転生とらぶる2   作:青竹(移住)

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番外編169話 はじめの一歩編 第25話

「こんにちは、アクセル」

「……また来たのか」

 

 サンドバッグを打っていた俺にそう声を掛けてきたのは、飯村。

 1週間程前に仲代ジムにやって来た飯村だったが、それからは毎日のように顔を出している。

 サンドバッグを打つのを止めて、呆れたような視線を向ける。

 藤井から聞いた話によると、飯村は外国の大学を卒業して日本に戻ってきたらしい。

 だからこそ、春ではなく今この時期……そろそろ秋に近くなった頃に日本にやって来たのだろう。

 

「あら、このジムの人は喜んでいるわよ。……もっとも、それだからこそ……」

 

 言葉を濁す飯村。

 まぁ、分からないではない。

 飯村は外国にいる時にボクシングに嵌まっただけあって、日本のボクシングの現状について色々と思うところがあるのだろう。

 

「喜んでいるのは、お前に声を掛けてない奴だろうけどな」

 

 飯村は美人だ。

 そうである以上、当然ながら練習生の中にはそんな飯村を口説こうと思う者もいる。

 しかし、当然ながら飯村はそんな相手に付き合う筈もなく、こっぴどくフラれたらしい。

 当然ながら、そういう者にしてみれば飯村に良い感情を持ったりはしない。

 だが、そういう行動に移っていない者、遠くから飯村を見ている者にしてみれば、飯村が仲代ジムに来るのは大歓迎なのだろう。

 何しろ飯村の性格はかなりキツイものの、それはあくまでも話した者でなければ分からない。

 遠くから見ているだけであれば、飯村の美貌は目の保養なのだ。

 ……それに、飯村は別に露出度の高い服を着ている訳ではないものの、そういう服でも……いや、寧ろそういう服だからか、余計に胸の部分が大きく膨らんでいるのが分かる。

 露出度の高い服でもそうだが、こうした普通の服でありながらエロいと考えるのも……うん。まぁ、その辺については考えないようにしよう。

 

「それより、アクセルはいつ試合をするのかしら? チャンピオンになって、まだ防衛戦を1回もやってないわよね?」

 

 飯村は自分が美人だというのは理解しているのだろう。

 だが、それを無視して……気にしないようにして、飯村は俺に聞いてくる。

 

「そう言ってもな。俺はいつ防衛戦をやってもいいけど、肝心の挑戦者がいないと、どうしようもないしな。飯村には誰かそういう相手のお勧めはいないのか?」

「……チャンピオンのアクセルにこう言うのはなんだけど、今の日本のボクサーに見るべき選手は少ないわ」

 

 どうやら外国のボクシングについて詳しい飯村にしてみれば、そのように思えてしまうらしい。

 とはいえ、その気持ちも分からないではない。

 日本でボクシングはあくまでもマイナーな存在だ。

 例えば現在運動が得意な子供達の場合、その多くがプロ野球の選手になりたいと言うだろう。

 それだけ野球がメジャーなスポーツであるという事を示している。

 そして近いうちにJリーグが発表されれば、プロサッカー選手になりたいと思う者はいるだろう。

 だが……プロボクサーになりたいという者が一体どれだけいるのか。

 何より、チャンピオンになった俺が言う事ではないかもしれないが、プロボクサーになっても、それだけで食べていける者というのは非常に少ない。

 多分9割……いや、9割5分、あるいはそれ以上がボクシングをやりながら普通の仕事もやっている筈だ。

 それにボクシングは格闘技である以上、選手でいられる時間は決して長くはない。

 今はボクシングだけで食べていけても、ボクシング選手を引退した後も人生は長い訳で……

 これが例えば、ボクシング選手でいる間に1億とか貯める事が出来れば、特に贅沢をしなければ、その金で生きていけるかもしれない。

 だが、ボクシング選手で1億を貯めるというのは……それこそ、ラスベガスとかそういう場所で戦えるボクサーでもないと難しいだろう。

 もしくはCMに出て金を貯めるというのもあるが。

 そう言えば……

 

「俺にもCMの依頼が来てるんだよな。どう思う?」

「あのね、何でいきなりそういう話になるのよ」

 

 呆れたように言ってくる飯村。

 

「いや、ボクシング人口が増えないのは結局のところ金の問題が大きい。そういう風に考えていたら、俺にCMの依頼が来ている事を思い出した」

「なるほど。……でも、アクセルの目的を思えば、CMに出るのは悪くない判断じゃない?」

 

 飯村の言葉には一理ある。

 実際俺がCMに出ているのを見て、それでボクシングをやりたいと思う者が出て来てくれれば、俺にとっても悪い話ではないのだから。

 収入については……まぁ、それこそ現金にすれば数億円分の宝石や金塊があるし、現金も相応にあるので、別にそこまで必要ではないのだが。

 

「CMか……飯村がそう言うのなら、出てみてもいいかもしれないな」

 

 TV局とかそういうのは、かなりドロドロしてるって話を聞く。

 ただ、幸いにも俺にはクミコという味方がいる。

 トップアイドルの1人であるクミコは、当然ながらそういうのにも強い訳で……俺にしてみれば、こういう時は頼りになる相手なんだよな。

 勿論、スライムを使ったり、魔法を使ったりで俺に敵対的な相手を処理するといった方法はあるが……それをやるのは、本当にどうしようもなくなった時でいいだろう。

 

「ボクシングの練習も忘れないでね」

 

 飯村にしてみれば、こうして俺に頻繁に会いに来るのは俺が才能のあるボクサーだからというのが大きい。

 以前ちょっと話した時、好きなボクサーとして口にしたのはボクシング史上に名を残したボクサーだったりしたらしいし。

 そんな中で、飯村がこうして俺に会いに来るのは……ボクサーとして俺が興味深い存在だからなんだろうな。

 デビューしてから今まで、ずっと1RでKO勝利してきたのだ。

 それこそ絶望の大魔王なんて異名がつくくらいには、俺の強さは知られている。

 だからこそ、飯村にしてみれば興味深い存在なのだろう。

 そして、俺の実力を知っているので、ここで俺がCMとかに出て芸能界に嵌まったりしないようにして欲しいといったところか。

 

「分かっている。今の俺がやるのはボクシングをメジャーなスポーツにする事だしな」

 

 俺の言葉に、飯村は笑みを浮かべて納得した様子を見せる。

 飯村もまた、ボクシングファンとして日本におけるボクシングをメジャーにするという俺の考えに賛成してるのだろう。

 あるいはボクシング好きで日本のボクシング業界を憂いているからこそ、余計にそう思っているのかもしれないが。

 

「そう、ならいいわ。……けど、そうね。今度一緒にボクシングの試合を見に行かない?」

「ボクシングの試合を? まぁ、それは構わないけど。……本当にボクシングが好きなんだな」

「ふふっ、そう言われ……あら?」

 

 飯村が言葉の途中で止める。

 そして飯村の見ている方に視線を向けると、そこにはおやっさんが笑みを浮かべて俺に向かって歩いてきていた。

 ただ、俺の隣に飯村がいるのを見て、少し困った様子を見せたが。

 

「ちょっとアクセルに話があったんだけど……もしかして、邪魔をしてしまったか?」

「いや、別に俺と飯村はそういう関係じゃないんだから、気にするな」

「……ふん」

 

 俺の言葉に、何故か不満そうな様子で鼻を鳴らす飯村。

 あれ? 別に実際そういう雰囲気じゃなかったよな?

 これまで仲代ジムの練習生が飯村に言い寄った時の反応を考えれば、飯村は自分が人目を引く美人であるという自覚があるのは間違いない。

 だが同時に、その自分の美貌を好ましく思っていない……というのは違うが、飯村本人がそこまで気にしていないというのも事実。

 だからこそ、飯村は自分の美貌であったり、女らしいボディラインを隠すような服装を好む。

 まぁ、記者だから動きやすい格好をしているというのもあるのだろうが。

 何しろ飯村はあくまでもボクシング雑誌の記者だ。

 それだけに、インタビューをする者はボクサーが……男が多い。

 そんな男の前で女らしさを強調するような服装をすれば、誘っていると思われてもおかしくはないし、それが理由で口説かれるといった可能性もある。

 また、ボクサーというのは元不良という者も多い。

 千堂とかなら問題はないだろうが、それこそ女好きのボクサーの前に飯村が男を刺激する……言い換えれば、エロい格好をしていれば、それこそ何らかの問題が起きてもおかしくはない。

 飯村もその辺を理解しているからこそ、今のような格好なんだろうな。

 

「えっと、その……おい、アクセル。本当にいいのか?」

「何がだ?」

「いや、だから……森田クミコの……」

「だから、俺と飯村はそういう関係じゃないって。それより一体何の用だよ、おやっさん」

 

 そう言うと、おやっさんは何故か微妙な視線を飯村に向け、それから数秒後にようやく口を開く。

 

「防衛戦だ」

 

 最初、おやっさんが何を言ったのか分からなかった。

 しかし、すぐにその言葉の意味を理解する。

 

「防衛戦……そうか、防衛戦か。チャンピオンになってから、随分暇な時間があったけど、ようやくか」

「そう言うなよ。アクセルの今までの戦歴を考えれば、そう簡単に挑戦しようと思う者はいなくてもおかしくはないんだ」

「そうでしょうね。私もビデオでしか見た事はないけど、アクセルのパンチはヘビー級並の攻撃力があると言われても納得出来ますし」

 

 ヘビー級はどうか分からないが、取りあえずミドル級のチャンピオンを倒すくらいのパンチ力は持ってるぞ。

 そう思ったが、鷹村の一件は言わない方がいいだろうと判断し……

 

「おう、アクセル。スパーに来てやったぞ」

 

 そんな俺の考えを粉砕するかのように、鷹村が仲代ジムに姿を現す。

 

「え?」

 

 そして鷹村を見て、驚きの声を発する飯村。

 ボクシング好きらしく、当然ながら鷹村についても知っていたのだろう。

 当然か。

 鷹村は伊達を含めて数少ない、世界で勝てるボクサーなのだから。

 世界を狙えると評判のボクサーはそれなりに多いが、世界で勝てるボクサーとなると、途端にその数は減る。

 それだけに、ボクシングファンでもある飯村は鷹村の事を知っていたのだろう。

 ……それ以外にも、藤井が鴨川ジムに連れて行ったのかもしれないな。

 藤井は鴨川ジムと縁が深い。

 というか、一歩のファンという一面が強いんだよな。

 だからこそ、飯村を鴨川ジムに連れていって紹介するのはおかしな話ではない。

 

「飯村は鴨川ジムに行った事があるのか?」

「ええ、藤井さんに連れられて」

「良い選手はいたか? 俺が知ってるのは一歩と鷹村くらいだけど」

 

 ずんずんと俺の方に近付いてくる鷹村を見ながら、飯村と話を続ける。

 

「そう……ね。いえ、やっぱりその2人かしら。他にも見るべき選手は何人かいたけど」

 

 飯村の言葉に俺が思い浮かべたのは、以前クミコと海にデートに行った時、遭遇した面々だ。

 合宿の途中だったらしいが、その時に一歩や鷹村の他に2人いた。

 合宿に参加していたくらいだし、そういう鴨川ジムの中では有望な選手なのだろう。

 

「おう、アクセル。スパーをやるぞ」

 

 どうやら時間切れらしく、鷹村が俺の前に到着する。

 その目にはギラギラとした光があり、今日こそ俺に勝つといった強い意志がある。

 

「分かった。俺も防衛戦の相手が決まったらしいから、本格的に練習をしていく必要があるしな」

「へぇ? そうなのか? 相手は一体誰だ?」

 

 防衛戦という言葉に反応した鷹村が聞いてくるが……

 

「誰だ?」

 

 俺は鷹村からの質問をそのままおやっさんに向ける。

 

「おい、防衛戦の相手も知らないのか?」

 

 そんな俺の様子を見た鷹村が呆れたように言ってくるが……

 

「それを聞こうとしたところで、ちょうどお前がやって来たんだよ。それで、おやっさん。相手は?」

「新日本ボクシングジムの茂田晃だ」

「……あら、それはアクセルの次の年に全日本新人王になった?」

 

 どうやら飯村は茂田という男の事を知っていたらしい。

 ボクシング記者である以上、全日本新人王になった選手について知っているのはそうおかしな話でもないと思うが。

 

「新旧全日本新人王対決ってところか」

「……そうなると、俺はどうなるんだ?」

 

 少し離れた場所でシャドーボクシングをしていた沖田が、若干の呆れと共に言ってくる。

 そう言われると、本当にどうなんだろうな。

 沖田は俺の前の年の新人王だ。

 ……どうせなら、その茂田という選手は仲代ジムの所属だったら、ちょっと面白い事になっていたような気がする。

 3年連続で全日本新人王を出したジムという事になるのだから。

 まぁ、その件はさておき、全日本新人王になった選手という事は、相応の実力の持ち主なのは間違いないだろう。

 そもそも絶望の大魔王なんて呼ばれている俺に挑戦してくるくらいだし、自分でも相応の実力を持っているという自覚がある筈だ。

 千堂や一歩との試合を見ていれば、俺の攻撃力が強いというのは十分に分かる筈だし。

 それを知った上でこうして挑戦してくるのだから……

 

「楽しみだな」

「おーおー、ご愁傷様だな。まぁ、俺はアクセルとスパーを出来ればそれでいいけどよ」

 

 そう言う鷹村に誘われ、俺はリングに向かうのだった。

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