「ニムバス・シュターゼンは元突撃機動軍所属……では、アクセル中尉は今回の試作2号機の奪取はキシリア・ザビの仕業だと?」
アルビオンの艦長室で、俺はシナプスと話をしていた。
シナプスにしてみれば、少しでも今回の一件で情報を入手したいと思ったのだろう。
「どうだろうな。キシリアは現在火星にいる筈だ。そうなると、試作2号機……サイサリスの奪取について、そこまで綿密な計画を練る事が出来るかと言われると、微妙なところだ」
キシリアは1年戦争時代にはキシリア機関と呼ばれる諜報組織を独自に編成していた。
それを使って色々と暗躍していたのも事実。
キシリア=謀略家というイメージが強いのは、その辺が影響している。
勿論、実際にキシリアに謀略家としての才能があったのも間違いないし。
キシリアは、かなり有能な人物なのは間違いない。
最初はドズルが使い物にならないと判断したMSを有益な兵器だと判断し、ニュータイプの存在を重視し、研究する為にフラガナガン機関を作ったりといった具合に。
もっとも、その才能とは裏腹に軽率なところもあるが。
具体的には、1年戦争の最後でギレンを暗殺した結果、ジオン軍はどうしようもない程に混乱し、キシリアはそれを纏める事が出来なかったといった具合に。
キシリアにあるのはあくまでも将としての才能で、国を支配する王としての才能ではなかったという事なのだろう。
キシリア本人にその辺りの自覚はなかったようだが……ギレンを暗殺した結果、それについては自覚したと思ってもいい。
最後の最後で失敗したのは間違いないが、それでもキシリアが有能なのは間違いないのだから。
ともあれ、そのキシリアも今は火星にいるらしい。
その火星から今回の一件の指示を出すのは、かなり難しいと思う。
あるいは大雑把な……核兵器運用の為に開発されたサイサリスを奪うようにとだけ指示を出し、詳細については現場に……この場合はニムバスだが、そのニムバスに任せたのか。
キシリア機関も、1年戦争時と比べると規模は大分縮小しただろうが、まだ活動していると見るべきだ。
キシリアは情報の重要性をしっかりと理解している。
だからこそ、どうにかしてキシリア機関は維持しようとしているだろうし。
そう考えれば、ニムバスとキシリア機関、あるいは他のジオン軍残党の協力によって今回のサイサリスの奪取が行われてもおかしくはない、のか?
「キシリア・ザビ……ジオン公国の中ではギレン・ザビの政敵として知られている女か。……ちなみにだが、今回の件にジオン共和国は関与してると思うかね?」
シナプスのその言葉に、俺は即座に首を横に振る。
「いや、それはないな。……ああ、でもガルマが関わってる事はないという意味で、ジオン共和国の中で密かに手を貸してる奴はいるかもしれない」
現在のジオン共和国は、ガルマが率いる事によって大きな人気がある。
だが、その人気はあくまでも一般市民に対しての人気だ。
勿論ガルマがジオン共和国の上層部全員に嫌われているのかと言えば、それは否だ。
だが同時に、全員から好かれているかと言われても、それは否となる。
上層部の中には、1年戦争で負けたにも関わらず、ガルマが……ザビ家の人間がサイド3の代表という立場にいるのを面白く思っていない者もいる。
表立ってガルマに逆らったりはしないが。
ただ、それはつまり表立ってではなければ、動けるという事を意味してる。
つまり、キシリアの指示に従ってサイサリスを奪うという計画を立てているニムバスに協力するとか。
「ジオン共和国の中でも上位に位置する者が手を貸してるとなると、厳しいな」
「とはいえ、こっちにとってプラスの要因がない訳でもない」
「……それは?」
「もし今回のサイサリスの強奪の裏にいるのがキシリアだとすれば、ジオン軍残党の中でもそれに非協力的な連中は結構いると思っていい」
「何故かな?」
「ジオン軍……旧ジオン軍と言った方がいいか。とにかくその旧ジオン軍は幾つもの派閥があった」
「それは知っている。だが……それが理由で、協力しないと?」
シナプスにしてみれば、俺の言葉は信じられない、あるいは納得出来ないと思ったらしい。
旧ジオン軍の中には、大雑把にギレン派、キシリア派、ドズル派の3つがあり、それより小さいがデギン派、ガルマ派があり……それよりも更に小さいが、ダイクン派、そしてそれと同じくらいか更に小さく中立派がある。
実際にはこれ以上に小さい派閥もあったりするのだが。
なお、ドズル派はガルマ派と合流し、現在のサイド3の主流となってるし、ダイクン派はセイラが……アルテイシアが女王をしているルナ・ジオンに合流している
そして……この場合、問題なのはギレン派とキシリア派だ。
ただでさえギレンとキシリアが政敵という関係で関係はよくなかったのだが、それに加えてキシリアのギレン暗殺だ。
特にギレンの派閥にギレンを熱狂的に……それこそ信望どころか信者という表現が相応しいくらい、慕っている者もいる。
だからこそ、1年戦争が終わってもサイド3に帰還したり連邦軍に投降したりせず、ジオン軍残党として活動をしているのだ。
悪い意味での信念を持っていると言ってもいい。
そんな信念を持つギレン派のジオン軍残党にとって、キシリア派のジオン軍残党が何らかの行動を起こすから手伝うような事をするか?
いや、全員がその信念に従って協力しないとは限らない。
派閥の問題よりも連邦軍が憎いと思っている者なら、取りあえず派閥間の感情は一度置いておいて、協力するという可能性もあるかもしれないが。
「俺の方に入っている情報が間違いないのなら、ジオン軍残党同士の派閥の違いというのはかなり大きい。……どちらかに、それでも協力しなければならないと思い、それでいて相手に自分達の存在を受け入れさせるような人物でもいれば、また話は別かもしれないが」
「……一応。この件はジャブローに伝えても?」
「ああ、構わない。とはいえ、ジャブローの方でもこのくらいの情報は掴んでいてもおかしくはないと思うが」
「それでも、念の為に知らせておきたい」
「まぁ、その辺は任せるよ。それより、俺の使うMSはいつ届くんだ?」
「……ジム・カスタムは、現在連邦軍が使っているMSの中でも最新鋭のMSだ。恐らくは少し時間が掛かるだろう」
最新鋭ねぇ。
純粋な性能なら、それこそ水天の涙の時に連邦軍が使っていたジーラインとか、そっちの方が性能は高いと思うんだが。
もっとも、ジーラインは量産型MSなのかと言われると、俺も首を傾げるしかないが。
そういう意味では、シナプスの言葉も決して間違ってはいないのだろう。
「そう言えば……話は少し変わるが、出撃するとMSの格納庫が少し狭くなってしまうが、それは許して欲しい」
「は? 一体急に何を言ってるんだ?」
「まだ正確にどのくらいのMSを搭載するのかは決まっていないが、このアルビオンが運用出来るMSは基本的に6機だ」
「……随分と少ないな」
素直にそう言う。
今までアルビオンについてそこまで詳しく考えた事はなかったが、運用可能なMSが6機というのは、予想以上に少ない。
ルナ・ジオン軍で量産が開始された高速巡洋艦のナスカ級は、9機のMSを運用出来るようになっている。
ただし、ディアナで改修される前……ザフトで使われていた時も、6機は運用出来た筈だ。
つまり、改修前でもアルビオンと同じ数のMSを運用出来た訳だ。
そして高速巡洋艦とはいえ、つまり巡洋艦であるナスカ級に対し、アルビオンはペガサス級という事は、強襲揚陸艦。
……あれ? 強襲揚陸艦って事は、別に6機くらいでもおかしくはなのか?
もっとも、量産されているナスカ級と違い、アルビオンはペガサス級とはいえ、高性能な軍艦だ。
それでMSの運用が6機だけというのは……正直、どうかと思う。
ガンダム開発計画で作られたペガサス級だけに、MSの運用は当然のように前提となっているだろうし。
以前コーウェンが愚痴っていた、大艦巨砲主義の者達が自分達の趣味嗜好で作る戦艦とは違うのだから。
「強襲揚陸艦という艦種を考えれば、そこまでおかしくはないと思うが?」
「まぁ、そう言われればそうなんだが……ちなみにだが、ルナ・ジオン軍の主力艦となるナスカ級は巡洋艦だが9機のMSを運用可能だぞ?」
「それは……何と……」
シナプスにもその情報は驚きだったらしい。
驚愕の声を上げる。
あ、でもナスカ級の情報を教えてもいいのか?
一瞬そう思ったが、すぐに問題はないだろうと判断する。
今俺が言ったように、ナスカ級は主力艦だ。
そうである以上、そのくらいの情報は連邦軍でも容易に知る事が出来るだろうし。
であれば、俺がここで多少情報を漏らしたところで、そこまで大きな意味はない筈だった。
とはいえ、それでも必要以上に情報を流す必要はないのだから、それを思えば話題を移した方がいいな。
「ナスカ級についてはこの辺にしておいて……今の問題はサイサリスについてだろう?」
「そうか。……いや、そうだな。とはいえ、キシリア派の仕業だろうと分かっただけで、こちらとしてはありがたい話なのだが」
「だろうな。とはいえ、キシリア派……突撃機動軍には腕の立つ特殊部隊が多数あった」
その筆頭が、黒い三連星やシーマ率いる海兵隊だろう。
もっとも、その黒い三連星はルナ・ジオン軍が引き抜いたし、シーマにいたってはセイラとは違う意味でルナ・ジオンの象徴となっているのだが。
そういう意味では、ルナ・ジオンは突撃機動軍の弱体化をしていたという事になるのだろう。
あれ? だとすれば……これって、実はちょっと不味くないか?
キシリアにしてみれば、自分達の軍隊から精鋭を引き抜きまくったルナ・ジオンというのは、決して許容出来ないだろう。
ましてや、ルナ・ジオンはその名の通り月を拠点にしている。
1年戦争の時は突撃機動軍の拠点だった月を。
勿論、その月を突撃機動軍から奪ったのは、ルナ・ジオンではなくニーズヘッグに乗った俺なのだが。
他にも、キシリア肝いりの研究機関であったフラナガン機関もルナ・ジオンとシャドウミラーが潰した。
キシリアがドロス級をドズルに譲渡してまで作った海軍の重要拠点であるハワイを占拠し、ルナ・ジオンの領土とした。
……こうしてぱっと思いつくだけでも、ルナ・ジオンはキシリアにこれ以上ないくらいに恨まれていてもおかしくはない。
他にも思いつかないだけで、キシリアから恨まれる要因は幾つもありそうだな。
あれ? そうなると、サイサリスが核バズーカで狙う場所って……実はジャブローじゃなくて、月だったりしないか?
一瞬そう思ったが、改めて考えてみるとそれはそれでどうなんだ? という思いがそこにはあった。
月はジェネシスやリーブラ、バルジ、ピースミリオンといった戦略兵器で守られている。……うん? この中でピースミリオンだけは戦略兵器じゃないな。
ドロス級のような、MS母艦としてはかなり優秀な戦力なのは間違いないが、ジェネシス、リーブラ、バルジのように戦略兵器級の攻撃力は持っていないし。
それでも月に無許可で近付いてくる者達がいれば、すぐにでもメギロートやバッタ、もしくは量産型Wが乗るシャドウを出撃させられるだろう。
そういう意味では、ニムバスの操縦するサイサリスであっても、そう簡単に月に核バズーカによる攻撃は出来ない。
他の戦力によるフォローがあっても……うん? ちょっと待てよ?
「もし今回のサイサリスの奪取がキシリアの指示によるものだとすれば……キシリアにはニムバス以外にも幾つか奥の手がある」
「奥の手?」
「ああ。さっきも言ったが、キシリアは少数精鋭の特殊部隊を擁している。……1年戦争が終わった今、その特殊部隊の全てがまだキシリアの部下のままとは限らないが、それでも結構な数は残っていると思ってもいい」
ギレンやドズル、ガルマもそうだが、ザビ家の人間というのはカリスマ性を持ってるんだよな。
当然ながらキシリアにもその手のカリスマはあり、そして特殊部隊はキシリアに強い忠誠心を抱いている者達が多い。
……黒い三連星、サイクロプス隊はそこまでキシリアに深い忠誠心は抱いていないようだったが。
逆に言えば、そういう連中だからこそルナ・ジオンに引き込めたのだろうが。
「それで?」
シナプスが話を促してくる中で、俺は今思いついた……思いついたにしては遅すぎる言葉を口にする。
「キシリアの部下の中で、エース級のパイロットだけを集めて作った特殊部隊がある。……シナプスも、真紅の稲妻の異名は聞いた事があるんじゃないか? その真紅の稲妻が率いる、キマイラ隊。もしこれが戦いで出て来たら、非常に厄介な事になるだろう。もっとも、キマイラ隊は捕まったという話も聞くが……その行方についての情報はない。それはつまり、キシリアに奪還されている可能性もあるということになる」
俺の言葉に、シナプスは厳しい表情を浮かべるのだった。