「は? えっと……それ、マジか?」
「ああ。川口は拳を壊したとかで、新人戦を棄権するそうだ」
鷹村とのスパーをやってから少しして、今日も仲代ジムで練習をしていたのだが、そこにおやっさんが近付いて来て言ったのが今の内容だった。
川口……川口英二というのは、新人戦で俺が1回戦で戦う予定だった相手だ。
どうやらその川口が棄権したらしい。
「練習のしすぎか?」
「いや……多分、アクセルと戦うのを避けたんだろう」
「そうなのか?」
「ああ。鷹村とのスパーは業界でも結構話題になったからな」
「……それは、良い事なのか? 悪い事なのか? 最初にこのジムで鷹村とスパーをした時は、オフレコという扱いにしただろう?」
「あの時と今じゃ状況が違うしな」
そう言われると、そういうものかと納得するしかない。
あの時はあくまでもプロ試験に合格したばかりだったのに対し、今ではフェザー級のホープである速水に初の黒星をつけたとして、有名になっている。
そういう意味では、フェザー級の新人の俺がミドル級のランカーである鷹村に勝利したというのは、知られても困らない……それどころか、寧ろ積極的に知らせていく必要があるのだろう。
「そうなると、速水のシードの意味がなくなったな」
「あー……速水も悲惨だよな。このトーナメント表を作った連中も、その辺について考えて作ればよかったのによ。……あ、そうだ。そう言えばTV局で速水との試合の前にアクセルにインタビューをしたいらしいが、構わないか?」
「……随分と気が早いな」
これがベスト4とか決勝前とか、そういう時にインタビューをしたいというのなら、分からないでもない。
だが、まだ1回戦……それどころか、俺は不戦勝だ。
そう考えると、何でわざわざインタビューを……そう思ったが、多分これも鷹村とのスパーの一件が関わってるんだろう。
もしくは、速水との一件で俺に乗り換えた連中の考えかもしれないが。
「そうだな。けど……アクセルに問題がないのなら、受けて欲しい。このインタビューはゴールデンタイムで放送されるらしい」
「へぇ……」
随分と思い切ったな。
ゴールデンタイムというのは、いわゆる午後7時からの時間帯だ。
当然ながらその時間にやるのは人気番組であり……そこにマイナーなボクシングのインタビューを入れるというのは、かなり予想外だった。
それこそやっても夜中のスポーツニュースとか精々じゃないかと思っていたが。
となると、受けない訳にはいかないか。
この世界において日本のボクシングを活発にするには、何をするにもまず表に出ないといけない。
そういう意味では、ゴールデンタイムにインタビューの放送が流れるというのはおやっさんにとっても悪くない……どころか、是非ともやって欲しいのだろう。
「分かった。なら引き受けるよ」
そう言い、俺はインタビューを引き受けるのだった。
「一歩は勝ったか。……俺が言うのも何だけど、名前からして日本人じゃないよな」
新人戦において、一歩の1回戦の相手はジェイソン尾妻という選手だった。
おやっさんから聞いた話だと、アメリカ軍の黒人らしい。
……運が悪いのか、それとも主人公らしいと言えばいいのか。
既にこの時点で、一歩がこの世界の主人公かもしれないではなく、確実に主人公なのだろうと判断してしまう。
ともあれ、フックが強力なこのジェイソン尾妻を相手に、一歩はどうにか勝利したらしい。
そんな風に考えていると、ジムの中がかなりざわついているのに気が付く。
何でだ?
そう思ったが……そう言えば、おやっさんからこの前言われたインタビューは今日だったか。
とはいえ、インタビューを受けるのはあくまでも俺であって、他の連中は別に関係ないんだが。
そう思うも、ボクシングというマイナーなスポーツの選手をしていれば、TVに映る機会なんて滅多にないのだろう。
とはいえ、仲代ジムがあるのは練馬だ。
東京だけに、そういう機会は多いと思うんだが……
「アクセルさん、よくそんなに落ち着いてますね」
呆れている俺に、練習生が緊張した様子で声を掛けてくる。
「別にインタビューはそんなに珍しくはないだろう? ……ゴールデンタイムに流れるのは珍しいと思うけど」
「何を言ってるんですか! インタビューをしてくるのは、森田クミコちゃんですよ!? 緊張するなって方が無理ですって! ……ああ、まさかあの森田クミコを生で見られるなんて。このジムに所属してよかった」
おい、それを聞いたらおやっさんが悲しむぞ。
というか……
「森田クミコ? 有名人なのか?」
「って、知らないんですか!?」
俺の言葉に練習生が驚き、そして周囲で話を聞いていた他の者達も俺に驚きの視線を向けてくる。
……この反応を見る限り、どうやらかなりの有名人らしいな。
「悪いな、TVとかはあまり見ないんだ」
実際、この時代のTV番組はいまいち好みに合わないんだよな。
いやまぁ、まだ全部見た訳じゃないから何とも言えないが。
中には俺が面白いと思えるTV番組もあるかもしれないけど。
ただ、TVも当然ながらブラウン管のTVで……いまいち解像度が。
その辺はこの世界で暮らしていけばいずれ慣れるのかもしれないが。
そんな風に話していると、ジムの扉が開く。
「こんにちは!」
そう言ってジムに入ってきたのは、1人の女。なるほど、TV映えする美人だ。
その女の後ろからは、TVカメラであったり、それ以外の機材であったりを持ってる複数の男が姿を現す。
「あの女が?」
「森田クミコちゃんです!」
どうやら俺の予想は当たったらしい。
その森田は、俺を見るとすぐにこっちに近付いてくる。
俺のインタビューに来たんだから、俺の顔を知ってるのはおかしな話ではないか。
「あの、アクセル・アルマーさんですよね? 今日のインタビューを任された、森田クミコといいます。ボクシングについてはそこまで詳しくないのですが、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む。……まぁ、ボクシングの初心者という事なら、俺もそうだしな。あまりその辺は気にしないで欲しい」
「え? でも、その……注目選手なんですよね? だからこうしてインタビューに来た訳ですし」
俺の言葉に森田が不思議そうに聞いてくる。
狙って言ってる訳ではないのだろうが、確信を突くな。
「そうだな。ボクシングもそうだが……何にでも、才能というのがある。それは森田も理解してるだろう?」
森田は間違いなく美人で人当たりもいい。
だが、森田は別に絶世の美人という訳ではないし、人当たりという点でも森田よりもコミュ力の高い者はいるだろう。
そんな中で、人気アイドルとしてこうして人気があるのは、何らかの才能があるからだ。
……具体的にそれがどんな才能なのかと言われれば、俺もそれは分からなかったが。
「そう、ですね。……何となくですけど、言ってる意味は分かります」
ちなみに才能という点では、この世界の主人公である一歩もそうだろう。
聞いた話によると、一歩がボクシングの世界に入ってからまだ1年も経っていない筈だ。
基本的にプロテストというのは、しっかりと1年は練習をして、それで受かる見込みがあると判断されれば受ける事を許されるのだ。
だが、一歩は半年かそこらでプロテストを受けている。
これは一歩に才能があるという事を意味していた。
さすが主人公と言うべきか。
「そんな感じで、俺にもボクシングの才能があったんだよ。それも自分で言うのもなんだが、かなり大きな才能が。そのお陰で、ボクシングの詳細なルールとかは完全に覚えてはいないが、こうして活躍している」
「そうなんですね。そうなると、アクセルさんはまさに天才という事になるんでしょうか?」
森田のその言葉に、おやっさんとの話を思い出す。
おやっさんがこのインタビューを受けた理由は幾つかあるが、その中でも特に大きな理由はゴールデンタイムに流れるというのがある。
それはつまり、多くの者にボクシングを知って貰う必要があるという事を意味していた。
そうなると、出来るだけ多くの者の注目を集める必要がある訳で……
「今日のインタビューではちょっと派手な言葉を口にしたりするかもしれないが、これもボクシングに興味を持って貰う為だと思って納得して欲しい」
「え……じゃあ、そうですね。それでボクシングに興味が集まったら、また私にインタビューをさせて下さい。そうしたらプロデューサーにお願いしてみます」
なるほど、外見上では人当たりの良さが目立つが、海千山千の芸能界で活躍してるだけあって、強かな一面もあるな。
もっとも、その提案は別に俺にとっては問題がない。
森田は人気のあるアイドルらしいし、そんな森田が行うインタビューなら視聴者も多いだろう。
「分かった。俺が要望したからといって絶対にその通りになるとは限らないが、それでも要望はしてみる」
「ええ、それで構いません。じゃあ、少し待っていて下さい」
そう言い、森田はおやっさんと話している人物に向かって近付いていく。
どうやらあの男がプロデューサーらしい。
そうして話を聞くと……おやっさんは呆れの表情を俺に向け、そしてプロデューサーは面白そうに笑う。
どうやら俺からの提案は気に入って貰えたらしいな。
「では、インタビューを始めたいと思います。インタビュアーは私、森田クミコでお送りします。アクセル・アルマーさん、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「それで、早速ですが……アクセルさんは、プロデビューした全ての試合を1Rで勝利しているという話でしたが」
「そうだな。自分で言うのもなんだが出来すぎ……だとは言わないよ。俺の実力が並外れているからこそだ」
カメラを見ながら、挑発するように言う。
ここで良い子ちゃんな反応をしても、それはインタビューを見ている者にしてみれば、右から左に聞き流される。
だが、今のような言葉であれば、記憶に残る者もいるだろう。
……もっとも、生意気だという事でいわゆるアンチが増えたりするのは避けられないが。
ただ、そのアンチも俺の試合を見るのは間違いなく、そういう意味ではファンの一種と言ってもいい……のか?
「それは……凄い自信ですね」
「そうだな。何しろ俺は伊達……この仲代ジムに所属するフェザー級チャンピオンの伊達のスパーリングパートナーもやってるんだ。そういう相手と比べたら……なぁ?」
伊達との件については、現在の俺の状況から話してもいいという事になっている。
おやっさんにとっても、ここで俺の名前を売っておきたいのだろう。
「それは……凄いですね」
驚きの表情を浮かべる森田だったが、この件については前もって知らせてあるので、これは演技だ。
だが、演技を演技と見破るのがちょっと難しいくらい、自然な様子で驚いているな。
「だろう? だから俺にとってみれば……そうだな。現在参加している新人戦も、準決勝くらいまでは心配する必要はないだろうな」
「でも、アクセルさんの1回戦の相手は体調不良で棄権をしましたが、2回戦は速水選手ですよね? 何でもアマ時代に1度も負けていない、とんでもない記録を作ったと聞いてますが」
「そうだな。そして俺のプロとしてのデビュー戦で初黒星となった訳だ」
「……え? そうなんですか? じゃあ、次の試合は速水選手のリベンジマッチになる訳ですね」
「出来るといいけどな。俺との試合が行われてから、まだそんなに経っていない。幾ら速水が才能のある選手でも、この短期間でどうにかなるとは思わない。……まぁ、それでも実際に速水が強い選手であるのは認めるし、俺もどうせなら強い選手と戦いたいと思っている」
普通のボクシング選手の場合は、選手を引退するまでに行える試合の回数はそこまで多くはない。
……とはいえ、俺の場合は未だに試合でダメージを受けた事がなく、ノーダメージで勝利してるし、減量についても気にしないでいいので、そういう意味ではそれこそ1ヶ月に1度どころか、2週間に1度試合をやっても構わなかったりする。
「そうですか。では、アクセル選手と速水選手の試合、楽しみにしてますね」
「後でチケットを渡すから、試合を見に来てくれ。面白い……かどうかは分からないが、俺がどういうボクシングをやるのかを見せるから」
「ありがとうござます、是非見させて貰いますね」
そこから再びインタビューが始まり、俺は挑発的な言葉を次々と口にする。
前もって話していたからだろう。森田はそれでも動揺したりせず、インタビューを続け……
「では、アクセル選手にとって新人王戦で優勝出来る確率はどのくらいだと思いますか?」
「100%だ。それも東日本新人王だけじゃなくて、西日本新人王との試合でも勝利するのを約束するよ」
「それはまた……大きく出ましたね」
「自分にはそれだけの実力があると理解しているからな。……そうだな。もし俺が今の言葉を実現出来ないようなら、ボクシングを引退してもいい」
ざわり、と。
そこで初めてインタビューの様子を見ていた者達がざわめく。
それを見ながら、俺は注目を集める為の次の……決定的な言葉を口にする。
「その代わり、俺が今の言葉を実現出来たら……俺とデートをしてくれないか?」