ラディーチェは、驚く程簡単に生き残る事を選んだ。
テイワズの所属とはいえ、結局のところラディーチェは事務員だ。
机の上の数字で命のやり取りだとかそういうのは分かるかもしれないが、それはあくまでもデータ上での事でしかない。
ラディーチェ本人は、荒事には慣れていないのだ。
……いやまぁ、多少荒事に慣れている奴でも拳銃で撃たれたら悲鳴を上げるだろうが。
ともあれ、そうしてラディーチェはあっさりと生き残る事を選び、そうなると当然のように自分が生き残る為に持っている情報をこっちに引き渡す。
「取りあえず、証拠の偽造をしなくてもいいのは助かったな」
用意された資料であったり、音声データであったり、映像データであったり。
それらによって、ジャスレイやその部下達との繋がりであったり、指示であったりが明らかだった。
ラディーチェにしても、ジャスレイからの指示だとはいえ、自分のやっている事が危険なのは知っていたのだろう。
だからこそ、いざという時に切り捨てられないように自分とジャスレイやその一味に繋がる証拠を残しておいた訳だ。
そういう意味では、ラディーチェも相応の用心深さは持っていたのだろう。
ジャスレイがその辺りについてもどこまで知っていたのかは分からない。
自分の指示で派遣したラディーチェだけに、切り捨てるつもりはなかったから自分達の繋がりの証拠を持たせていても何もしなかったのか、それとも単純にそれに気が付いていなかったのか。
ともあれ、これらの証拠を入手した事によって俺がアーブラウとSAUの戦いに介入した最低限の収穫は確保出来た。
そして……こちらは俺にとっては少し……いや、かなり予想外の事ではあったのだが、ラディーチェが繋がっていたのはジャスレイだけではなかった。
「ガラン・モッサか」
ガラン・モッサ。
それがラディーチェと繋がっていたもう1人の人物であり、しかも今回のアーブラウとSAUの戦いを演出した人物。
どうやら、蒔苗とチャドが意識不明になったテロも、このガランの仕業らしい。
そして俺が不思議に思ったアーブラウとSAUの戦いが何故か拮抗しているのも、この男の仕業らしい。
現在のガランの立場はアーブラウ軍の作戦参謀。
つまり、ガランの指示によって戦争が行われているのだが……どうやら、その戦いにおいても意図的に長引かせているらしい。
普通なら攻め込むべき時に攻め込まず、防衛に戦力を回す。
それでいながら、アーブラウ側の戦力を動かし、意図的に穴を作ってそれをSAU側に攻めさせる。
勿論そういうのが続けば不満を抱く者もいるだろうが、こっちに入っている情報によるとガラン本人がMSに乗って危なくなっている場所に駆けつけているらしい。
つまり、自分で身体を張っている訳だ。
そうなると、不満を抱いている者がいても迂闊にそれを言える雰囲気ではない。
何しろ、場合によっては自分がピンチになった時にガランに助けて貰ったりもするのだろうから。
だからこそ、今のこの状況においてガランの采配に不満があっても、それを口に出すのは難しいらしい。
また、それだけではなくガランは口もかなり上手いとか。
……なるほど、有能な人物らしいのは間違いない。
ただし、有能であってもそれがアーブラウや俺達に害を及ぼすという方向性での有能なのは、ちょっとな。
ともあれ、ラディーチェはそのガランとの会話も録音しており、それを入手出来たのは大きい。
「さて、まぁ、これで証拠は十分だな」
「で、では、私は助けてくれるのですね!?」
「ああ、勿論。命は助けよう。もっとも、さっきも言ったと思うが、お前のこれからは火星のハーフメタルの採掘に費やす事になるがな」
「……分かっています」
それでも、死ぬよりはマシだと判断したのだろう。
もう俺が銃で撃った傷は治療してある。
これからはハーフメタルの採掘をして貰うのだから、右手に後遺症が残るのは困る。
そんな訳で、手当は簡易的なものではなく、しっかりとしたものだ。
ラディーチェにとって幸運だったのは、銃弾が腕を貫通していた事だろう。
これでもし銃弾が腕の中に残っていれば、本格的な手術をして弾丸を取り出す必要があった。
それでも痛みはあるのだろう。
真剣な様子で俺と会話をするラディーチェの顔は、痛みに歪められている。
「なら、いい。……さて、じゃあ俺は戦場に戻る。ラディーチェとこっちに潜り込んでいた奴の確保は頼んだぞ」
ちなみにシャドウミラーにいた、ラディーチェと繋がってる奴もハーフメタルの採掘工場行きだ。
そこで精々頑張って働いて貰うとしよう。
「分かりました、お任せを」
「……一応言っておくが、逃げるのなら逃げてもいいぞ? その代わり、見つかったらその時は死ぬという未来しかないと思っておけ」
「分かっています」
俺の言葉にそう頷くラディーチェだったが……さて、どうなるだろうな。
そんな風に思いつつ、俺は部屋から出るのだった。
「で? 何だこれは?」
戦場に戻ってきた俺が見たのは、アーブラウ軍と対峙するシャドウミラーと鉄華団の面々。
幸いなのは、双方共にMSやMWは使っておらず、あくまでも生身での行動という事か。
また、銃を手にしてもいない。
……それでも険悪な雰囲気なのは間違いないが。
SAUとの戦いは今は一時中断している……いや、違うな。戦闘音が微かに聞こえてくるという事は、まだ戦闘は続いているらしい。
「兄貴!」
オルガが俺を見て、そう声を掛けてくる。
そんなオルガの言葉に、他の面々もこちらに視線を向けてくる。
「君がアクセル・アルマーか?」
そんな中、アーブラウ軍の方から1人進み出て、そう声を掛けてくる。
それが誰なのかは、先程資料を確認したので知っている。
俺の前に堂々と出て来てくれたのは、ある意味ラッキーだったな。
向こうにしてみれば、シャドウミラーを率いる俺が出て来た事で、主導権を握ろうとでも考えたのだろう。
口が上手いガランにしてみれば、それは当然の行動でもあった。
「ガラン・モッサか」
「おや、俺の名前を知ってるとは驚きだな」
「それはそうだろう。俺がここに来たのは、お前を捕らえる為だしな」
「……何?」
ガランの口からそんな言葉が出る。
まさかこの状況で自分が捕らえられるとか、そういう話が出てくるとは思わなかったのだろう。
だが……そんなガランは、一瞬、一瞬だけだけだったが、少し離れた場所にあるMS、ゲイレールに視線を向ける。
あのMSに乗って逃げようとでもいうのか?
もっとも、そんな事をさせるつもりはないが。
1歩前に出る。
するとガランが……そしてガランの周囲にいた者達が銃を抜き、銃口を向けてくる。
それに反応するように、シャドウミラーと鉄華団の面々も銃を抜くが……
「残念」
その瞬間には、既に俺はガランの目の前まで移動していた。
「な……」
別に瞬動を使った訳ではない。
普通に混沌精霊としての身体能力を使っての行動だ。
ガランはいきなりの行動によって、理解出来ないといった様子を見せつつも、即座に銃口をこちらに向けてくる。
なるほど、有能なのは間違いないな。
ガランのこの行動は、普通なら褒められるべきものなのだろう。
しかし……それはあくまでも普通ならの話だ。
俺はガランの拳銃の銃口を掴み、捻る。
「ぐっ!」
パキ、という音と共に拳銃のトリガーに入っていたガランの右手の指の骨が折れる音が周囲に響いた。
それによって、ガランの口からは苦痛の悲鳴が上がる。
だが悲鳴を上げつつもガランの動きは止まらず、空いている左手を腰の後ろに伸ばし……だが、次の瞬間ガランの身体が引っこ抜かれるように空中を舞い、地面に叩き付けられる。
「ぐっ……が……」
「ナイフか」
地面に叩き付けられたガランの側には、ナイフが落ちている。
左手を腰に伸ばしたのは、そのナイフを鞘から引き抜く為だったのだろう。
「寝てろ」
地面に叩き付けられた衝撃で動けないガラン。
そのガランの顎先を、掠めるように蹴る。
テコの原理によって、顎先を蹴ったことで脳が揺れ、脳震盪を起こし……そのまま気絶する。
「さて、お前達はどうするつもりだ?」
気絶したガランの手を離し、周囲にいる者達に視線を向け、尋ねる。
アーブラウ軍と、ガラン直属の部下達。
アーブラウ軍は今の俺の動きが理解出来ず、それでも戦っても勝ち目がないと判断したのか、構えていた銃を下ろす。
ガランの部下は、半数程が武器を下ろしてはいるものの、残りは銃口をこちらに向けていた。
……俺に銃を撃っても無意味なんだが、その辺については当然ながら向こうは知らない。
その為、銃を撃とうとして……
「俺だけに注意を向けてもいいのか?」
そう言い、シャドウミラーや鉄華団のいる方へ視線を向ける。
そこでは、先程と同様にアーブラウ軍やガランの部下達に銃口を向けたままだ。
いや、既にアーブラウ軍に向けていた銃口は、今はガランの部下の中でもまだ銃口を下ろしていない者達に向けられている。
その事に気が付き、銃口を俺に向けていた者達は動揺した様子を見せる。
「銃口を下ろせ。そうすれば殺さないでおいてやる」
そう言うと、残っていた者の半分程が銃口を下ろす。
だが、まだ銃口を下ろす様子がない者達もいる。
さて、どうするか。
俺としては、この連中をどうこうしようとは思っていないんだが。
ガランさえ確保出来れば、後は問題ない。
ガランの部下達は、一体どう対処するべきなのか、迷うな。
「仕方がないか。面倒だが……俺と敵対したい奴以外は一度離れろ」
その指示に、武器を持っている者達以外は離れる。
そして……俺が動くと、数秒と経たずに全員が気絶するのだった。
「兄貴!」
オルガが俺に向かって駆け寄ってくる。
その表情にあるのは驚きだったが、オルガは俺が魔法を使えるのを知ってるし、そこまで気にするような事はないと思うんだが。
まぁ、こうして心配してくれるのは、俺としても嬉しいが。
「再会の挨拶は後だ。まずは、このガランが逃げられないように、しっかりと縛って確保しておく」
「兄貴、一体何でガランを……?」
「ラディーチェが吐いた。蒔苗が受けたテロ、それはガランの仕業だ。そしてSAUとの戦争もガランが裏で糸を引いている」
「……なるほど、そうですか」
オルガは俺の言葉に驚いた様子がない。
「驚かないのか?」
「いえ、驚いてはいます。いますが、それだと納得出来る点が多かったので。兄貴が来た時、俺達は一触即発の状態でしたよね?」
「そうだな。……なるほど、つまりそれもガランが原因だったのか」
「はい。危なくなっていた味方を助けたのですが、逃げ出した敵を追撃するのをこいつに止められまして。勿論、こっちに戦力がない、あるいは向こうと拮抗しているのなら、そういう風にするのも分かるんですが……」
オルガの言いたい事を理解する。
この戦場に転移してきたのは、シャドウミラーと鉄華団の主力と呼ぶべき者達だ。
ガンダムもいれば、グリムゲルデも、レギンレイズもいる。
MSの性能という点では、それこそギャラルホルンを相手にしても引けを取らない。
その上で、グレイズを始めとして数も多い。
であれば、追撃をするというのは悪くない選択肢ではあるだろう。
勿論、撤退した先に敵が待ち伏せをしている……いわゆる釣り野伏せをしている可能性があるので、それを考えれば警戒する必要はあるかもしれない。
ただ、オルガからの話を聞いた限りだと、そういう感じでもなかったらしいしな。
それもガランがこの戦争を長引かせようとしていると考えれば、納得は出来た。
「で、この拠点にやって来ると、俺達に自分の指揮に従って貰うとか言い出して、それに反発した結果が、あの状態です」
「なるほどな。まぁ、ガランにしてみれば、自分の指揮下にない戦力……それも特大の戦力が自由に動くというのは、この戦争を長引かせるというのに邪魔以外のなにものでもない。そうなると、せめて自分の指揮下に入れようとするのはおかしくはないか」
もっとも、もし指揮下に入ってもそれはそれで難しかったとは思うが。
ガランが防御を優先したのは戦闘を長引かせる為だが、そこにSAUの戦力を一掃出来るだけの戦力が来たのだ。
そうなれば、防御を中心にして敵を攻撃しないというガランの戦略は破綻する。
……まぁ、その場合は、ガランの指揮に従ったシャドウミラーと鉄華団の戦力をどうやって使い潰すかというのを考えるようになると思うが。
「それも兄貴のお陰でぶっ壊れましたけどね」
「そうだな。……さて、ともかく戦争を長引かせようとしていたガランはこうして捕らえた。ラディーチェと繋がっている証拠も入手した。これで俺達が地球に来た目的で残るのは、もう1つだけとなる。……マーベル、頼む」
「あら、私でいいの?」
「指揮を執るのはマーベルの方が向いているだろう。それに俺はガランが逃げないように見張っておく必要があるし。それに……手柄を横取りするのは好ましくないしな」
そう言うと、マーベルは笑みを浮かべて頷くのだった。