名瀬との話が終わると、俺は鉄華団の拠点に連絡をする。
……その通信に出たのは、デクスターだった。
CGSの中で唯一鉄華団に残った男。
実際にはもう1人いたんだが……まぁ、あの小悪党についてはどうでもいいだろう。
今頃死んでいるのか、それともまだどこかで生きているのかは分からないが。
『あ……アクセルさん』
俺を見てそう言うデクスターだったが、その顔にはかなり疲れの色がある。
それこそ、このまま働かせると倒れるのではないかと思うくらいに。
当然ながら、このオルフェンズ世界に労災とかそういうのはない。……いやまぁ、ギャラルホルンとか、もしくは地球にある企業とかになら、もしかしたらそういうのはあるかもしれないが、火星の、それでもまだ企業したばかり……CGS時代を含めても、そういうのはなさそうだ。
とはいえ、ここで俺が休めと言ったところで、あまり意味はないしな。
「オルガはいるか?」
『はい、少々お待ち下さい』
そう言い、すぐにオルガが映像モニタに映し出される。
……うん、こっちもデクスター程ではないにしろ、疲れている様子だな。
オルガの方がまだ元気に見えるのは、これが若さによるものか。
『兄貴、どうしました?』
「ちょっと相談というか、話しておきたい事があってな。……けど、そういうのを話すよりも前に、お前の体調を心配した方がよさそうなんだが。大丈夫か?」
『いや、その……思ったよりも忙しくてですね』
「とはいえ、もう火星に戻ってきてからそれなりに時間が経つ。なのに、まだ忙しいのか?」
『あー……はい。その……まだ慣れなくて』
慣れない、か。
そう言われると、納得出来る。
オルガは参番組の時はそれを率いる立場として、それなりに書類仕事とかもしてただろう。
だが、今のオルガは鉄華団という組織を率いる者なのだ。
つまり参番組のトップだった時とは比べものにならない程に仕事量が増えている。
また、単純に鉄華団がCGSの時よりも大きな仕事を引き受けているのも、この場合は関係してるだろう。
CGSがしていた仕事は、警備であったり、小さな戦いであったりといったものが大半だ。
それと比べると、鉄華団がやった仕事は冗談でも何でもなく、歴史に残る偉業と言ってもいい。
何しろ、火星の一部とはいえ、アーブラウの植民地だったクリュセとアーブラウの間でハーフメタルの関税やその他についての交渉を成功させたクーデリアの護衛であった上に、アーブラウの国軍を作る際の軍事顧問となったのだから。
それこそ、教科書に名前が載ってもおかしくはないだろう。
まぁ、その場合は鉄華団と共に行動したシャドウミラーも教科書に名前が載るだろうが。
タービンズは……表に出てなかったから、名前が載る事はないと思う。
あるいは、名瀬が俺やオルガと兄弟分の杯を交わしてるので、それで……いや、無理か。
学術書とか歴史書とかそういうのならともかく、教科書だと兄弟分の杯とかそういうのについては載らないと思う。
「そうか。……俺が言うのも何だけど、事務員を増やした方がいいぞ? 結構就職希望者が来ているんだろう?」
これは事実だ。
今や火星において、シャドウミラーと鉄華団というのはかなりのネームバリューとなっている。
そうなると、当然だが鉄華団やシャドウミラーに就職したいと思う者も出て来る訳で。
ただし、就職希望者はシャドウミラーよりも鉄華団の方が多かったりする。
まぁ、その気持ちは分からないでもない。
シャドウミラーを率いるのは、どこから来たのか分からない俺であったり、それ以外も子供はいるが、大人もかなり多い。
そんなシャドウミラーと比べると、鉄華団のオルガは火星のスラム街出身だ。
オルガはその辺りについて隠すつもりはないらしく、かなりオープンにしている。
そうなると、スラム街出身の多くの子供達は自分達と同じ境遇から出世したオルガなら、自分達を使い捨てにしないと考えて……あるいは願望を抱き、鉄華団に就職を希望する。
実際、CGSだった時はスラム街の子供達を受け入れてはいたものの、阿頼耶識の手術をし、それが成功したら雇っていた。……もっとも、使い捨ての弾よけ代わりだったり、ストレス解消のサンドバッグとしてだったが。
それでも阿頼耶識の手術に成功したオルガ達は幸運だったのだろう。
もし阿頼耶識の手術に失敗した場合は、その手術で何らかの障害を負った子供をスラム街に放り出していたらしい。
そんな諸々から、スラム街出身のオルガはスラム街の子供達から強い信頼を得ている。
勿論、全員から信頼されたり、尊敬されたり、好意を抱かれている訳ではない。
スラム街の中には、自分達と同じなのに何でオルガだけ……といったように、羨んだり、嫉妬したり、憎悪すら抱いている者もいる。
そのような者達は当然だが素直に鉄華団に就職はしない。
あるいは鉄華団に行っても、それは自分が乗っ取ったり、鉄華団を混乱させたりといった事が目的だったりする。
……あるいは、オルガの部下にはなりたくないので、シャドウミラーに来るか。
ともあれ、そんな訳で現在鉄華団はかなりの就職希望者がおり……面倒見のいいオルガとしては、スラム街出身の者達を1人でも多く救いたいと奮闘している。
書類仕事で忙しいのは、それも影響してるのかもしれないな。
「人を雇いすぎたんじゃないか?」
『そうですね。けど……ここで頑張れば、後は楽が出来ますから。兄貴の方はどうなんです?』
「忙しさはそこそこってところだな」
そう言うと、オルガの顔に驚きの色に染まる。
いや、それは既に驚愕とすら言ってもいいだろう。
『えっと、そこそこですか? てっきりシャドウミラーもうちに負けないくらい忙しいのかと思ってましたけど』
「忙しいのは忙しい。ただ、鉄華団みたいに大量に就職希望者は来てないからな」
『就職希望者って……出来れば入団希望者って言って貰えませんか?』
「……まぁ、オルガがそう言うのなら、それでもいいけど」
別にどっちでもいいと思うが、そうした方がいいというのなら、別に構わない。
実際、鉄華団と団がついているんだから、入団希望者という表現も決して間違ってはいないだろうし。
けど、そうなると……シャドウミラーはどうなるんだろうな?
入シャドー希望者? 入ミラー希望者? ……就職希望者でいいか。
『ありがとうございます。それで、シャドウミラーの方はそこまで忙しくはないんですか? そこそこって事でしたけど』
「そんな感じだな。子供の場合は俺達よりも同じスラム街出身の鉄華団の方を希望するだろうし、そうなると大人とかだが……他の警備会社やPMCで問題を起こした奴がそれなりに来るのが厄介だ。何人かは事務員が応募してきたけど」
ただ、その事務員も調べてみたら前の職場で横領したとか、そういう連中なんだよな。
とはいえ、それでも戦力として必要なので、雇っているが。
ただし、横領とかをした場合は相応の処罰をするというのは前もって言ってあるし、シーラやマーベル、サヴァラン、クランク、アインといった面々であったり、元ブルワーズの面々がそれとなく監視をしているので、多分大丈夫だとは思う。
……そう、何気にアインは書類仕事もそれなりに出来るんだよな。
恐らくギャラルホルンでの経験からだろうが。
勿論、書類仕事のスペシャリストとか、そういう感じではない。
平均よりちょっと下といったところか。
しかし、そんなアインでも十分戦力になるくらい、忙しい。
そこそこの忙しさでそのくらいの忙しさってのは、正直どうなんだろうな。
そして俺達でこのくらいなら、鉄華団の方は……これ以上考えるのは止めておくか。
『それは……何と言っていいのか。えっと、それより今日こうして連絡をしてきたのは、一体どういう用件です?』
慌てて話を変えるオルガ。
別に俺はそこまで気にしてはいないんだけどな。
もっとも、本題に入ったのは俺にとっても悪くはないので、このまま話を続けるか。
「名瀬から連絡があってな。マクマードからの申し出で、MS……具体的には俺のグシオンと三日月のバルバトスを本格的に改修しないかって事らしい」
『え……それは……いえ、やりたいかやりたくないかと言われるとやりたいですけど』
オルガが悩む。
それも無理はない。
オルガにしてみれば……いや、鉄華団にしてみれば、バルバトスというのは戦力の中心だ。
パイロットもエースの三日月だし。
それだけに、ここでバルバトスを改修する為に歳星に送るのは色々と不味いと思ってもおかしくはない。
三日月以外にも、昭弘やシノを始めとしてMSを操縦出来る面々はいる。
またその多くがギャラルホルンの最新鋭量産型MSであるグレイズに乗っており、しかも阿頼耶識による操縦なので、ぶっちゃけ三日月のように突出した戦力ではなくても、戦力的には十分に強力なんだけどな。
『ちょっと待って下さい。……おーい、ビスケット、メリビットさん、デクスター、ちょっと来てくれ。アクセルの兄貴からバルバトスの改修を歳星でやらないかと言われたんだが、どう思う?』
おい、聞こえているぞ。
そう思ったが、オルガにしてみれば、別にその辺の話が聞こえたところで特に問題はないと思っているのだろう。
『えー……でもオルガ、資金が……』
『ビスケットの言いたい事も分かるけど、恐らく俺達はギャラルホルンのゴタゴタに巻き込まれる。それがいつになるのかは分からないが、その時にMSの性能が低かったので負けましたって事にはなりたくないだろう?』
『そうですね。MSの性能の差というのは、思ったよりも大きいですから。特にバルバトスはうちのエース機です。そのエース機の性能が上がるのなら、多少の無理はしてもいいのでは?』
『もう少し……ハーフメタルの採掘が始まってからなら、資金的に余裕が出来るのですが』
聞こえてくる会話に、そういうものかと納得もする。
こっちも資金的にそこまで余裕はないのだが、それでもある程度の蓄えはある。
グシオンの改修に使う金額くらいなら問題はいないくらいに。
そしてシャドウミラーとしては、エースである俺が操縦するグシオンなのだから、余計にそう思ってしまう、
その後、数分話をした後でオルガが再び映像モニタに顔を出す。
『えっと、兄貴。出来ればその提案に頷きたいところですけど、ちょっと難しいかもしれません』
「言い忘れていたが、全額を俺達やお前達に出せという訳じゃない。ある程度はマクマードが出してくれるらしい」
『……え? そうなんですか? 何でまた?』
「ノブリスの件についての謝罪ってのもあるんだろうな」
ノブリスに騙されたとはいえ、テイワズ経由でイサリビにMWや各種兵器が運び込まれたのは事実だ。
マクマードとしては、謝罪として何かをしたいと思ったのだろう。
……もっとも、MSの改修でマクマードが出す代金は、恐らくノブリスからの落とし前として支払ったもののような気がするが。
『ああ、なるほど』
俺の説明に納得の表情を浮かべるオルガ。
そして近くにいるのだろう他の面々と、先程とは違う小声で相談し……
『その、どのくらいの金額を出して貰えるんでしょう?』
「どうだろうな。俺もしっかりとは聞いてない。どうせなら全額出してくれると助かるんだが、そうもいかないらしいし」
テイワズが具体的にどのくらいの金額を落とし前としてノブリスから奪ったのかは分からない。
ただ、テイワズ側にも色々とあるのは間違いないのだ。
「ちなみにどうしても金が足りないようなら、こっちで貸す事も出来るが?」
オルガの性格を考えれば、借りた金を返さないという事はないだろう。
また、さっきメリビットが言っていたように、ハーフメタルの採掘が始まれば、結構な稼ぎとなる。
……まだ採掘施設を考えている状態なので、具体的にいつになったら採掘出来るのかは分からないのだが。
『いえ、どうしても必要ならともかく、うちにも何とか余裕があるので』
「そうか? ……まぁ、あまり無理はするなよ」
別に俺も無理に金を貸そうとは思っていないので、オルガが必要ないというのなら、こっちもそれ以上に無理は言わない。
とはいえ、これで鉄華団が破産とかになったら洒落にもならないが。
『はい。うちはうちでそれなりにしっかりとやってますので。頼りになる仲間もいますし』
そう言うオルガの視線の先には、ビスケットやメリビット、デクスターといった面々がいるのだろう。
特にビスケットは、かなり張り切っている筈だ。
その理由は、やはりサヴァランだろう。
ドルトコロニーで生き別れ……こういう表現が正しいのかどうかは分からないが、とにかく兄のサヴァランがシャドウミラーの一員として働いているのだ。
サヴァランもさくら農場とかにはそれなりに頻繁に顔を出しているようだし。
ビスケットにしてみれば、この状況で張り切るなという方が無理なのだろう。
そんな風に思いながら、俺は話を続けるのだった。