バニングの見舞いを終えると、俺とノリスはその場を後にする。
ウラキはまだ色々と俺に聞きたい事もあったようだったが、バニングの病室に残った。
「それで、アクセル……中尉。次はどこに向かいますか?」
トリントン基地の中を歩きながら、ノリスが俺にそう聞いてくる。
中尉という言葉を口にするのに少し戸惑ったのは、いつもと違う呼び方だからだろう。
……というか、本当に今更の話ではあるが、ノリスが護衛というのは色々と面倒な事になりかねないんじゃないか?
例えば、俺の階級が中尉ではなく中佐……いや、准将くらいなら護衛の1人くらいはいてもおかしくはないかもしれない。
だが、今の俺はあくまでもルナ・ジオン軍の中尉でしかない。
そうである以上、そんな中尉1人に護衛を付けるというのは、一体どういう事だ? と疑問に思われてもおかしくはなかった。
……まぁ、そういう風に疑われた時は、ガンダム開発計画のテストパイロットであるとか、ルナ・ジオンの中では少し特殊な立場だとか、そういう風に説明するつもりだったが。
それで信じるかどうかは微妙なところだが、コーウェン辺りに連絡がいっても、その辺はどうとでも対処してくれるだろう。
「ゼフィランサスの様子を見に行くか。……ノリスも、新型のガンダムには興味があるだろう?」
「それは否定しません」
ノリスにとっても、その言葉通り新型のガンダムには興味があるのは間違いない。
もっともノリスの性格を考えると、純粋にゼフィランサスに興味があるという訳ではなく、ギニアスやアイナの安全を……今回のニムバスのように、ジオン軍残党が奪って襲撃してくるといったような事を考えての興味かもしれないが。
もしくは、最近力を増している強硬派がハワイを攻撃する時にゼフィランサスを使うかもしれないとでも思ったのか。
どちらにしろ、絶対にないとは言えないのが痛いよな。
ともあれ、ノリスもゼフィランサスに興味がある以上、トリントン基地のMS格納庫に向かう。
アルビオンでも修理は出来るのだろうが、それでもやはり本格的な設備のある場所の方が修理はしやすいだろうし。
もっとも、ニムバス達の襲撃によってトリントン基地はMS隊も含めて結構なダメージを受けている。
そうなると格納庫でもMSの修理で忙しいだろう。
そんな中でゼフィランサスの修理は……まぁ、アルビオンにはニナと一緒にアナハイムのメカニックも結構な数乗っているので、ゼフィランサスの修理はそっちに任せるのだろうが。
元々ゼフィランサスやサイサリスの整備とかも、アナハイムのメカニックやモーラを始めとするガンダム開発計画の為に用意された連邦軍のメカニックでやる筈だったんだろうし。
そんな訳で、俺はノリスと共に格納庫に来たのだが……
「これはまた……」
ゼフィランサスを見て、思わず呟く。
恐らくはサイサリスのビームサーベルによる一撃なのだろう。
ゼフィランサスの左腕は切断こそされてないものの、装甲がかなり溶けている。
元々サイサリスのビームサーベルは普通とは違って一時的に出力を増す事も出来る。
ましてや、そのビームサーベルを使うのはジオンの騎士の異名を持つニムバス。
……そう考えれば、ゼフィランサスの損傷があの程度だったのは幸運だったかもしれないな。
「小破以上中破以下か。……まぁ、そんな感じなのは間違いないな」
「そうですな。……ですが、見た感じでは損傷を受けているのは装甲部分が主なように見えます。あれなら装甲を交換すればすぐに動けるようになるかもしれませんな」
「だと、いいんだが」
もし本格的なダメージがある場合、それこそ各種部品を検査して、それが駄目なようなら交換という事になってもおかしくはない。
そしてアルビオンが一体どれだけのゼフィランサスの交換用部品を持ってきたのか……それによっては最悪、本当に最悪の場合はフィフス・ルナから部品を取り寄せる必要がある。
いや、もっと悲惨な場合は、取り寄せる部品がないので、新しく作るという事になった場合か。
その場合はいっそ地球で部品を作るとかにした方が手っ取り早いかもしれないな。
そんな風に思っていると、ゼフィランサスの修理の指揮を執っているニナの声が聞こえてくる。
「そこの装甲板は慎重に外してちょうだい。下にあるチップがビームサーベルの影響を受けて損傷しているかもしれないわ」
ニナの言葉にメカニック達が頷いて指示に従う。
この辺り、ニナも大したものだよな。
普通ならこういう時は、メカニックが仕事を行う。
システムエンジニアであろうとも、こういう場合はメカニック達が本職なのだから。
だというのに、メカニック達はニナの指示にしっかりと従っている。
このメカニック達はフィフス・ルナからやってきた、アナハイムのメカニック達だ。
そうである以上、ニナの事はよく知っているからこそだろう。
これでニナが口だけの女であれば、メカニック達も大人しくこの指示に従ったりはしなかっただろうが……何しろニナはゼフィランサスを我が子のように可愛がっていた。
その為、ゼフィランサスが組み立てられている時も頻繁に格納庫に顔を出しており、時にはメカニック達と一緒になって仕事をしていたのだ。
それだけに、メカニック達もニナの事を自分達の仲間だと考えているのだろう。
……勿論、最初はニナの事を現場に顔を出すうるさい奴という認識だったのかもしれないが。
そんな風に思っていると、その指示も一段落したのだろう。
ニナが大きく息を吐き……そこでようやく俺の存在に気が付く。
手を振ると、ニナも手を振り返しながらこちらにやって来た。
「アクセル、来てたのね」
「ああ。……それにしても、見た感じだと結構なダメージを受けてるみたいだな」
「そうね。見た目は。でも、あのウラキ少尉……新人なのは間違いないけど、あのニムバス・シュターゼンを相手にこの程度のダメージですんだのは間違いなく幸運よ。それとも腕なのかしら?」
「ん? 妙にウラキを買ってるな」
俺がトリントン基地に来た時は、ウラキの事を貶していたのに。
「ええ、ゼフィランサスをこんな目に遭わせたのは今でも納得は出来ないけど……パワード・ジムのパイロットをしていた人の部屋での一件を見ると……ね」
パワード・ジムのパイロットをやっていたパイロットは、追撃の時に殺された筈だ。
その部屋にウラキがいたとなると、遺品整理とかそういうのか?
……まぁ、ウラキにしてみれば自分がゼフィランサスに乗ってサイサリスに乗ったニムバスを追って、結局捕らえることが出来なかったのだ。
それを悔しく思ってもおかしくはないだろう。
「それに、彼の操縦ログを確認してみたんだけど、ゼフィランサスの性能をきちんと引き出しているのは間違いないわ」
「……そうなのか?」
それはちょっと意外だった。
あ、いや。考えてみれば実は意外でもないのか?
原作の主人公……既にそう言い切ってもいいだろうウラキだ。
そうである以上、主人公としての能力がウラキにあってもおかしくはない。
もっとも、それでもニムバスに……それもあくまでも核兵器運用の為のMSで、MS同士の戦闘はそこまで考慮されていないサイサリスにボコボコにされたのは間違いないが。
この辺については、純粋に操縦技術の違いといったところだろう。
「ええ」
「つまり、それでウラキを見直したと」
「そうなるわ。正直なところ……このトリントン基地のような場所に、ゼフィランサスの性能をここまできちんと引き出せるパイロットがいるとは思わなかったもの」
「そこまで言わなくてもいいと思うが」
「だって、ザクに乗ってたのよ? いえ、ザクも悪い機体じゃないのは分かるけど、それでもザクに乗ってるパイロットがゼフィランサスの性能を引き出せるとは思わなかったし」
「バニングがいただろう?」
バニングは1年戦争の時から戦ってきたベテランだ。
また、個人ではなく小隊で異名を持つにいたった存在でもある。
比べるのは少しどうかと思うが、黒い三連星とかもそんな感じだろうし。
……まぁ、不死身の第4小隊というのは、裸踊りのモンシアの異名を持つにいたったのを何とかしようと奮闘した結果なのだろうが。
奮闘して、それでもしっかりと結果を出せているのは、それだけバニングを含めた者達が腕利きだというのを意味してる訳で……
「うわぁ……ちょっ、これマジかよ。折角ガンダムに乗れるって思ってたのに、壊れてるじゃねえかよ!」
不意に聞こえてきたそんな声。
え? マジ?
その声を聞いた俺が、そう思ってしまったのは、その声に聞き覚えがあった為だ。
そう、それこそたった今、考えていた相手の声が聞こえてきたのだから。
噂をすれば何とやら……まさにそんな感じか?
そう思って声のした方に視線を向けると、やはりそこには俺が想像した通りモンシアの姿があった。
いや、モンシアだけではない。モンシアの相棒とも言うべきベイトと、その2人のストッパー役のアデルの姿もある。
「っ!? 何なのよ、あの人達!」
俺にしてみれば、顔馴染み……いや、古馴染みと表現した方がいいのか?
いや、1年戦争の時に知り合ったんだし、そう考えれば古馴染みという表現は相応しくない。やっぱり顔馴染みか。
とにかくそんな顔馴染みの3人だが、ニナにしてみれば違う。
「ちょっと! 現在ゼフィランサス……ガンダムは修理中です! 無関係の人は出て行って下さい!」
ニナがモンシア達に向かってそう注意しながら近付いていく。
そんなニナを見て、ベイトは口笛を吹き、アデルは俺を見つけて驚愕に動きが止まり、そして……モンシアは両手に唾を吐くとそれを両手で擦って髪を整える仕草をすると、笑みを浮かべて自分からニナに近付いていく。
「おお……まるで大輪の薔薇のようだ」
「な、何か御用ですか?」
ニナにしてみれば、いきなりそんな事を言われるとは思ってもいなかったのだろう。
戸惑った様子でそう返す。
「ベルナルド・モンシア中尉です。今日付でこちら……このトリントン基地ではなくアルビオンに配属されました。貴方のお名前は?」
「ニナ・パープルトンよ。貴方達、パイロットね? 1号機を見に来たんでしょ?」
そう聞いたニナの表情には、どこか得意げな色がある。
無理もないか。ニナにしてみれば、ゼフィランサスは我が子も同然といった様子で可愛がっているのだから。
そんなMSオタクであるニナにとって、新たに配属されるMSパイロットが自分のゼフィランサスを見に来たというのは、これ以上ない程に嬉しい事なのだろう。
だが……
「もう、貴方しか目に入りません」
そう言い、モンシアはニナとの距離を詰める。
だが、気の強いニナが……ましてや、自分の自慢のガンダムを半ば無視されて、それで我慢出来る筈もない。
「モンシア中尉、御用がなければ離れて下さい。仕事の邪魔です」
「その性格もいい。君は僕の理想の女性だ」
モンシアも女好きという割には、甘いよな。
もしここでゼフィランサスを褒めて褒めて褒めまくっていれば、ニナからの歓心を得られたかもしれないのに。
いやまぁ、まさか一目でニナがMSオタクだと分かれという方が無理なのかもしれないが。
そんなモンシアにニナが何かを言い返そうとしたところで、新たな人物が姿を現す。
「ニナ、気を付けて。その中尉はさっき私の部下を触りまくったスケベ野郎だからね」
そうモーラが叫ぶ。
……うん、モンシアらしいと言えばらしいよな。
典型的な女好き。
いやまぁ、俺がそれを言っても、恋人が20人以上いるお前が言うなと言われるだけだろうが。
ともあれ、これから口説こうとしていたニナの前でそんな出来事を暴露されてモンシアが黙っていられる筈もなく……
「こっ、このデカ女ぁっ! 邪魔すると痛い目に遭うぞ!」
腕まくりをしながら、モンシアが凄む。
だが、モーラも女だてらにメカニック達を纏めている女傑だ。
そんなモンシアに対し、こちらもまた腕まくりをしながらやる気を見せる。
「どっちが!」
まさに一触即発。
そんな中、ベイトがモーラに近付こうとしたところで、これ以上の面倒は止めておいた方がいいだろうと判断し、未だに俺に気が付いた様子がないモンシアに向かって口を開く。
「その辺にしておけよ、裸踊りのモンシア」
「ああっ!? てめえ……喧嘩を売って……」
腕まくりをしながらモーラを睨み付けていたモンシアだったが、裸踊りのモンシアというかつての異名で呼ばれ、モーラに対する以上の怒りと羞恥で顔を隠しながら声の主を睨み付けようとし……当然、その声の主は俺であり、俺の顔を見たモンシアの動きがピタリと止まる。
そして信じられないといった様子で俺をマジマジと見つめてきた。
そんなモンシアに対し、俺は笑みを浮かべて口を開く。
「久しぶりだな、裸踊りのモンシア」
俺の言葉に、モンシアは顎が外れるのではないかと思う程に大きく口を開けるのだった。