転生とらぶる2   作:青竹(移住)

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番外編156話 はじめの一歩編 第12話

 その店に入ると、すぐに相手は俺を見つけたのか軽く手を振る。

 店員の案内を断り、その席に向かう。

 

「悪いな、遅れたか?」

「こういう時は今来たばかりよって言った方がいいのかしら?」

 

 俺の言葉に笑みを浮かべてそう言う森田。

 伊達から教えられたコークスクリューの練習をしたり、他にも普通にボクシングの練習をしたり。

 ……ちょっと珍しいところでは、沖田とのスパーもやったりした。

 沖田は俺を苦手な相手としてあまり関わらず、それでいて伊達のファン……いや、信者とでも言うべき存在だけに、俺に複雑な視線を向けたりしていたのだが、昨夜の一件で謝ってきて、それから少し話すようになり……まぁ、その流れでスパーをやるようになった感じだ。

 もっとも、練習をしたり、他の相手とスパーをやってる時から思っていたが……うん。沖田は伊達の劣化コピー……もうしく好意的に表現するのなら、模造品といった感じだ。

 まぁ、そのうち何らかの独自色が出てくるかもしれないだろうが。

 ともあれ、沖田が俺とある程度は気軽に接してくれたのは嬉しい事なのは間違いなかった。

 

「紅茶とショートケーキで」

 

 俺が森田と同じ席に座ると、すぐにウェイトレスがやってくるので、そう注文する。

 

「それにしても、良い雰囲気の喫茶店だな」

「でしょう? 私も気に入ってるのよ。もっとも、こういう雰囲気のお店だからこそ、誰が来るか分からないから、変装が必要なんだけど」

 

 そう言う森田は、昨夜居酒屋に来た時と同じくカツラや眼鏡で変装をしていた。

 森田といえば、あのロングヘアーが印象的なのは間違いない。

 そうである以上、今の森田を見ても森田クミコだとは分からないだろう。

 ……もっとも、世の中には鷹村のような野生の勘の持ち主がいたりするので、絶対に大丈夫という訳でもないのだが。

 

「それで、今日は大丈夫だったのか?」

「ええ。結構危なかったけど……全く、アクセルがあそこまでケダモノだとは思わなかったわ」

「そう言ってもな」

 

 普段から毎晩10人以上……時には20人前後を相手にしているのだ。

 そういう意味では、酔っていたとはいえ、森田1人を相手にして、それで疲れ切ってはいたものの、まだ動く余裕があるという事は大分手加減出来ていたのは間違いない。

 もし俺が森田の言う通り本当にケダモノのように性欲全開になったとしたら……うん、森田が色々と不味い状態になっていたのは事実だ。

 どんなに楽観的に考えても、今日仕事に行くという事は出来なかっただろう。

 とはいえ、それを言おうとは思わないが。

 何しろ今の俺はホワイトスターに戻れない状態だ。

 そんな中で恋人が20人以上いたとか、あるいは異世界の存在だとか、そういうのを言うのはどうかと思うし。

 

「……まぁ、その、凄い体験だったのは否定しないわ」

 

 そう言い、少し照れたようにコーヒーを飲む。

 妙な沈黙が周囲に漂う中、ウェイトレスが紅茶とショートケーキを持ってくる。

 そして早速ショートケーキを食べるが……

 普通だな。

 いや、決して不味い訳じゃない。

 けど、美味いと絶賛する程ではないのも事実。

 この喫茶店の雰囲気からして、ショートケーキももっと美味いと思っていただけに、期待値が高すぎたらしい。

 

「それで、どうする?」

 

 ショートケーキの苺を食べながら、森田に尋ねる。

 その言葉の意味を森田は当然のように理解しており、コーヒーのカップを置いてから口を開く。

 

「昨夜の事は一夜の夢。そういう事でどう?」

「まぁ……森田がそれでいいのならいいけどな」

「まさか、今話題になってる私とアクセルが、あのインタビューの件があるのに、付き合う訳にもいかないでしょう? 身体の関係だけというのも……表沙汰には出来ないし」

 

 こうして見ると、森田も随分とはっちゃけたよな。

 多くの者が知っているアイドルの森田クミコというのは、誰にも好かれるような天真爛漫な性格をしており、ちょっとドジっぽいところのある性格といった感じだろう。

 だが実際には違う。

 表向きに知られているのは、そういう風にキャラ作りをしているからだろう。

 別にそれが悪いとは言わない。

 アイドルとして売り出されている以上、多くの者に好かれるというのは必須だ。

 そういう意味では、森田がそれだけアイドルとして本気で成功するつもりがあるからこそなのだろう。

 で、そんな森田だが……俺の前では既にそういう態度ではなく、素の性格で接している訳だ。

 まぁ、個人的にもそういう風に接してくれた方が気楽だけどな。

 プライベートでも、キャルルルンといった性格だと……うん。ちょっと遠慮したいし。

 

「そうか。森田がそういうつもりなら、俺もそれに合わせる」

「……クミコ」

「うん?」

「だから、こういう関係になったのに、名字で呼ぶなんて水くさいじゃない。名前で呼んで」

「いや、それは矛盾してないか? 昨夜の一件は一晩の夢なんだろう? なら、呼び名も……あー……分かった、クミコ」

 

 呼び名も今まで通りでいいだろう。

 そう言おうと思ったのだが、俺を見る森田……クミコの視線が悲しそうなのを見ると、そう言い直す。

 今の態度も、もしかしたら演技という可能性はある。

 あるのだが、しかしそれを考えた上でも別に名字じゃなくて名前で呼ぶのは構わないだろうと判断したのだ。

 

「ありがとう。……それで……何の話だったかしら?」

「これからどうするのかだよ。とはいえ、東日本新人王でもう優勝はした。後は西日本新人王で優勝した奴と戦って勝てば、俺はクミコをデートに誘える訳だ。……色々な意味で段取りが滅茶苦茶だけどな」

 

 優勝したら食事に誘うという話だった筈が、気が付けば食事に誘う前に肉体関係になっているんだから、段取り云々という問題じゃないよな。

 

「昨夜の事は一夜の夢だったんだから関係ないし、今日のこれは食事じゃなくてお茶でしょう? 問題はないわ」

「いや、それはちょっと無理矢理すぎないか?」

「いいのよ。昨夜の件は私とアクセルだけの秘密。……というか、もしそれが知られたら私は色々な意味で問題になるのよ」

 

 だろうな。

 そう言おうとするが、止めておく。

 今の俺は、書類上では18歳となっている。

 ただ、それはあくまでも俺が忍び込んで改竄した結果でしかない。

 何も知らない者が俺の姿を見れば、それこそ15歳と評してもおかしくはない。

 20代の女が外見15歳の俺と肉体関係になった……しかもそれが、人気アイドルのクミコ。

 色々な意味で不味いのは間違いなかった。

 うーん、今の俺の外見は10歳くらい、10代半ば、20代の3つにしかなれないんだよな。

 これでせめて18歳くらいになれるのなら、そこまで問題ではないのだが。

 

「まぁ、外見については諦めてくれとしか言えないな。……この外見のお陰で、フェザー級にいるのも間違いないんだし」

「分かってはいるんだけどね。……でも、その見た目はちょっと問題なのよ」

「それには慣れてくれとかしか言えないな。ともあれ、これで俺達がどう行動するのかは決まったな。……ちなみに西日本新人王の選手との戦いは大阪でらしいんだが、どうする? 見に来るならチケットを用意するけど」

「行くに決まってるでしょ。私とアクセルの関係が決まる最後の一幕なんだから」

「とはいえ、おやっさんから聞いた話によると大阪の試合はかなりこう……乱暴というか、粗雑というか……そんな感じらしいぞ。向こうにとってはホームなんだから当然かもしれないが」

「それでも行くわ。……そうね。アクセルが優勝したら、祝福のキスをするというのはどう? 初めてのキスなんだし、見映えのする方がいいでしょう?」

 

 初めてのって、昨夜は……いや、昨夜の件は一晩の夢という事になってるんだし、その辺については考えなくてもいいか。

 それに実際、俺が西日本新人王の選手に勝利した時に人気アイドルであるクミコから祝福のキスをされるというのは、映像的にもこれ以上ないだろうし。

 もっとも、食事をする筈がキスをするというのになると、クミコのファンの中にはファンからアンチになる奴もいるかもしれないが。

 とはいえ、芸能界の厳しさについてはこれ以上ない程に知っているクミコだ。

 その辺りの事情は全てを理解し、その上で今のような提案をしてきたのだろう。

 そうして俺はクミコとの話を終えると、その場で別れるのだった。

 ……何だかクミコが不満そうな様子を見せていたが、それは恐らく気のせいなのだろう。

 

 

 

 

 

 新年が明けて、1月になってからある程度時間が経つ。

 東京という事もあって、それなりに寒いが雪が降る程ではない。

 そんな中、今日も俺は仲代ジムで練習をしていたのだが……

 

「アクセル・アルマーって奴はどこや!」

 

 不意に仲代ジムにそんな声が響く。

 いきなり名前を呼ばれたことにより、声のした方に視線を向ける。

 するとそこには、1人の男が立っていた。

 その男は、仲代ジムを見回し……サンドバッグの前にいた俺に気が付くと、歩いて近付いてくる。

 

「ちょっと待て。お前千堂だろう? 何をしにうちに来たんだ?」

 

 だが、そんな男……千堂? の前に沖田が立ちはだかる。

 俺に酒を掛けた日から、一転。

 沖田とはそれなりに親しくなった。

 伊達程ではないが、それなりにスパーをやるようにもなったしな。

 

「なんや、あんた」

「おいおい。こう見えても去年の新人王なんだぜ? いわばお前の先輩だ。顔と名前くらいは覚えていてもいいんじゃないか?」

「ふん、あんたが? ……まぁ、今日はあんたに用があってきたんやない。アクセルに用があって来たんや!」

 

 沖田の言葉を信じるのなら、この千堂という男が来月俺が大阪で戦う相手なのだろう。

 それは分かったが、何をしにここまでやって来たんだ?

 それに少し興味が湧く。

 

「沖田、いい」

「アクセル? いや、けど……分かった」

 

 俺の言葉に何かを言いたそうな沖田だったが、結局俺に任せてその場は退く。

 そんな沖田と入れ替わるように、俺が前に出る。

 

「それで? 来月には俺と戦うのに、わざわざ何をしにここまでやって来たんだ?」

 

 これがもし千堂以外の者であれば、例えば八百長をしようと思ってやってきたと思う事も出来る。

 だが、千堂は見るからにそういう事をするタイプには思えない。

 ……いや、もし八百長をやるにしても、わざわざジムまで来る筈がないだろう。

 そういうのをジムのいる者達の前で話しても、それが受け入れられる筈がないのだから。

 

「おう。インタビューについては、ワイも見た。正直なところアホかと思ってたわ。けど……お前は優勝した。しかもワイと同じく最優秀新人賞というやないか。これは本物をしっかりとみておかなあかんと思って、やって来たんや」

「それはまた、随分と俺に期待してくれているみたいだな」

 

 ようは、自分と戦う相手がどういう存在なのかを見てみたいと、そう思ってやって来た訳か。

 行動力という点では凄いな。

 

「勿論や。ボクシングってのは、力と力をぶつけ合うもんや。アクセルとならそういう試合をやれると思ったんや」

「それは……どうなんだ? 千堂がボクシングをどう思っているのかは分かっているが、俺はお前が期待するようなタイプのボクシングじゃないぞ?」

 

 例えばこれが、純粋なインファイターの一歩であれば千堂の期待するような試合も出来るだろう。

 だが、俺は基本的に足を使って戦うアウトボクサーだ。

 勿論パンチ力もあるし、インファイトが出来ない訳でもない。

 だが、俺の好みとして足を使ったボクシングスタイルの方がしっくりとくるのだ。

 これは俺がPTとかに乗って戦う時、近接戦闘よりも射撃戦闘を好むのと同じような理由からだろう。

 

「構わへん。……いや、正直に言えば、何でお前程の実力の持ち主が、わざわざそういうボクシングをするか分からん。けど……それでもアクセルの試合のビデオを見れば、強いのは分かる」

 

 う……そう言われるとちょっと困る。

 いや、そういう風に思われるのは別にいいんだが、千堂は俺の試合のビデオを見ているらしいが、俺は千堂の試合のビデオを見てはいないんだよな。

 とはいえ、千堂の様子を見れば大体どういう戦闘スタイルなのかは予想出来るが。

 身体の動かし方からでもしっかりと鍛えているのは分かるし、その性格と先程自分がどんなボクシングをやりたいのかを口にしていた件からすると、一歩と同じような距離で戦うスタイルなのだろう。

 

「褒められたとは思っておくよ。……それで、これからどうするんだ?」

「これから? これからって……その……」

 

 ん? おい、何でそこで言葉に詰まる?

 もしかして、俺の試合のビデオを見てその衝動から東京まで来たのか?

 俺に会ってみたい、直接話をしてみたいと思って来たのなら、それは嬉しいと思う。

 思うのだが……だからといって、そこまで考えなしなのはどうかとも思う。

 

「あー……その、電車賃、貸して欲しいんやけど」

 

 しかも、どうやら片道分の金しか持っていなかったらしい。

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