翌日のスポーツ新聞には、俺がベルトを巻いた写真……ではなく、ベルトを巻いた俺の頬にキスをするクミコの写真が大々的に載っていた。
いやまぁ、うん。新聞社としても話題を集める……つまり、売れるのが最優先なのだろう。
だからこそ、記事に『~か!?』といったように、断言しているように見せ掛け、実は違うといったような記事があったりする。
そういうのを考えると、俺のこの記事はそこまで酷い記事ではない……のだろう。
色々と言いたい事がない訳ではなかったが。
そして当然ながら、その写真による苦情の電話が仲代ジムにはかなり来る。
聞いた話によると、ボクシング協会とかにもそれなりに苦情の電話が掛かっているらしい。
うん、正直悪いとは思う。
思うのだが、あれってクミコをリングに上げるように言った、インタビュアーが悪くないか?
そもそも、一体何を思ってああいう事をしたんだろうな。
クミコのライバルとかそういう感じか?
だからこそ、この機会にクミコにマイナスイメージをつけようとしたとか。
……実際、それが成功したのかどうかは分からない。
俺……というか、仲代ジムにはそれなりのダメージになっているのは間違いなかったが。
とはいえ、そういう事をしたインタビュアーである以上、恐らくもう二度と日の目を浴びない……とは言わないが、取りあえず俺のインタビューをする為に出てくるような事はないと思う。
ああ、インタビューといえば、控え室でのゴシップ記者。
あのゴシップ記者は結局何故か気絶したので、救護室送りになった。
うーん、不思議だな。本当に何でいきなり気絶したのやら。
きっと記者としての不摂生な生活によるものなんだろう。
「ああ、アクセル。ちょうどよかった。……幕之内だが、身体に悪影響はないらしい」
ジムで暇潰しながら縄跳びをしていると、おやっさんがやってきてそう言う。
ちなみに普通なら試合翌日というのは休日となるし、試合後の練習はそれなりに休んだ後での話になるのだが、俺は結局一歩のパンチを1発も貰っていない。
減量についても混沌精霊のお陰で何も問題はないし、結果として翌日からジムに出てきている訳だ。
……まぁ、部屋にいても暇だしな。
「そうか。最後の一撃の倒れ方がちょっと心配だったけどな。……さすが一歩という事か」
「……なぁ、前から思ってたんだが、アクセルのその過剰なまでの幕之内に対する信頼ってのは、一体何なんだ?」
何となくといった様子でおやっさんが聞いてくる。
別に本気で疑問に思っているとか、そういう感じではない。
ただ、何となく気になったから聞いてきたといった感じだ。
だが、そう質問された俺は咄嗟にどう反応すればいいのか迷う。
実際に俺は一歩をある意味で信頼している。
それはこの世界の原作の主人公が一歩だろうと、半ば確信を持っているからだ。
実際には違うかもしれないが、色々な原作の主人公と会ってきた経験からすると、恐らく間違いない。
そんな主人公だからこそ、強く信頼をしているのも事実。
事実なのだが……だからといって、それを口に出すような事を出来る筈もない。
「何でだろうな。何となく気分的に……いや、本能的に? そういう風に思えてしまうんだよ」
何とかそう誤魔化しておく。
幸いな事におやっさんも本気でそんな風に疑問を持っていた訳ではなかったので、それ以上深く突っ込まれるような事はなかった。
「そうか。まぁ、幕之内がいい選手なのは間違いないしな。現在のフェザー級はアクセルが絶対王者だが、その後には幕之内、千堂、ヴォルグ、冴木、宮田……他にもまだいい選手が幾らでもいる」
「絶対王者ってのは、少し大袈裟だと思うけど」
チャンピオンになったのは間違いないが、まだ防衛戦を1度もやっていない。
それなのに絶対王者と呼ばれるのは、ちょっとどうかと思う。
それなりに長い間フェザー級のチャンピオンだった伊達ですら、そういう風には言われていないというのに。
「そう言ってもな。実際アクセルは伊達よりも強いのは間違いないだろう?」
「それはそうだが……おやっさんがそういう事を言ってもいいのか?」
新人王だったり、A級トーナメントで優勝した事、それに何よりクミコとの一件で、仲代ジムの中で俺の顔がかなり売れているのは間違いない。
だが、それでもやはり現在仲代ジムで最も顔が売れている……それこそ、文字通りの意味で顔なのは、伊達なのだ。
「あのなぁ。その伊達とスパーをやって毎回勝ってるのは誰だ? それも聞いた話だと、未だに伊達はアクセルに1発もパンチを入れてないそうじゃねえか」
おやっさんの言葉に、何と返していいのか分からなくなる。
実際、おやっさんの言ってる事は事実だしな。
とはいえ、だからといってこれからどうするのかと言われても……正直、何も考えていない。
これで、もし伊達がいなければ俺が世界に挑戦してもいいのかもしれない。
ただ、その場合はフェザー級のチャンピオンになったにも関わらず、俺は1度も防衛戦をしないでベルト返上という事になるんだよな。
それはそれで色々と不味い。
俺個人としてはともかく、仲代ジム的には不味いだろう。
なので……
「もし世界に挑戦するにしても、何度か防衛戦をやってからだな」
そう言うのだった。
俺がフェザー級のチャンピオンになってから数ヶ月の時間が経つ。
経つのだが、未だに俺に挑戦をしてくる者の姿はいない。
自分で言うのも何だが、俺の強さに怯えている者が多数らしい。
一歩はA級トーナメントで戦ったダメージの件もあるし、まだ復帰していないから何とも言えないが、他の相手……それこそ、ヴォルグや冴木、千堂といった面々であれば、挑戦してきてもいいと思うんだが。
ただ、そういう相手はいない。
……鷹村が試合がないとか言って不機嫌になっているのを何度か見た事があったが、なるほど、こういう感じなのか。
そんな風に思いながら仲代ジムで練習をしていると……
「うおっ、誰だあの美人……」
俺の隣で縄跳びをしていた男の声が聞こえてくる。
何だ?
そう思って視線を向けると……なるほど、ジムの入り口には確かに美人と称すべき女の姿があった。
クミコは間違いなくこの世界においてトップクラスの美人ではあるが、ジムの入り口に立っている女もそれに負けない顔立ちだ。
それでいながら、眼鏡を掛けているのもあってか知的な印象を受ける。
とはいえ……一体誰だ?
これがもっと未来なら、女のボクシング選手であったり、もしくは自衛の為にボクシングを習ったり、ダイエット目的でボクシングをやったりとかもあるかもしれないが、今のこの時代、そういう女はいない。
いやまぁ、俺が知らないだけで実はどこかにそういうジムはあるのかもしれないが。
……いっそ、おやっさんに勧めてみるか?
仲代ジムはボクシングジムの中でも大手だ。
そうして大手だからこそ、そういうのに手を出してもいいと思う。
実際、大手ではあっても資金的に余裕がある訳じゃないしな。
俺に色々な違法組織から奪ってきた金や宝石なんかがあるけど、まさかそれを使う訳にはいかないし。
なので、先駆者として先にそういうのをやってみてもいいと思うんだよな。
もっとも、そうなったらなったで色々と大変だろうけど。
例えば着替える場所を新しく作ったりする必要があるし、ボクシングをやってる奴の多くは女に餓えているので、中には血迷った事をする奴もいる可能性がある。
そんな諸々を考えると……うん、おやっさんは多分やるとは言わないだろうな。
リターンは大きいかもしれないが、リスクも大きい。
現在仲代ジムがピンチならともかく、別にそういう訳でもない以上、無理に挑戦をする必要はない。
他のジムがそういうのに手を出して、どうにか出来ると思ったら挑戦してもいいんだろうけど。
「アクセル・アルマーさん、少しいいかしら」
「ん?」
縄跳びをしながら考えていると、少し離れた場所に女の姿があった。
さっき俺の近くで縄跳びをしていた男が美人だと言った眼鏡を掛けた女だ。
俺に一体何の用だ?
そう思いつつ、縄跳びを止めて近付いていく。
「あら、もしかしたら練習を始めたばかりだったのかしら? それだと邪魔をしてしまったわね」
その女がそんな風に言ってくるものの、一体何でそんな風に思ったんだ?
そんな疑問を感じつつも、俺は首を横に振る。
「いや、縄跳びは十分にやったから、別に問題ないぞ」
「え? でも、汗が……」
ああ、なるほど。
仲代ジムに所属する者は、俺がどんな練習をしても汗を掻かないのは知っている。
トレーナーの中には、もしかしたら何らかの病気じゃないかと心配した者もいたが、これは単純に練習そのものが厳しくない為だ。
ネギま世界やペルソナ世界の生身の戦いを思えば、そして何よりエヴァとの修行を思えば、仲代ジムの練習はウォーミングアップ程度にしかならない。
それ以外にも、やはり俺が混沌精霊だからというのが大きいのだろうが。
そこまで説明した訳でもなかったが、とにかく今では俺が汗を掻いていなくてもジムの面々は特に気にしていない。
しかし、それはあくまでもジムのいる者達ならだ。
この女は今日初めて仲代ジムに来た……いや、もしかしたら俺が知らない時に来ていたのかもしれないが、とにかくこのジムで俺と会うのは初めてだ。
そうである以上、俺が汗を掻いていないのを見て、不思議そうに思ってもおかしくはなかった。
「この程度で汗を掻くなんて事はないな。……それで、お前は?」
俺が聞くと、女は口を開こうとし……
「ああ、やっぱりここにいやがったな! 俺が紹介するから待てって言っただろうに」
その女が口を開くよりも前に、藤井がジムに入ってくる。
藤井が仲代ジムに来るのは珍しくないので、中に入るのに躊躇する様子はない。
「別に無理に来なくても、1人で自己紹介くらい出来ますけど」
「……ったく、こういうのは形式が大事なんだよ、形式が。……アクセル、悪いな。この女は俺と同じ月刊ボクシングファンで記者をやる事になった……」
「飯村真理です」
藤井の言葉に繋げるように、飯村がそう頭を下げてくる。
なるほど、記者か。
「ボクシングファンならともかく、女が記者をやるってのはちょっと意外だったな」
「そうかしら? 寧ろ私にしてみれば、ミーハーな人達の方がどうかと思うけど」
ミーハーか。
そう言われても、ちょっと否定出来ないのが痛いところだ。
例えば、速水、宮田、冴木、ヴォルグ。
美形と呼ぶに相応しい者達には、女のファンが多い。
実際、そういう選手が試合をする時は、女の観客も相応に多いのだから。
ただし、それはあくまでも個人のファンであって、ボクシングのファンという訳ではない。
つまり、クミコじゃないがアイドル的な存在な訳だ。
しかし、そういう者達もいつかは何らかの理由で本当にボクシングのファンになる可能性も否定は出来ない。
もっとも……それが具体的にいつになるのかと言われれば、それは分からないと答えるしかないが。
「ボクシングがメジャーなスポーツになるには、そういうミーハーな人気も必要なんだよ」
「あら、まさかそんな事を聞けるなんて」
意外そうな表情を浮かべる飯村。
……あれ? 確かにそうだ。
何でわざわざ俺は今のような内容を口にしたんだ?
そう疑問に思う。
一瞬……本当に一瞬だけ、もしかしたら飯村は何かそういう特殊な能力の持ち主なのではないかとも思ったが、この世界にそういうのがないのは理解している。
いやまぁ、それはあくまで俺が分からないだけであって、実際にはそういう何らかの技術がある可能性も否定は出来なかったが。
「あー……今のは一体どういう事だ?」
俺と飯村の会話を聞いていた藤井が、そう尋ねてくる。
ここで隠しても意味はないか。
「藤井も知ってると思うが、ボクシングはマイナーなスポーツだ。……過去にはかなりメジャーなスポーツだった時もあったらしいが、今はマイナーなのは否定出来ない」
「……だろうな」
藤井もボクシングが好きでボクシング雑誌の記者をやってるのだ。
それだけに、その好きなボクシングがマイナーだというのには、色々と思うところがあるのだろう。
「なら、俺がやるべき事はなんだ? それはボクシングに注目を集めて、ファンを増やす事だ。そうしてファンが増えれば、自然とボクシングはマイナーではなくメジャーなスポーツになっていく。野球に届かなくても、その次くらいの位置はキープ出来るようにな」
Jリーグについては、ここで言う必要はないだろう。
Jリーグは始まる前に、野球に次ぐ地位を確固たるものにしておきたいというのが、俺の正直な気持ちだ。
それが出来るかどうかは別として。
「ふーん。まさか日本でそういう事を考える人がいるとは思わなかったわね」
俺の考えを聞いた飯村は、何故か面白そうにその知的な美貌に笑みを浮かべるのだった。