転生とらぶる2   作:青竹(移住)

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番外編161話 はじめの一歩編 第17話

 全日本新人王になってから、数ヶ月が経過し……桜も完全に散り、春も終わりに近付いた頃、いよいよA級トーナメントが行われる事になった。

 

「とはいえ、フェザー級は結局のところチャンピオンがベルトを返上したから、A級トーナメントで優勝すれば、その時点でチャンピオンになるんだけどな」

 

 フェザー級の1位と2位が戦って勝利したら、臨時のチャンピオンにするという案もあったらしい。

 ただ、それが実現しなかったという事は、それはつまりそういう事なのだろう。

 自分で言うのも何だが、現在のフェザー級は俺を始めとして、強いボクサーが大量にいるしな。

 フェザー級のチャンピオンになったら、そういう相手と戦う必要があるので、避けたのだろう。

 とはいえ、これは確実にそうだという訳ではなく、あくまでも俺の予想だ。

 もしかしたら逃げるとかそういうのを考えた訳ではなく、本当に何らかの事情があったという可能性もある。

 

「ほら、ボディが空いてるぞ」

 

 そう言い、俺は相手のボディに右グローブを触れさせる。

 決して殴る訳ではない。

 何しろ相手はプロボクサーではなく、あくまでも仲代ジムに通っている練習生だ。

 ……以前はかなり怖がられていたんだが、沖田が色々と俺と仲良くなったのを切っ掛けに、他の練習生もある程度気軽に接してくるようになっていた。

 そんな訳で、現在俺は練習生とスパーを行っているのだ。

 勿論、今のように殴るのではなく、命中するところでグローブを止めるといった、いわゆるマスボクシングだが。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ボディに触れると、練習生はそう感謝する……が、これで終わりだな。

 マスボクシングをしたのはそんなに長くはないのだが、見た感じかなり息が切れている。

 どうやら緊張から、俺が予想した以上に疲れたらしい。

 

「じゃあ、この辺で終わりだな。今のスパーでどうすればよかったのかを、しっかりと考えておけ」

 

 そう言い、俺は次の相手に声を掛ける。

 

「次だ」

「お願いします!」

 

 そう言い、身体の大きな練習生がリングに上がる。

 ライト級だったか。

 普通ならフェザー級とライト級のスパーというのは、やらないのだが。

 ただ、俺の場合はミドル級の鷹村とスパーを頻繁にやってるので、そういう意味では今更の話だろう。

 というか……うん。あそこで順番待ちをしてるのは、その鷹村だよな。

 

「おい、何で鷹村がここにいるんだ? ジムを間違っていないか?」

 

 仲代ジムにいる練習生達も、当然ながら鷹村の姿には気が付いていた。

 とはいえ、鷹村はかなりやる気になっていたので、そんな獰猛な鷹村に声を掛けるに掛けられなかったのだろう。

 

「ジジイから連絡は行ってるはずだ」

 

 その言葉に、少し離れた場所にいるトレーナーに視線を向ける。

 俺の視線に気が付いたのだろう。

 そのトレーナーは微妙な表情を浮かべつつも、頷く。

 今の鷹村は、ミドル級のチャンピオンだ。

 去年の夏……そう、俺がクミコと一緒に伊豆の海にデートに行ったすぐ後で、鷹村はミドル級のチャンピオンになったのだ。

 ……そんなミドル級のチャンピオンが、全日本新人王とはいえ、俺とスパーをするのはどうかと思わないでもなかったが。

 とはいえ、おやっさんが許可を出してるのなら、俺からは特に何も言えないのだが。

 それに……チャンピオンがと言うのであれば、伊達も俺と同じだし。

 もっとも、伊達は既にベルトを返上して世界への再挑戦に狙いを絞って行動している。

 今もおやっさんと一緒に泊まり掛けで合宿に行ってるし。

 以前伊豆で会った時は、鴨川ジムの面々がかなり多かったものの、伊達の場合は1人での合宿だ。……今の状況を合宿と表現してもいいのかどうかは、ちょっと微妙なところだが。

 まぁ、それだけ世界に向けてやる気を見せているのだろう。

 個人的には、俺を合宿に連れていってスパーの相手をした方がいいと思ったんだが。

 その辺はおやっさんも色々と考えているのだろう。

 

「ほら、早くしろよ! 俺の番まで回ってこねえじゃねえか!」

「ひぃっ!」

 

 鷹村の言葉に練習生が小さく悲鳴を上げる。

 それも無理はないだろう。

 この仲代ジムにいる練習生は、当然ながらボクシングに興味を持っており、自分もやってみたいと思った者達だ。

 それだけに鷹村の存在については十分に理解している。

 そんな鷹村に怒鳴られれば、怯えるなという方が無理だった。

 とはいえ……ボクシングをやっていく上で、この程度で怯えるのはどうかと思わないでもないが。

 千堂しかり、鷹村しかり、後は俺は戦った事がないが、間柴もか。その他にこの仲代ジムにも何人かいるが、ボクシングの選手には元不良という経歴の者が多い。

 そういう奴と試合なりスパーなりする場合は、負けてたまるかといったように睨み付けるくらいは平気でする。

 そうした威嚇行為によって、実力を発揮出来なくなるのは最悪の出来事だろう。

 だからこそ、ボクシングをやる上ではそういうのにも慣れておく必要がある。

 そういう意味では、鷹村に怒鳴られて怯えた様子を見せるこの練習生は……まぁ、プロになる訳ではなく、あくまでも趣味でボクシングをやる分にはいいのか。

 ちなみに俺が全日本新人王になった影響もあって、最近では仲代ジムの入門希望者はかなり増えたらしい。

 元々春というのは入学なり入社なり、そういうので新しい環境に身を置く者もいて、そういう者達が入門希望者としてジムにやってきたりもするらしいが、今年は俺の活躍によって倍……とまではいかないが、五割くらいは増えているらしい。

 もっとも、ジムの入門希望者は毎年決まった数が来る訳ではないので、俺とは関係なく入門したいと思った者がやって来た可能性も十分にあったが。

 ただ、俺のインタビューはゴールデンタイムで放映されたんだし、ボクシングに興味のある者ならそれに影響を受けたのは間違いない……と思いたい。

 カーンとゴングが鳴り、練習生が俺に向かって突っ込んでくる。

 ジャブ、ジャブ、ジャブ、右ストレート。

 ボディ、右フック、左フック。

 次々と攻撃をしてくるが、その全てを回避するか、打ち落とす。

 そして2分が経過したところで、カウンターの右を放ち顔面前で止める。

 

「はい、そこまでだ。……右フックと左フックは結構光るものがあった。本気で鍛えれば、プロになれると思う。ただ、プロはギラギラとした連中が多いから、その辺をどうにかする必要があるけどな」

「ありがとうございました」

 

 練習生が頭を下げてリングを下りる。

 すると練習生と入れ替わるように鷹村がリングに上がる。

 おれがマスボクシングをしている間も、しっかりと準備運動をしていたのだろう。

 薄らと汗を掻いており、やる気満々といった感じだ。

 ミドル級のチャンピオンが、フェザー級の新人を相手にスパーをするのに、ここまでやる気満々というのはどうなんだろうな。

 ……うん。言葉にすると色々な意味で酷いな。

 勿論これは表面的なもので、実際にはその新人王の俺が伊達や鷹村よりも強かったりするのだが。

 

「アクセル、言っておくがスパーはマスボクシングじゃなくて、普通にやれよ」

「分かった。鷹村が希望するのなら、そうしよう」

 

 マスボクシングは、あくまでも練習生を相手にする為のものだ。

 練習生はボクシングをやってはいるが、趣味的な者もいる。

 だからこそ、ボクシングを経験しつつも、実際に殴られるようなことはないマスボクシングをしていたが、鷹村の場合はプロボクサーだ。

 本人が望むのなら普通にスパーをしても構わないだろう。

 そうして俺は鷹村と向き合う。

 以前鴨川ジムで鷹村とスパーをした時、鷹村は覚醒した。

 だが、鷹村にしてみればあの時の感覚は意識が朦朧とした時の話で、今の状態でその時の感覚を蘇らせようとしても難しいらしい。

 だからこそ、鷹村は俺とのスパーを望むのだろう。

 鷹村があの時の事を具体的にどこまで覚えているのか、俺には分からない。

 分からないが、それでもこうしてそれなりに頻繁に仲代ジムに通ってくるという事は、それだけ本気なのだろう。

 カーンとゴングの音が鳴り、鷹村はいつものようにのそりと動く。

 その気になればかなり軽快なフットワークも使える鷹村だったが、俺とのスパーではフットワークを使うことはない。

 速度では俺に勝てないと理解している為だろう。

 とはいえ、だからといって俺が鷹村に付き合う必要もないので、トントンとリズムよくフットワークを踏む。

 フットワークと一口で表現される事が多いものの、実はこれって個人差がかなりあるんだよな。

 勿論基本となるフットワークはある。

 ボクシングを始めてフットワークを使い始めたばかりの者は、その基本のフットワークを使う。

 だが、練習をしているうちに自分の癖がフットワークに生まれていく。

 同じフットワークであっても、人によって全く違うように思えるのはその辺りの理由からだ。

 とはいえ、あまりにおかしなフットワークだったりすれば、ジムによっては修正されたりもするのだが、幸いなことに仲代ジムではそういう感じではない。

 あるいは単純に、俺のフットワークは修正するようなものではないとトレーナー達が判断してるのか。

 ともあれ、フットワークを使いながら俺は鷹村の周囲を回る。

 トントトン、トトトトトン、トン……といったように。

 まさにアウトボクサーの手本……というのはちょっと言いすぎか?

 とにかくそんな感じで。

 そんな俺に対し、鷹村は慌てることなく様子見をするが……

 パン、と。

 一瞬で近付くと、俺の拳が鷹村の顔面に当たる。

 その一撃でゆらりとよろけつつ、しかし鷹村は反撃の拳を振るう。

 しかし、鷹村が拳を放った時には既にそこに俺の姿はない。

 ミドル級とフェザー級……いやまぁ、俺の動きはフェザー級どころじゃないが、とにかくミドル級の鷹村よりもかなり上だ。

 それでいながら、パンチの威力も俺の方が鷹村よりも上な訳で。

 そういう意味では、このスパーは鷹村にとってかなり不利なのは間違いない。

 とはいえ、だからといって鷹村もそれを知っての上で……いや、だからこそと言うべきか。俺とのスパーを希望しているのだ。

 

「速度を上げるぞ」

 

 短く言い、その言葉通り速度を上げる。

 フットワークの速度が一段上がり、鷹村の懐にあっさりと入り込み、ボディを放つ。

 ボグッ、という音が響き……

 

「ぐ……」

 

 へぇ。

 鷹村がボディの一撃で膝を突きそうになりつつも反撃してきた事に驚きつつも、距離を取る。

 ぶん、と。

 俺のいた場所を鷹村の拳が通りすぎる。

 鷹村にしてみれば、恐らく半ば反射的な動きだったのだろう。

 ……となると、そろそろか?

 鷹村が俺とスパーをする最大の理由。

 それが、野生の爆発だ。

 正確には野生を理性でコントロールするといった感じか。

 俺が鴨川ジムに行った時のスパーで鷹村の身に起きたのが、それだった。

 あれから何度かスパーをしているが、狙ってその状態に出来た事はない。

 今日はその片鱗があるが……多分、鷹村的に色々とやった結果なのだろう。

 様子を見る感じで鷹村の周囲を動き回りつつ、何度かジャブを放つ。

 ただ、そのジャブの中にはコークスクリューのジャブが交ざっている。

 鷹村にしてみれば、ジャブだからといって迂闊に当たる事は出来ない。

 そうして何度か攻撃が命中してると……不意に鷹村が動く。

 その動きは最初と同じくのそりとしたものだったが……何かが違う。

 身体の動かし方がより自然なものになっているというか、流れるような動きになっているというか。

 とにかくそんな感じだ。

 これは、入ったな。

 そうなると、この状況で俺がやるのは鷹村が覚醒状態になったまま、出来るだけ長くいさせてやることだ。

 攻撃をしない訳ではないが、それでも一撃によって気絶させるといったことはしない。

 悪く言えば、手加減をして鷹村とのスパーの時間を長引かせる訳だ。

 さて、どうなるかな?

 そんな風に思いつつ、俺は鷹村に近付いていくのだった。

 

 

 

 

 

「ぶはぁっ……」

 

 スパーが終わり、鷹村はリングの上で大の字になって寝転がっている。

 それだけ疲れたのだろう。

 

「で、どうだった?」

 

 鷹村の呼吸が落ち着いてきたのを見計らい、そう尋ねる。

 鷹村はリングの上に寝転がったまま、顔だけをこちらに向けて口を開く。

 

「まぁ、悪くない……と思う」

 

 その言葉をどう受け止めればいいのか、少し迷う。

 とはいえ、鷹村の覚醒は別に俺が思っているような……例えば、ネギま世界やペルソナ世界のように、姿形が変わるといったようなものではない。

 この世界において、そういうのはまずないだろうし。

 

「そうか。なら、後はその感覚をいつでも自分で好きな時に再現出来るようになる事だな」

「そう簡単に出来るかよ」

 

 だろうな。

 鷹村は間違いなく一種の天才だ。

 しかし、そんな鷹村であってもあの状態……いわゆるスポーツで言うゾーンなのか? その辺はちょっと分からないが、それを意図的に再現するのは難しいらしい。

 とはいえ、鷹村にとってはそれが最優先であるのは間違いなかったが。

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