「うーん……やっぱりリミッターしかないのかしら」
俺とポーラがニナの部屋に上がり込んでから、1時間程。
どうやったら、俺が開発に協力する予定のゼフィランサスを、一般のMSパイロットでも問題なく操縦出来るのかという話について、リミッター以外のアイディアは出て来なかった。
あるいはアムロ辺りがゼフィランサスのパイロットに選ばれれば……と思わないでもなかったが、シーマやヤザンから聞いた話によると、アムロは軟禁状態で、とてもではないがガンダム開発計画のMSに乗れるような状況ではないんだよな。
……いや、でもどうだ? やっぱり難しいか?
ゼフィランサスはアムロが乗っていたRX-78-2の後継機だ。
そうなると、やっぱりアムロに乗って貰うのが一番いい。
また、ガンダム開発計画を進めているのはコーウェン派で、そのコーウェン派はレビル派の後継派閥だ。
こう考えると、何とかなりそうな気がしないでもないんだが。
とはいえ、コーウェン派はあくまでも派閥の1つ。
連邦軍全体でアムロの存在を警戒している以上、無理ではあるのだろうが。
「ニナにとっては、ゼフィランサスがその性能を最大限に発揮出来ないのが嫌なんだよな?」
「そうね。だからリミッターはどうかと思うんだけど」
「なら……システム的にこういうのが出来るのかどうかは分からないが、リミッターを何段階かに分けて掛けておいて、パイロットが一定以上の力量を持っていたらリミッターを段階的に解除していくというのはどうだ?」
「……うーん、どうやってそのパイロットの力量を把握するのかが問題ね」
「例えばリミッターを付けた状態では反応速度についてこられないとか、もしくは敵の攻撃を回避した割合とか? 他にも個別に考えれば色々と出来そうだとは思うんだが」
そう提案するが、ニナも……そしてポーラも難しい表情だ。
「そうなると、機体側の判断次第では本来ならその必要がないのにリミッターが解除されたりする可能性が高いわ。出来ればそれは避けたいのよ」
「そうなのか?」
「そうなの。勿論、上手くいく時もあると思うわ。けど、逆に失敗することもある。その辺の調整は……かなり面倒なのよ」
シューフィッターって奴か。
ニナの説明に、そう思う。
1年戦争中、クリスが開発していた……正確には開発している班の一員だというのが正しいのだが、その中でクリスはテストパイロット以外にシューフィッターという仕事をしていた。
このシューフィッターというのは、簡単に言えばAIの調整だ。
より正確には、パイロットがMSに乗った時の調整をするAI。
ある意味で今回ゼフィランサスについて必要な仕事じゃないか?
「一応聞くけど、ルナ・ジオンのディアナに協力を依頼することは出来ないんだよな?」
「無理ね」
即座にニナが答える。
ニナの返事にはどこか個人的な感情が入っているような気がするんだが……俺の気のせいか?
「ニナ、即座に否定しないで、まずは少しでも話を聞いてみましょう? それで、アクセル中尉。一体何でそこでディアナが出て来たのかしら?」
ポーラの方はニナと違ってひとまず俺の話を聞いて見ようといった様子を見せていた。
この辺は、ニナとポーラの性格の違いだろうな。
「ディアナには凄腕のシューフィッターがいる。その力を借りられれば、ゼフィランサスのリミッターの件も何とかなるんじゃないか?」
クリスの名前を出していいのか分からないので、凄腕のシューフィッターとだけしておく。
そう言えば、クリスの扱いってどうなってるんだろうな?
これがジオン軍の人員なら、ルナ・ジオンの建国の時にかなりの人数が来たので、その辺はどうとでもなっている。
……それを抜きにしても、ジオン公国は1年戦争で負けたしな。
ただ、それが連邦軍となると話が違う。
同じ連邦軍でも、カイの場合は1年戦争が終わった後に正式に連邦軍を抜けて、それで恋人やその家族と一緒に月にやって来た。
だが、クリスの場合は1年戦争中に連邦軍を抜けてルナ・ジオンに来たんだよな。
しかも連邦軍にとっては間違いなく最重要機密だったアレックスを持って。
いやまぁ、その原因の大半は俺だったりするので、何とも言えないのだが。
ただ、とにかく連邦軍においてクリスがどのような扱いになっているのか分からない以上、俺としても迂闊にクリスの名前を出す訳にはいかないのも事実。
あるいは、もしこれが上手くいってシューフィッターを呼ぶという事になったら、クリスには偽名を使って貰った方がいいかもしれないな。
「話は分かったけど……難しいわね。正直なところ、アクセル中尉に協力を要請しているのすら、かなり危ない……いえ、ほぼ確実に不味いんだもの」
そう言うポーラの言葉にニナも頷く。
もっとも、パワード・ジムを操縦してとんでもない数字を出したという実績が俺にはある。
もしゼフィランサスを……そして他の試作機も最高の出来にしたいのなら、それこそ俺以上のテストパイロットはいないだろう。
そういう自負はあった。
……まぁ、その自負通りの実力のせいでニナにショックを与えてしまったのも間違いではないのだが。
「知られないようにこっそりと連絡をするのはどうだ?」
「難しいでしょうね。そもそも……アクセル中尉にこう言うのはどうかと思うけど、ガンダム開発計画で開発されているMSはルナ・ジオンに対抗する為のMSという一面もあるのよ?」
「……そうだろうな」
ポーラの言葉は特にショックという訳ではない。
寧ろ当然といったように思える。
現在の連邦にとって仮想敵国は間違いなくルナ・ジオンだろう。
ジオン・ズム・ダイクンの長女、セイラ……アルテイシアが女王となり、その下にはジオン公国の優秀な人材が集まっている。
また、ルナ・ジオンの裏にはシャドウミラーという異世界の存在がいるというのも大きいだろう。
そのような存在、連邦としては決して放っておける筈もない。
一応、現在は連邦とルナ・ジオンは良好な関係という事になっているが、国家に真の友人はいないという格言もある通り、その良好な関係はいつ途切れてもおかしくはないのだ。
実際、連邦の中にはルナ・ジオンを敵対視している強硬派とかもいるしな。
勿論、連邦が本当の意味で危険視しているのはルナ・ジオンだけではない。
1年戦争が終結した結果、名目上とはいえ独立をしたジオン共和国もあるし、何より1年戦争の終結を認めない旧ジオン軍の残党もいる。
特に残党の方は、以前に水天の涙作戦を行おうとすらした。
……俺にしてみれば、もう4年くらい前の話だが、それはあくまでもオルフェンズ世界に行っていた俺だからの話で、このUC世界の住人にしてみれば、去年の話だ。
そんなジオン軍残党の活動を思えば、連邦……いや、連邦軍がその存在を危険視してもおかしくはない。
実際、俺が集めた情報だとジオン軍残党が起こしたテロはそれなりに多いようだし。
さすがに水天の涙の時のように大規模な物はないが、連邦軍の基地を襲撃して物資を奪ったりといった事は普通に行われているらしい。
不幸中の幸いと言うべきか、ルナ・ジオンが地球に唯一持っている領土のハワイは海に囲まれた島々だ。
そしてハワイでは多数の水陸両用MSがあったり、ガトーやノリス、ヴィッシュといったようにエース級が多数いるし、何よりアプサラスもある。
普通に考えて、そんな場所にある基地を襲うのは自殺行為だろう。
……ただし、ハワイの周辺にある小さな島々の中には、もしかしたら人目を隠れてジオン軍の残党が隠れている可能性があるが。
まぁ、そういう連中はそれこそメギロートやバッタが見回りをして、見つければ狩り出すだろうが。
そんな訳で、ルナ・ジオンの領土となるハワイはジオン軍残党に襲撃される事はない……訳ではないが、連邦の領土と比較すれば安心の度合いが高いのは間違いない。
それだけに、連邦軍はジオン軍の残党を倒すのを最優先にしており、だからこそガンダム開発計画で開発されたMS、ゼフィランサスもそうだが、ジオン軍の残党との戦いに投入される可能性が高い。
「連邦にしてみれば、異世界の存在というだけで怪しいだろうしな」
「……異世界、ね。アクセルはどう思ってるの?」
俺の呟きを聞いたニナが、尋ねてくる。
「どう、とは?」
「私も、異世界なんてものが存在しないとは言わないわ。それを覆しようがない程の証拠はあるんだもの。けど、ルナ・ジオンに所属するアクセルは、その異世界の存在をどう思っているのか気になったのよ」
「そう言われてもな。いやまぁ、ニナが言いたい事は何となく分かる。分かるが、だからといって……うーん、どうだろうな」
あるいは俺が本当にこのUC世界の人間なら、ニナの言葉にもっと色々と言えただろう。
だが、俺の正体はシャドウミラーを率いるアクセル・アルマーだ。
そうである以上、そんな俺が異世界の存在を受け入れた側であるルナ・ジオンの人間として異世界をどう思っているのかと言われても、正直なところ、どう返せばいいのか困る。
「アクセル中尉?」
ポーラもまた、俺が黙り込んだのを不思議そうに見てくる。
このままだと不味いな。
「うーん、そうだな。取りあえず珍しい物を色々と見る事が出来るのは嬉しいな。ルナ・ジオンの首都のクレイドルは、政庁とかそういう首都機能のある場所は立派な都市だが、そこから離れれば自然豊かな場所が広がっていて、異世界の生き物たちが棲息している。それこそ連邦からも多くの学者が来る程だし」
何しろ、クレイドルの大きさは北海道と同じくらいだ。
そのような広さを持つだけに、首都機能以外の部分には豊かな自然が広がっている。
そして俺が口にしたように異世界の生物が多数いるので、連邦の学者が多数来るのだ。
……中には、そんな生物をこっそり持ち出そうとする学者もいたりするが、量産型Wやコバッタの検閲を抜けられる筈もない。
そのような事をした学者は当然のように捕まり、農場に放り込まれる。
中には連邦の政治家との繋がりを口にしてそれを避けようとする者もいたが、生憎とルナ・ジオンがそのような事を受け入れる訳がない。
いやまぁ、中には買収されてそういうのを見逃す奴もいるかもしれないので、絶対に学者が捕まるとは限らないのだが。
それでも多くの学者が捕まっているのは事実だが。
それだけ異世界の存在というのは、このUC世界の人間にとって興味深いのだろう。
「それは聞いた事があるわね。本当に色々な世界の生き物がいるの?」
「いるな」
個人的には、恐獣をどうにかしたいとは思う。
思うのだが、恐獣の素材の遺伝子解析をして、それで恐獣を生み出すといった事をするのは、色々と難しい。
ただでさえ現在のクレイドルはまだ異世界の生き物が放されてからそんなに経ってはいないのだ。
そういう放された動物たちの縄張りとかそういうのも、まだ完全に定まっている訳ではない。
だからこそ、新たに恐獣を放すのは不味い。
それに恐獣はかなり凶悪だ。
攻撃的な本能を持っている。
そんな恐獣がクレイドルに放されれば、現在クレイドルにいる動物の多くが殺されてもおかしくはない。
「中には毛玉のようにしか見えない生き物もいるぞ。かなり人懐っこい性格をしてるから、人気だ」
銀河毛長ネズミだったか。
愛らしい外見とかなり高い知能を持つ動物で、クレイドルの中でもかなり人気が高い。
人に危害を加えるというのは……ない訳ではないんだろうが、それでも基本的に温和な性格をしているので、こちらから危害を加えるような事をしなければ、安心だとか。
「毛玉のような……ね。少し興味はあるけど」
俺の説明に、ニナは多少なりとも興味を示す。
どうやらMSオタクのニナも、可愛らしい動物は嫌いじゃないらしい。
その事に満足そうにしていると、不意に隣に座っているポーラが肘で俺の身体を突いてくる。
何だ?
ポーラのいきなりの行動に視線を向けるが、ポーラは何か目配せをしてくる。
……何だ?
ポーラの意図が分からずに視線を向けると……
「目と目で会話するのは止めてくれる?」
ニナがそう言ってくる。
「ちょっ、ニナ。違うってば。私はただ、この朴念仁中尉を……」
「何だ、その名前は」
「いいから、黙ってなさい。朴念仁中尉」
やはりと言うべきか、朴念仁中尉とやらは俺の事だったらしい。
ポーラの性格を考えれば、そういう風に言ってくるのはちょっと理解出来ないのだが。
とはいえ、ニナとポーラの関係を考えると、多分何かがあるのだろう。
そんな風に思いつつ、俺は取りあえず話を戻す。
「取りあえず、だ。ディアナに協力して貰えないかどうか、上の方に聞いてみてくれないか? そうすればリミッターの件も上手くいくかもしれないし」
「……そうね。聞いてみるだけ聞いてみた方がいいかもしれないわね」
微妙にやる気がなくなった様子で、ポーラがそう言うのだった。