それは、ちょっとした思いつきからだった。
現在アーブラウ軍……正確にはアーブラウ防衛軍という名称らしいが、取りあえず面倒なのでアーブラウ軍でいいだろう。
とにかくガランがテロを行った、あるいは実行犯の裏で糸を引いていた人物なのは間違いないので、その部下と共に捕らえた事により、実質的に俺達がアーブラウ軍を采配する事になった。
実際にはアーブラウ軍を率いている人物もいたのだが、何しろアーブラウ軍にとってはこれが初めての大規模な戦争だ。……いや、規模的には紛争なのかもしれないが。
ともあれそのような状況である以上、指揮が上手く出来る筈もない。
ガランがいた時は、参謀という立場にあるガランが実質的にアーブラウ軍を動かしていたようだし。
そもそもの話、そうでもなけれアーブラウとSAUの戦いを長引かせる事は出来ないだろう。
そんな訳で、現在のアーブラウ軍は実質的に俺の支配下にある訳だ。
そしてマーベル率いるシャドウミラーと、オルガ率いる鉄華団はSAUの部隊を次々と撃破して戦線を押し上げていた。
それこそ、今までの膠着状態は一体何だったのだ? と思うくらいに。
今のこの状況からして、俺は特にやるべき事はない。
いやまぁ、何か仕事を探せば当然ながらそこにやるべき仕事はあるのかもしれないが、わざわざ最優先で俺がやる必要のある仕事がない以上、わざわざそのようなことをしたくはない。
だからこそ、ガランが使っていたゲイレールに興味を抱いたのだ。
ゲイレールというのは、グレイズの1世代前のMSだ。
とはいえ、今でこそレギンレイズが配備され始めているものの、それでもまだギャラルホルン全体で見た場合、グレイズはその配備数から主力なのは間違いない。
当然ながら、グレイズというのは傭兵や海賊がそう簡単に入手出来る物ではない。
だからこそ、傭兵や海賊にとってゲイレールというのは最新鋭機的な存在であるのは間違いない。
ガランの乗っているゲイレールは、当然のように改修されていると思ってもいい。
そうなると、具体的にどういう風に改修されているのか……それが気になるのは当然だろう。
俺はガランがMSに乗って戦っている光景は見ていない。
ただ、生身での戦いは……あくまでもこのオルフェンズ世界の人間としてはだが、かなりの技量にあった。
そんなガランが、ノーマルのゲイレールに乗ってる筈もない。
そんな訳で、ガランのゲイレールをちょっと調べてみる事にしたのだが……
「何だ?」
思わずそんな声が漏れる。
機体の機動そのものは、特に問題なく起動出来る。
だが……何だか、機体の起動そのものが、少し遅いような気がしたのだ。
それこそ、違和感として認識出来る程度には。
ゲイレールは俺が確保したオルフェンズ世界のMSの中にもあり、少し使ってみた事もある。
その時に乗ったのに比べると、明らかに起動が遅い気がする。
これがガランのゲイレールである以上、改修された結果がこれという事は十分に考えられた。
だが……それでも、MSの起動を遅くするというのは何か意味があるのか?
例えば……そうだな、他の場所での改修を重視していて、その影響として機体の起動は少しくらい遅くなってもいいようにしたとか?
いや、けどガランは傭兵だろう?
傭兵である以上、いつ何が起きてもおかしくはない。
それこそ、いつ敵に奇襲を受けるのかも分からないのだから。
そう考えると、この機体には少し違和感がある。
……考えられる可能性としては何がある?
ちょっと分からないな。
とはいえ、ガランの機体である事を考えると、何かがあるのは間違いないとは思う。
俺で分からないとなると……誰か専門の知識を持つ者に調べて貰う必要があるか。
とはいえ、そういうのの専門家は……雪之丞か?
勿論シャドウミラーにもメカニックはいるが、だからといってその辺について詳しいかというと微妙だ。
それに雪之丞ならMSの補給や整備、修理の為に一緒に地球に来ているので、呼ぶのもすぐだ。
「雪之丞、ちょっと来てくれ!」
その言葉に、離れた場所でシャドウミラーと鉄華団のメカニック達と話していた雪之丞がやってくる。
「おう、何だ? 何かあったのか?」
「悪いが、ちょっとこのゲイレールを調べてくれないか? ハードウェアの方じゃなくて、ソフトウェアの方だ」
「あん? ……俺はそっちはあまり専門じゃないんだが……まぁ、分かった。アクセルがそう言うって事は、何かあるんだろう?」
「恐らくだけどな。何か証拠がある訳じゃない。今のところは、あくまでもそういう予想だ」
そんな俺の言葉に、雪之丞は少し悩みつつも俺と場所を入れ替わると、調べ始める。
さて、どうなるか。
あくまでも俺の気のせいで、実はゲイレールに何らかの仕掛けがない可能性もある。
だが、テロを起こしてまで今回の戦いを起こし、しかも意図的に長引かせるような事までしたのだ。
そうなると、自分のデータとかを隠しておくのに、MSというのは決して悪くはない選択だと思う。
とはいえ、任せてしまった以上はもうどうしようもない。
……あ、でもそうだな。雪之丞が駄目なら技術班の作ったハッキングツールを使ってみるか?
MSにハッキングツールを使える端子があればの話だが。
コンピュータの端子というのは、その世界によって微妙に違う。
その為、Aという世界で使える端子がBという世界で使えないというのは普通にある。
また、同じ世界でも接続端子が幾つもあるというのは珍しい話ではない。
そんな訳で、技術班が作ったハッキングツールはその辺の問題を解決するように液体金属的な性質を持つ端子が採用されている。
その為、接続端子さえあれば形式を問わすハッキング出来る。
……今更だけど、雪之丞を呼ぶよりも前に本当にこっちを試しておくべきだったな。
そんな風に思っていると、やがてゲイレールのコックピットから雪之丞が姿を現す。
「すまねえな。やっぱり俺には分からん。少し怪しいと思うところはあったが……それが本当に怪しいのか、そう見えているだけなのかは分からねえ」
「そうか、分かった。……無理を言ったのはこっちなんだし、気にしないでくれ」
雪之丞は元々ハードが専門なのだ。
元々専門ではない事をさせた以上、それが無理でも不満はない。
……あるいは、ハッキングツールの事に思い当たらなければ、口や態度ではともかく、内心では少し不満を抱いたかもしれないが。
とにかく、別の手段がある以上、特に問題はない。
「悪いな」
そう言い、雪之丞は他のメカニックのところに戻っていく。
それを見送ると、俺は再びゲイレールのコックピットに乗り込む。
「む」
微かな異臭……雪之丞の体臭にそんな声を漏らすが、すぐにそれは無視してゲイレールのコックピットにある接続端子を探す。
少し苦戦したものの、コックピットの一部にカバーがあり、そのカバーを開くと接続端子を見つける。
ここにこういうカバーはあったか?
以前乗ったゲイレールについて考えるが、思い出せない。
あるいは追加としてここにカバーを付けたとか。
だとすれば、最初は俺の思いつきでしかなかった疑惑も、正解なのではないかと思えてくるな。
空間倉庫から取り出したハッキングツールを、ゲイレールのコックピットにある端子に接続する。
するとゲイレールの機体が起動し……パスワードがハッキングツールによって自動的に解析され、ゲイレールのコンピュータにあるデータを見つけていく。
「当たりか」
コックピットの映像モニタには、色々なデータが表示されていた。
しかもそのデータには個別にパスワードが掛けられているという念の入りようだ。
パスワードを決められた回数間違えて入力すると、データが消されるというトラップ付き。
……こう考えると、下手に雪之丞がデータを見つけられなかったのは、幸運だったのかもしれないな。
ともあれ、詳細なデータについては後で対処しよう。
そう思っていると、ゲイレールの外で俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
何だ?
ゲイレールのコックピットから下りると、そこには予想外の人物が待っていた。
「マクギリス?」
そう、それはマクギリスが丁度車から降りたところだった。
マクギリスの側には、護衛なのだろう石動と、何人かのギャラルホルンの兵士の姿もある。
「アクセル、少しいいかな?」
「ああ」
マクギリスの声に頷く。
ちなみにアーブラウ軍の指揮官は、ギャラルホルンの人員……しかもセブンスターズの家の当主が来たという事で、腹痛になったらしい。
本当に腹痛になったのか、それとも責任回避の為に俺にマクギリスの相手を任せようとしたのか、その辺については分からない。
とはいえ、俺にとってそれは決して悪い事ではない。
下手に俺やマクギリスの会話に割り込んで来られたりしたら、邪魔だしな。
そうならないのは助かる。
俺はマクギリスと石動を引き連れて、少し離れた場所に用意されたテントに入る。
マクギリスが連れてきた兵士達は、そんなテントの周辺に待機する。
俺達の会話を盗み聞きしないようにというものだろう。
兵士達の中にスパイとか他の誰かと繋がっている者達がいたら、それは洒落にならないが。
ただ、こうしてマクギリスが連れてきたのを思えば、信頼出来る兵士達なのだろう。
「さて、それで……アクセルは私が来た理由について、予想は出来るかな?」
「この戦争を止める為だろう? 地球外縁軌道統制統合艦隊の仕事は地球とその周辺の治安の維持も仕事の1つだ」
「分かっているのなら、話は早い。戦いを止めてくれると、こちらとしては助けるのだがね」
「そうだな。今の戦いが終わった後でなら、それで構わない」
「……意外だね。まさか、こうもあっさりと受け入れてくれるとは思わなかった」
マクギリスの言葉に、離れた場所で聞いていた石動も無言で頷く。
どうやら石動もマクギリスと同じ意見らしい。
「俺達はこの戦いの始まりである、蒔苗に対するテロの実行犯を捕らえた。そしてその実行犯は、この戦いを意図的に長引かせていた」
「……それは、本当か?」
「ああ。ガラン・モッサ。それが今回の一件の黒幕だ。とはいえ、傭兵である以上はガランの後ろに誰かがいるという可能性も否定は出来ないが」
あるいは、傭兵だからこそ戦争を起こして仕事を作ろうと思ったとか? ……まさかな。
「ガラン・モッサ……知らない名前だ」
「傭兵だし、ファリド家の当主がわざわざ名前を知ってるとは限らないんだろう」
「だが、このような大きな戦いを引き起こした人物だ。一体何の為にこのような事を……アクセル、その人物をこちらに引き渡して貰えないか?」
「は? 冗談だろう? ガランを捕らえたのは俺達だ。なのに、良いところだけ奪っていこうっていうのか?」
「勿論、相応の謝礼はしよう。そうだな……まずは、アクセルが以前送ってきた、火星でMSと一緒に採掘された物についてだ」
上手いな。
マクギリスの言葉に、素直にそう思う。
マクギリスにしてみれば、ガランは何がどうあっても欲しい存在だろう。
この地球の治安を守るのが仕事のマクギリスだけに、その騒動を起こした犯人を捕らえたというのは、今回の失態を完全になかった事には出来ないだろうが、それでも大きな意味を持つのは事実。
その上で、マクギリスにしてみれば自分が持っている情報を渡すだけで、懐は傷まない。
とはいえ……
「それはそっちに都合が良すぎないか? 情報は欲しいが、それはこっちで調べれば大体分かるだろうし」
もし解呪がまだで、ゲートを使えなければ、あのMAっぽい奴の情報を欲して取引に応じたかもしれない。
だが、今は既に呪いも解呪され、あのMAっぽいのは現在ホワイトスターで解析されている。
何らかの情報があるのなら欲しいとは思うが、なくてもどうとでもなるのだ。
「では……何と引き換えなら譲って貰えるのかな?」
「何と、か。……そうだな。エイハブ・リアクターの製造技術……と言いたいところだが、それは難しいか」
「無理だね」
考える余地もなく、マクギリスはそう言う。
無理もないか。
以前はエイハブ・リアクターとMSのフレーム製造技術がギャラルホルンの独占技術だったものの、MSのフレームは少し性能は劣るが、それでも実用に耐えるのをテイワズが作った。
今となっては、ギャラルホルンが占有しているのはエイハブ・リアクターの製造技術だけだ。
そうである以上、ガランの身柄と引き換えとはいえ、エイハブ・リアクターの製造技術を渡そうとは考えないだろう。
あるいは何かもっと致命的な物なら話は別だが……ガランの身柄は大きな意味を持つが、だからといってエイハブ・リアクターの製造技術とは釣り合わないらしい。
「分かった。なら、もう少し交渉しようか。幸い、現在はアーブラウ軍が圧勝しているしな」
そんな俺の言葉に、マクギリスは憂鬱そうな表情を浮かべるのだった。