「アクセル、そろそろ夕方だし、旅館に戻らない? ここにいても周囲の目がちょっとうるさいし」
ゆかりの言葉に、なるほどと頷く。
現在俺達がいるのはジュネスの屋上にあるフードコート。
あるかどうか心配していたホットドッグの店だったが、普通にあったので、そちらはたっぷりと買い込んだ。
見えない場所で空間倉庫に収納し、たこ焼きとかそういうのを食べながらゆかりと話をしていたのだが……学校が終わった高校生が多くなると、自然とゆかりに視線が集まる。
無理もないか。
ゆかりは都会の女子大生といった表現が相応しい、垢抜けた外見だ。
また、その美貌や身体付きも大人っぽく、それだけに高校生の視線を集めるのは当然の事だった。
ゆかりはその類の視線をそこまで気にしてはいなかったが。
その美貌から、街中で人目を集めるというのはゆかりにとって珍しい事ではないのだろう。
それでも高校生の……より正確には高校生の男の餓えた視線というのは、ゆかりにとって好ましいものではないらしい。
「そうだな。他の面々もそろそろ集まってくるだろうし」
マヨナカテレビの一件に関わった者達が、今日は天城屋旅館に集まる。
もっとも、シャドウワーカーの面々はいないが。
今も恐らく、別のシャドウを追っているとか、もしくは何か他の仕事をしているとかなのだろう。
「でしょ? じゃあ……ほら、行きましょ」
そう言い、ゆかりは俺の腕を引き、抱きつく。
腕に当たってゆかりの双丘が潰れる感触。
普段は人前で堂々とこういう事はしないんだが。
恐らくは……いや、ほぼ間違いなく自分に視線を向けている者達に恋人がいると見せつけているのだろう。
実際、ゆかりが俺の腕に抱きついてから向けられる視線は間違いなく減ったのだから。
……ただ、それでも向けられている視線には、強烈な嫉妬が込められていた。
これで、ゆかりだけじゃなくて美鶴も一緒に来ていたら、どうなっていたんだろうな。
そう思いつつ、俺はジュネスを出るのだった。
「あれ、アクセルさん? ジュネスに来てたんですか?」
「うわ、本当に大師匠がいるクマ」
ジュネスから出ようとした俺とゆかりだったが、そんな声に……聞き覚えのある声に足を止める。
俺が足を止めると、当然ながら俺の腕を抱いていたゆかりも足を止め……
「花村にクマか」
「はい、お久しぶりです。いや、その……本当に久しぶりでしたね。大丈夫だって聞いてはいましたけど、元気そうで何よりです」
「大師匠なんだから、あの程度でどうにかなるとは思っていなかったクマ。だからクマは心配していなかったクマよ」
そう言いながら、2人は近付いてくる。
俺が無事だというのは、狛治経由でホワイトスターに伝わり、そこから誰かが稲羽市にいる面々に伝えたのだろう。
その為、大丈夫だとは思っていつつも、それでもやはりこうして実際に見るまでは心配していたのだろう。
「心配を掛けて悪かったな。こうして無事に戻ってきたから、安心してくれ」
実は俺の中では4年くらい経ってるとかいうのは、言わない方がいいだろう。
シャドウミラーに所属しているのならともかく、花村やクマ達は違うしな。
「そうみたいですね。けど、アクセルさんは今までどこにいたんですか?」
「色々と複雑な場所だよ。それでもこうして無事に戻ってくることは出来たが」
時差の問題で、俺の中では4年が経っているというのは黙っていたし、同時に新しい異世界に行っていたというのも黙っておく。
花村やクマは……あ、でもどうなんだろうな。
既に花村は3年だ。
そうなると、進路が影響してくる。
このままジュネスに入社するのか、あるいは大学に行くのか。
その辺は俺には分からないが、シャドウとは関係のない世界を生きるという事になるのなら、俺達とは関わらない方がいい。
とはいえ、美鶴が稲羽市に桐条グループの拠点を作っているのを見れば分かるように、もしかしたらまたこの辺りでシャドウの関係する事件が起きる可能性がある。
その時は、花村やクマもペルソナ使いとして、当然のように関わってくるだろう。
それを考えれば、ある程度教えておいた方がいいのかもしれない。
ペルソナ使いという事で、進路にはシャドウワーカーもあるんだし。
シャドウワーカー的には、所属してくれるペルソナ使いは多ければ多い程にいいんだし。
原作的にも、ニュクスの一件がペルソナの初代……いわゆる1だとした場合、マヨナカテレビの一件がペルソナ2.そうして続編があるのなら、ペルソナ3がある可能性も十分にあるのだから。
それが具体的にどういう内容なのかは分からないが。
そもそもこの同じペルソナという能力を使うにも関わらず、美鶴達は召喚器を使って自分の頭部を撃ち、擬似的な自殺で死を体験する事によってペルソナを召喚する。
だが、花村達の場合は召喚器は必要なく、どこからともなく現れた……多分、使用者の精神が物体化したとか、そういう風に見える幻影だとか、とにかくそれを握り潰す事によってペルソナを召喚する。
そうなると、この世界の原作の続編があった場合、また別の手段でペルソナを召喚するのかもしれないな。
「それで俺達はこれから天城屋旅館に行くけど、花村とクマはどうするんだ? 一緒に行くか?」
「あー……すいません。俺もこいつも、まだちょっと仕事が残ってまして。約束の時間までには必ず行くんで」
「クマは行ってもいいクマよ。大師匠と一緒に行動するのは、悪くないクマ」
そう言うクマだったが、花村に叩かれる。
……ちなみにクマの中身は顔立ちの整った美少年といった感じなのだが、今日はクマの着ぐるみを着てるんだな。
まぁ、それについては別にどっちでもいいんだが。
「馬鹿、仕事をサボったりしたら、また怒られるぞ」
「クマぁ……」
「ほら、行くぞ。……じゃあ、アクセルさん、ゆかりさん、失礼しますね。また夜に」
そう言い、花村はクマを引っ張って立ち去る。
「元気みたいでよかったわね」
「そうだな。最後が最後だったから、当然かもしれないが」
伊耶那美大神が自分の命を消費してまで俺をペルソナ世界から追放したので、当然ながら俺がいなくなった後、伊耶那美大神は死んだ。
あるいは……本当にあるいはの話だが、事件の裏に伊耶那美大神がいたとして、更にその裏に誰かがいたといったような事でもあれば、あの場に残った者達で対処する必要があったかもしれないが。
とはいえ、あの場には稲羽市にいた面々だけではなく、シャドウワーカーやシャドウミラーの関係者も多かった。
そう考えれば、もし追加で裏に誰かが……何者かがいたとしても、残っていた面々で対処出来た可能性は十分にある。
「マヨナカテレビの一件が終わった後は、特に何もなく、普通の高校生としてやっていけたようね。アクセルも安心したんじゃない?」
「前々から、その辺りの情報については聞いていただろう? なら、別にそこまで気にする必要は……」
「人から話を聞いても、実際に自分の目で見るのは違うでしょう? そしてアクセルがそう思ったように、あの子達も同じようにアクセルが無事だと聞いてはいても、実際に自分の目で直接見るまでは完全には安心出来なかったのよ」
「そういうものか? ……そういうものだな」
ゆかりの言葉に納得しつつ、天城屋旅館に向かう。
ジュネスから出ると、時間も時間なので人通りがそれなりに多い。
「どうする? いっそ影のゲートで転移するか?」
「たまにはこういうのもいいでしょうし、歩きましょう。……ほら、アクセル」
そう言い、抱きついていた腕を解放すると、次にゆかりは手を出してくる。
どうやら腕を組むのではなく、手を繋いで歩きたいらしい。
恋人として特に断る理由もないので、俺はゆかりの手を取る。
普通に手を繋ぐのではなく、いわゆる恋人繋ぎと言われる繋ぎ方だ。
まるで周囲の者達に見せつけるような……いや、見せつけているのか。
実際、何人かの男が面白くなさそうに離れていくのが見えたし。
何だ? もしかしてゆかりをナンパでもするつもりだったのか?
そう思ったが、普通に俺と一緒にいるところでナンパをするってのは……どうなんだ?
この辺りは不良の類はそんなに多くはない。
……いや、一応以前は暴走族がいたんだったか。
ただ、巽完二……これもマヨナカテレビの一件に関わった奴だが、そいつが前に暴走族を壊滅させたとか何とかだった気がする。
それ以降は、この辺りでも暴走族はいないのだろう。
そんな訳で、巽を怖がって不良とかはあまりこの辺にもいないらしい。
俺にしてみれば、巽はそこまで理不尽に暴力を振るうといったような奴じゃないと分かってるから、必要以上に怖がったりしなくてもいいと想うんだけどな。
暴走族を潰したのも、うるさくて母親が眠れなかったというのが理由らしいし。
「うーん、こうして改めて見ると、やっぱり平和な田舎って感じだな。それも畑や田んぼしかないような田舎じゃなくて、それなりに発展している田舎」
「そうね。でも、桐条グループが投資をするんだから、これからはもっと発展するんじゃない? 勿論、東京までとは言わないけど」
「そうなったらいいんだけどな。……お、ビフテキ串が売ってるな。ちょっと買っていかないか?」
稲羽市は別に有名な和牛がいる訳ではないのだが、何故かビフテキを売り出そうとしてるんだよな。
何故ビフテキ? と思わないでもなかったが。
ただ、それなりに美味いのも事実なので、食べる方としては不満もないが。
もっとも、ビフテキ……ステーキというのは、滅茶苦茶美味いといったように作るのは難しいが、それなりの味に作る程度なら、そこまで難しくもない……らしい。
これは四葉からの情報だから、そう間違ってはいないだろう。
「あのね、旅館に戻って皆が集まったらご飯を食べるのよ? なのに、今から……いえ、アクセルならそれでもいいのかもしれないけど」
「そうだな。俺の場合は問題ない」
何しろ料理を食べれば、その料理はすぐに俺の身体の中で魔力となって吸収されるのだから。
つまり、俺にとって食事というのは絶対に必要な行為という訳ではなく、あくまでも趣味的なものでしかない。
味を楽しむ為のものだ。
そんな訳で、それこそ今日旅館で食事をする前ビフテキ串を食おうが、それどころかラーメンやカツ丼を食べようが、満漢全席を食べようが、全く問題はない。
……満漢全席の場合は、食べる量には問題ないものの、それを食べる時間的な意味では問題があるかもしれないが。
「羨ましいわね」
そう言うゆかり。
別にゆかりも太っている訳ではない。
だが、それでもやはり女として、その辺は気になるのだろう。
もっとも、ゆかりの場合は食べたらその分動けばいい。
今日たっぷり食べても、今度ホワイトスターでエヴァとの戦闘訓練にでも参加すれば、今日の夕食で摂取した分のカロリーは容易に消費出来るだろう。
寧ろ、カロリーを消費しすぎて痩せないで欲しい。
女が痩せる時は、胸から痩せると聞いた事があるし。
「……どこを見てるのかしら?」
俺の視線を感じたゆかりが、そう言ってくる。
女は男の視線に敏感だと言うが……いや、単純に俺の視線が露骨だっただけか?
「勿論、ゆかりの素晴らしい胸だ」
「馬鹿じゃないの? ってか、馬鹿じゃないの?」
まさか俺が堂々と胸を見ていたと言うとは思わなかったのか、ゆかりは頬を薄らと赤くして、そう言う。
少し大きな声だったのもあってか、周囲にいる通行人達からも何があったのかと注目を集めていた。
「っ!? ほら、行くわよ!」
そんな周囲の視線に気が付いたのか、ゆかりは恋人繋ぎをしたままの手を引っ張って、歩き出す。
そうなれば当然のように俺もついていくしかない訳で。
10分程、ゆかりは無言で歩き続ける。
何か声を掛けてもいいのだが、こういう時のゆかりに下手に声を掛けると爆発しそうなんだよな。
なので、今は黙ってゆかりと歩く。
……何だかんだと、俺とゆかりの付き合いは長いだけに、その辺は十分に理解していた。
何しろ俺がこのペルソナ世界に来た時、シャドウに襲われているゆかりを見たのが、出会いだったのだから。
「全く、アクセルったら人前でああいう事を言う? もっと場所を考えなさいよね」
やがてゆかりがようやく口を開く。
とはいえ、どこを見ているのかと聞いてきたのはゆかりなんだが。
ただ、ここでそれを言うと、間違いなくゆかりはまた怒る。
ゆかりはその気の強そうな見た目通り、沸点は決して高くはないのだから。
「そうだな。次からは気を付けるよ」
「……そう言って、また同じ事をやるんでしょう?」
ジト目を向けてくるゆかり。
ただし、そうしながらもゆかりが握っている俺の手を放す事はない。
まさに、ツンデレというのはこういうのを言うのかもしれないな。……いや、違うか?
そんな風に思いつつ、俺はゆかりと手を繋いだまま天城屋旅館に向かうのだった。