「え? それ、本当か?」
「ええ、本当です。地球外縁軌道統制統合艦隊とアリアンロッド艦隊……いえ、マクギリスとラスタルと表現した方がいいのかもしれませんが、双方共にこちらに向かっているそうです」
改めてそう言うシーラの言葉に、俺は隣に座っているクーデリアに視線を向ける。
「何か聞いてるか?」
「いえ、何も。……とはいえ、その2人が用事があるとすれば、私ではなくアクセルでしょう。であれば、私に連絡をしてくるとは思えませんが。……フミタン?」
クーデリアが念の為といったように同じくテーブルで紅茶を飲んでいたフミタンに聞く。
なお、最初はメイドとしてクーデリアと一緒にテーブルで紅茶を飲むのは……と否定していたフミタンだったが、その辺はクーデリアの言葉が最優先される形になった。
クーデリアにとって、フミタンはメイドであると同時に姉に近い存在でもある。
その為、メイドであるからと一線を引かれるのはあまり好ましいことではなかったのだろう。
クーデリアがどれだけフミタンの事を慕っているのかは、クーデリアの会社がアドモス商会という名称である事を考えれば明らかだ。
ちなみにフミタンのフルネームはフミタン・アドモスだったりする。
「はい、お嬢様。そのような報告は入っておりません。それに、もしギャラルホルンが来るのであれば、用事があるのはお嬢様ではなく、アクセルさんなのでは?」
そうフミタンが視線を向けてくる。
以前は様付けで呼ばれたりもしたのだが、俺がクーデリアと付き合うようになってからは接する機会が以前よりも増えたり、何より俺が畏まった態度を好まないので、現在はさん付けで呼ばれている。
勿論、公式の場であれば話は別なのだろうが。
「考えられるとすれば、以前地球に行った時に話があった、戦艦の譲渡についてだろうな。……とはいえ、地球外縁軌道統制統合艦隊はともかく、アリアンロッド艦隊が持ってくるのは疑問だが」
以前の話し合いでは、ジャンマルコが……より正確には、タントテンポのメカニックが、譲渡する戦艦……ハーフビーク級に妙な仕掛けがないかどうかを確認する手筈となっていたのだ。
もしその確認作業が終わっても、それをまたアリアンロッド艦隊に渡せば、火星に来るまでの間に自爆装置なり、ウィルスなり、盗聴器なり、隠しカメラなり……他にも多数の妙な仕掛けを施してもおかしくはない。
その辺については、しっかりと確認する必要があるな。
地球外縁軌道統制統合艦隊の方はそんな心配はいらないのだが。
もしそういうのを見つけると、マクギリスに対する信頼度が下がるし。
もしかしたらそれを狙ってアリアンロッド艦隊……いや、ラスタルが手を回す可能性もあったが。
「ともあれ、通信が来ているから、アクセルは来て下さい」
シーラの言葉に、俺は少し残っていた紅茶を飲み干して立ち上がるのだった。
『初めまして、アクセル殿。私は地球外縁軌道統制統合艦隊所属、石動・カミーチェと申します』
『アリアンロッド艦隊所属、ヤマジン・トーカです』
映像モニタに表示された2人は、それぞれそう挨拶をしてくる。
石動と名乗った男は見覚えがある。
以前マクギリスと会った時に何度か見た顔だ。
ヤマジンと名乗った女は、初めて見るな。
いやまぁ、マクギリス達とはそれなりに接触機会も多かったが、アリアンロッド艦隊はそうでもないしな。
アリアンロッド艦隊とは戦う機会は多かったものの、個人的に会う相手はいなかったし。
そういう意味では誰が出て来てもおかしくはないのだが。
とはいえ、この状況でこうして送り出してくるという事は、このヤマジンという女はラスタルにとっても腹心的な存在なのか?
もしくは……ハニートラップ要員か。
少し調べれば、俺がマーベルとシーラという2人の恋人がいるのは分かるだろうし、クーデリアと恋人なのも調べられるだろう。
その辺は特に隠している訳でもないし。
もっとも、そのお陰でクーデリアを信奉する者達からは目の敵にされていたりするが。
クーデリアのファンというか、心酔している者達にとって、クーデリアというのは自分達の象徴だ。
そんな相手の恋人が俺……出来たばかりのPMCを率いている人物で、しかも他にも2人の恋人がいるというのは、クーデリアの信奉者にとって許容出来ないのだろう。
一夫多妻制は認められているが、それはそれ、これはこれといった感じか。
そんな訳で、俺は目の敵にされている訳だ。
もっとも、だからといって何かされる訳でもないが。
何しろ、俺はPMCを率いている人物だ。
しかもギャラルホルンを相手に全戦全勝という、とんでもない戦果を挙げている。
そんな相手に危害を加えるというのがどういう意味を持つのか、この世界の住人なら十分に理解している。
あるいは、この世界が危険とかが殆どない平和惚けした世界であれば、相手が強いからといって自分に危害を加える事はないだろうと楽観的な考えを抱いて、ちょっかいを出してくる可能性もあるが。
このオルフェンズ世界は、死がありふれている。
地球とかならまた話は別かもしれないが、ここは地球ではなく火星だ。
だからこそ、今この状況で俺達を相手に危害を加えるような者はいない。
……まぁ、クーデリアの信奉者であっても、狂信的なまでの信奉者であれば、また話は違ってくるのかもしれないが。
幸か不幸か、今のところそういう人物はいない。
ともあれ、一躍世界的な有名人となったクーデリアをも恋人にしている女好き。
MSの操縦技術とかそういうのはともかく、客観的な俺の評価というのはそんな感じな訳だ。
だからこそ、ヤマジンという女をハニートラップ要員として送り込んできても不思議ではない。
顔立ちも整っており、大人の女として魅力的な風貌なのは間違いないし。
「シャドウミラー代表のアクセル・アルマーだ。それでわざわざ火星までやって来たという事は、以前タントテンポの方から話があった件でと考えてもいいのか?」
そう聞くと、2人は揃って頷く。
『はい。それで間違いありません。マクギリス様の命により、スキップジャック級の戦艦をお持ちしました』
そう言う石動は、心なしかどこか得意そうに思える。
何だ? ハーフビーク級じゃないのか?
いや、ラスタルがハーフビーク級を俺に譲渡するという話をした時、マクギリスはそれよりもっといい物をプレゼントすると言っていたと思う。
だとすれば、スキップジャック級というのは、ハーフビーク級よりも上の存在なのか?
「悪いが、スキップジャック級というのは初めて聞くな。ハーフビーク級とは違うのか?」
『はい。スキップジャック級は、アリアンロッド艦隊では旗艦として使われている戦艦です』
「……なるほど」
石動の得意げな表情の理由が分かる。
ラスタルの旗艦ともなれば、当然ながらその性能は高いだろう。
また偉容という意味でも計算されている筈だ。
とはいえ、そういう戦艦なら当然のようにコスト的にはかなりのものの筈だ。
……というか、俺が地球でマクギリスとハーフビーク級を貰うという話をした時から、まだそんなに時間は経っていない。
そうなると、今回持ってきたスキップジャック級というのも別に新たに建設したとか、そういう訳ではないのだろう。
つまり、元々あったスキップジャック級を持ってきたという事になるのか?
あるいは、もしかしたらスキップジャック級というのはセブンスターズの当主とかが乗る為の旗艦的な存在だったりするのか?
ともあれ、それを持ってきてくれたのは嬉しいので、その事に不満はない。
視線をヤマジンに向けると、そこでは悔しそうな表情を浮かべている。
この様子を見る限りだと、アリアンロッド艦隊……いや、ラスタルは出し抜かれたといった感じなのだろう。
とはいえ、そういう旗艦の建造コストを考えると、マクギリス達がちょっと奮発しすぎな気もするが。
あるいは、そこまでする必要があるとマクギリスは考えていたのかもしれない。
『アクセル代表、少しよろしいでしょうか?』
俺と石動の会話に割り込むように、ヤマジンがそう言ってくる。
「どうした?」
『アクセル代表は様々なMSを集めるのを趣味としているとか』
「そうだな」
こちらもまた、俺の情報を調べようと思えば容易に知る事が出来る内容だ。
『私が派遣されたのには、そういう理由もあります』
「……どういう意味だ?」
『私はアリアンロッド艦隊において、整備主任を務めています』
「また、随分と予想外だったな」
石動はマクギリスの副官というか、腹心というか、そんな感じだ。
それに比べて、ラスタルが派遣して来たのが整備主任。
いやまぁ、それはそれで悪くない判断ではある。
実際、俺が色々なMSを集めているのは間違いのない事実だし。
『はい。スキップジャック級とは言いませんが、現在ギャラルホルンで開発中の品を、ハーフビーク級以外にお持ちしました。……まだフレームの段階ですが、アクセル代表には喜んで貰えるかと』
新型のフレーム?
「それはつまり、グレイズ・フレームの後継機種の為のフレームという事か?」
『そうなります』
なるほど。ラスタルの考えが理解出来た。
最初はハーフビーク級を俺に譲渡する事で、俺を自分達の派閥に寝返らせようとした。
あるいは寝返らせるのは無理でも、ラスタルから贈り物を……それもハーフビーク級という贈り物を貰った以上、マクギリスは怪しむだろう。
ましてや、俺と友好的な関係にあるジャンマルコ……タントテンポを使って話を持ってくる念の入れようだ。
そこまでしていながら、自分達の行動を察したマクギリスが用意したのが、ハーフビーク級を上回る……それこそラスタルの旗艦としても使われているという、スキップジャック級。
これには恐らくラスタルも信じられなかったのだろう。
まさかそこまで……といったように思ってもおかしくはない。
だが、マクギリスがスキップジャック級を出すというのを聞かされては、ラスタルもハーフビーク級だけでは弱いと判断したのか、それで出してきたのが新型のフレーム。
ヤマジンの話を聞く限りでは、フレームは完成しているようだが、MSそのものはまだ完成していないという事らしい。
MSを集める趣味を持つという情報を知っており、更には極度の女好きであるというのも知っている。
その為に用意されたのは、新型フレームについての詳しい情報を持っており、尚且つ美人と評しても間違いないヤマジンか。
整備主任という肩書きを名乗ったが、それが本当かどうかも分からない。
表向きはそういう身分でありながら、実は……という可能性もある。
また、MSとかに詳しいのなら、シャドウミラーや鉄華団がどのような戦力を持っているのかを調べる役目があるのかもしれないな。
もしくは、サラマンダーやミロンガ改について少しでも情報を集めたいのか。
わざわざやって来た石動やヤマジンを、持ってきた物を受け取ってはいさよなら……なんて事は出来ないだろうし。
「なるほど、興味深いな。……それにしても、ハーフビーク級の方は本来ならタントテンポが持ってくる筈だったと思うんだが?」
『フレームの件は出来るだけ知られたくなかったので。それに……タントテンポの方も、何やら内部の騒乱があったらしいですね』
内部の騒乱か。
それが以前ジャンマルコが言っていた、新しい頭目についてのものなのか、それとも俺達が火星に戻ってきてから新たに何らかの騒乱が起きたのか。
ともあれ、そういう理由があるのなら仕方がない。
……もっとも、それならそれで連絡があってもいいものだが。
連絡が出来ない程に厳しい状況なのか、それとももっと別の理由なのか。
アーブラウの地球支部に連絡をして情報を集めた方がいいかもしれないな。
こういう時、地球支部があるのは情報収集をするという意味で助かる。
「なるほど。けどそうなると、ハーフビーク級にしろ、新型フレームにしろ、すぐに受け取るのは難しいかもしれないな」
『何故でしょう? 先程の話を聞く限りでは、向こうのスキップジャック級はすぐに受け取るように思えましたが』
「その辺は信頼の違いとしか言いようがない。実際、今まで何度かアリアンロッド艦隊は俺達に攻撃を仕掛けてきたしな」
『不幸な事態があったのは承知していますが、これからはそのような事がないように思っています。今回私が来たのは、その辺についての擦り合わせというのもありますし』
擦り合わせ、か。
どのくらい本気で言ってるのかは分からない。
さっきも思ったように、サラマンダーやミロンガ改について調べようとしてるのだろうとは思う。
何しろサラマンダーは、重力波砲を装備していて、ナノラミネートアーマーを無効化するしな。
ドルトコロニーの戦闘で、どのくらいデータを取られたのかは分からない。
いきなりだったし、戦艦……ハーフビーク級もかなり沈んだが、それでも全滅という訳ではなかった以上、ある程度アリアンロッド艦隊に情報が渡ったのは間違いないだろう。
そう思いながら、俺は話を続けるのだった。