ノブリスが降伏したことで、落とし前の一件についてもスムーズに話は進んだ。
最初はノブリスがそこまで素直に落とし前を受け入れるというのを怪しんでいた者もいたのだが、ここで大きな損をしてもアーブラウの国軍との取引に食い込めるというのを期待してのものだと言うと、ノブリスを疑っていた者達も素直に納得していた。
……この期に及んでも、儲けようとするノブリスに呆れの表情を浮かべていた者も多かったが。
ともあれ、火星に来て一番にやるべき事……そして一番大きな出来事については、これで終わった。
もっとも、それはあくまでも俺の方の話であって、クーデリアの方はまた別だったが。
クーデリアは代表首相である父親を説得しないといけない。
一度は娘を売り払おうとした父親をだ。
「どうする? 俺も一緒に行くか?」
シャドウミラーの拠点で、そうクーデリアに尋ねる。
父親に売られそうになった……いや、実際には売られたクーデリアだ。
このまま家に戻ればどうなるか分からないので、現在シャドウミラーの拠点で暮らしている。
……色々とあって、まだ肉体関係はないが。
クーデリアにしてみれば、一段落がつくまではそういう気分になれないのだろう。
そんな訳で、俺の恋人ではあってもマーベルやシーラと違ってクーデリアの寝室は別だ。
現在はフミタンと一緒の部屋で寝起きしている。
「そう……ですね。いえ、アクセルの気持ちは嬉しいですが、私だけで行きます」
「いいのか? もしお前の父親が戦力を用意して待っていたりしたらどうする?」
クーデリアやフミタンから話を聞く限りでは、クーデリアの父親がそういう事をする可能性は少ないと思う。
そもそも、現在ギャラルホルンの火星支部のトップにいるのはマクギリスの派閥の男だ。
そして俺達はマクギリスと協力関係にある以上、ここでクーデリアの父親が前回と同じようにクーデリアを売り払おうとしても、そもそもギャラルホルンはそれを拒否するだろう。
であれば、クーデリアの父親もわざわざ戦力を用意するとは思わない。
思わないのだが、それでも可能性としては十分にあるのも事実だった。
何しろクーデリアの父親にしてみれば、一度娘を売り払っているのだから。
その娘が自分に会いに来たとなれば、報復をしにきたかもしれないと考えるのはそんなにおかしくはないだろう。
「さすがにそのような事は……」
「ないと言い切れるか? それなら、娘のクーデリアをギャラルホルンに売り払うというのが、そもそも予想出来たか?」
「それは……」
クーデリアが何も言えなくなる。
実際、クーデリアにしてみれば父親に売られるというのは完全に予想外だったのだろう。
「お嬢様、では屋敷の前まで送って貰うというのはどうでしょう?」
俺とクーデリアの話を聞いていたフミタンが、そう案を出す。
案というか、俺とクーデリアの折衷案的な感じだったが。
それでもクーデリアにとっては大きかったらしく、やがて頷く。
「そうですね。……では、そうしましょう」
最終的に、クーデリアはそう決断するのだった。
クーデリアと話をしてから数日後、俺は車に乗って移動していたが、やがて遠くにクーデリアの家……いや、屋敷が見えてくる。
こうして見ると、やっぱり大きいな。
まぁ、このクリュセの代表首相という立場である以上、見栄とかそういうのも必要なんだろうが。
代表首相という立場にいる者が、その辺のマンションとかに住んでいたらどうなるか。
……まぁ、マンションはマンションでも、いわゆるタワマンの最上階とか、そういうのなら納得出来るかもしれないけど。
立場上、色々な客を呼んだりする必要もあるのだろうから、だからこそ代表首相に相応しい屋敷というのは必要なのだろう。
立場を利用して後ろ暗い事をしていたりしたら、また話は別だが。
そして残念ながら、クーデリアの父親は前のギャラルホルンの火星支部の代表と繋がっていたことから、後ろ暗いところがあるのは間違いない。
本人にどれくらい罪の意識があるのかどうかは、微妙なところだが。
「アクセル、ありがとう」
「何がだ?」
助手席に乗っていたクーデリアが、そう俺に声を掛けてくる。
一体何を思ってそんな風に声を掛けてきたのかは、分からない。
分からないが、それでもこうして感謝の言葉を口にした以上、そこに何らかの意味があるのは間違いないのだろう。
「色々とです。……今日も、こうして一緒に来てくれましたし」
「恋人の心配をするのは当然だろう?」
「……ふふっ、そうですね」
そんな風に言ってくるクーデリア。
車の操縦をしながら視線を向けると、特に緊張した様子はない。
これなら、父親を相手にやりあっても問題はないだろうな。
俺が言うのも何だが、クーデリアは今回の一件で大きく成長した。
それこそ地球への旅であったり、テイワズやドルトコロニーでの一件、そして地球での一件。他にもシーラとずっと一緒にいた事によって多くの教えを受けている。
それらによって、クーデリアは火星を出発する前よりもかなり成長しているのだ。
「一応、クーデリアが中に入って暫くは外にいるから、何かあったら悲鳴でも上げてくれ。そうすればすぐに突入するから」
「悲鳴って……聞こえるの?」
「多分大丈夫だと思うから、気にするな」
混沌精霊の俺の聴覚なら……さすがに無理か?
そうなると、スライムでもつけておけばいいだろう。
こういう時、便利だよな。
……プライベート的な意味では、ちょっと問題だが。
そうして話をしながら移動していると、やがて屋敷の前に到着する。
門の前には門番というか、護衛がいてこちらを待っていた。
俺達が……より正確にはクーデリアが戻ってくると前もって連絡があったからか。
あるいはノブリスの一件があったから、それを警戒してか。
ノブリス達の一件を思えば、そうして警戒してもおかしくはない。
ちなみにノブリスの家の一件は、結局特に大きな騒動にはならなかった。
ギャラルホルンが一応様子を見に来たものの、それだけで終わりだ。
あるいはこれでノブリスが騒いでいればまた違ったのかもしれないが、ノブリスも落とし前については受け入れ……つまり、俺達と手を組むことを承知した。
実際にはノブリスが狙っているようにアーブラウ軍に食い込めるかどうかは分からない。
その辺は、それこそノブリスの腕次第だろう。
そしてノブリスは自分の腕に自信がある。
……実際、火星圏は勿論、木星圏にまで名前が知られているくらいの影響力を持っているのがノブリスだ。
実力がなければ、そのようなことは出来ないだろう。
その上、俺達を敵に回した時にはどういう事になるのか、実際に経験して知っている。
そのようなノブリスだけに、アーブラウ軍としても取引相手としては悪くないと判断する可能性は十分にあった。
もっとも、それでも金儲けにはかなりシビアなノブリスだ。
自分にとって利益にならないとなれば、一体どのように動くのかは分からなかったが。
ただ、アーブラウ軍との取引を止めるのか、あるいはその情報をどこかに流して少しでも儲けようするのか。
その辺は俺にも分からないが……それでも下手な事はしないだろう。
「じゃあ、いってきますね」
「ああ、気を付けてな」
そう言い、クーデリアを励ますように肩に触れ……そのついでに、空間倉庫から細くしたスライムを伸ばして付着させる。
目に見えない程の細さなので、見つかるということはないだろう。
「では、私もいってきます」
フミタンも続いて車から降りると、2人揃って門に向かう。
門の前にいた護衛達は、クーデリアが近付くだけで特に何も言わなくても扉を開ける。
そして中に入る2人。
……さて、これから一体どうなるんだろうな。
親子のやり取り、あるいは代表首相と政治活動家のやり取り。
どっちにしろ、これは俺は聞かない方がいいだろう。
特に前者の親子のやり取りだった場合、気まずい事になりそうだし。
大きな声……さっき言った、悲鳴のような声が聞こえた場合だけ反応するようにしながら、俺は車の中で待つ。
門の前にいる警備達は、俺に……より正確には車に視線を向けている。
まぁ、無理もないか。
門の側の車。
普通なら怪しんで下さいと言ってるようなものだろう。
実際俺なら怪しんで何らかの行動を取ったりするだろうし。
それでも護衛達がここで何もしないのは、クーデリアやフミタンがこの車に乗ってきたのを知ってるからだろう。
そんな護衛達を見ながら、俺は暇潰しをする。
空間倉庫から料理漫画を取り出して読む。
内容は、洋食の覇王と呼ばれた男の子孫が料理専門学校に入学し、料理勝負で成り上がっていくというものだ。
途中で生徒のトップ……いわゆる四天王と戦ったりするのだが、何故か四天王なのに五人いたり、その中の女が主人公に惚れて裏切ったり……そして味方になったと思わせておいて実は四天王側の手の者であると判明し……だが、それこそがダミーで実は四天王側を裏切っていたといった内容だ。
特に熊肉を使った料理対決が面白かった。
熊肉というのは臭みがあると言われているのだが、料理に臭みが出るのは料理人の技量が未熟だからというのは、かなり衝撃的だった。
後は……思い切り塩辛くした挽肉とかを茹でたキャベツに包み、それをお湯にラーメンを入れただけの丼に入れ、それによって開いたキャベツの中の具がラーメンのスープになったりとか。
そんな料理漫画を見ていると……扉が開き、クーデリアとフミタンが姿を現す。
どうやら見た感じ、特に何も問題はなかったらしい。
護衛達はクーデリアとフミタンに……いや、実際にはクーデリアだけなんだろうが。
とにかく頭を下げる。
クーデリアとフミタンの2人は、少し顔に疲れた様子を見せつつ、こっちにやって来た。
それを見ながら、特に何も問題がなかった事を喜びつつ、スライムを空間倉庫に収納する。
同時に扉が開き、クーデリアとフミタンが車に乗り込んだ。
「で、どうだった?」
車のエンジンを掛けつつ尋ねると、クーデリアは何とも言えない様子で口を開く。
「まさかお父様に怖がられるような事になるとは思いませんでした」
クーデリアの口から出た言葉は、俺にとってもちょっと意外なものだった。
「怖がる? クーデリアをか?」
「はい」
車を発進させつつ、俺はクーデリアとの会話を続ける。
「別に、そこまで怖がるような事はないと思うんだが。……父親を睨んだりしたのか?」
何だかんだと、クーデリアは幾つもの修羅場を経験している。
ましてや、元々が独立の象徴、革命の乙女、ジャンヌ・ダルクの生まれ変わりと言われる程のカリスマ性を持っていた。
修羅場の経験とカリスマ性の2つが融合した結果、覇気……とまではいかないが、それらしい雰囲気を発するようになっている。
そんなクーデリアに睨まれれば、クーデリアの父親も……それこそぬるま湯の中で育ったのだろう人物だけに、怖がってもおかしくはない。
そう思ったが、クーデリアは俺の言葉に首を横に振る。
「そんな事はしていません。何もしていないのに、何故か怖がられたのです」
「それはまた……まぁ、今のクーデリアを相手にすれば、そうなっても仕方がないかもしれないけど」
クーデリアの父親にとって、クーデリアはもう到底自分の娘だとは思えなかったのだろう。
あそこまで大きくギャラルホルンと揉めたり、そうしながらも最終的には向こうに負けを認めさせたりと、そんな結果になったのだ。
クーデリアの父親にしてみれば、それは完全に理解出来ない事だったはずだ。
だが、実際にそれを行ったのは間違いない。
ギャラルホルン経由での連絡であったり、もしくはアーブラウ経由での連絡であったり。
そういうのを聞いていれば、クーデリアの父親も認めるしかないだろう。
それとついでという訳でもないが、ノブリスの屋敷の一件についても当然のようにクーデリアの父親に情報が入っている筈だ。
何しろ、ノブリスの影響力は強い。
代表首相であるクーデリアの父親とノブリス。
どちらの影響力が強いかと言われると、殆どの者がノブリスと言うだろう。
何しろ、クーデリアの父親は代表首相という肩書きではあるが、やってる事は結局のところ植民地のトップでしかない。
そもそも、代表なのか、首相なのか、どっちかに統一すればいいものを。
そんな訳で、クーデリアの父親にとってノブリスは配慮しなければいけない人物な訳だ。
そのノブリスの屋敷であれだけの騒動が起きたのだから、その情報をクーデリアの父親が知らない訳がない
そしてそれを行ったのがシャドウミラーと鉄華団で、娘の護衛をしていたというのも当然のように知っているのだろう。
つまり穿った見方をすれば、ノブリスの屋敷の襲撃がクーデリアの要望という風に思えない訳でもない訳で……
「うん、そう考えるとクーデリアの父親がクーデリアを怖がってもおかしくはないのか」
「ちょっと、アクセル? それは一体どういう意味かしら!?」
俺の呟きを聞いたクーデリアは、そう怒るのだった。