「もうっ、心配したんだから」
そう言い、俺に近付いてくるりせ。
りせもシェリルの後輩ということで、稲羽市にいる面々よりは俺の情報を入手しやすかった筈だが、それでもやはりこうして直接俺を見ないと、安心は出来なかったらしい。
「悪いな。俺はこうして無事だから、安心してくれ」
「……分かってはいたけど……」
普通なら、芸能界でもトップアイドルの1人であるりせが姿を現せば、騒ぎになる。
だが、ここにいる面々はマヨナカテレビの一件でりせと一緒に行動したという事もあって、そういうのではない。
それでも久しぶりにりせに会うという事で喜んでいる者達もいたが。
ただ、そんな者達も今は迂闊に口を挟まない方がいいと思っているのか、黙ってこっちを見ていたが。
「それにしても、来られたら来るって話だったけど、本当に来る事が出来たんだな。今は……いや、今に限らず、りせは忙しいんじゃないか?」
「それはそうだけど、こうしてアクセルさんが帰ってきたって事で、実際に会えるんだもん。来ない訳がないでしょ」
「いや、来られたら来るって話だったから、多分来ないんだろうなと思っていたんだよ」
「……私、もしかして迷惑だった?」
俺の言葉に何を感じたのか、悲しそうに言うりせ。
慌てて首を横に振る。
「いや、そんな事はない。こうしてりせが来てくれたのは嬉しいと思ってる」
「なら、よし!」
数秒前の悲しそうな様子が一瞬で消え、そこには満面の笑みだけがある。
それはつまり……
「騙したな?」
「人聞きが悪い。騙したんじゃなくて、演技よ。いずれドラマとかにも出る事になるからって、少しずつ練習してるんだ。どう?」
「……騙されたよ」
「ふふん、いつまでもりせちーのままじゃないんだから」
そう言うりせだったが、復帰した今でもりせちーと呼ばれているのは事実なんだよな。
見た感じだと、本人的にはあまり嬉しくなさそうな感じではあったが。
とはいえ、4年前……いや。この世界だと半年くらい前と比べると、雰囲気が大人っぽくなったのは間違いない。
「元気なようで何よりだよ」
「えへへ。先輩に負けないように頑張ってるから」
先輩? と一瞬疑問に思ったが、それが誰の事を言ってるのかはすぐに分かった。
今のりせにとって先輩というのは、それこそ同じ芸能事務所に所属しているシェリルしかいないだろう。
「シェリルの事か」
「うん。会った事はまだあんまりないんだけど、凄いんだから」
「……だろうな」
元々がマクロス世界において、トップアーティストだったシェリルだ。
1日のうち、最低1回はシェリルの歌を聴かない日はないと言われるくらいに。
今でこそ、シャドウミラーに所属している事で、マクロス世界以外でも活躍し……結果として、マクロス世界で以前よりもライブとかメディアに出る事が減って、結果としてランカとかワルキューレだったか? そういう連中にも抜かれた……抜かれそうになっている? とにかく単独でのトップではなくなっているが。
その代わり、シャドウミラーに所属した事によって色々な世界でデビューする事になり、それによって多くの者達から最高のアーティストと呼ばれるようになっている。
そういう意味で、ジャンルは若干違えど、それでも歌手としても活躍しているりせにとって、尊敬すべき相手としてシェリルを認識してるのは理解出来た。
少し疑問なのは、シェリルと俺の関係を知ってるかどうかだ。
りせはシャドウミラーの一員って訳でもないし、恐らく俺とシェリルの関係は知らない筈だ。
となると、わざわざ言う必要もないか。
何しろ、このペルソナ世界においてもシェリルはトップシンガーとして知られる。
そうである以上、わざわざここで俺とシェリルの関係を知らせる必要とか、そういうのはないだろうし。
「ともあれ、こうしてりせが来てくれたんだ。今日はたっぷりと楽しんでいってくれ」
そう言いつつ、俺は烏龍茶の入ったコップをりせに渡すのだった。
「だから、アクセルさんも花村先輩に言って下さいよ」
巽がそう言いながら、隣にいる白鐘を見て頬を掻く。
雰囲気に酔ってるのか、巽の様子は色々とおかしい。
「あははは。すいません、アクセルさん」
白鐘が困ったように言う。
この2人、何だかそれなりに良い雰囲気のように思えるんだが、俺の気のせいか?
巽に呼ばれた花村は、少し離れた場所でそんな巽に羨ましげな視線を向けている。
花村にしてみれば、巽と白鐘が良い雰囲気なのが羨ましいのだろう。
まぁ、花村には新しい恋を探して貰うとして。
「気にするな。そう言えばさっき美鶴から聞いたが、桐条グループの人間の事件を解決したんだって?」
「あ、はい。ただ……その事件を起こした人は捕らえる事が出来ましたが、その裏にいる人物には届きませんでした」
「裏? つまり、誰かがその人物に命じるか何かして、桐条グループの人間を嵌めたってところか?」
「はい。恐らくは政治家だと思うのですが、まだ誰とは……」
そう言い、残念そうに首を横に振る白鐘。
その気持ちは分からないではない。
政治家というのは強い権力を持っている。
……特に今回のように何かを企むといったような事をした者は、間違いなく大きな権力を持っているだろう。
勿論、その権力も絶対ではない。
極端な話だが、その政治家がどれだけの権力を持っていようとも、俺が殺す気になれば容易に殺せる。
どこにいるのかさえ分かれば、影のゲートを使って忍び込んで、あっさりと殺せるだろう。
それを使わなくても、爆発事故に見せ掛けて白炎で焼き殺すという手段もある。
もしくは、気配遮断のスキルを使って暗殺し、即座に影のゲートで姿を消すといった手段もある。
……いっそ、講演会とかをやってるところにハシュマルを突っ込ませて暴れさせるというのもありだろう。
そんな訳で、権力というのは強力な力であるのは間違いないものの、それでも絶対のものではない。
いや、一般人に対しては別かもしれないが、俺のように色々な意味で特殊な存在を相手にするには、権力というのは意味がない。
「頑張って黒幕を暴いてくれ」
「勿論です。探偵王子の名に掛けて! ……面白くありませんでした?」
あれ? もしかして白鐘も雰囲気に酔ってるのか?
はっちゃけてるような。
「まぁ、頑張ってくれとしか俺には言えないな」
そう言い、巽と白鐘の側から離れる。
俺が白鐘と話しているのを、巽が微妙に心配そうに見ていたからというのもあるが。
……その視線を見れば、一体どういう風に思っているのかは分かる。
分かるのだが、別に俺は白鐘を口説こうとか、そういう風には思っていない。
とはいえ、シェリルの件は知らなくても、ゆかりと美鶴の件は知っているので、だからこそもしかしたら俺が白鐘を口説こうとしているとか、そんな風に思われてもおかしくはないのかもしれないな。
……それなら、さっさと白鐘に告白をすればいいのにな。
白鐘も決して巽の事を嫌っている訳ではない。
それこそ好ましく思っているのは明らかなので、付き合える可能性は十分にあると思うんだが。
その辺については、俺が口を挟むよりも巽や白鐘に任せておいた方がいいと思うんだが。
「アクセルさん、その……少しいいですか?」
次にそう声を掛けてきたのは、雪子。
本来なら、雪子は女将の修行をしているので今も旅館の手伝いをする必要があるのだが、今日は特別という事でこうしてここにいる。
雪子の母親……女将が俺達の詳細についてどこまで知ってるのかは俺にも分からない。
ただ、雪子がマヨナカテレビの中に入った……入れられたのを思えば、そしてシャドウワーカーがこの大広間を数ヶ月単位で借りていたのを思えば、普通とは違う何かがあると思ってもおかしくはない。
刑事の堂島とかもこっちにつきっきりだったしな。
「どうした?」
「いえ、その……まだアクセルさんとゆっくりと話していなかったので」
言われてみればそうか。
ゆかりと一緒に天城屋旅館に戻ってきた時に会ったが、あの時はまだ旅館の仕事があってそっちに集中していたしな。
「そうだな。じゃあ、ゆっくりと話すか。……とはいえ、何を話せばいいのか迷うところだけど」
何しろ俺と雪子の関係は……何と言えばいいんだろうな。微妙だ。
何しろ俺は雪子に告白もしてないのにフラれたんだし。
「そ、そうですね。じゃあ……えっと……」
「逆ナンとか?」
「……もう!」
俺の口から出た逆ナンという単語に、雪子が激しく反応する。
もっとも、それも無理はない。
雪子がマヨナカテレビの中に入れられた時に映し出された時の映像を思い出せば、余計に。
あの時の一件から、雪子は逆ナンという言葉に激しく反応するようになっていた。
傍から見ていれば、別にそこまで気にする必要はないと思うんだが。
とはいえ、その辺についてはやはり本人だけに、色々と思うところがあるのだろう。
「雪子が逆ナンをしたら、成功率は高いと思うけどな」
「……いい加減にして下さいね?」
笑みを浮かべつつ、雪子がそう言ってくる。
どうやらこれ以上は止めておいた方がいいらしい。
ただ、実際に雪子が逆ナンをしたら、成功率が高いというのは間違いない事実だ。
そもそも雪子は多くの男に言い寄られており、その全てを断ってきたのだ。
だからこそ、天城越えなんて言葉が作られすらした。
そんな雪子が逆ナンをしたら、どうなるか。
それは考えるまでもなく明らかだろう。
もっとも、マヨナカテレビでやっていた逆ナンは別に雪子の本心とかじゃなくて、マヨナカテレビを見ている者が見たいと思うような内容が映し出されたとか、そんな感じだった筈だ。
そういう意味では、雪子も別に逆ナンとかそういうのそこまで気にしなくてもいいと思うんだが。
「分かった、分かった。……それで、女将になる為の修行をしているという事だったけど、どんな感じなんだ?」
「……かなり大変ですね」
逆ナンの件についてはまだ完全に納得した様子ではなかったものの、それでも取りあえず俺との会話を続ける事にしたらしい雪子。
「だろうな。俺もそこまで詳しくは知らないけど、前にTVか何かでそういうのの特集を見た時に、そう思ったし」
あれは……ペルソナ世界での事だったか?
もしかしたら他の世界だったかもしれないが、とにかくかなり大変そうだなと思ったのは間違いない。
朝は一番早く……それこそ午前4時とか、もっと早い時間に起きたりする事もあるし、夜も寝るのはかなり遅かった筈だ。
平均睡眠時間が4時間あればいい方だとか何とか。
勿論、それはあくまでも俺が見たTV番組での話なので、誇張されている可能性も否定は出来ない。
ただ、それを込みで考えても大変なのは間違いなく、雪子がなろうとしている女将というのが、それだけ大変なのは間違いなかった。
「今はまだそこまで忙しくはないんですけど、高校を卒業して本格的に女将の修行が忙しくなると……」
そう言い、遠い目をする雪子。
自分で望んで女将になると決めたのだが、それでも修行の厳しさを考えれば、こうなってしまうのだろう。
いっそ、雪子もペルソナを現実で出せれば、多少は……いや、無理か。
もし一般人がペルソナを見たら、もの凄い騒動になる。
あるいは、ペルソナを見られる旅館として売り出すのもありじゃないか?
……どこからどう見ても色物の旅館になるので、女将が拒否するか。
女将にしてみれば、天城屋旅館は老舗旅館という事にプライドを持ってるらしいし。
そんな老舗旅館がペルソナを見られる旅館になるというのは、許容出来ないだろう。
「大変だろうが、頑張るしかないな。自分で選んだ道なんだから、後悔はしていないだろう?」
これでもし後悔をしていると言えば、何か別の道を示す事も出来る。
例えば稲羽市に構える桐条グループの拠点で働くとか。
だが、そんな俺の問いに雪子は一瞬の躊躇もなく頷く。
「ええ、後悔はしていません」
「……だろうな。なら、俺からは別に何も言うようなことはない。大変だろうけど、頑張るしかないだろうな」
TVの中の世界がまだあったら、そこには体力を回復するマジックアイテムとかを入手出来て、それを使えば疲れとかもどうにかなったかもしれないが。
空間倉庫の中だったり、もしくは桐条グループに俺達がペルソナ世界で入手した……タルタロスやTVの中での世界で入手した回復アイテムの類があったりするのだが、雪子にそれを使うのはどうかと思わないでもない。
勿論、何か緊急の事態とかそういうのがあったら話は別だが。
女将に修行で疲れたからといって、それを使わせるのはどうかと思うし。
「分かっています。だから、その……もし、私が無事にこの旅館の女将になったら、アクセルさんも私に会いに……いえ、この旅館に泊まりにきてくれますか?」
そう尋ねる雪子に、俺は勿論来ると断言するのだった。