MSを始めとした、俺が売る武器についての説明が終わると、蒔苗と話した通り軍人に志願した者達が自主的に訓練している場所にやって来たのだが……
「え? これ大丈夫か?」
目の前の光景に、思わずそんな声が出てしまう。
今は自主訓練であって、まだ正式な訓練が始まった訳ではないのは、俺も知っている。
知ってはいるが、だからといって自主訓練をしてるのが10人程度で、残りは全員それを眺めているだけ。
いや、眺めているならまだいいが、話をしていたり、カードをしていたり、凄い……酷いのになると酒を飲んでいたりする連中もいる。
宿舎として使われている場所の周辺にはかなりゴミが散らかったりもしている。
うん、本当に大丈夫なのかこいつら。
そんな風に俺が思っても、仕方がないだろう。
「……ふむ」
ピキリ、と。
蒔苗の額に青筋が浮かぶ。
それでいて、怒った様子を言葉に出していないのは……うん。ある意味凄いな。
というか、一体何がどうなってこんな感じになったんだ?
そもそもの話、今回は唐突に軍人――正確にはまだ軍人ではないが――達の様子を見に来たのだが、それでも見に行くと決めてからそれなりに時間はあった筈だ。
であれば、アーブラウの代表の蒔苗が視察に来るというのは連絡されていた筈で、それなら掃除をしたり、訓練を一生懸命やってるように見せたり、そういう風にするものなんじゃないか?
アーブラウにとって、自国で軍隊を持つというのは非常に大きな意味を持つ。
その為に多額の予算や労力を費やしている筈だ。
その結果がこれなのだから、蒔苗にしてみればふざけるなと叫びたくなるだろう。
「すまんな、アクセル。視察については止めておこう」
「あー……まぁ、だろうな」
青筋を浮かべたまま、そう言ってくる蒔苗。
外側から見ただけで酷い様子が分かるのだ。
これでもっとしっかりと視察をしたら、それこそ一体どうなるのか……
蒔苗的には、これ以上アーブラウの恥を晒したくないと思ったのだろう。
それについては俺からは何とも言えないので、そういうものだと納得するしかなかったが。
完全に面子……いや、この場合は面目か? それとも単純に顔か。とにかく潰された蒔苗だ。
この件の責任者がこれからどうなるのか、ちょっと気になるな。
まぁ、その辺については俺が関与する内容ではない。
志願者達を好き勝手にさせていた責任者が悪いんだから。
そういう意味では、このような状況であっても普通に訓練をしている者達は見所がある。
ああいう連中がMSのパイロットとして上に行くのだろう。
エース級になれるかどうかは……その辺については、実際にMSに乗ってみないと何とも言えない。
それにMSの操縦も、最初は下手でも操縦を続けているうちに才能が開花するとか、普通にあるし。
そういう遅咲きの才能を持っている者に限って、腕が立ったりするんだよな。
もっとも、そうなるとそれはそれで面倒な事になったりするんだが。
「分かった。じゃあ……」
これからどうする?
そう言おうとしたところで、不意にこちらに近付く気配があった。
もしかしたら、ここの責任者か?
そう思ったが……見てみると、そういう感じじゃない。
年齢的には20代といった……つまり、軍人に志願した者達だ。
そんな者達が数人、こっちに近付いてくる。
少しだけ、期待した。
具体的には、軍人としてやっていくといったような事を言いに来たのではないかと。
だが……そんな俺の予想は、明らかに間違いだった。
何しろこっちにやって来る者達の顔には笑みが浮かんでいるのだから。
あるいはその笑みが友好的なものであれば、特に問題はなかっただろう。
いやまぁ、責任者じゃなくて軍人……それもまだ正式に軍人になった訳でもない者達が国の代表に近付くのはどうかと思うが。
ただ、そういう笑みではなく、悪意を感じさせるような笑みを浮かべているのだから、一体何を考えているのかと思ってもおかしくはない。
「おいおい、ここは関係者以外立ち入り禁止だぜ?」
「マジか」
リーダー格の男の言葉に、思わずそう呟く。
当然だろう。この男の様子からすると、蒔苗が誰なのかを分かっていない様子なのだから。
例えば、これで俺が誰なのか分からないというのなら、それは仕方がない。
蒔苗が大々的に俺について公表はしたが、それも一過性のものだ。
マスコミも、内容に旨みがなくなれば……具体的には新聞や雑誌の売れ行きや、あるいは視聴率が落ちてくればもっと別のネタを扱うようになる筈だ。
だからこそ、ニュースや新聞、雑誌といったものに興味がない場合、俺の顔は知らなくても仕方がない。
だが……蒔苗は別だ。
アンリによって嵌められ、亡命するまで蒔苗はアーブラウの代表だった。
そして俺達の活躍によって再び代表になった。
そんな自分の国の代表……トップを知らない者がいるか?
「君、その辺にしておきなさい」
蒔苗を庇ってか、ラスカーが男に向かってそう言う。
男はまさか自分が言い返されるとは思わなかったのか、一瞬沈黙してから吹き出す。
「ぷっ、マジかよ。この爺さん、俺に向かって言い返してきたぜ。本気かよ?」
「そうっすね。事態が分かってないんじゃないですか?」
男の取り巻きがそう調子を合わせる。
これはつまり、リーダー格の男だけじゃなくて取り巻きも蒔苗の事を知らないのか?
そして国の代表である蒔苗を知らないのなら、ラスカーの事を知らなくても仕方がない。
あるいは蒔苗を知らなくてラスカーを知っている何て事も……まぁ、そういう事になる可能性がないとは言わないが、それでもやはり可能性は低いだろう。
俺が出るか?
そう思ったが、俺が行動に出るよりも前に、チャドが前に出た。
「お前達、もう戻った方がいいぞ。でないと、後で後悔する事になる」
「……あ? てめえ、俺が一体誰だか分かっていてそんな事を言ってるのか?」
チャドは細めの体格だけに、強そうには見えない。
だが、ヒューマンデブリとしてCGSで生きてきた男だ。
相応に鍛えられているのは間違いない。
自分達以外の相手に関わるのを避ける傾向が強いヒューマンデブリだが、そんな中でチャドは以前から……それこそCGSだった頃から、それなりにヒューマンデブリ以外の者達とも関わっていた。
その辺が理由で、チャドは鉄華団における元ヒューマンデブリ組のNo.2という扱いになっているのだろう。
チャドが鉄華団の地球支部を任されたのは、その辺も関係しているのかもしれないな。
「軍人だろう? だからこそ、こうして忠告をしてるんだけどな」
「……てめえ……」
自分を前にして、チャドが全く恐れた様子がないからだろう。
リーダー格の男の顔は次第に怒りの色を濃くしていく。
このままだと、チャドに殴り掛かろうとするのは間違いない。
とはいえ、そうなったらそうなったで、どうとでも出来そうではあるが。
チャドは細身だが相応に鍛えられているし、これまでの戦いを生き延びてきたのだ。
そんなチャドに対し、あの男は……こう言ってはなんだが、地元では最強だったチンピラという印象しかない。
井の中の蛙大海を知らずを文字通りで体現している存在。
本来ならその後に続く、されど空の高さを知るというのには全く関係なさそうだった。
そんな風に考えていると、チャドがこちらに……より正確には俺の隣にいる蒔苗に視線を向ける。
その視線に、蒔苗は躊躇することなく頷く。
蒔苗の立場として、それはどうなんだ?
そう思わないでもなかったが、こういうタイプはそれこそとっとと1発殴って実力差を見せつけた方がいい。
「どこを見てるんだよ!」
チャドが蒔苗を見たところで、リーダー格の男がそう言いながら殴り掛かる。
馬鹿だな。不意打ちをするつもりなら、わざわざああして声を発するのは下策だろうに。
実際、チャドはあっさりと男の一撃を回避し、そのまま殴ってきた手を掴み、足を引っ掛けて転ばせると、地面に男の身体を叩き付け、その腕を後ろ手にして捻り上げる。
「ぎゃ……ぎゃああああああっ! 痛っ、離せ、おいこれ離せ! ぶっ殺すぞてめえっ! ぎゃああああっ!」
殺すと口にした瞬間、チャドは捻っている男の手に僅かに力を入れたらしく、それによってまた男は騒ぎ始める。
まぁ、こんなものか。
男はそれなりに喧嘩慣れはしているようだった。
それこそチンピラとしてなら、相応の実力を持っているのだろう。
……そもそも、何故チンピラがこうして軍人に志願したのか、その辺りが全く分からないが。
普通、チンピラって軍人になりたいとか、思わないだろうし。
何か妙な企みでもあって軍人に志願したのか、それとも何らかの理由があって地元にいられなくなって軍人に志願したのか。
その辺は俺には分からない。
だが、この程度の腕であそこまで自信満々だったってのはどうなんだ?
「お、おい! 何しやがる!」
リーダー格の悲鳴で我に返ったのか、取り巻き達がチャドに襲い掛かろうとするが……それよりも前に、シャドウミラーと鉄華団の面々が前に出る。
一見弱そうなチャドに、こうもしてやられたのが効いたのだろう。
シャドウミラーと鉄華団の面々を前に、取り巻き達は動けなくなった。
さて、この膠着状況……どうしたらいいんだろうな。
いっそ、あのリーダー格の男の腕をへし折るか?
そうも思ったが、そうなればそうなったで問題が大きくなりそうなんだよな。
それは出来れば遠慮したい。
そうも思うも……なら、この状況をどうするべきなのかといった問題になる。
そうして困っていると、やがて建物の方から男達が息せき切って走ってくるのが見えた。
またこの連中の仲間か?
そう思ったが、年齢が違う。
30代から40代くらいの男が2人。
その後からは、20代後半の男が1人。
そんな3人がこっちに向かって走ってくる。
視線を蒔苗に向けると、そこでは表情を変えずとも鋭い視線で近付いてくる者達に視線を向けていた。
「知り合いか?」
「ここの責任者じゃよ。……いや、責任者じゃったという方が正しいのかもしれんな」
その言葉は、つまり責任者達の首が決定しているという事を意味しているのか?
いやまぁ、蒔苗がそんな風に思ってもおかしくはないと思うが。
何しろ今回の一件は蒔苗にとっては致命的すぎた。
本来なら、蒔苗は俺に軍人を志願した者達がしっかりと訓練をしている光景を見せようとしたのだろう。
だが、その結果がこれだ。
蒔苗にしてみれば、顔に泥を塗られたどころではない。
……というか、それ以前に何でこういう連中しかいないんだ?
真面目に訓練しているのもいるが、それ以外の状況が酷すぎる。
「ま、蒔苗代表、一体何故こちらに……蒔苗代表が来るのは、こちらではなく向こうの宿舎だとばかり思っていたのですが」
俺達の前までやってきた者のうち、責任者なのだろう男がそう告げる。
その言葉を聞き、ああ……と納得した。
多分連絡ミスか何か、あるいは俺達をここまで連れてきた運転手のミスなのだろう。
今の男の言葉からして、恐らく軍に志願した者達の宿舎は2つ……あるいは他にもあるのかもしれないが、最低でも2つはあるのだろう。
そして責任者の男の言葉からして、もう1つの宿舎の方には有能な、あるいは優秀な……自国の代表の顔も知らず、絡むような者はいないらしい。
つまりこの場所は軍人となるべく志願したものの、落ちこぼれ……あるいは資質に問題のある者達が集まっている場所らしい。
もっとも、全員がそうではないのは、俺達が来た時に自主訓練をしていた者達を見れば明らかだったが。
「ふむ……お主には後で色々と聞きたいことがあるので、そのつもりでいるように」
蒔苗がチャドに押さえ込まれている男を一瞥してから、責任者に向かってそう告げる。
責任者は自分を見る蒔苗の視線に何かを感じたのか、頬を引き攣らせた。
この状況を見れば、何らかの騒動があったのは間違いない。
その責任を誰が取るのかと言われれば……当然だが、この場の責任者なのは間違いない。
そもそも、自国の代表に絡むなどといったような事をするのは普通なら考えられない。
「その、これは……」
「言い訳は後で聞こう」
ばっさりと言葉を切る。
蒔苗にしてみれば、これ以上ないくらいに自分の顔に泥を塗られたようなものだ。
それだけに、今回の一件において思うところがあるのはおかしなことではなかった。
……この男は別にアーブラウ軍全体の責任者という訳ではなく、新兵達を取り纏める責任者といった感じなのだろうが、それでも軍を作るというのはアーブラウにとっては非常に大きな出来事だ。
つまり、その中でも責任者の1人にされているという事は、相応に有力な人物なのは間違いない。
間違いないが、その結果がこの有様だと思えば……うん。将来に対する大きな汚点となるのは間違いないだろう。
哀れだとは思うが、そもそもそういうのが嫌ならしっかりとここにいる者達を教育しておくべきだった。
それをしなかった時点で、この男の自業自得という気がしないでもなかった。