さて、これからどうするか。
気力を失い、床に座り込んでいるノブリスを見ながら、そんな風に思う。
ノブリスは落とし前の件を了解した。
了解はしたが、だからといって本当にその通りにするとは思えない。
例えば表では俺に従っている振りをしておきながら、裏では殺し屋とかを雇おうとしても俺は不思議には思わなかった。
もっとも、ノブリスの目の前で拳銃の銃弾を素手で掴んだのを見せつけた以上、並の相手では俺をどうにか出来るとは思わないだろうが。
だが……それでも、ノブリスにしてみれば自分の財産のほぼ全てを吐き出す事になる以上、俺の言葉に素直に従うとは思えない。
つまり、このままノブリスを自由にすれば、恐らく最初は従っていてもこっちに牙を剥くだろう。
となると、鵬法璽を使うか?
一瞬そう考えるも、それは否定する。
クランクの時のように、どうしてもそうしないといけないという訳でもないし、エヴァからのあまり鵬法璽は使うなという忠告を思い出した為だ。
とはいえ、鵬法璽以外だと……まぁ、一番簡単なのは暴力による脅しか。
「俺の提案を受け入れてくれたようで何よりだ。だが……これから、妙な事は考えるなよ? もしそういう事をしたら、こっちも相応の対応をする必要があるからな。……こういう感じで」
床に座り込んだノブリスにそう言い、扉に向かって手を伸ばし……重機関銃の弾丸でも無傷だった扉を、指の力だけで毟り取る。
「っ!?」
それを見たノブリスは息を呑む。
図書室にあった扉も同じように排除したので、映像モニタでそれを見てはいただろう。
だが、やはり映像モニタ越しというのと、実際に目の前で見るというのでは、迫力が違う。
「こういう力を持つ俺を敵に回すというのが、どういう意味かは分かるだろう? それに……MSを使って俺をどうこうしようとしても、それこそ俺のMSの操縦技術については分かっている筈だ」
ギャラルホルンが俺を相手にどれだけの被害を受けたのか。
それを知れば、MSを使って俺を攻撃しようとは思わないだろう。
あるいは俺が生身の時にMSで攻撃してくるといったことを考えるか。
それはそれで有り得るが、そうなっても実際には何の問題もない。
何しろ俺は魔力や気を使わない攻撃は意味がないのだから。
ただ、ノブリスはそれを知らない以上、そういう手段を取る可能性は十分にある。
いざとなったらそれを利用して、こっちも相応の対応をすればいいだけだ。
最悪、それを理由にノブリスにも死んで貰えばいいだろうし。
「分かったな? 俺をこれ以上怒らせない方がいい。お前もまだ長生きはしたいだろう。……それとも、ここでその人生を終えるか? 今まで十分、美味しい思いをしてきたんだろう?」
蒔苗の件があるので、ノブリスが具体的に何歳なのかは俺にも分からない。
外見通りの年齢なのか、それとも130歳とかそのくらいなのか。
……もしくは、蒔苗を超える200歳オーバーなのか。
ともあれ、ノブリスの人生はこれまで成功してきたのは間違いない。
ただし、その成功の裏には何人……どころではない者達の悲しみや絶望があったのだろうが。
そういう意味では、この結果は自業自得でもある。
……俺が言うなと言われればそうかもしれないが。
「話は分かった」
「そうか。それでどうする? さっきは俺の提案……というか、落とし前の案を受け入れるという話だったが、それを取り消すか?」
「取り消したら、どうなる?」
ガシャリ、と。
ノブリスの言葉に俺は手に持つ重機関銃を動かす。
俺が何を言わずとも、ノブリスはその行為だけで十分に承知したらしく、大きく息を吐く。
「分かった。儂も死にたくはない。そちらの要望を全て呑もう」
それは俺にとっても少し意外だった。
……てっきり検討するとか、前向きに善処するとか、そういう風に言うのかと思っていたんだが。
もっとも、そのように言っても俺はそれを認めるつもりはなかった
ここで決めないのなら、殺していただろう。
だからこそ、念の為に聞いたのだが……いや、ノブリスの事だ。俺がそういう風に思っているのを予想していたのかもしれないな。
だからこそ、ここでしっかりと俺の要望を受け入れたという可能性は十分にある。
「そうか。……なら、取りあえずまだ抵抗している連中に攻撃を止めるように指示を出せ。そのくらいは出来るだろう?」
そう言うと、ノブリスは予想していた以上にしっかりとした足取りで立ち上がり、映像モニタのある方に向かう。
そして何らかのスイッチを入れると口を開く。
「儂はノブリスだ。アクセルの要望に全て従う事になった。護衛の者達はこれ以上の戦闘を止めろ。また、鉄華団も攻撃を止めて欲しい」
その放送により、ノブリスの屋敷で行われていた戦闘は次第に鎮静化していく。
中にはノブリスの指示があってもそれを無視して攻撃を続けようとする者もいたが、そのような者は周囲の者達に押さえつけられた。
鉄華団の方も、ノブリスの放送を聞いてその攻撃を止める。
勿論、それでも攻撃してくる者がいれば、即座に反撃していたが。
「これでいいか?」
「ああ。それでいい。後は……まぁ、アーブラウ軍を作る為のMSやMW、それに物資の類についての話はまた後でだな。これについてはすぐという訳ではないし」
とはいえ、ずっと後という訳でもない。
せいぜいが数日といったところだろう。
ここで下手にノブリスに時間を与えれば、何をするか分からないし。
それに、アーブラウにとっても国軍は可能な限り早く作りたいだろう。
ギャラルホルンが当てにならないのなら、尚更に。
「言っておくが、財産を隠そうとかそういう事は考えるなよ? もしそれが発覚したら、その時点でお前の命はなくなると思え」
「……分かっている」
暗い様子でそう言うノブリス。
俺の言葉をどこまで素直に聞いているのやら。
こうした態度の裏で、何とか俺の目を盗んで財産をどうにかしようと考えていても、おかしいとは思わない。
ただし……それを考えるだけなら構わないが、それを実行した場合はノブリスには相応の罰を与える事になる。
いきなり殺すといったことをするつもりはないが、指の1本や2本、あるいは耳の1つや2つ、もしくは眼球……あるいは歯とかを貰ったり。
もしくは、手足の1本や2本か。
もっとも、雪之丞を見れば分かるようにオルフェンズ世界にも義手や義足の類はある。
……ただし、阿頼耶識を含めて身体に異物を付けるのが嫌悪されてるのが、このオルフェンズ世界だ。
義手や義足といったものをつけると、それだけで疎まれるようになりかねない。
ガエリオのように、場合によってはそれだけで吐いたりする者もいるだろう。
財産の大半を奪われる事が決まったノブリスだったが、その才覚があればこれから挽回も出来る筈だ。
あるいはやる気がなくなって隠居したりするのかもしれないが。
そうなったらそうなったで、余計な心配がなくなるのは俺にとっても嬉しい事ではある。
「分かっているのならいい。……繰り返すが、くれぐれもおかしな事を考えるなよ。お前が生き延びるには、こっちに全面的に降伏するしかないんだから」
「分かっている。ここまで来たら、もうお前達に協力するしかないだろう。……だが、これは聞かせて欲しい。儂が用意するのは、あくまでもアーブラウ軍を作るところまでだな?」
「そうだな。そのつもりだ」
「なら、それが終われば落とし前についてはもう終わったと、そう思っていいのか?」
「ああ、その認識で構わない」
「であれば、その後で儂がアーブラウ軍と取引をしても構わないんだな?」
「……そうなるな」
なるほど、妙に素直にこっちの要望に従ってると思ったら、そういう事を考えていたのか。
実際、ノブリスにしてみれば武器商人として1国の軍隊と親しい付き合いをするのは悪くない。
落とし前の一件が終われば、ノブリスにとってアーブラウ軍はお得意様になってもおかしくはないのだから。
さすがノブリス。ただでは転ばないな。
勿論、アーブラウ軍を作るだけで莫大な量の金が吹き飛ぶのは間違いない。
だが、それについては既にどうしようもないと、そう判断してるのだろう。
そうして割り切り、財産の大半をなくした状態から復活する方法を考えていたらしい。
……しぶといな。
とはいえ、俺達を騙したり、裏切ったり、利用した場合、どのような被害に遭うのかは、今回の件で十分に理解しただろう。
であれば、次から俺達をいいように使おうとはしない筈だ。
ノブリスのミスは、テイワズや俺達をいいように利用しようとした事だよな。
例えば、利用するのではなくきちんと依頼をしていれば、また話は別だっただろう。
もっとも、その場合はドルトコロニーに無用の混乱をもたらすという事で、その依頼を引き受けなかった可能性もあるが。
特にビスケットの場合、サヴァランの件があったので余計に鉄華団がノブリスに輸送の依頼を要望されても反対しただろう。
シャドウミラーに持ち込まれた場合は……うーん、どうだろうな。
マーベルやシーラ辺りは鉄華団と同じような理由で反対しそうだが、純粋に商売として頼まれたのなら引き受けてもいいと思う者もいるだろう。
俺もどっちかと言えば、そっち側だし。
……ただし、マーベルやシーラが反対するのなら引き受けるのは難しいと思うが。
そう考えると、結局ノブリスがドルトコロニーで騒乱を起こすには俺達や鉄華団、テイワズを騙すしかなかったんだろう。
もしくは、俺達以外で別にドルトコロニーまでMWとかの兵器を運ぶ者達を用意するとか。
もっとも騒乱が起こった時点で俺達がドルトコロニーにいれば、その騒乱は結局あっという間に終わっただろうが。
「分かった。では今回の件は失敗として教訓にしておこう」
そう言い、ノブリスは落ち着いた様子を見せるのだった
「兄貴!」
地下シェルターから出て、ノブリスと共に館の外に出ると、すぐに俺を見つけたオルガが近付いてくる。
隣にいるノブリスを見て、睨み付けていたが。
まぁ、オルガにしてみれば自分達を直接利用した相手だけに、思うところがあるのだろう。
「オルガ、お前にも思うところはあると思うが、今は抑えろ。今回の一件で、こいつも大人しく落とし前をつけることに同意した」
「……本当ですか?」
俺と違って、火星で生まれ育ったオルガだからこそ……そしてCGSでの経験かあるからこそ、ノブリスの言葉を直に信じる事が出来ないのだろう。
ノブリスも自分がそのような視線を見られているのは理解しているのか、自分で反論はしない。
「安心しろ。俺がどれだけの力を持つのか、目の前でしっかりと見せてやったからな。もし俺を裏切るような事があれば、それこそ死ぬだけだというのはしっかりと理解している」
そう言い、ノブリスに視線を向けるとノブリスはすぐに頷く。
「今の状態でアクセルに逆らおうなどと、馬鹿な事は考えんよ」
「との事だ。もっとも、それだけで完全に信じる事も出来ないだろうから、監視を派遣する必要があるだろうが」
「監視……ですか?」
「ああ。基本的にはシャドウミラーから派遣するつもりだが、オルガが希望するのなら鉄華団からも受け入れる。もっとも、そういう仕事に向いている人材はあまりいないだろうが」
シャドウミラーの場合は、ブルワーズを乗っ取ったという経緯から世間をそれなりに知っている大人が相応にいる。
しかし、そんなシャドウミラーと比べて鉄華団は基本的に子供達が中心の組織だ。
雪之丞やメリビットといったように大人もいない訳ではないが、雪之丞はメカニックの纏め役として、メリビットは書類仕事の主戦力として必須の人材だった。
そうなると、やはり派遣するのは子供達となってしまう。
そして子供達を派遣するとなれば、ノブリスに騙される、あるいは搦め捕られる事も十分に考えられた。
ノブリスは海千山千の武器商人だ。
子供1人を言いくるめるのはそう難しくはないだろう。
勿論、そのような事をしているのを俺に知られれば、自分の命はない。
それが分かっている以上、そう簡単にそのような事はしないだろう。
だが……それも絶対ではない。
目の前に自分ならどうとでもなる相手がいる。
その状況にノブリスが耐えられるかどうかは分からなかった。
だからこそ、鉄華団からは人を出さない方がいいと思うのだ。
その辺りの状況を説明すると、間近でそれを聞いていたノブリスは微妙な表情を浮かべ、オルガはノブリスに鋭い視線を向ける。
それでもオルガが視線を向けるだけで何も言わないのは、今はまだノブリスが何もしていないからだろう。
それが分かっているからこそ、こうして睨み付けているだけなのだ。
「落ち着け。ともあれ、そういう理由で止めておいた方がいいとは思うが、オルガがそれでも構わないというのなら監視役を引き受けてもいい。どうする?」
「……止めておきます。その辺は兄貴に任せます」
そう、オルガは告げるのだった。