「あー……うん。何となく予想は出来てた」
俺の隣には一糸纏わぬ姿で森田が眠っている。
仰向けで眠っているにも関わらず、その大きな胸の形が崩れる様子はない。
……部屋の中は色々な意味で換気を必要としていたが。
それで、ここは一体どこだ?
そう思って周囲を見回すと、そこには俺の服であったり、森田の服……そして下着であったりが床に散らばっている。
そして部屋の中にはいかにもそれっぽい……うん、ファッションホテルとかそういうのじゃなくて、ストレートにラブホテルだな。
ベッドはいわゆる回転する奴で、部屋の壁には何枚もの大きな鏡がある。
それがどういう意味で用意されているのかは、考えるまでもないだろう。
まさか身嗜みとかそういうのに必要なら、これだけの鏡は必要ないだろうし。
そんな風に思いながら、部屋にある時計を見ると……
「げ」
その時計は、既に午前8時30分すぎを示していた。
「おい、森田、起きろ」
俺は別に仕事をしている訳でもないので、この時間であっても構わない。
だが、森田はアイドル……それも人気アイドルだ。
当然だが、スケジュールはぎっしりだろう。
……もしかしたら、昨日の夜も本来なら俺の祝勝会の後で仕事が入っていた可能性もある。
というか、俺がこういう事になったとなると……祝勝会をやった居酒屋がどうなったのか気になるな。
酒に酔って意識を失うのは久しぶりだが……魔法とか使ってないよな。
それ以外にも俺には隠さないといけない事が大量にある。
俺の存在は自分で言うのもなんだが、爆弾のようなものだ。
それこそS-11やフレイヤのような。
とはいえ、今はまず自分の事よりも森田の事だ。
疲れ切っているのか、揺らしても起きる様子がない。
……まぁ、その疲れ切っているのは間違いなく俺が理由なのだろうから、何とも言えないが。
それでも数分程森田を揺らしていると、ようやく森田の目が開く。
「んん……何よ……疲れてるんだから、もう少し……」
「いいから、起きろ。もう朝だ。お前は仕事があるんじゃないか?」
「ん……え?」
俺の言葉の意味が頭に染みこんだのか、森田は慌てて起き上がる。
そして時計を見ると、その顔がさあっと青くなっていく。
「えっと……うん。時間的にはまだ余裕がある筈。今日は10時にTV局に行けばいいんだし」
それなら時間的にまだ余裕があるんだから、慌てなくてもいいと思うんだけどな。
そんな風に思っていると、森田は慌てて立ち上がり……そこで、自分が裸だというのに気が付き、同時に昨夜の残滓によってこのままで着替えるのは不可能だという事に気が付いたらしい。
「……ケダモノ」
そう一言だけ言って、シャワーに向かう。
しかし、忘れてはいけない。
ここはラブホテルなのだ。
当然ながら、そんな場所にあるシャワーが普通のシャワーな訳はなく、外側から中が普通に見られるような作りになっていた。
マジックミラー的な感じだ。
俺もまたこのまま外には出られない状態になってるので、森田がシャワーから出てくるのを待つ。
ぼーっとシャワーを浴びている森田を見ながら、昨日の事を思い出そうとするが……うん、無理だな。
相変わらず俺は酒に弱いな。
というか、森田をこうして抱いたという事は……どうなるんだろうな。
取りあえず表向きは何もなかったという事になる……のか?
そんな風に思っていると、素早く身体や髪を洗った森田がシャワーから出てくる。
その身体にはバスタオルが巻かれており、それが一層扇情さを増す。
「アクセルも入ったら」
てっきり照れるくらいはするのかと思ったが、そういう感じではない。
……まぁ、アイドルだし水着とかになる機会は多いだろうしな。
それに森田程の美貌を考えると、今まで恋人の1人もいないという方がおかしい。
実際、シーツを見る限り色々な体液で濡れていたりするが、赤い色はどこにもなかったし。
勿論、それが駄目だという訳ではないが。
そんな風に思いつつ、俺もシャワーに入るが……男のシャワーだ。それこそ10分も掛からずに洗い終えると、そのままシャワー室から出る。
すると、何故かそこには顔を赤く染めて俺をジト目で見ている森田の姿があった。
ちなみにバスタオルではなく、きちんと服を着込んでいる。
「どうした?」
「ケダモノ……」
再度のケダモノ呼ばわり。
一体何故? と疑問に思ったが……森田の視線がシャワー室に向けられているのを知って、理解する。
多分、森田はシャワー室がマジックミラー的な感じになってるとは思わなかったんだろう。
ん? でもそうなると昨夜はシャワー室を使っていないという事で……いやまぁ、それについては考えない方がいいな。
「私は仕事に行きます。ただ、その……今日、電話してもいいですか? 色々と話したいので。出来れば今ここで話したいんですけど、時間に余裕がありませんから」
「あー……悪い、俺の部屋には電話がないんだよ」
この世界において部外者と呼ぶべき存在である俺の交友関係は狭い。
また、基本的に日中は仲代ジムにいるので、俺に用事がある時は仲代ジムの電話でやり取りをしている。
これが携帯とか出てくれば、その辺の心配はしなくてもいいんだけどな。
ともあれ、電話は使えない訳だ。
「俺の電話は基本的に仲代ジムで受け付けてるけど、まさか森田が仲代ジムに電話をする訳にはいかないだろう?」
その言葉に森田が無言で頷く。
無理もないか。
もし仲代ジムに電話しても、誰からだと言わないと俺に代わったりは出来ない。
だからといって森田だと言えば……中にはそれが誰なのか気が付いてしまう可能性もある。
そうなると偽名とか?
「取りあえず……そうだな。遠坂とでも名乗ってくれ」
「……誰?」
「今は会えない相手だよ」
凛、どうしてるんだろうな。
何気に1990年代のこの時代は精密機器はそこまで多くないので、凛には向いているのかもしれない。
そんな風に思っていると、森田は俺の言葉に頷く。
「分かったわ。じゃあ今日の……夕方くらいには電話出来ると思うから、待っててね」
そう言うと、森田は部屋から出ていく。
「大丈夫だとは思うけど、一応気を付けろよ。アイドルがこういうホテルから出て来るようなのを写真に撮られると致命的だからな」
そんな俺の言葉に、森田は改めて周囲の鏡で自分の状況を確認する。
昨日の居酒屋の時と同じく眼鏡とカツラでしっかりと変装してるのを確認すると、この鏡が何の為にあるのかを思い出したのか、薄らと顔を隠して部屋を出ていく。
そんな森田を見送ると、俺も少し時間を置いてから部屋を出るのだった。
「その……アクセル、昨日は悪かった」
仲代ジムに入ると、俺を見つけた沖田がそう声を掛けて謝ってくる。
えー……あの沖田がこうして素直に謝ってくるって……昨夜、酔った俺は一体どんな状態だったんだ?
「ああ、気にするな」
何があったのか分からない以上、俺としてはそう言うしかない。
後でおやっさんか伊達にどうなったのかを聞いておくべきだろうな。
それに……沖田のお陰で俺は森田とそういう関係になったのだ。
……初めての夜を酔っ払って覚えていないというのは、森田にとって最悪の出来事かもしれないが。
そんな風に思いつつ、俺はジムで練習を始める。
本来なら、試合の翌日というのは身体を休める必要があるのだが、俺の場合は何だかんだとダメージがないしな。
あるいはもしダメージを受けていても、混沌精霊である以上はその辺の心配は全くいらなかったりする。
それを言う事は出来ないので、軽く流す程度の練習だったが。
そうして練習をしていると……
「お、アクセル。無事だったんだな」
「……伊達」
ジムに入ってきた伊達は、俺を見るとそんな風に声を掛けてくる。
それにしても、今の言葉は一体どういう意味で口にしたんだ?
「昨夜、何があった?」
「は? 覚えてないのか? お前が手品とかをしたのも」
ギクリ、と伊達の言葉に反応する。
手品……普通に考えれば、その通りの事だろう。
だが、俺がやった手品となると……それは、色々と危険だ。
もしかしたら、魔法を使ったのでは?
「どういう手品だった? 俺はアルコールが苦手でな。沖田に酒を掛けられたところから、何も覚えてないんだよ」
「……そうなのか? まぁ、アクセルにしては妙だと思ったけど」
驚いた様子でそう口にする伊達。
その後伊達から聞いた話によると、俺がやったのは本当に手品だった。
いわゆるトランプを使って誰が何のカードを引いたかとか、そういうのを当てる感じの。
セーフ。ギリギリセーフ。
もしこれで炎獣を出していたり、刈り取る者を召喚していたりすれば、取り返しが付かなかった。
ちなみに刈り取る者は召喚出来るものの、それ以外の召喚魔法は使えなかったりする。
一体、この世界に何があるんだろうな?
「それで……」
手品について説明が終わった伊達は、周囲を見て誰も俺達を見ていないのを確認してから、声を掛けてくる。
「森田クミコとの一夜はどうだった? ったく、上手い事やって」
「おい?」
知ってたのか?
そう言いたくなるが、それよりも前に伊達は口を開く。
「毎回お前の試合を見に来てたんだろう? それに、こう言っちゃなんだが有名人だけに、こう……オーラというのか? それとも雰囲気か? そういうのがあるから、変装をしていても分かるんだよ。ああ、安心しろ。多分気が付いたのは俺とおやっさんだけだ」
その言葉に安堵する。
もしこれで他の者達にも知られていたら、一体どうなっていたのか。
……仲代ジムはそれなりに結束力の高いジムだが、それでも絶対ではない。
実際、俺と鷹村のスパーの件はおやっさんが口外無用と言ったのに、速水の耳に届いていたし。
もっとも、そのお陰で俺の試合が決まったのだから、悪い事ではなかったが。
「なら、秘密で頼む」
「……ヤったのか」
「ノーコメントで」
「ったく、分かったよ。けど、そうだな。……なら、アクセルには口止め料として、俺のコークスクリューを覚えて貰う」
「何でまたそんな事になるんだ?」
コークスクリューというのは、言ってみれば手を回転させて……拳銃の弾丸のような回転と共に打ち込むパンチだ。
必殺パンチとして有名だが、使うには手首の柔らかさとかの身体的な特徴もそうだし、何より当てるのにセンスが必要となってくる。
そのようなパンチだが、そのコークスクリューは伊達の代名詞でもある。
いやまぁ、ボクシング業界の中には他にもコークスクリューを使えるような奴もいるんだろうが、伊達はフェザー級のチャンピオンとして名前が知られているから、日本のコークスクリューの第一人者……というのは少し大袈裟かもしれないが、とにかくそんな感じの扱いになっているらしい。
そのパンチを俺に教える?
普通なら、それは報酬と言うべきじゃないのか?
そうも思ったが、伊達の様子を見る限り本気らしい。
「どうやら冗談って訳じゃなさそうだな」
「ああ。おやっさんが2年連続新人王って話をしてたけど、それが本格的に実現しそうだしな。ただ……噂で聞いた話だと、西新人王の方で勝ち残ってるのは、かなりの強者らしい。まぁ、アクセルなら万が一はないと思うが……東日本新人王の最優秀新人賞になった祝いと、新人王になるだろう件の前祝いってところだ。それに……アクセルにはいつもスパーをして貰ってるしな。自分で言うのもなんだが、アクセルとスパーをしてから間違いなく俺は強くなっている」
だろうな。
自分で言うのもなんだが、俺は圧倒的な強さを持っている。
当初はボクシングという競技のノウハウを知らなかったので、色々と突飛な行動もしたが……今となっては、相応にボクシングについての動きになっているのだ。
だからこそ、伊達とのスパーはきちんとボクシングとして成立しているし、その伊達を相手に全戦全勝でもある。
しかし、それでも伊達は諦めず俺という壁にぶつかってきており……自然とそれによって五感が鋭くなり、俺の拳の速度に目が慣れ、予想外の動きにもある程度対応出来るようになっていた。
もっとも、伊達にしてみれば対応出来るようになればそれより1ランク上の攻撃がくるので、強くなっているという自覚はないと思うんだが……この辺、しっかりと自分の実力を把握してるのはさすがだよな。
「分かった。まぁ、俺も手札は多ければ多い程にいいしな」
こうして、俺はコークスクリューを教えて貰うのだが……
「嘘だろ、何でそんなにすぐ出来るようになるんだよ」
「使えるのと使いこなすのとでは違うけどな」
驚きつつも不満そうな様子の伊達に、そう告げる。
とはいえ、コークスクリューがかなり使えるパンチなのは間違いない。
強力なパンチだと有名で、それでいながら使える者が少ないパンチ……そういう意味では、目立つのに大きな意味を持つだろう。
特に俺が使えば伊達から俺に繋がると考え、勝手に物語を作ってくれる筈だ。
……よし、これからはこのコークスクリューを俺のフィニッシュブローにしよう。