弾で俺にダメージを与えるような事は出来ないし。
そう判断すると、ノブリスに集中する。
「そうだな。ノブリスにはシャドウミラーを作る上で世話になった。実際、ノブリスの力がなければ、シャドウミラーを作るにしても、もっと時間が掛かっただろうし」
何しろ、シャドウミラーのベースとなったのはブルワーズだ。
過激な者達とか、俺に従うのは嫌だ、海賊ではなくPMCをやるというのに反対する者は出て行ったが、それでも元ブルワーズがベースとなっているのは変わらない。
そんな集団が……ましてや、俺やマーベル、シーラは異世界から来た存在で、戸籍も存在しないのだから、そう簡単に会社を……それもMSやMWを使うPMCを起ち上げるというのはかなり難しいだろう。
それをノブリスが手を回し、シャドウミラーの起ち上げに協力したのだ。
他にも必要な武器弾薬、MW……後はMSやエイハブ・リアクターの売買についてテイワズとの間に入って貰ったりもした。
それは間違いないし、これでこちらにとっても大きな利益になったのは間違いないが……
「だが、その代わりにお前もその分儲けただろう?」
これもまた、事実。
俺達の活動によって、ノブリスには俺達と同等か、それ以上の利益をもたらした筈だ。
「それは……だが、だからといって、このようにあっさりと恩人である儂に対してこのような真似をしてもいいと? それでは、PMCとしての信頼についてもどうなるか分からんぞ」
「だろうな。確かにそっちに何も問題がなければ、今回の一件で恩知らずという風に思われるだろう。……何もなければ、な」
「……」
俺の言葉にノブリスが黙り込む。
俺が何を言いたいのか理解したのだろう。
「クーデリアに対して、フミタンをスパイにしていた。……これはまぁ、いい」
実際にはよくないが、今回の件について……シャドウミラーについての裏切り行為という訳ではない。
クーデリアの恋人である身としては、色々と……本当に色々と思うところがない訳でもなかったが。
とはいえ、クーデリアはシャドウミラーに所属していた訳ではない以上、責める事は出来ないが。
しかし、それはあくまでもフミタンをスパイにしていた件だ。
「ドルトコロニーの件を忘れたのか? 俺達……シャドウミラーと鉄華団を騙して、ドルトコロニーに武器を運ばせたな? しかもドルトコロニーで工作をして、フミタンを犠牲にする事で騒動を……場合によっては内乱を起こそうとした。その落とし前に来たんだよ。言っておくが、テイワズに対しての落とし前と一緒って訳じゃないからな」
そう言うと、ノブリスの表情が苦々しげなものに変わる。
この期に及んで苦々しげというのは、図太いと言うべきか。
普通なら、苦々しげではなく顔色を青く、あるいは白くするだろう。
「……その件で騙したのは鉄華団であって、シャドウミラーは関係ない筈だが?」
「武器を運ばせたのはそうだろうが、内乱に巻き込もうとした件については俺達もきっちりと巻き込まれている。それに、鉄華団を率いるオルガとは兄弟分の杯を交わしたんだ。それだけでも俺が落とし前を付けるために動くのはおかしくないだろう?」
「話は分かった。それで、一体何が望みだ?」
お? これ以上はもうどうしようもないと諦めたのか?
素直にそう言ってくれるのは、こっちとしても助かる。
「そうだな。俺達はノブリスも知っての通り、アーブラウとの交渉で地球に行っていた。その交渉は上手く纏まり、ハーフメタルの関税とかの諸々についてもクリュセ自治区では改善するだろう」
そう聞いても、ノブリスはピクリとも表情を動かさない。
それは別にそこまで不思議ではないが。
俺達が地球で交渉を成功させてからも、それなりに地球にいた。
その間にアリアドネを使って情報を入手しても、おかしくはないのだから。
ノブリス程の武器商人であれば、地球にも多少の情報網はあるだろうし。
そしてアーブラウのニュースとか新聞では蒔苗の代表就任と共に、クリュセ自治区での扱いについても大々的に報じられていたし。
表情を動かさないノブリスに対し、言葉を続ける。
「そして交渉が終わった後で、俺達は蒔苗から新しい取引を持ち掛けられた」
「……新しい取引だと?」
どうやらこちらについては知らなかったらしく、訝しげな声を出す。
一体どういう取引なのか、分からないのだろう。
「そうだ。詳細は伏せるが、アーブラウはこれからギャラルホルンに完全に頼るのではなく、自分達の国軍を作る事を決めた。そのアドバイザーというか、軍事顧問をしてくれないかとな」
「それは……」
その言葉を聞いた瞬間、ノブリスの目が鋭くなる。
無理もないか。
武器商人のノブリスにとって、国軍を作るという行為は文字通りの意味で金になる行為だ。
……実際、もしノブリスが俺達を利用しようとしていなければ……ドルトコロニーの一件がなければ、アーブラウの国軍を作る件について相談していただろうし、頼りにしていただろう。
フミタンの件について思うところはあるが、その件についてはシャドウミラーとしては関係ないし。
だが……それはあくまでもドルトコロニーの一件がなければの話だ。
「そんな訳で、ノブリスには落とし前として軍を作るのに必要な物資やMS、MWを提供して貰う」
「待て! 提供だと? それでは……」
「そうだな。ノブリスの一方的な支出になる。勿論、足りない分は財産を処分してでも金にして、買って貰うがな」
「な……」
俺の言葉に、絶句するノブリス。
無理もないか。
かなり有名な武器商人とはいえ、国軍を作る必要物資を全て寄越せと、そう言われて素直に頷ける筈もない。
だからといって、こっちも手加減をするつもりは全くないのだが。
「それとも、死ぬか? 落とし前をつけられないようなら、そうなって貰うしかないか」
そう言い、俺はこれ見よがしに手を握ってみせる。
普通ならそんな光景を見たところで、どうという事はないだろう。
だが、ノブリスは俺が金属の扉を……それも重機関銃で撃っても破壊どころか殆ど傷が付かないような頑丈な扉を、素手で破壊出来るという……ノブリスにしてみれば、それは一体何の冗談だ? と言ってもおかしくはないような、そんな身体能力の持ち主である俺の行動。
それだけに、ノブリスが俺の行動の意味をしっかりと理解し……それでも表情を変えないのはさすがだ。
もっとも表情は変わっていないものの、その額には冷や汗が大量に浮かんでいるが。
つまりノブリスは何とか表情を変えないように頑張ってはいるものの、それも限界に来ているのだろう。
「それで、状況は理解したな? ちなみにお前が俺を殺す事が不可能なのも、それで理解した筈だ」
そう言い、床に転がっている銃弾……ノブリスが撃ち、俺が素手で受け止めた銃弾に視線を向ける。
ノブリスにしてみれば、それこそトリックだとか何とか言いたくなるかもしれないが、トリックでも何でもない現実だ。
いやまぁ、混沌精霊であるというのがトリックだと言われればそうかもしれないが。
「……儂がお前達を嵌めたとして、その落とし前としては大きすぎるとは思わないか?」
「俺としては妥当な金額だと思うけどな」
そう言うと、ノブリスは苦々しげな表情を浮かべる。
とはいえ、実際俺を敵に回したと考えれば、そう間違っていないとは思うんだが。
ノブリスが俺の力をどこまで理解しているかによって、その判断は変わる。
だが、地球での情報は勿論、俺達が火星から出発した時にギャラルホルンと戦いになった件については十分に情報を収集しているだろう。
何しろ火星のすぐ側の宙域で行われた戦いなのだから。
あるいはテイワズとの繋がりもある以上、歳星で行われたJPTトラスト相手の模擬戦についても知っていてもおかしくはない。
そう考えると、ノブリスも俺を敵に回すことの恐ろしさを知っている筈だ。
ましてや、ノブリスは武器商人だけに、武器……MSについても詳しい。
それだけに、俺の戦闘力についてはこれ以上ない程に理解していてもおかしくはなかった。
「俺の力については知っているだろう? そんな俺を敵に回して、無事に生きていられると思うのか?」
「……」
俺の言葉に、沈黙するノブリス。
このままでは自分は破滅か死ぬのどちらかの道しかないと理解したのか?
あるいは、この状況でもどうにかしようと考え込んでいるのか。
「で、どうする? いつまでもこのままでいるつもりなのか? ……まぁ、こうしている間にも、お前の財産は減ってると思うが」
「何をした?」
さすがに財産が減るという言葉はノブリスにとっても放っておけなかったのだろう。
俺を睨むようにそう言ってくる。
「この屋敷を襲撃したのが俺だけだと思うのか? ……ほら、見ろよ」
この地下シェルターの中には映像モニタが複数あり、それが屋敷の光景を映し出していた。
俺が最初に向かった部屋の映像もあるが……この場合、重要なのはそこではない。
幾つかの映像モニタには、鉄華団の面々が映し出されていたのだ。
何人かはまだ屋敷に残っていた護衛と撃ち合いをしているものの、護衛の大半は俺によって片付けられている。
その為、鉄華団の面々の中には撃ち合いをしていない者もおり……そのような者達が行っているのが、屋敷にある財産の回収だった。
現金、宝石、絵画、銅像、壺。
他にも何が入っているのかは分からないが、金庫を運び出している者もいる。
中には権利書とか株券とか、そういうのが入っているのか、あるいはダミーなのか。
その辺はわからないが、ノブリスの屋敷が漁られているのは明らかだった。
「な……貴様……」
映像モニタを見たノブリスが、怒りで顔を赤くして俺を睨み付けてくる。
ちなみにいざという時の為にだろう。
地下シェルターの中にも幾つかの鞄があり、閉まりきっていない隙間からは金塊の類が見えていた。
……金塊って、何気に結構な重さがあるんだが、よくノブリスがこの地下シェルターまで持ち込めたな。
火事場の馬鹿力か、あるいは部下に持たせたのか。
「で? どうする? ……そろそろ決めて欲しいんだがな」
ガシャリ、と。
そんな音を立てて俺が手にしていた重機関銃の銃口がノブリスに向けられる。
それを見たノブリスは、これ以上はもうどうしようもないと分かったのだろう。
渋々と……本当に渋々とだが口を開く。
「分かった」
そう言うと、ノブリスは気力が切れたのかがっくりと床に座り込むのだった。