「まぁ、当然よね」
地面に倒れたチンピラを見て、喫茶店での支払いで遅れたマーベルがそう呟く。
喫茶店を出た時、ちょうどチンピラが俺に殴り掛かってきたのだが、あっさりと反撃されて1発で気絶した形だ。
マーベルは生身での俺の強さを知ってる以上、俺が殴られるといった心配は全くしていなかったらしい。
いやまぁ、実際にそれだけの実力差があったのは間違いないが、だからといって恋人の心配をしないのは、それはそれでどうなんだ?
そう思いつつも、その件について突っ込めばマーベルどころかシーラからも呆れの視線を向けられるのは分かっていたので、スルーしておく。
「それで、何でエーコがこのチンピラに絡まれたんだ?」
そうエーコに尋ねると、不思議そうに首を横に振る。
「分からないわ。……あ、でももしかしたら私の美貌に血迷ったのかも。いやん、私の美貌はダーリンの為だけのものなのに」
おい。
そう突っ込みたくなったが、やめておく。
いやんいやんと身をくねらせるエーコには、何を言っても無駄だと思ったからだ。
……もっとも、エーコは決して魅力がない女という訳でもないのは事実だ。
少しぽっちゃりしているが、それが好みという者もいるだろう。
あるいは絶世の美貌を持つ女は、幾ら美人でもどうしてもそういう気分になれない。
高嶺の花ではなく、手に届く花の方がいいと思う者も。
そういう意味では……少し表現は悪いが、エーコは手頃な女という風に見られてもおかしくはない。
本人に言えば、怒ればいいのか、喜べばいいのか、微妙な表情を浮かべるだろうが。
「ほら、落ち着け。……それで、美貌とかそういうのは抜きにして、本当に覚えはないのか?」
そう言うと、くねっていた動きを止めたエーコが少し考え……やがて口を開く。
「うーん、ダーリンに対する人質とか? もしくは……アクセルさんが持ってきた、ギャラルホルンの新型のフレームの情報を欲したとか」
「あれ? あのフレームについてはエーコも解析に参加してるのか」
「ええ、それなりに機密情報の高い物だし。腕利きのメカニックが集まって解析してるわ」
ギャラルホルンの次期主力機に使うフレームだと考えれば、そんな感じになってもおかしくはないのか?
それにテイワズは独自にフレームを作る技術があるので、それを思えば腕の立つメカニックを集めるのはそうおかしな話ではないと思う。
「そのフレームのデータを欲したと? そうなると、このチンピラはテイワズの関係者じゃないって事になるが」
テイワズの関係者なら、それこそ黙っていても新型フレームのデータは知る事が出来る……あ、でも重要性を考えると、それはそれで難しいのか?
何しろ、ギャラルホルンの新型フレームだ。
その解析が終わっても、そう簡単に知る事は出来ない。
相応の地位であったり、そういうのが必要になる筈だ。
だとすれば、やっぱりテイワズの関係者という可能性も十分にあるのか。
「どうかしらね。まぁ……その辺については、この男が情報を吐くかどうかだけど」
「で、その情報を吐かせるのは誰がやるんだ?」
言うまでもなく、この歳星はテイワズの本拠地だ。
つまり、正規の警察とかそういう連中はいない。
……まぁ、テイワズの本拠地でそんな騒動を起こす者がいるかというのが、そもそもの疑問なんだが……このチンピラがいたしな。
というか、以前俺が歳星に来た時もジャスレイの手の者と思しき者達に普通に襲撃されたし。
「人を呼ぶから大丈夫よ」
「なら、俺達も残っていた方がいいか?」
「ううん、アクセルさん達はデートの途中でしょ? それを邪魔しようとは思わないから、ここは私に任せて、先に行ってもいいわよ」
ここは俺に任せて先に行け、か。
言ってみたい台詞ではあるな。
もっとも、それは死亡フラグになりかねないけど。
「そうか? じゃあ、この件については頼んだ」
そう言い、俺はマーベルとシーラを連れてその場を後にする。
「ねぇ、アクセル。もう少し残っていた方がよかったんじゃない?」
「マーベルの言いたい事も分かる。けど、丁度エーコのいる方に何人かの気配が向かっていたしな。多分何らかの手段でエーコが呼んだ警察……というか、テイワズの治安維持要員なんだろうな。もしかしたら、もっと違う人種かもしれないが」
エーコの立場は、実はそれなりに重要だったりする。
何しろマクマードに目を掛けられている名瀬の妻の1人なのだから。
そんな人物が襲撃……襲撃? まぁ、とにかく襲撃があったのだから。
実際には名瀬の妻はかなりの人数がいるので、その辺りは微妙なところではあるけど。
ただ、妻である以上はテイワズ側でもそういう風に反応するのは仕方がない。
「とにかく、俺達が関わるような事じゃない。今はあの件についてはエーコに任せて、俺達は離れた方がいい」
「そうでしょうね。私達がいない方がいい事もあるでしょう」
シーラが俺の言葉に同意するように言う。
マーベルもシーラのその言葉を聞くと、なるほどと頷く。
俺よりもシーラの方が説得力があるのは……まぁ、こういうのは俺よりもシーラの方が慣れているだろうしな。
であれば、ここでこれ以上何かを言うような必要はない。
後はこのままここから離れてしまえばいい。
とはいえ……どうしたものだろうな。
エーコの一件がなければ、もっとデートを楽しめたのだろうが。
だが、あんな一件があった以上、素直に楽しむという感じにはならない。
とはいえ、今はここにいる訳にはいかない以上、他の場所に行くとしよう。
「エーコの件は置いておいて、今度はどこに行く? やっぱりプールか?」
「うーん、それも面白そうだけど、シーラはどう?」
「2人がいいのなら、私もそれで構いませんよ。……ただ、水着は持っていないので、購入する必要がありますが」
「それを言うのなら、俺やマーベルも同様だろう。とはいえ、プールなら水着は売ってるだろうから、問題ないとは思うけど」
そうして少し相談をした結果、プールに行く事に決まるのだった。
「へぇ、これはなかなか……」
水着に着替えてプールにやって来ると、当然だがまだマーベルとシーラの姿はない。
女の着替えには時間が掛かるのは当然だし、これは別におかしな事ではない。
そんな訳で俺はマーベルやシーラを待ちながらプールを眺めていたのだが……かなり豪華な室内プールだ。
場所によっては南国風の植物が植えられていたり、プールも一つだけではなく多数ある。
そんなプールでは結構な人数が楽しんでいた。
プールで泳いでいる者もいれば、ボールを使って遊んでいる者、水の掛け合いをしている者といった具合に。
プールの外でも、結構な人数が楽しんでいた。
当然だが、一夏……いや、一夜か? その一夜の恋を求めてナンパしている者達も多かった。
そんな風に思っていると、こっちに近付いてくる2人分の気配。
ただ、マーベルとシーラじゃないな。
あの2人の気配は当然のように覚えているので、違いは分かりやすい。
「ねぇねぇ、お兄さん。1人? 暇なら私達とちょっとお話しない?」
そう声を掛けられて振り向くと、そこには2人の女。
どちらもビキニ……それも普通のビキニではなく、露出度の高いビキニを身につけており、身体つきも非常に女らしい。
顔も整っており、美人と呼ぶに相応しいのだが……目だけが違った。
一件すれば、これはいわゆる逆ナンだろう。
……何だかどこぞの老舗旅館の次期女将が反応をしたような気がするが、これは気のせいだな。
美人2人からの逆ナン。
普通なら喜ぶべき事だろうが……女達の目を見れば、これがただの逆ナンではないことにはすぐに気が付く。
目の中には逆ナンをする時にあるだろう色……好意であったり、夜の行為を期待する色だったり、そこまでいかなくても仲良くなりたいといったような色がある。
というか、そのような相手でなければ、わざわざ自分から声を掛けたりはしないだろう。
だが、この女2人の目にあるのは、打算の色。
自分では上手く隠せていると思っているのかもしれないが、こうして見ればすぐに分かる。
いやまぁ、これも俺が相応の経験を積んできたからこそなのかもしれないが。
ともあれこの2人は逆ナン以外に何らかの目的があって俺に近付いてきたのは間違いなかった。
もっともそれ自体はそこまで珍しい話ではない。
自分で言うのもなんだが、シャドウミラーはテイワズと同格の組織という扱いになっている。
そんなシャドウミラーを率いてるのが、俺だ。
外見年齢的には20代の若さ。
色々とちょっかいを出そうと考える者がいても不思議ではない。
ないのだが……タイミングが悪かったな。
「あら、アクセル。楽しそうね」
そう声を掛けられる。
声のした方に視線を向ければ、そこにはマーベルとシーラの姿。
マーベルはビキニで、シーラはワンピース型の水着を身に付けている。
俺を逆ナンしてきた2人も美人で男好きのする身体をしていたが……うん、相手が悪かったな。
何と言うか、同じ美人でも存在の格が違う。
本物の黄金と、愚者の金と呼ばれる黄鉄鉱の違い。
あ、でも何かで黄鉄鉱には微量に金が混ざってる研究結果があったとかなんとか、何かで見た覚えがあるな。
ともあれ、そんな違いがこの2組にはあった。
「アクセル、この2人は誰なのか聞かせて貰っても?」
シーラがそう聞いてくるが、俺としても言える事はない。
逆ナンされていたのは事実だが、だからといってそれに乗った訳でもないしな。
「実は……あ」
説明しようとしたところで、逆ナンをしてきた女達は素早く立ち去る。
何かを企んでいたので、捕らえて尋問してもよかったのだが。
ただ、実際に何かをされた訳でもないので、これ以上触れない方がいいか。
「まぁ、その、何だ。シャドウミラーを率いる俺が1人でこうしていたから、ちょっかいを出してきたんだろうな。何か企みがあったようだが」
「でしょうね。……こう言うのは何だけど、アクセルが人目を惹き付けるのは仕方がないもの」
マーベルの言葉に、俺はそういうものかと納得する。
自分で言うのもなんだが、この身体はアクセル・アルマーの身体だ。
究極の美形……と称する程ではないにしろ、100人が見れば大半の者は美形だと言うだろう。
また、俺の身体も十分に鍛えられた身体だ。
実際には混沌精霊なので、この身体も魔力で出来た身体だったりするのだが。
もっとも、俺が混沌精霊になった時の身体を維持してるといった一面もあったりする。
そんな訳で、この身体と顔が女を惹き付けると言われれば、そうかもしれないと思わないでもないのも事実。
俺の恋人が20人以上いるのも、この顔と身体が影響している点があるのは否定出来ないだろう。
「マーベルやシーラにそう思って貰えるのなら、俺はそれで十分に嬉しいよ」
そう言うと、マーベルとシーラの頬が赤くなる。
……いや、頬だけではなく、耳や首まで薄らと赤くなっていた。
水着を着ているので、その辺を隠す事が出来ないんだよな。
とはいえ、別に普段から今のような事は口にしてるんだから、そこまで照れる必要もないと思うが。
あるいはプールという普段とは違う場所での言葉だから響いたのかもしれないな。
ホワイトスターには魔力泉のスパ施設があるし、ホワイトスターと繋がったらあそこでデートをしても面白いかもしれない。
そんな風に思っていると、やがてマーベルとシーラは我に返る。
そして何故かジト目を向けてきた。
いや、何でここでジト目を?
そう思ったが、ここで何かを言ってもすぐに反論してきそうな気がするな。
「じゃあ、取りあえず……プールの中に入るか?」
「そうね。でも、その前に……何か忘れてない?」
「……忘れて? 何を? ビーチパラソルとかか?」
俺の言葉にマーベルのジト目がより一掃強くなる。
あれ? 何か間違ったか?
そう思っていると、マーベルとシーラはその白い肌を見せつけるように……あ、なるほど。
「うん、2人ともその水着はどっちも似合ってる」
いや、本当に。
これはお世辞でも何でもなく、俺の心からの言葉だ。
この水着はあくまでもプールの売店で売っていた水着で、別にマーベルやシーラの為に作られた特別な水着という訳ではない。
それでもこうして見事に着こなしているのは、2人の実力だろう。
……いやまぁ、水着の着こなしを実力と表現するのはどうかと思うが。
これがモデルとかそういう事であれば、実力と表現してもいいんだろうけど。
ただ、マーベルにしろシーラにしろ、モデルとしてやっていけるだけの美貌と身体付きをしてるが、別にモデルじゃないしな。
そんな風に思っていると、マーベルとシーラは嬉しそうな表情を浮かべる。
この2人なら褒められ慣れているだろうに。
……まぁ、ここは恋人の俺から褒められたからという事にしておこう。
そんな風に思いつつ、俺はマーベルとシーラと共にプールでの一時を楽しむ。
なお、男達からの嫉妬の視線が集中的に向けられる事になったが……うん、まぁ、優越感とでも思っておこう。