「え……セブンスターズの家の1つが、ですか?」
スキップジャック級に用意された応接室。
そこでビスケットは俺が戦った相手の正体について知らされ、大きく目を見開いていた。
ビスケットも、俺を狙ってきたレギンレイズのパイロットや、その護衛にもレギンレイズがいたというのは、オルガから聞いていたかもしれない。
だが、その時はあくまでもまだそれが誰なのか……俺を撃ってきたのが誰なのかというのは、判明していなかった。
それが石動の説明で判明し、それをビスケットに教えたところ、こうなったのだ。
いやまぁ、これは無理もないけど。
元々ビスケットは、鉄華団の幹部の中ではかなりの慎重派として知られている。
それこそ元々は同じように慎重派だったのが、オルガと付き合う事になって微妙に影響を与えられているメリビットの事を考えると、恐らく鉄華団の中では最も慎重派の人物だろう。
そういう一面があるからこそ、オルガもビスケットを信頼しており、だからこそこの一件でもビスケットを派遣してきたのだろうが。
……そのお陰で、こうして衝撃の事実を聞かされているのだが。
「ああ、どうやらそうらしい。もっとも、そういう意味ではあそこで倒す……いや、倒さなくて正解だったのか?」
以前集めた情報によると、イオク・クジャンという人物はかなりの無能らしい。
実際、今回の戦いでもラスタルが引き入れようとしていた俺に向かって銃撃してきているし。
まさに、典型的な無能という事か。
いわゆる、働き者の無能って奴だな。
そういう奴は迂闊に殺すよりも、敵の仲間にいた方がいい。
……うん、それは間違いない筈なんだが、何だか微妙に嫌な予感が……気のせいか?
取りあえずその辺については俺も気にしないようにしておこう。
そもそも、今回のようにイオクを殺せる機会がまたあるかどうかは分からない。
その辺については、あまり考えないようにしておこう。
「マクギリスから、ラスタルに今回の件で抗議をしておいてくれ」
「……いいのですか? アクセル代表が抗議した方が、シャドウミラーにとっての利益になると思いますが」
「どうだろうな。俺を攻撃してきた時点で既に俺はラスタルを敵と見なした。ラスタルがそれに気が付かないとは思わない。そうなると、もし俺が抗議しても、言葉では謝罪してくるかもしれないが、それだけだ」
あるいは何かを要求しても、それこそ前向きに善処するよう検討する方向で考えるとか、そういう風に言ってくる可能性も……あー、どうだろうな。
ラスタルと直接話した事はないので何とも言えないが。
ともあれ、食えない奴という印象が強いラスタルだ。
この辺はそれこそマクギリスとかから聞いた情報からの想像だが。
そんな訳で、とにかくラスタルの中では俺は味方に引き入れたい、あるいはそれは無理でもせめて中立でいて欲しいと思っていたのだろうが、今回の件で俺は既にラスタルが敵であると認識している。
ラスタルもそれが分かれば、これ以上無理に俺を味方にしようとか、そういう事はしないだろう。
……あるいは、そのような状況でも俺を仲間にしようとするのなら、かなりの出費を覚悟しなければならない。
ラスタルがそこまで俺に価値を認めているか。
ゲートについての情報を持っていれば、もしかしたらもしかするかもしれないが。
ただ、俺の中では既にラスタルは敵だ。
無条件降伏してくるのならまだしも、交渉でどうにかなるのは難しい。
もしくは、あの女のエースパイロットとイオクの身柄をこちらに引き渡すとか。……無理だな。
このオルフェンズ世界において、エースというのは非常に大きな力を持っている。
それは鉄華団の三日月を見れば明らかだろう。
質で量を蹂躙するといった事も可能な世界なのだ。
とはいえ、それでも推進剤とかそういうのが関係してくるから、本当の意味で物量で襲われれば対処が難しいのも事実なんだが。
ともあれ、それでも戦場においてエースというのは大きな意味を持つ。
そしてあの女は、俺が見た中でもかなりの腕利きだ。
タービンズのアミダには及ばないが、ラフタやアジーと同等……あるいはそれ以上の操縦技術を持つ。
そんなエースの身柄を渡すのは……ラスタルがどうしてもピンチな状況ならともかく、今は無理だろう。
イオクにいたっては、そもそもセブンスターズのクジャン家の当主だ。
ギャラルホルンにおいて、そう簡単に渡せるような存在ではない。
「えっと……まぁ、アクセルさんがそれでいいのなら、僕は構いませんけど。そもそも、そのイオク・クジャンという人と戦ったのはあくまでもアクセルさんで、鉄華団に被害は……そんなになかったですし」
「そんなにって事は、それなりには被害はあったのか?」
「ええ、まぁ。……死人も何人か出てますし。ただ、アリアンロッド艦隊が夜明けの地平線団との戦いを積極的に行っていたので、当初の予想よりもこちらの被害が少なかったのは間違いありません」
そう言いつつも、ビスケットは悲しそうな表情を浮かべる。
ビスケットはその性格から下の者には好かれている。
恐らく今回の戦いの中で死んだ者の中には、そんな風にビスケットを慕っていた者もいたのだろう。
これ以上はその件について触れない方がいいな。
「そんな訳で、俺やオルガがラスタルに交渉するつもりはない。この件についてはマクギリスのカードとして使ってくれ」
「……ありがとうございます」
石動が俺に向かって頭を下げてくる。
うーん、石動の様子を見ると、意味深な様子はないな。
てっきり、こうして部屋も移した事だしゲートとかについて聞いてくるかと思ったんだが。
ゲートについて知っている者達には他言無用としているが、それが本当に守られるとは思っていない。
ましてや、シャドウミラーや鉄華団は第3勢力としては非常に戦力が大きい。
マクギリスにしろラスタルにしろ、情報を集めているのはほぼ間違いないだろう。
そうなると、ゲートについての情報を入手していてもおかしくはないと思うんだが。
まぁ、その辺について聞いてこないのなら、わざわざ俺の方から何かを言う必要はないか。
「それで、夜明けの地平線団についてだが……降伏してきた連中のMSとか軍艦とかそういうのはシャドウミラーと鉄華団で分けるつもりだが、海賊はどうする? 俺としては、出来ればギャラルホルンで引き取って欲しいんだが」
「そう言われましても、困りましたね。金星に送るにも、相応のコストが必要となりますし」
ああ、そう言えばオルフェンズ世界において金星……正確には金星の側にあるコロニーだったか? とにかく金星は流刑地として使われているんだったよな。
「そのくらいの費用はそっちで出してくれてもいいんじゃないか?」
そう言いつつも、俺が無茶を言ってるのは間違いないんだろうなと思う。
人を送るとなると、相応にコストは必要となる。
だからこそ、本来なら……恐らくはだが、海賊を捕らえたらその海賊が所有していたMSとかそういうのを売るなりなんなりして資金にし、その資金で金星に送るとかいう事になってもおかしくはない。
だが、今回の夜明けの地平線団の所有しているMSや軍艦とかそういうのは、シャドウミラーと鉄華団で山分けする事になっている。
そう考えれば、石動が渋るのは理解出来ないでもない。
出来ないでもないが……
「ちなみにギャラルホルンが海賊達を引き受けない場合、捕らえた海賊はヒューマンデブリとして売る事になると思う」
ヒューマンデブリとして使われていた子供達は、シャドウミラーや鉄華団で引き受ける事になるだろう。
だが、大人の海賊は俺達も……そして鉄華団も引き受けるつもりはない。
勿論、夜明けの地平線団には大量の海賊がいる。
その中には善良な者もいるかもしれないが、だからといってそのような者達を見分けるのは難しい。
だからこそ、大人はヒューマンデブリとして売るしかない。
個人的には、有能で裏切らないような相手なら事務員とかとして雇ってもいいとは思ってるんだけどな。
「ヒューマンデブリ、ですか。……そうなると、やはり購入するのは海賊とかになるのでしょうね」
「だろうな。ただ、俺達も無駄飯食いを捕虜にする余裕はないし」
実際にはゲートが繋がった以上、余裕はかなりあったりするんだが。
ただ、それは今のところ表に出せない。
石動もそれを知らないのか、知っていても話題にする様子はないしな。
「その……例えばですが、ハーフメタルの採掘の仕事をさせるというのはどうでしょう?」
「一応それも考えたが、そういう事をしていても逃げ出そうと思えば逃げ出せるだろうしな。そうなると、周辺の治安が悪化する」
海賊達は体力だけはそれなりにあるから、採掘作業に使えない事はない。
いや、夜明けの地平線団の人数を考えれば、結構な戦力となるのも間違いないだろう。
アドモス商会、シャドウミラー、鉄華団によるハーフメタルの採掘事業は、かなり拡大しているので、仕事をする場所は幾らでもある。
あるのだが……問題なのは、やはりヒューマンデブリとして使っていても逃げ出せるというのが大きい。
そして当然ながら、逃げ出した者達はろくな身分証とかもなく、仕事も出来ず、海賊という経験から楽に稼ごうとする筈だ。
それこそギャングやマフィア……もしくはそれ未満のチンピラとして行動する可能性は十分にあり、そういうのが多くなるとクリュセの治安が悪くなる。
せっかくシャドウミラーや鉄華団の存在によって、そしてクーデリアがアーブラウとの交渉によって希望が見えてきたところで、治安が悪化するのは避けたい。
「ですが、こちらとしても戦闘に慣れた者をヒューマンデブリとして売られると、今までは小さかった海賊が急に大きな戦力を手に入れるという事になりかねません」
「その辺りは、ギャラルホルンのアリアンロッド艦隊にでも頑張って貰えばどうだ? ……いや、実戦経験を積むという意味では、マクギリスの部下達……地球外縁軌道統制統合艦隊に動いて貰った方がいいのかもしれないな」
マクギリスの派閥にカルタが入ってから、地球外縁軌道統制統合艦隊はかなり厳しい訓練をしているし、アリアンロッド艦隊をよそに海賊との戦いにも参加している。
だからこそ、この機会にもっと戦闘を経験させてもいいのではないか。
何しろ、近いうちにラスタルの派閥との内乱が起きるのは既に確定している。
そうなると、地球外縁軌道統制統合艦隊が戦うのは、ギャラルホルンの中でも最精鋭と呼ばれているアリアンロッド艦隊だ。
もっとも、俺達が最初に地球に行った時の戦いでアリアンロッド艦隊とは何度もぶつかり、その度に大きな被害を与えてきたのだが。
今回の夜明けの地平線団との戦いでも、俺以外のシャドウミラーや鉄華団の代わりにアリアンロッド艦隊が全面に出た。
アリアンロッド艦隊的には自分達の戦力をあまり無駄にしたくはなかったのだろう、女のエースとイオクとその護衛達が最奥にいるサンドバルを捕らえるなり撃破するなりしようとすれば、少しでも戦線を前進させる必要があった。
こっちの戦術――という程に大袈裟なものではないが――は、夜明けの地平線団の戦力を可能な限り引き付け、戦力が手薄になったところにミロンガ改で奇襲をするというものだったので、アリアンロッド艦隊の戦術とは正反対だったんだよな。
そういう意味では、今回の戦いでアリアンロッド艦隊にそれなりに被害を与える事が出来たのは、決して悪くない事なのだろう。
「もしくは……」
俺と石動の会話を聞いていたビスケットが、そう言葉を口にする。
俺と石動が視線を向けると、ビスケットは少し困った様子で口を開く。
「その、ハーフメタルの採掘に海賊を使うのが危険だというのなら、ギャラルホルンの火星支部から監視の人員を送って貰ってはどうかと思ったんですが、どうでしょう?
「それは……難しいだろうな、火星支部も、そこまで余裕がある訳ではない。勿論、1人や2人といったくらいなら問題なく送れるが、君が言ってるのはそんな程度ではないのだろう?」
「そうですね。1人につき1人の見張りが必要とまでは言いませんけど、それでもやっぱり結構な人数が必要になると思います」
ビスケットの言うように、見張りをするのなら結構な人数が必要となるだろう。
元々夜明けの地平線団は総勢3000人以上の構成員を誇っていたのだ。
あの戦いで死んだ者もいるし、逃げ出した者もいるだろう。
また、子供のヒューマンデブリはシャドウミラーや鉄華団で引き受ける以上、3000人全員の見張りという訳ではない。
ないのだが……どんなに楽観的に見ても、半分の1500人くらいはいる筈だった。
そんな風に思いつつ、俺は本当に捕らえた連中をどうするかで頭を悩ませる。
いっそ、全員殺してしまってもいいんじゃないかと思った俺は、決して悪くはないと思う。
やってきた事を考えれば、自然な結論ではあるだろうし。