「結婚祝い? 俺にそんなのを聞く方が間違ってるだろうに」
呆れた様子でヤザンがそう言ってくる。
UC世界のフィフス・ルナにある食堂。
そこで俺は、ヤザンと食事をしながら相談していた。
とはいえ、その相談と一口に言ってもそこまで重苦しい内容ではない。
ヤザンが言ったように、結婚祝いについてだった。
今度、オルフェンズ世界においてオルガとメリビットが結婚する。
結婚式そのものは身内だけを呼ぶ程度で、大々的にはやらないらしい。
とはいえ、だからといって結婚祝いを贈らないという選択肢は俺にはない。
弟分の結婚式でもあるし、同時にシャドウミラーを率いる身として、下部組織に近い存在である鉄華団を率いるオルガの結婚式に参加するという意味もある。
そんな諸々について考えれば、何か適当な物を結婚祝いとして贈るという訳にもいかないだろう。
「ヤザン……というか、連邦軍の軍人とかはそういう時にどうしてるんだ?」
「上はともかく、現場に出ている者達だと……酒とかか?」
「やっぱりそうなるか」
結婚祝いとして酒を贈るというのは、俺も聞いた覚えがある。
瓶の日本酒だったり、それなりに高価なワインであったりといったように。
だが……それはあくまでも普通の立場の者の話でしかない。
俺のように国を率いる者が贈る結婚祝いが酒だけというのは、それはそれで問題ではないのか?
……それとも、酒と一口に言っても値段はピンキリだ。
安物の酒から、中には家を一件建てられるような値段の酒とかも普通にあったりする。
そう考えれば……そういう高価な酒を贈るというのはありかもしれないな。
もっともそういう高価な酒というのは、基本的にブランド的な意味での値段であって、味でそのような値段がついている訳ではないというのが俺のイメージだ。
勿論これはあくまでも俺のイメージなので、実際には値段相応の味というのもあるのかもしれないが……ただ、宝石や金塊のように金に換えられる品として酒を買う者もいるし、中には値上がりを期待して酒を買って保管しておくというのも聞いた事がある。
そう考えれば、高級すぎる酒というのは贈り物に向かないのだろう。
かといって、安物――あくまでも天井知らずの値段の酒と比べてだが――の酒となると、それはそれで……
「迷うな」
「俺が参加したハヤトとフラウの結婚式だと、ワインを持っていったがな」
「あー……そう言えば、その件があったな」
以前、ハヤトとフラウの結婚式があった。
月に招待状が来ていたが、俺は参加出来なかったんだよな。
それを知ったシーマが気を利かせて、俺の代わりに祝いのメッセージとか祝いの品とかを贈ってくれたのだが。
どうやらヤザンはしっかりとその結婚式には参加し、結婚祝いとしてワインも持っていったらしい。
……いや、でもそうおかしな事でもないのか?
一緒にホワイトベースに乗っていたという縁もあるし、何よりハヤトとフラウの養子になった3人の子供達のうち、カツとヤザンはかなり仲が良かった。
その辺の事情を考えると、ヤザンが忙しい中で結婚式に顔を出してもおかしくはない。
「となると、やっぱりワインがいいのか……?」
「まぁ、アクセルがそう思うのなら……うん? どうやら、お迎えみたいだぞ」
言葉の途中でヤザンがとある方に視線を向ける。
その視線を追うと、ちょうど食堂に入ってきたニナがこっちに向かって来ている様子があった。
これで、実はニナがただ食事をしに来ただけと考えるのは、まずないんだろうな。
食堂に入ってきたニナが空いている席を探すのではなく、俺のいる方に向かってきているのを見れば明らかだ。
そもそもの話、今は別に昼や夕方のように食堂が忙しくなるような時間ではない。
つまり、食堂の席にはかなり空きがある訳で、そうなるとわざわざ空いている席を探すようなことをしなくてもいいのだから。
「何だろうな、別に今日は特に急ぎの仕事はなかったと思うんだが」
そんな風に呟いていると、ニナがテーブルの前に到着する。
「どうした?」
「少し相談があるんだけど、ちょっといいかしら?」
「……相談? いやまぁ、俺は構わないけど」
「じゃあ、お願い」
そう言いながらチラリとヤザンを見たのは、ヤザンにはその相談というのを聞かれたくないと思ったからだろう。
「じゃあ、俺はそろそろ仕事に戻るか。書類仕事ってのは面倒なんだよな」
ニナの視線の意味を理解したヤザンは、大仰な様子でそう言うと、座っていた椅子から立ち上がり、食堂を出ていく。
別に本当に仕事が忙しいという訳ではなく、空気を読んでの事だろう。
いやまぁ、ヤザンもパイロットとしてフィフス・ルナにいるのだから、書類仕事もそれなりにあるのは間違いないのだろうが。
ともあれ、ヤザンがいなくなったところでニナは食堂で紅茶を貰い、俺の向かいに座る。
「それで、相談があるって話だったけど、何だ?」
「……その……」
俺の言葉に、何かを言いにくそうにするニナ。
珍しいな。いつものニナなら、普通なら言いにくいような事でも普通に言ってくるんだが。
とはいえ、今のニナの様子を見ると話を促したりするよりも、話し始めるのを待った方がいいのは間違いない。
そんな訳で、俺はヤザンと話す時に注文し……だからこそ温くなっている紅茶を口に運ぶ。
お茶請けとして用意されたチョコクッキーの味を楽しむ。
ただ、このチョコクッキーの味はいまいちなんだよな。
これは俺が日本のコンビニやスーパーで売られているクッキーの味を知っているからだろう。
日本のコンビニやスーパーで売られているお菓子は、尋常じゃない程にレベルが高いしな。
それを知っていると、この食堂で出されるチョコクッキーはいまいち。
お偉いさんとかが食べているクッキーは、ここで出されているクッキーとは違ってかなり美味いんだろうけど。
そんな風に思っていると、ようやくニナは落ち着いたか口を開く。
「ねぇ、アクセル。その……結婚祝いって、男の人にしてみればどういうのが嬉しいの?」
「……は?」
ニナの問いに、俺は自分でも分かる程に間の抜けた声を出す。
当然だろう。まさか、ニナから今のような相談が出てくるとは思わなかったのだから。
ニナの事だから、てっきりガンダム開発計画に関する相談……もしくはそれとは関係なくても、MSに関する相談なのだろうと思っていた。
だが、その相談の内容が、まさか結婚祝い。
もしかして、この食堂には盗聴器なりなんなりが仕掛けられていて、俺とヤザンの話を聞いていたんじゃないだろうな?
そんな風に思っても、決しておかしくはないだろう。
「だから、その……結婚祝いよ。実は私の親戚が結婚する事になったんだけど、結婚祝いとして何を贈ればいいのか分からなくて。同じ男であるアクセルなら、何か分かるんじゃない?」
ニナの言葉を聞く限り、どうやら盗聴器云々というのは考えなくてもいいらしい。
純粋に結婚祝いとして何を贈ればいいのかといった事を疑問に思い、聞いてきたのだろう。
それを何で俺に聞く? と思ったが、考えてみれば無理もないか。
ニナは普段クラブ・ワークスの面々と仕事をしている。
そしてクラブ・ワークスにいるのは、全員は女だ。
勿論、ガンダム開発計画によって男と会う事もあるだろう。
それこそメカニックとか。
だが……そんな中で俺にこうして聞いてきたのは、多分ニナにとって一番親しい男が俺だからだろう。
最初はお互いに色々とあったが、今となってはそれなりに友好的な関係を築いている。
俺はニナのMSに関する知識や開発能力を認めているし、ニナも俺のMSの操縦技術は認めている……と思う。
後者に関してはあくまでもニナの判断なので、絶対にそうだと断言は出来ないが。
そんな訳で、俺とニナの関係は時々言い争いはするものの、そんなに悪くないというのが一般的な見方だろう。
仕事の……ガンダム開発計画のパートナーとしては、決して悪くはない筈。
だからこそ、ニナも結婚祝いについて俺に聞いてきたのだろう。
「ちなみに、その親戚は男か?」
「そうよ」
「だろうな」
念の為の確認だったが、どうやら予想は当たっていたらしい。
女に贈る結婚祝いが分からないのなら、それは別に俺に聞かなくても、クラブ・ワークスにいる面々に聞けばいいだろうし。
それでもわざわざこうして俺に聞いてきたのは、やはり結婚祝いを贈るのが男だったからなのだろう。
とはいえ……俺もこのUC世界についてはそれなりに詳しいつもりだが、結婚祝いとなると……
「ちなみにニナの最有力候補は何だったんだ?」
「MSにおける論文なんだけど、ポーラに駄目出しされたわ」
「だろうな」
例えば、そのニナの親戚というのがニナと同じくMSオタクであったり、あるいはMSに関係する仕事をしているのなら、そういう結婚祝いであっても喜ぶかもしれない。
だが、ニナの様子を見ると、どうやらそういう訳ではないらしい。
もしくはMSに関連する仕事をしていても、ニナのようにそこまで熱心ではなく、あくまでも仕事は仕事として金を稼ぐ為のものと認識しているとか。
「じゃあ……アクセルはどう思うの?」
俺があっさりと言ったのが気に食わなかったらしく、ニナが不満そうな様子でそう聞いてくる。
だが、ニナの意見は却下したものの、だからといって俺が何をプレゼントすればいいのか分かるかと言われると……それはそれで、微妙なところなんだよな。
「さっきヤザンがいただろう?」
「急に何よ?」
いきなり話を変えたのを疑問に、そして不満に思ったのか、そうニナが聞いてくる。
あるいはニナにしてみれば、話を誤魔化されたとでも思ったのかもしれないな。
「そのヤザンに俺が相談していたのが、結婚祝いについてだ」
「……え?」
俺の口から出た言葉が余程意外だったらしく、ニナは間の抜けた声でそう言ってくる。
自分が俺に結婚祝いについて相談しようとしたら、その俺がヤザンに結婚祝いについて相談していたのだから、無理もないが。
「えっと、それ……私をからかってるの?」
だからこそ、ニナがそう言ってくるのも納得出来た。
「いや、そういうつもりはない、何なら、今からでもヤザンに聞いてきてもいい。そうすれば、俺の言葉が事実だと分かる筈だ」
「……そう」
実際にヤザンに聞いてきてもいいとまで言われれば、ニナも俺の言葉には納得したらしい。
不承不承といった感じではあったが。
「それで、アクセルは誰が結婚するの?」
当然ながらそう聞いてくるニナだが、一瞬どう答えるか迷う。
まさか、異世界の存在を話す訳にもいかないだろうし。
UC世界では既に異世界の存在が暴露されているし、ルナ・ジオンは異世界の存在……シャドウミラーの後ろ盾を持つ国だ。
また、ルナ・ジオンの首都であるクレイドルに行けば、普通に異世界の動物を見る事も出来るし、運が良ければ魔法使いを見る事も出来るだろう。
そういう意味で、このUC世界においては異世界の存在は周知されている。
実際、連邦から異世界の動植物を研究したいと学者がやってくるのも珍しくはないし。
それだけに、異世界の存在についてはそこまで隠す必要はない。
だが……その理由が、異世界の中でも最近国交――という表現が相応しいのかは微妙だが――が開かれた世界の中でも強力な戦力を持つ組織を率いる男が俺の弟分で、その人物が結婚をするからという風にはさすがに言えない。
もし言っても、それを信じて貰えるかどうかは微妙だろうし。
……けど、そうだな。オルフェンズ世界にはガンダムがあるのだから、MSオタクのニナにしてみれば異世界のガンダムに興味を抱いてもおかしくはないと思う。
「俺を慕ってくれている……いわゆる、弟分だな」
取りあえずそう言っておく。
これは決して嘘ではない。
全ての真実を話している訳ではないが。
幸いなことに、ニナはそんな俺の言葉に納得し……納得し……あれ? 微妙な表情を浮かべているな。
「えっと、弟分って言った?」
「言ったな」
「……それ、何歳?」
あ……
そうか、今の俺はいつもの20代の姿じゃなくて、10代半ばの姿だったな。
とはいえ、一応20歳近いという事にはなってるんだが。
そんな俺の弟分と言われて思い浮かぶのは、一体何歳くらいだろうか。
そしてそんな相手が結婚をするといった事になれば、一体それはどういう結婚なのかと疑問に思ってもおかしくはない。
場合によっては、犯罪臭がすると言われてもおかしくはないだろう。
それが実際に正しいのかどうかは、また別の話だろうが。
「きちんと成人してるから安心しろ」
そう言いつつ、そう言えばオルフェンズ世界での成人って何歳なんだろうなと疑問を抱く。
オルガはスラム街の出身なので、成人とかそういうのは全く関係ないのだろうが。
「それに相手も年上……いわゆる、姐さん女房だから、ニナが心配しているような事はない」
そう言う俺の言葉に、ニナは大きく息を吐くのだった。