俺とゆかりが天城屋旅館に戻ると、ちょうど夕方くらいの時間だった。
そして……
「あ、アクセルさん……」
旅館の手伝いをしていた雪子と、廊下で遭遇する。
以前見た時よりも、間違いなく女っぽくなっていた。
既に3年になっている事を考えれば、それも当然か。
また、こうして旅館の手伝い……いや、正確には次期女将の修行をしている雪子だ。
ただの高校生でしかない他の者達と違い、社会経験を一足先に体験してるのも影響してるのだろう。
「久しぶりだな」
「じゃあ私はちょっと美鶴さんに用事があるから」
俺と雪子を置いて、ゆかりは部屋に向かう。
場の雰囲気を読んで、それこそもう少しこの場に残って欲しかったんだが。
何しろ、俺と雪子の関係は複雑というか……うん。
俺が告白をした訳でもないのに、フラれてしまったという、そんな関係だ。
とはいえ、雪子がそのような行動をしたのも分からないではない。
天城屋旅館の女将としてやっていくと決めたのだから。
その為、俺と付き合うような余裕はないと判断するのは、当然の事だろう。
「その……元気だったか?」
「うん。こうして、女将の修行も頑張ってるわ。それより、アクセルさんも無事で良かった。いきなりいなくなったんだから、驚いたわ。……無事だというのは聞いてたけど」
「まぁ、こっちはこっちで色々とあったしな。それも何とか終わって、無事に帰ってこられた訳だ」
オルフェンズ世界での騒動は、もう基本的に終わったと思ってもいいだろう。
そっちが一段落したので、現在はこうしてペルソナ世界に挨拶回り……というのは正しくないか? とにかく、こうして心配を掛けた面々に顔を見せに来ている。
「何があったのか、聞いてもいいの?」
「悪いが、それはちょっと無理だな。こっちも色々と話せない内容があるし」
これで雪子がシャドウミラーに所属しているのなら、こっちも色々と教えてもいいとは思う。
だが、生憎と雪子はシャドウミラーのメンバーではない。
そうである以上、その辺についての情報を教える訳にはいかなかった。
……まぁ、シャドウについては知っているので、シャドウワーカーについて教えるのはいいと思うが。
「そう……残念だけど……」
「雪子ちゃん、ここにいたの? ちょっと女将さんが呼んでいたわよ。……あら、アクセルさん。お帰りなさいませ」
旅館の従業員が雪子を見てそう声を掛け、そしてすぐに俺の姿に気が付くと、頭を下げてくる。
「分かりました。では、アクセルさん。また後で」
その従業員の言葉に、雪子は俺に軽く頭を下げてから従業員と共に俺の前から立ち去る。
そんな雪子の後ろ姿を見て、やっぱりこっちでもそれなりに時間が経っているんだなと思う。
着物を着ての歩き方が、以前見た時とどことなく違うように思えたのだ。
本人が意図してのものなのか、それとも意図せずに自然とそういう感じになったのか。
その辺りは俺にも分からなかったが、それでも時間が流れたというのは感じられたのは事実。
そうして雪子がいなくなった廊下を眺めていると……
「あれ? アクセルさん?」
背後からそんな声が聞こえてくる。
これもまた、聞き覚えのある声に振り向くと、そこには里中の姿があった。
「里中か。久し……ぶり?」
「え? ちょっと、何でそんなに微妙な感じなんですか?」
「あー……いや、うん。気にしないでくれ。久しぶりに里中の顔を見て、安心しただけだ」
そう誤魔化しながら、俺は先程までの雪子を思い出す。
……あれ? 俺がいなくなってから、こっちでも半年近く時間が経っていた筈だよな?
雪子はそれで十分に大人っぽくなっていた。
なのに、里中は以前と全く変わっていないように思える。
えっと……あれ? 実はペルソナ世界だけでは時間が経っていなかったとか?
いや、けど……雪子を見れば、とてもではないがそんな風には見えないし。
となると、里中だけがちょっと変なのか?
「もう、そうやって褒めても何も出ませんよ。……あれ? 褒めてるんですよね?」
「多分な」
「ちょっと、多分ってどういう意味ですか」
そんなやり取りをしつつ、俺は里中と一緒に歩き出す。
「そう言えば今日、りせと鳴上はどうなるか聞いてるか?」
マヨナカテレビの一件に関わった者の大半は、今もこの稲羽市にいる。
だがそんな中で現在稲羽市にいないのが、この2人だ。
りせはゆかりと話した時のように、芸能界に復帰して桐条グループ系列の芸能事務所に所属してるのだが、その芸能事務所は東京にある。
鳴上は元々稲羽市にいるのは当初から1年だけの予定だったので、既に稲羽市を出て家族と暮らしている。
そんな訳で、稲羽市にいないその2人だったが、どうなのかと思って聞いたのだが……
「鳴上君は来るらしいですよ。ただ、りせちゃんは仕事が忙しくて難しいって。来られたら行くって言ってましたけど」
それ、来ない奴じゃないか?
そう思ったが、りせの場合は芸能界に復帰した事で非常に忙しい毎日を送っているので、来られたら行くというのも、別に来ないフラグとかそういうのじゃないと思う。
「そうか。鳴上が来るのなら、菜々子も喜びそうだな」
菜々子は親戚の鳴上にかなり懐いていた。
そんな鳴上と久しぶりに会えるのなら、喜んでいてもおかしくはなかった。
「……まぁ、菜々子ちゃんは新しいお母さんにも凄い懐いているけど」
小西……いや、早紀と呼んで欲しいと言われたんだったか。
そう言えば、マヨナカテレビの一件の影響で早紀の家族は東京に避難していたと思うんだが、それはもう終わったのか?
その辺は恐らく俺がいない間に解決したのかもしれないな。
「再婚……早紀に押し切られた形か」
堂島と早紀は、最初早紀の一方的な片思いだった。
当然だろう。堂島と早紀では、年齢が倍近く離れているのだから。
だが、早紀はそんな逆境にもめげず、押して押して押しまくった。
堂島の娘の菜々子も早紀には懐いていたし。
……そして最終的に、早紀はその行動力で堂島と見事にゴールインした訳だ。
早紀は美人と称しても間違いない顔立ちをしている。
それこそ早紀がその気になれば、もっといい男と恋人同士になる事も可能だっただろう。
だが、早紀にとって堂島は命の恩人だ。
白馬に乗った王子様という表現はどうかと思うが、早紀にとってはそういう感じなのだろう。
ちなみに、早紀がTVの中に入れられそうになっているのを助けたのは、堂島だけじゃなくて俺もなんだが。
早紀にしてみれば、堂島の事しか目に入っていなかったらしい。
いやまぁ、いいけどな。
それで早紀が幸せになれるのなら。
「あ、あはは。その……うん。まぁ、そんな感じ。鳴上君も、こっちに戻ってきた時、大変なんだと思う」
「まぁ、それはな」
自分の家……いや、今はもう自分の家ではなく、親戚の家か。
とにかく稲羽市に来たら堂島の家に泊まるんだろうが、そこには自分より1つ上の早紀が堂島の妻、菜々子の母親としているのだ。
鳴上にしてみれば、気まずいなんてものではないだろう。
ましてや……夜の営みの声が聞こえたりしたら……うん。
いっそ、ホワイトスターで俺の部屋……というか、寝室に使っている防音材をプレゼントすべきだろうか。
今日堂島も来るだろうし、何気に尋ねてみるか。
そう考えつつ、里中と一緒に廊下を進んでいたのだが……
「で、里中はどこまでついてくるんだ? もうすぐそこが俺の部屋なんだが」
「え? あ、えへへ。雪子は忙しいし、そこでアクセルさんに会ったから、つい」
「ついってな。お前も女なんだし、もう少し警戒しろよ」
「いやぁ……私はほら、雪子と違ってがさつだし。そういう風に見る人なんかいないって」
そう言う里中だったが、顔立ちそのものは整っているんだよな。
美人じゃなくて可愛いといったタイプの顔立ちだが。
それに雪子のようなお淑やかさ……いわゆる大和撫子っぽい感じじゃなくても、気楽に接する事が出来るというのも、人によっては好意的に受け取れるだろう。
もっとも、シャドウとの戦闘を潜り抜けてきた里中だ。
ペルソナがなくても、その辺の男程度なら容易に倒せるだろうが。
里中の蹴りは、シャドウでさえ……それも弱いシャドウではなく、かなり最後の方に出てくるシャドウでさえ、倒せる蹴りだ。
もっとも、マヨナカテレビの一件が終わってから半年以上が経つ。
それだけ実戦から遠ざかっているとなると、どうしても勘が鈍るだろうが……それでも、その辺の男を蹴り飛ばすくらいは容易に出来るだろう。
「自分ではそう思っていても、お前も女子高生なんだ。あまり楽観的に考えるなよ。……まぁ、俺の部屋の場合はゆかりと美鶴も一緒だから、構わないが」
そう言い、襖を開ける。
するとそこでは、何故かジト目を俺に向けているゆかりと、呆れた様子で俺を見ている美鶴の姿があった。
「女子高生ねぇ……そういうのが好きな人が多いのは分かるけど、まさかアクセルもだとは思わなかったわ」
どうやら、俺と里中の会話が聞こえていたらしい。
別に小声で話していた訳でもなかったのだから、襖の向こう側に声が聞こえるのはそうおかしな話ではないか。
「いや、別に……女子大生も好きだぞ?」
「ペ・ル・ソ……」
「ほら、その辺にしておけ」
何故か俺の言葉に召喚器を取り出して頭部に当てたゆかりだったが、美鶴に止められる。
……俺としては、女子大生のゆかりも好きだと言おうとしただけなんだが。
「でも、美鶴さん」
「アクセルなんだから、仕方がないだろう。それに……私達を好きだというのは、悪くないと思わないか?」
艶然とした笑みを浮かべてそう言う美鶴。
「大人だ……」
そんな俺達のやり取り――というか、美鶴の表情――を見て、里中がそう呟く。
「取りあえず、中に入ってくれ。宴会……まぁ、宴会か。宴会が始まるまで、まだ時間はあるからな。里中のような可愛い子の側にいると、アクセルが暴走するかもしれないからな」
「いや、俺を何だと思ってるんだ?」
「言ってもいいのか?」
「言ってもいいの?」
美鶴とゆかりに揃ってそう言われると、俺も黙り込む事しか出来なかった。
恋人が20人以上いて、しかもその多くと同棲しており、夜中は毎晩のように楽しんでいるとなれば、自分がどのように思われるのかというのは、容易に想像出来てしまうのだ。
……それをわざわざ里中の前で言われたいとは思わない。
「あ、あははは。……その、お邪魔してもいいですか?」
俺とゆかり、美鶴のやり取りを見ていた里中だったが、それでも部屋に入ってもいいかどうかを聞いてくる。
この辺が図太いというか、あるいは自分でも理解出来ない感じで信頼されているのか。
その辺はちょっと分からないが、ゆかりと美鶴の許可を貰って、里中も中に入る。
マヨナカテレビの一件では、基本的に俺達と里中達は別々でダンジョンを攻略していた。
だが、それでも色々と付き合いはあったし、それに俺がこの世界から追放された後でも、それなりに接触はあったのだろう。
里中はゆかりや美鶴と、嬉しそうに会話をしている。
「そう言えば、白鐘にこの前の一件で感謝したかったのだが、今日は来るのか?」
「えっと、直斗君なら来るって言ってましたよ。……でも、桐条さんが感謝って、何かあったんですか?」
「ああ。実はうちのグループの者が冤罪を掛けられそうになってな。それも、偶然そうなったのではなく、悪意のある存在によって。その一件を彼女に解決して貰ったのだ。……うちは少し前から急激に大きくなっているのでな。それを妬んで、あるいはスパイにしようとでもしたのだろうが、白鐘のお陰で助かった」
「あー……桐条グループ、そう言えば最近凄いですもんね。誰かのせいなのかは分かってますけど」
ゆかりが美鶴の言葉に同意しながら、俺の方を見てくる。
いやまぁ、実際その言葉は間違っている訳でもないしな。
現在、このペルソナ世界においてシャドウミラーの窓口となっているのは、桐条グループだ。
つまり、異世界間貿易に参加しているのも桐条グループだけであり、それによってペルソナ世界で非常に大きな利益を得ている。
他にも、ペルソナ世界において世界的な歌手として知られるシェリルも桐条グループ系列の芸能事務所に所属している。
もっとも、シェリルは基本的に表に出る事はない。
あくまでも歌を出すだけだ。
それこそ音楽番組とかにも基本的に出ない徹底ぶりだ。
なので、CDとかを出せばかなり売れるが、例えばバラエティ番組に出たり、ドラマや映画に出たりといった事はなく、そういう意味では稼げるのに稼いでいないと桐条グループを馬鹿にする者もいるという。
実際にはそうやって極力表に出ない事によって、一種のミステリアスさを演出している一面があるのだが。
……ただし、それ以上に重要なのは言いたい事を言うシェリルなので、迂闊に表に出せば失言が飛び出す可能性が高いという事だろう。
そんな訳で、桐条グループは成長しているものの、それだけにちょっかいを出してくる者も多いのだった。