「ふぅ……いよいよ、ね」
「そうだな。けど、実際に操縦する俺よりもニナの方が緊張してどうするんだ?」
格納庫に存在するゼフィランサス……そう、昨日ロールアウトしたばかりのゼフィランサスを見て、ニナが緊張した様子で言う。
とはいえ、それも無理はないかとも思うが。
ニナにとって、このゼフィランサスはガンダム開発計画の中で一番力を入れてきた機体だ。
それこそ、半ば私物化していると言ってもいいくらいに。
……システムエンジニアとしては、このゼフィランサスだけじゃなくてサイサリスの方もニナの担当ではあるのだが、それでもニナがこのゼフィランサスの方に注目をしていたのは間違いない。
だからといって、サイサリスの方で手を抜いていた訳ではないが。
この辺りはMSの開発者としての能力が非凡なものである事の証明でもあった。
「分かってるわよ。でも、こうして実際にゼフィランサスがロールアウトして目の前にあるとなると、どうしても思うところがあるのも事実なのよ。それくらいは分かって貰えるでしょう?」
「ニナの性へ……性格を考えると、そうしたい気持ちは分からないでもないけどな」
「……ちょっと、アクセル? 今、何て言おうとして言い直したのかしら?」
性癖と言おうとして言い直したのだが、どうやらニナにはしっかりと認識されてしまっていたらしい。
「いや、何でもない。それより、いよいよゼフィランサスが実戦で動くんだ。それを確認する必要があるだろう?」
「……言っておくけど、このゼフィランサスは動くと言っても宇宙用にした訳じゃなくて、あくまでも地上用の状態だから、宇宙ではそこまで満足に動く事は出来ないわよ?」
「それでも、実際に動かしてみないと、ゼフィランサスが本当に万全の状態なのかどうかは分からないだろう?」
設計上は問題ない筈だし、ロールアウト前にもある程度は確認している。
だが、実際にきちんとMSを動かしてみて、それによってどうなるのかを試す必要は十分にあった。
そうでないと地球のトリントン基地に運び込んでから、何か予想外の事があっても洒落にならないし。
トリントン基地も連邦軍の基地……それもオーストラリアでは規模の大きな基地である以上、設備的にはそれなりにしっかりとしてはいるのだろう。
MSの調整とか整備とか、そういうのは普通に出来るのは間違いなかった。
だが、ゼフィランサスの場合はニナ以外の、ポーラを始めとしたクラブ・ワークスの面々と共に開発したMSだ。
そうなると、設定とかその辺についてはクラブ・ワークスのいるこのフィフス・ルナである程度の万全な状態にしておいた方がいいだろう。
他にも、当初は問題ないと判断されつつも、少しMSを動かした影響によって、不具合が生じる可能性もあったりとか。
「それはそうだけど……」
「それに設定についても俺用じゃなくて、一般のパイロット用にするって話だったから、別に限界を越えて俺が操縦するとか、そういう風には考えなくてもいいと思うんだが」
「……そうね」
俺の言葉に納得出来ないといった様子でニナが言う。
ニナにしてみれば、あれだけ愛情を注いでいたゼフィランサスだ。
そのゼフィランサスを最大限に使いこなすといったことが出来るパイロットが、トリントン基地という、連邦軍の左遷先に近い場所で見つかるかどうか心配なのだろう。
ゼフィランサスはRX-78-2の後継機なのだから、それこそアムロとかを引っ張ってきたらいいのにな。
コーウェンの派閥はレビルの派閥を引き継いだのだから、ホワイトベースに乗っていたアムロを確保するくらいは出来そうな気がするが……それもそれでまた難しいといったところなのだろう。
これでまたレビルが生きていたら話は別だったが、そのレビルも1年戦争で死んでしまったしな。
「ともあれ、まずは乗ってみるか」
「……アクセルなら大丈夫だとは思うけど、気を付けて」
そんなニナの言葉に頷きつつ、俺はゼフィランサスのコックピットに向かう。
なお、いつもならパイロットスーツとかは着ないのだが、今回は初めてゼフィランサスを操縦するという事で、万が一にでも何かがあった時はすぐに対処出来るように、パイロットスーツを着ている。
俺は混沌精霊である以上、それこそ生身で宇宙空間に出ても全く問題なかったりするのだが……ニナを含めてフィフス・ルナにいる面々にその辺についての事情を話す訳にはいかないしな。
なので、ニナの認識では俺は混沌精霊ではなく人間ということになっている訳だ。
そうである以上、パイロットスーツは必須だと考えてもおかしくはないだろう。
誰から聞いたのかはちょっと忘れたが、1年戦争の時のシャアは基本的にパイロットスーツは着ていなかったらしい。
それがまた、自分が撃墜されるような事はないという主張になり、シャアの……赤い彗星のカリスマ性に一役買っていたとか何とか。
別に俺はそういうのを考えてパイロットスーツを着ていない訳じゃなくて、単純にパイロットスーツを着ていると動きにくいからなんだが。
そんな風に考えつつ、ゼフィランサスのコックピットに入り、機体を起動していく。
当然ながら、この辺については今まで何度も行われてきたので、特に問題なくゼフィランサスは起動する。
「さて……じゃあ、まずは少し動かしてみるか。格納庫にいる面々は十分に気を付けるようにしてくれ」
外部スピーカーでそう告げると、俺はまずゼフィランサスを1歩踏み出させる。
それを見た者達が……ゼフィランサスの開発に関わった多くの者達が、そんな様子を見て感動しているのが分かる。
機体完成からロールアウトまでに、このくらいは動かしていたと思うんだが。
そう疑問に思うも、その件について俺がどうこう言っても意味はないしな。
喜んでいるのに水を差す必要もないだろうし。
1歩、2歩、3歩、4歩、5歩……そうして歩き、機体を反転させる。
ゆっくりと、機体の調子を確認するような動き。
そんなゼフィランサスの姿に、多くの者達が歓声を上げていた。
当然ながら、歓声を上げている者の中にはニナの姿もある。
ニナは周囲にいる他の者達よりも興奮し、大きな歓声を上げていた。
……あ、メカニックの1人が、そんなニナの姿に呆気に取られている。
恐らくあのメカニックは、MSオタクとしてのニナの姿を知らなかったんだろうな。
ニナはその外見だけなら、出来る女といった感じだ。
キャリアウーマン的な? もしくは、知的美人的な?
それは間違いないが、その中身はMSオタクでもある。
いや、勿論それだけではなく、本当にMSを開発する者としては優秀な人物なのは間違いない。
間違いないが、その辺りを込みで考えてもやはりその本性を知れば、ああいう風に驚いてもおかしくなかった。
とはいえ、別にニナはMSオタクというのを隠している訳ではない。
寧ろ堂々とすらしている。
私のガンダムという、ニナが時々口にする台詞がそれを示しているだろう。
それでもあのメカニックがあそこまでショックを受けているのは、今までは偶然ニナのそういう場面を見た事がなかったのか、それとも最近この現場に回されてきたのか。
そんな風に思いながらも、ゼフィランサスの操縦を格納庫の中で行っていき……
「さて、じゃあそろそろ宇宙で試す」
外部スピーカーでそう告げて宇宙に出る準備をするのだった。
宇宙空間に浮かぶゼフィランサス。
本来なら、ゼフィランサスは宇宙用の装備に換装するとか、そういう事をする必要があるのだが、もうすぐ地球に下りて地上での試験を行う以上、宇宙用に換装したりといった事は難しい。
特に、コアファイターⅡの換装には相応の手間が必要となるらしいし。
その為、現在のゼフィランサスは最低限宇宙で動けるように設定だけを弄って貰った形だ。
そういう訳で、本来のゼフィランサスの宇宙用という訳ではないが、それでも設定各種を弄って貰っているので、問題はない。
……いやまぁ、かなり操縦しにくいので、本当に問題がないかと言われれば、俺は素直にそうだとは言えないのだが。
それでもこうして初めてゼフィランサスを操縦出来るというのは、俺にとっても……そしてモニタ越しに今の様子を見ているニナを始めとしたクラブ・ワークスの面々と比べても、大きな意味を持っているのは間違いない。
『アクセル……どう?』
期待半分、心配半分といった様子でニナが通信を送ってくる。
「操縦しにくいな」
『……そう』
俺の言葉が面白くなかったのか、不機嫌そうな様子で言ってくるニナ。
多分、もっとしっかりと……そう、例えば感動を口にするとか、そういうのを期待していたんだろうな。
ニナがそれを望んでいるのは分かっているが、だからといってここで適当な事を言える筈もない。
俺がテストパイロットでなければ、あるいはそれもよかったかもしれないが。
「元々このゼフィランサスは地上用に調整されたのを、無理に……いや、臨時で宇宙用に再調整した機体だ。そんな状況で思い通りに宇宙を動き回れるのなら、それは何らかの問題があるという事になる。それは分かるだろう?」
『そうね。残念だけど分かってしまうわ。……けど、それならやっぱりしっかりと宇宙用に調整してコアファイターⅡも換装したゼフィランサスに乗って欲しかったわ』
「無理を言うな、無理を」
時間に余裕があればそのような事も出来たかもしれないが、今の状況でそのような事をするのはまず無理だ。
それこそ、ゼフィランサスのロールアウトがもっと早ければどうにかなったかもしれないが、結局今まで掛かったしな。
とはいえ、それでもサイサリスよりも早くロールアウトしたのは間違いない。
第2研究事業部が作っているサイサリスも、既に完成間近といったところだが、それでもロールアウトするのはアルビオンで地球に下りるギリギリになるといったところらしいし。
そういう意味では、既にこうしてロールアウトしたゼフィランサスは褒められてしかるべきだろう。
……それを聞いたニナが喜ぶかどうかは微妙なところだが。
『とにかく、問題はないと思っていいのね?』
「ああ。今の状況では少し操縦がしにくいが、それでも全体的に見た場合は悪くないと思う。……慣れない奴が操縦したら、それこそスラスターの制御とかが出来なくて、ろくに動けたりしないだろうが」
『殆どが地上用なんだから、それは当然よ。……寧ろ、その機体状況でそうやって動き回れているのが、普通ではないのだから』
感心した様子でニナが言ってくる。
その言葉に、俺はだろうなと納得する。
実際、今のこのゼフィランサスは、普通のパイロットでは到底まともに操縦出来る状態ではない。
……いや、正確にはそれなりに操縦は出来るだろうが、その状態のままMS戦が出来るかと言われれば、俺は否と口にするだろう。
それだけ、地上用のMSを宇宙で使うというのは難しいのだ。
『さて、じゃあ……アクセル。そろそろ戻ってきてくれる? 機体の様子を確認したいから。一応こっちで計測しているデータを見る限りでは問題はないと思うけど、念の為に調べておきたいのよ』
「分かった。じゃあ、すぐに戻る」
ニナからの通信にそう返すと、俺はゼフィランサスをフィフス・ルナの格納庫……アナハイムが借りている、ガンダム開発計画用の格納庫に向かって移動するのだった。
「お疲れ様、アクセル。機体の調子を確認するから、少し休んでいて。後で話も聞きたいから」
ゼフィランサスから下りた俺に、ニナはそう言うとすぐに自分もメカニックと共に機体の調子を確認しに向かう。
そんなニナの様子を眺めていると……
「お疲れ様、アクセル中尉」
こっちにやってきたポーラが、飲み物を渡してくる。
無重力でも飲めるように蓋とストローが付いているタイプの飲み物。
別にこの格納庫は無重力という訳ではないのだが……まぁ、そういう場所で飲めるようにと考えてのこの形式なのだろう。
また、この形状だからといって重力のある場所で飲みにくいかと言えば、そういう訳でもないし。
「悪いな」
そう言い、受け取った飲み物のストローを口に含むと、どうやら中身はスポーツドリンクらしい。
美味い! って程に美味い訳じゃないが、こうして普通に飲む分には全く問題がない。
そんな味を楽しみつつ、何となく俺はポーラと共にゼフィランサスに……より正確には、ゼフィランサスの各種データを調べているニナに視線を向ける。
「ねぇ、アクセル中尉。……ニナの事、よろしくお願いね」
「うん? 何だいきなり?」
「私達の中で地球に下りるのは、ニナだけなのよ。だから、その時に顔見知りのアクセル中尉がいてくれれば、ニナも安心出来ると思うわ」
「……ニナは別にそこまで繊細な心を持ってるとは思えないけどな」
それこそゼフィランサスに触っていられればそれでいい。
そんな風に思えるのは、俺だけではないだろう。
……ポーラもそんな俺の言葉に反論出来なかったのか、困ったように笑うのだった。