「圧倒的なまでの試合内容でしたね。一体、どれだけの練習をしたら、あそこまでの実力を発揮出来るんですか?」
ヴォルグとの試合終了後、俺は控え室でインタビューをされていた。
いつものように……いや、いつも以上に記者の数は多い。
何故か。
それは、ヴォルグが負けたからだ。
記者達にしてみれば、ヴォルグは元アマチュア世界王者というのが大きい。
そして圧倒的な戦歴もまたその世界王者という肩書きにプラスされている。
だが……そのヴォルグが俺との試合で負けてしまった。
内容的には決して悪いものではなかったのだが。
何しろソーラー・プレキサス・ブローを食らった状態から、ホワイトファングを打ってきたのだから。
だが、それでも1RでTKO負けしたのは間違いない。
元世界王者が負けたというのは、ヴォルグのネームバリューに大きなマイナスイメージとなったのだろう。
もっとも、これでヴォルグがどうしようもなくなった訳ではないのは間違いないが、それでも今日の負けが大きな意味を持つのは、本来ならヴォルグのインタビューをする為に来たのだろう者達がここにいるのを見れば明らかだった。
「そうだな。毎日ボクシング漬け……というのは少し大袈裟かもしれないけど、そんな感じだな。後は、言うまでもないと思うが、才能が大きな意味を持つ」
ボクシングに注目させる為のビッグマウスは、こういう時に使うべきものだろう。
……とはいえ、それを聞いた何人かは俺の言葉に面白くなさそうにしているが。
日本人……特にこの時代の人間は、謙遜を美徳とする者が多い。
全員が全員そうだとは限らないが、そういう傾向にあるのは間違いない。
だからこそ、俺の言葉を聞いて面白くないと思う者もいるのだろう。
「次の試合……決勝は幕之内選手との試合ですが、東日本新人王で戦ってますよね? そうなると、楽に勝てるのでしょうか?」
また別の記者が尋ねてくるが……ボクシングを分かっているのかいないのか。
自分で言うのもなんだが、俺の試合だけを見ていればそういう風に思ってもおかしくはないと思う。
「一歩はボクサーとしては非常に強力な一撃を持っている。それこそ、当たればどんな相手でも倒せるような」
「……そこまで幕之内選手を評価してるとは思いませんでした」
俺の言葉に驚いたのか、記者が目を見開く。
そう言われてもな。何しろ一歩はこの世界の主人公だ。
それこそ場合によっては、何らかの力で俺に勝利するという可能性も十分にあるのだ。
とはいえ、まさかこの世界の原作がどうとか言える筈もない。
「一歩の強さは、試合をしてみれば分かる。もしくは、スパーとかもな。何なら、一歩とスパーをしてみるか? 一歩の強打……いや、豪打と呼んでもいいのが、一体どれだけの威力を持っているのか体験出来るぞ」
そう言うと、インタビューをしてきた記者はぶんぶんと首を横に振るのだった。
「で? 本当のところはどうなの?」
翌日、俺はクミコと久しぶりにデートをしていた。
とはいえ、変装しているものの、正体を見抜かれると大きな問題になるので、中華料理店の個室で一緒に食事をしていた。
フカヒレとか、北京ダックとか、美味い料理を楽しむ。
ちょっと変わったところでは、辛くない麻婆豆腐があった事だ。
麻婆豆腐というと、辛い料理とばかり思っていたのだが、広東風の麻婆豆腐というのは、普通の麻婆豆腐と違って辛くないんだよな。
いわゆる、麻婆豆腐の甘口という訳ではなく、標準でこういう味の麻婆豆腐なのだ。
「中華料理店でデートをしつつ、スポーツ新聞を見るってのは……アイドルとしてどうなんだ?」
「何よ、アクセルの前でくらい、気楽な状態でいさせてよね」
不満そうなクミコ。
まぁ、アイドルとしてのクミコはぶりっこというか……そういう、誰にでも好かれるような、作られた人格を演じてるしな。
クミコの場合、素の状態がそこまで酷い訳でもないんだし、それを前面に出してもいいと思うんだが……まぁ、事務所側の判断とかもあるんだろうし。
「で、何だって?」
「だから、幕之内君の事。この前、ちょっとインタビューに行ったんだけど、事務所の中では好かれてたみたいよ?」
「インタビューをしてたのか、鴨川ジムに。……鷹村に襲われなかったか?」
鷹村は以前からそれなりに女好きとして有名だったらしい。
伊達からの情報だから、間違ってはいないだろう。
それだけに、クミコがインタビューに行けば余計な騒動が起きてもおかしくはない。
それに……以前、俺とクミコが海でデートした時、そこで合宿中だった鷹村達と遭遇してしまったんだよな。
その時は変装クミコも変装をしていたが、鷹村はクミコを……正確には水着姿のクミコを見て、何かに気が付いた様子だった。
クミコも人気アイドルとして、写真集を出したりもしているので、鷹村にしてみればその写真集とか、雑誌に載ってる写真とかを見た事があったのかもしれない。
そう考えると、鴨川ジムでクミコと鷹村が会った時、何か妙な事を言ったりされなかったかと、疑問に思うのだ。
「大丈夫よ。そういうのはなかったから」
「なら、いいんだが」
クミコの様子を見る限り、実際に鴨川ジムで特に何も問題はなかったらしい。
これはちょっと意外だった。
「それで? 幕之内君との試合はどう思っているの?」
話を戻すクミコ。
どうやら本当にその辺について聞きたがっているらしい。
「まぁ、俺の勝利だろうな」
リップサービスとかそういうのをなしにして、素直にそう言う。
「そうなの? 幕之内君の一撃は強力だって書いてるあるけど」
「それは間違いない。当たれば、それこそ沖田や……伊達を相手にしても倒せるだけの威力は持っている。そのパンチ力はフェザー級……だけじゃなくて、それこそ日本のボクシング界の中では、全ての階級を合わせても一級品だ」
それこそ、鷹村を相手にしても勝算はあるんじゃないかと思えるだけの威力を一歩の拳は持っている。
ただ……それはあくまでもパンチの威力だけの話だ。
それ以外の全ての面では、鷹村は一歩を上回っているだろう。
つまり、パンチを当てたくても当たらないのだ。
ミドル級のボクサーという事や、これまでの鷹村の試合からして、その豪快さが目立つものの、鷹村の本領はその高い技術だ。
……鴨川会長も、よくあの鷹村をあそこまで仕込んだものだと思える程の、高い技術。
そんな鷹村だけに、一歩が鷹村とボクシングをすれば間違いなく翻弄されるだろう。
そして俺は、鷹村以上に全ての面で一歩を上回っている。
あ、でもインファイトの技術という点では、俺よりも上だったりするのか?
「なのに、アクセルが勝つって断言するの?」
「そうなるな。自分で言うのもんだが、俺は色々な意味で特別なんだよ」
海鮮春巻きと普通の春巻きの食べ比べをしながら、クミコと言葉を交わすが……
「ん? この春巻き……美味いな」
第3の春巻きを食べると、動きが止まる。
具材そのものは、普通の春巻きと違わない。
だが、何故か普通の春巻きよりもワンランク上の味となっている。
「え? ……あら、本当ね。これ……しみじみと美味しい春巻きだわ」
俺の言葉を聞いたクミコも春巻きを食べて目を見開く。
そうして、その後は何故か一歩の件とかではなく、この春巻きが何故これだけ美味いのかという話になる。
ただ、結局最後までその理由は分からず、追加の注文を取りに来た店員に聞くと、どうやら皮が違ったらしい。
普通の春巻きは、小麦粉を使って作った皮を使う。
だが、この特性の春巻きの皮は小麦粉ではなく……なんと、鶏のささみらしい。
ささみがどうやって皮になるのかという俺の疑問については、店の秘密という事で教えて貰えなかったが。
とにかく、この特製の春巻きの皮が鶏のささみであるのは間違いないらしい。
……四葉に説明すれば、作ってくれるだろうか?
中華料理は四葉にとって本業だ。
色々な料理を作れる四葉だったが、それでもやはり中華料理が一番得意なのだ。
であれば、鶏のささみを皮にした春巻きがあったと言えば……多分作ってくれる筈。
実際にはどうなのかは分からないが。
「じゃあ、今日はありがとう。楽しかったわ」
店を出ると、クミコはそう言って俺の頬にキスをしてくる。
店の前にはまだそれなりの人がいて、そんな光景を見ると口笛を吹く。
そう言えば、クミコを抱いた翌日に千堂との試合が終わった後でキスをするって話があったけど、結局そういうのはなかったな。
このキスはその代わりなのかもしれないな。
「またね」
そう言い、クミコは俺の前から走り去り、すぐ近くを通ったタクシーに乗って姿を消す。
残ったのは俺だけ。
……しかも、さっきのキスで多くの注目を浴びながら。
クミコは変装をしていたので問題なかったが、俺は特に変装をしてはいない。
そういう意味では、周囲には俺の事を知ってる奴がいるかもしれない。
少しでもボクシングを広める為に、俺は積極的に表に出ている。
また、俺とクミコのインタビューはゴールデンタイムに流れたし。
とはいえ、あのインタビューが流れてから、既に結構な時間が経っている。
もう覚えている者もあまり多くはないだろう。
だからといって、いつまでもこの場にいる訳にもいかないので、俺はその場から立ち去るのだった。
「アクセル、久しぶりだな」
「……噂をすればなんとやら」
「あん? どうしたんだ?」
クミコとデートをしてから数日、仲代ジムには半ばお馴染みになった鷹村の姿があった。
「いや、何でもない。……というか、A級トーナメントで次に俺は一歩と戦うんだけどな。その一歩と同じジムに所属する鷹村が仲代ジムに顔を出すというのはどうなんだ?」
「ふんっ、一歩と俺は関係ねえよ」
「いや、同じジムなんだからそれは通じないだろ。……とはいえ、もう来た以上は仕方がない。スパーだろう?」
そうして俺は鷹村とスパーをするのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……俺はミドル級のチャンピオンだってのに、そんな俺が何でこうも……」
リングの上で鷹村は横になりながら、不満を口にする。
別に俺にとっては、これが普通なんだけどな。
仲代ジムにおいても、俺が伊達とスパーをして勝利するのは既に見慣れた光景になっている。
普通に考えればかなり酷い事なんだが……あ、いや。でも今となってはそうじゃないのか?
今の俺はフェザー級のランカーなのだから。
しかも次の一歩との試合に勝てば、俺がフェザー級のチャンピオンになるのだから。
……ちなみに、このランカー。
例えばランカーの1位というのは、あくまでもチャンピオンに対する挑戦権が1位であるという事でしかなかったりする。
うん、これを知った時はかなり驚いたな。
てっきり強さとかそういう感じのランクだと思っていたのだ。
とはいえ、一般的にはランカーの順位がそのまま強さという風に認識されているので、そういう意味では決して間違ってはいないのだが。
「それこそ、実力の差って奴だな。……ん?」
鷹村と話を続けようと思ったが、ふとリングの近くに鴨川会長がいるのに気が付く。
どうやら俺と鷹村がスパーをやっている時にやって来たらしい。
そして俺の視線が気になったのか、倒れていた鷹村が上半身を起こして俺の視線を追うと……
「げっ! ジジイ……」
鴨川会長を見た鷹村の表情が引き攣る。
あー……これは多分鷹村が勝手にスパーに来たって感じなんだな。
鷹村が来た時にも言ったが、俺は今度一歩と試合をする。
それもA級トーナメントの決勝戦で、それに勝利すればフェザー級のチャンピオンになるという、そんな試合だ。
だというのに、鷹村は俺とスパーをやりに来た。
突拍子もない出来事だとは思っていたが、鴨川会長には内緒で来ていたのだろう。
「鷹村、ここは大人しく怒られた方がいいぞ。ここで逃げると、余計に酷くなる」
「ぐ……畜生……」
何だか俺に負けた時よりも悔しそうにしながら、鷹村が起き上がってリングから下りる。
そんな鷹村に、鴨川会長は持っていた杖を……
「この……馬鹿もんがぁっ!」
その叫びと共に、杖が振り下ろされた。
「うおっ! このジジイ、何しやがる!」
この場合、ミドル級のチャンピオンである鷹村に杖の一撃を与えられる鴨川会長を褒めるべきなのか、それとも鴨川会長の一撃を回避出来ない鷹村に呆れるべきなのか。
とはいえ、鷹村は俺とのスパーでかなりのダメージを受けている。
特にソーラー・プレキサス・ブローは、鷹村にとっても大きなダメージとなったのは間違いない。
ヴォルグとの戦いで偶然使ったソーラー・プレキサス・ブローだったが、これは一撃で相手に圧倒的なダメージを与えるという意味では非常に強力なパンチだ。
そのダメージが残っているので、鷹村は杖の一撃を回避出来なかったのかもしれないな。
……もっとも、鷹村に使った以上、一歩にその辺の情報は流れるのだろうが。
ただ、一歩の筋肉による鎧を貫くにはこれ以上ないパンチがソーラー・プレキサス・ブローであるのも事実。
俺はどうやってこのパンチを当てるのか、考えるのだった。