オルガとの会話から数日が経ち……
「アドモス商会の仕事って忙しいんだな」
「そうですね。ただ、アクセルも知っての通り、もう少ししたらハーフメタルの採掘場の視察があります。その影響もあるのでしょうね」
アドモス商会の社長室にあるソファに座っている俺の言葉に、クーデリアが仕事をしながらそう返す。
俺と会話をしながらも、書類を処理する手を止めないのはさすがと言えるだろう。
アドモス商会の社長として、仕事を続けていれば当然の事なのかもしれないが。
「それ以外にも、孤児院の方もあるだろう? サクラ農園の方は、それなりに順調だけど」
サクラ農園はアドモス商会と鉄華団、そしてシャドウミラーでも共同事業としている。
本来ならアドモス商会と鉄華団だけに任せるつもりだったのだが、シャドウミラーにはビスケットの兄のサヴァランもいるし、そうなるとやはりサクラ農園にも手を出しておいた方がいいだろうと判断しての事だ。
もっとも、サクラ農園に併設している孤児院の方はアドモス商会だけでやってるのだが。
いや、正確にはサクラ農園でも手伝ってるのか。
「孤児院の方は……盛況と言ってもいいのでしょうが、これはけっして喜べることではないですしね」
「だろうな」
孤児院が盛況という事は、それはつまり多くの孤児がいるという事になる。
……ただ、そうなるとそれはそれで問題も起きるんだよな。
「それで、孤児院の方は大丈夫か? 以前、怪しい奴が様子を窺っていたんだろう?」
「はい、どうやら諦めたようです。……アクセルと関わりがあるのを、向こうも理解したのでしょう」
息を吐きつつ、クーデリアが言う。
俺達のエドモントンでの一連の出来事に関係して、少年兵としてヒューマンデブリが多く使われるようになったというのが、最近社会問題化している。
当時の鉄華団は全員が大人以外は全員が阿頼耶識の手術を受けた者達だったし、シャドウミラーでも昌弘を始めとした子供組は元ヒューマンデブリという事で、阿頼耶識の手術をしていた。
そんな訳で、少年兵はかなり使えると判断した者達が、より多くの子供達を求めた訳だ。
だが、当然ながら子供というのは数が限られている。
特にクリュセの場合はアドモス商会が孤児達を孤児院に集めているし。
そうなると、ヒューマンデブリを手に入れたい……もしくは商品としている者にとって、孤児が多数いる孤児院というのは非常に魅力的なのだ。
実際、アドモス商会以外の孤児院の中には海賊やマフィアとか、そういう裏の組織に襲われて子供が連れ去られるという話もそれなりに聞く。
もっと酷いところになると、孤児院が子供達をそういう連中にヒューマンデブリとして売り払っているとか、そういうのも聞くな。
ともあれ、ヒューマンデブリを売っている者達にしてみれば、アドモス商会の孤児院というのはお宝が眠っている場所という認識になる。
そんな訳で、少し前から孤児院の周囲で怪しい人影を見たとか、そういう話があったんだが、どうやらクーデリアの言葉を聞く限りではそういうのはなくなったらしいな。
「量産型Wやコバッタを護衛として派遣するか?」
「でも、あまり人目につくのは不味いのでしょう?」
「まぁ、それは否定しないが。けど、子供達が連れ去られるといったようなことになるよりはマシだろう?」
それこそ、いっそシャドウミラーから誰かを派遣するか?
ムウがオルフェンズ支部に来て模擬戦をしていたように、シャドウミラーの実働班の中にはオルフェンズ世界を見てみたいと思う者がいるのは間違いない。
であれば、孤児院の護衛……もしくは単純に孤児院で子供達の面倒を見る為に何人か派遣してもおかしくはない。
子供達と遊ぶのなら、別に実働班だけじゃなくてもいいか。
「そうですね。子供達を守る為には、出来る限りの事をしなければ。……あら」
俺と会話をしていたクーデリアが、ふとそんな声を漏らす。
書類を処理する手を止め、興味深そうに書類を見ていた。
「どうした? 何かあったのか?」
「ええ。少し興味深いものが」
「俺が聞いてもいい事なら聞かせてくれ」
俺とクーデリアは恋人同士だが、だからといってお互いに隠し事が全くない訳ではない。
俺もシャドウミラーについてであったり、他にも色々と隠している。
それと同じように、クーデリアもまたアドモス商会の事であったり、それ以外にも色々な理由で俺に話せないようなこともあるのだ。
だからこそ、クーデリアが話せるのならと聞いたのだが……
「ええ、構いません。これです」
どうやら俺の気の回しすぎだったらしく、クーデリアはあっさりと書類を俺に渡す。
その書類を受け取り内容を確認すると……
「へぇ、これはまた。……で、どうするんだ?」
そこに書かれていたのは、援助の申し込みだった。
それも、俺とクーデリアが話していた孤児院を新たに作るから援助を求めているらしい。
「資金的に余裕はありますし、向こうが本当に孤児院を作るというのであれば、全額ではないにしろ、ある程度の援助はしても構わないと思いますが……ただ、こういうのはこれが初めてではないのです」
「あー……アドモス商会の活動を考えれば、そうだろうな」
アドモス商会はシャドウミラーや鉄華団、地球ではアーブラウや蒔苗の後ろ盾がある。
テイワズとの繋がりもあるし。
それだけに、数年で一気に大きくなった会社だ。
そしてアドモス商会を率いるのは、革命の乙女と呼ばれるクーデリア。
だが、中にはそんなクーデリアをいいカモだと考える者もいる。
革命の乙女とか言われていても、実際はただの女じゃないかと。
……普通に考えれば、それこそ俺達や鉄華団との繋がりがあるので、そんな相手を敵に回そうとは思わない。
だが、何故か自分だけは大丈夫と思っている奴がいるんだよな。
そういう連中が、半ば駄目元……上手くいけば儲けものといった感じで詐欺をしようと考える奴もいる。
もっとも、大体はフミタンやククビータに対処されるのだが。
クーデリアが今見ている書類は、そのチェックを潜り抜けてきたらしい。
あの2人のチェックを潜り抜けたとなると、もしかして詐欺とかじゃなくて本当に寄付を求めて来た奴か?
「それで、どうするんだ?」
「一度、会ってみようと思います。もし本当であれば、私にとっても……そして子供達にとっても悪い事ではないでしょうし」
「そうか。多分大丈夫だろうとは思うけど、それでも何かあったらすぐに対処出来るようにしておけよ」
「ええ。そのつもりです。……それに、そういうのに対処する為に、こうしてアクセルが護衛をしてくれているのでしょう?」
「今はアリウム対策だけどな」
そう言うが、アリウムが捨て台詞として残したのは、ハーフメタル採掘現場の視察についてだ。
俺はそこまでアリウムの性格を詳しくは知らないが、クーデリアやフミタンから聞いた話によると、ああいう風に半ば襲撃の予告をしてきた以上、不意を突いてその前に襲撃するという事はまず考えられないらしい。
妙な拘りがなければ、視察を襲撃すると匂わせながら、それでいて実際にはその前に攻撃するといったことになってもおかしくはないと思うんだが、その可能性は低い。
とはいえ、それでも万が一があるかもしれないので、こうして俺がクーデリアの護衛をしてるのだが。
「……これでよし、と」
援助を求める書類に何かを書きそれを処理済みの箱に入れる。
どういう風に処理をしたのかは分からないが、その辺については詳しく聞く必要はないだろう。
「そろそろ昼だし、休憩にしないか?」
時計は既に12時近い。
それこそ、早い者は既に昼休みに入っているだろう。
「そうですね。ちょうど書類仕事も一段落した事ですし。……昼食、どうします? どこかに食べに行きますか?」
「そうだな。それでもいいし、俺が持っている料理を何か適当に食べてもいい。とはいえ、どうせ折角の昼休みなんだ。外で食べないか?」
俺の言葉に、クーデリアは不思議そうな表情を浮かべるのだった。
「アクセルさん、ここは一体どこでしょう?」
クーデリアが出掛けるとなると、当然のようにフミタンも一緒に来た。
ククビータの方は会社に残っている。
何でも自分くらいは残っている必要があるという事らしい。
「クリュセにある公園だな。……見覚えがあるんじゃないか?」
クリュセの中には、公園が幾つかある。
俺がやって来たのは、そんな中の1つだ。
自然豊か……とまではいかないが、それなりに自然のある場所。
「見覚えは……いえ、なるほど」
フミタンは周囲を見回し、やがて納得した様子で頷く。
どうやら見覚えのある場所だったのだろう。
自分で言っておいて何だが、本当にこれだけでここがどこなのか分かるとは思わなかった。
「フミタン、折角の昼休みなんだし、ゆっくりとしていきましょう。何かあっても、アクセルがいるから大丈夫でしょうし」
ワクワクした様子のクーデリア。
どうやら昼食を公園で食べるというのが、半ばピクニックらしく嬉しいらしい。
フミタンもそんなクーデリアの様子に否と言う事は出来ず……俺が空間倉庫から取り出したビニールシートを敷くと、そこに座る。
「さて、昼食だけど……折角こういう場所に来たんだし、ピクニック風にしてみるか」
そう言い、空間倉庫からサンドイッチが大量に入った籠を取り出す。
これは……どこの世界で買ったサンドイッチだったか。
ちょっと忘れたが、華やかな盛り付けなので目で見ても楽しいのは間違いない。
「わぁ」
クーデリアの口から感嘆の声が上がる。
どうやら俺の出したサンドイッチの盛り合わせには満足して貰えたらしい。
「ついでにこれもだな」
次に取り出したのは、フライドチキンやフライドポテト、数種類のウィンナーの入った……こういうのって何て呼ぶんだ? パーティボックスとかそういう感じか?
「これも美味しそうですね」
「はい。……アクセルさん、これ程の料理をご馳走になっても構わないのですか?」
「別にそこまで言うようなものじゃないんだが」
スーパーで買った……いや、どこかの専門店で買ったのか?
まぁ、とにかくそこまで高い料理じゃない。
勿論、普通に昼食と比べると高いだろうけど。
これらだけで、何だかんだと日本円にして3000円くらいはするだろうし。
あ、でも3人だと1人1000円で、ちょっと高めのランチとして考えると、そんなに問題じゃないのか?
そんな風に思いつつ、公園の中で昼食を食べ始める。
「あら、サクッとして……揚げ立てなのですね」
フライドポテトを食べたクーデリアが、嬉しそうに言う。
フライドポテトは揚げ立てが一番美味いし、冷めるとかなり不味くなるんだよな。
もっとも、色々なフライドポテトを食べているものの、未だにナデシコ世界で食べたフライドポテトよりも美味い……もしくは匹敵するフライドポテトは食べた事がない。
本当に、一体何がどうなったらああいうフライドポテトを作れたんだろうな。
そんな風に思いつつ、俺はフライドチキンに手を伸ばす。
こちらもまた、揚げ立てなので衣はサクッとしており、肉はジューシーだ。
「うーん、こうして公園で昼食を食べていると、今が危険な状況だとは全く思えないな」
周囲を見れば、俺達と同じように公園で昼食を楽しんでいる者が結構いる。
つまり、それなりに楽しんでいる者はいるのだ。
この光景を見れば、アリウムによる陰謀とか、そういうのは全く思い浮かばない。
……もっとも、だからといって何もしないということをすれば、それはそれで問題になるのだが。
そうしてピクニックのような昼食を楽しみ……だが、そうした楽しみもいつまでも続く訳ではない。
俺は暇……というか、クーデリアの護衛としてここにいるので、もっとゆっくりしても構わないんだが、残念ながらクーデリアやフミタンはそうもいかない。
午後からも仕事があるのだから。
「何だかこうしていると、いつまでもこのままだといいのにと思いますね」
ポツリと呟くクーデリア。
「そうですね。お嬢様がいて、アクセルさんがいて……そして私がいる。平和な日々。このような平和な日々がいつまでも続いて欲しいとは思いますが、その為にはまず今を頑張らないといけません」
フミタンのその言葉に、クーデリアは残念そうにしつつも、立ち上がる。
「じゃあ、そんな日々をゆっくりと楽しめるように頑張りましょうか」
「戻るか?」
尋ねる俺の言葉に、クーデリアが頷く。
「ええ、そうします。今はまず、出来る仕事をやらないといけませんから。またアクセルやフミタンとゆっくり出来る時間を作ることが出来ればいいのですが」
アドモス商会の仕事がなければ、そういう時間は幾らでも作れる。
それは間違いないが、クーデリアがそれを望まないことも十分に理解している。
クーデリアにしてみれば、アドモス商会の仕事を投げ出すなどという事は全く考えていないのだろう。
もう少しゆっくりしてもいいと思うんだけどな。
そう考えつつ、俺は影のゲートを使うのだった。