「は? アフリカ?」
アルビオンの艦長室の中、俺はシナプスから聞いた言葉にそう返す。
俺の隣ではバニングが難しい表情を浮かべており、ノリスはシナプスの言葉に微かに表情を動かしたものの、それだけだ。
「うむ。衛星によってサイサリスを奪取したニムバス・シュターゼンの向かった先がアフリカだ」
「アフリカか……」
バニングやウラキ、キースが追撃した時に、軌道上から降下してきたコムサイは撃破したらしい。
だが、そのコムサイの他にも逃亡の手段は用意してあり、それがトリントン基地に攻撃したユーコン級の潜水艦。
ニムバスの乗ったサイサリスは、そのユーコン級に乗って姿を消したらしい。
潜水艦だけに、衛星の類があってもそう簡単に見つける事は出来ないと思うのだが……それが偶然なのか、それとも勘の鋭い者がいたのか、腕利きの分析官でもいたのか。
そのどれなのかは分からないが、とにかくユーコン級がアフリカに向かったのは間違いないらしい。
だが……アフリカ。
それなら、まだ東南アジアの方がまだ良かった。
1年戦争終了時、アフリカはジオン軍が多くを占領下に置いていた。
今となっては連邦軍がかなりの場所を取り戻したらしいが、それでも未だにアフリカはジオン軍残党が多く潜んでいるらしい。
それこそ地球におけるジオン軍残党の最も多い場所と言っても、決して間違いではないくらいだ。
何しろ連邦軍も、迂闊に手を出せないくらいになってるのだから。
……あるいは、ここで攻撃したらそれぞれがバラバラになって逃げるから、一ヶ所に纏めておきたいと思っているのかもしれないが。
そのような場所だけに、ニムバスがアフリカに逃げ込んだと言われても納得は出来た。
とはいえ……
「で、アフリカに逃げたとして、サイサリスをどうするんだ? ジャブローに向かうのも難しいだろうし」
当然ながら、核兵器運用を前提に作られたサイサリスが……それも核弾頭を積んでいるのを奪取された以上、一番危険なジャブローは厳重な警備体制となっている。
アフリカに逃げ込んだのは、ニムバスにとっての安全を考えれば悪くないだろう。
だが、一度アフリカに逃げ込んでしまった以上、ジャブローを狙うというのは難しくなる。
それとも、ジャブローの警戒が緩むのをアフリカで待つとか?
まぁ、その可能性は否定出来ないな。
もしくは、ジャブロー以外を狙ってるのか。
「分からん。だが、サイサリスがそこにある以上、その追撃をする私達が行かないという選択肢はない」
「だろうな」
シナプスは覚悟を込めた様子でそう言う。
実際、シナプスにしてみれば自分達が運んできたサイサリスを……それもアルビオンの格納庫にある状態で奪われたのだ。
そう考えれば、上からの命令がなくても自分で行きたいと思うだろう。
とはいえ……
「アフリカは広いぞ? アルビオンだけで探してサイサリスを見つけるのは、それこそ砂漠の中で宝石を見つけるのと同じくらい難しい筈だ」
「勿論それについては理解している。私達以外にも他に援軍が派遣されるらしい」
「そうなのか? ……まぁ、連邦軍にしても必死になる必要があるのは間違いないだろうけど」
ニムバスがサイサリスと共にアフリカに入ったという事で、ジャブローが狙われる可能性が減ったのは間違いない。
だが同時に、それはあくまでも減ったという程度でしかないのだ。
もしかしたら、それを狙ってジャブローを攻撃するという可能性も否定は出来ない以上、連邦軍としては結構な戦力をアフリカ大陸に向かわせるのは当然だろう。
……アフリカ大陸にはジオン軍残党が多数いる以上、結構な騒動になりそうだが。
「うむ。ジャブローにいる者達にしてみれば、自分達に向けて核兵器が使われるのはどうあっても阻止したい出来事の筈だ」
「だろうな」
連邦軍や連邦政府のお偉いさんが自分の身だけは守りたいというのはどうかと思うが、実際今のUC世界における地球を動かしている面々なのは間違いない。
そのような者達が纏めて殺されるような事になったら、それこそ連邦という国が回らなくなる。
自己保身の強い連中を守るのはどうかと思うが、シナプスの立場としては……いや、それはバニングもそうだが、連邦という国を運営する上でニムバスにジャブローを核兵器で攻撃される訳にはいかないのだろう。
「それでも、アフリカは広い。……アルビオンにとっても、厳しい任務になるだろう」
「……だろうな」
基本的に偵察をするとなると、機動力の高い機体が必要になる。
具体的には、空を飛ぶ。
そうなると、今のアルビオンでそれが出来るのは、それこそアルビオンと、後はゼフィランサスのコアファイターⅡくらいだろう。
とはいえ、コアファイターⅡは幸いなことに予備機が1機ある。
であれば、アルビオンのコアファイターⅡが2機でニムバス達を捜す必要がある訳だが……難易度、高そうだな。
「ああ、ちなみに俺とバニングのMSはどうなってるんだ?」
「それについては、恐らくアフリカに向かう途中、あるいはアフリカで補給を受けた時に持って来られる予定だ」
「そうか。そうなると、実際に乗るのはアフリカに行ってからか。……出来ればジム・カスタムの感触を知っておきたかったんだが」
「それなら、モンシアかベイトの機体を借りたらどうだ?」
バニングの言葉に、それもありかもしれないと思う。
ただ、当然ながらMSというのは個人によって設定が違う。
フットペダルが少し固かったり、あるい反応速度を意図的に少し遅くしたり、跳躍する際のバランス感覚であったり、それ以外にも多種多様という表現が相応しい。
まぁ、それでもあくまでも設定の範囲内での話なのだが。
例えば、そのMSの性能以上の反応速度を設定でどうにかしようとしたところで、それについてはどうしようもない。
だからこそ、設定については無視しようと思えば無視出来るのだが……それはそれで少し面倒なのも事実なんだよな。
自分でも知らず知らずにうちに、その設定を身体が覚えていて、真っ新な状態の機体が来た時に違和感があったり。
また、俺にMSを貸した方も、MSに変な癖が付いていたりする可能性もある。
モンシアやベイトなら、ベテランだけにその癖はどうにか出来るかもしれないが。
「いや、止めておくよ。きちんとジム・カスタムには乗りたいと思うし」
「そうか。まぁ、その辺の感覚は人それぞれだしな」
ともあれ、アフリカに到着するまで俺は特に何かをやる事はないのか。
そうなると俺の護衛として一緒に来たノリスも同じ感じだな。
そんな風に話しつつ、俺はシナプスやバニングと話し……取りあえず、明日にはアフリカに向かって出発するという事を聞くのだった。
「え? 本当か?」
シナプスとの話が終わり、夜……後はもう少ししたら寝て、明日にはアフリカに向かって出発しようという頃、俺は部屋の中でニナと話をしていた。
……普通、こんな時間に女が1人で男の部屋に行くなんて、それこそ襲って下さいと言ってるようなものなのだが、相手がニナだしな。
それこそMSについて何か思いつけば、夜どころか夜中だろうが朝方だろうが、俺の部屋に突撃してきてもおかしくはない。
ちなみに俺の護衛のノリスはさすがに今はいない。
隣の部屋で休んではいるのだが。
もし……そんな事はないだろうが、本当にもし俺が悲鳴を上げるような事があれば、ノリスはすぐにやって来るだろう。
ノリスの件はともあれ、俺はニナから聞いた話が本当なのかと、そう尋ねる。
そんな俺の言葉に対し、ニナはあっさりと頷く。
「ええ、本当よ。……そもそも、サイサリスはアナハイムが作ったMSよ。それを奪われて、しかもゼフィランサスでそれを追うのよ? であれば、アナハイムから私がそれに参加しない訳にはいかないでしょう。シナプス艦長にはもう了承を貰ってるし」
行動力あるな。
とはいえ……
「分かってるのか? アルビオンが追うのはジオン軍残党……それもニムバスだ。間違いなく戦闘になるぞ」
「戦闘なら、もうここで経験してるわ」
きっぱりと、ニナがそう断言する。
実際、その言葉はそう間違っている訳ではない。
だが……それでも、トリントン基地が襲撃された時とこれからの戦いでは大きく違ってくるのも事実。
ニムバスの襲撃の時は、ジオン軍残党によってトリントン基地が襲撃されたのは間違いないものの、それはあくまでもサイサリスを奪う為の陽動でしかなかった。
言ってみれば……こう言えば対外的には色々と不味いのかもしれないが、そこまで本気の戦いだった訳ではない。
いや、ジオン軍残党にしてみれば本気での戦いではあったが、それでもそこには自分達の攻撃が陽動であるというのを十分に理解していた筈だ。
しかし、これからの戦いは違う。
サイサリスの奪還……それが叶わなければ撃破を目的とする事になる。
だからこそ、ニムバスも本気で反撃してくるだろう。
……あるいは、本当にあるいはの話だが、こちらの攻撃から逃げ出すのを優先して、くる可能性もないではなかったが。
とはいえ……まぁ、ニナの性格を考えれば、俺が何を言っても考えを変えるような事はしないか。
「分かった。ただ、何があってもすぐ対処出来るようには準備しておけよ」
「……何かって?」
「さて、何だろうな。例えばこのアルビオンが撃破されるようになったりした時とか、そういう時の事を考えておくとか」
「ちょっと、何よいきなり。不吉な事を言わないでちょうだい」
「そう言いたくなる気持ちは分かるし、俺が乗る以上はアルビオンを撃沈させるようなことはそう簡単にさせるつもりはない。それは間違いないが、それでも戦いの中では何が起きるのか分からないのも事実だ。……それは分かるだろう? ニナも1年戦争は経験してるんだろうし。……まぁ、俺が言っていい事じゃないかもしれないが」
ニナの年齢を考えれば、当然ながら1年戦争は覚えているだろう。
まだ3年から4年くらい前の話なのだから。
そして月の住人……いわゆるルナリアンと呼称されるニナは、当然ながら1年戦争の時は月にいた。
……そう、1年戦争が開始されると同時にグラナダがキシリア率いる突撃機動軍に占拠され、それから俺の操縦するニーズヘッグによって突撃機動軍の戦力が大きなダメージを受け、最終的にはルナ・ジオンが建国された月に。
1年戦争で言えば、コロニー落としで被害を受けたオーストラリアだったり、それこそ落ちたコロニーに住んでいた者達だったり、あとはオデッサや北米のように環境が大きく変わった者達もいたが、月も決してそれには負けていなかった。
その状況を考えれば、ニナも1年戦争の時はかなり恐怖を感じたのは間違いないだろう。
あるいは……これは本当にあるいはの話なのだが、ニナがフィフス・ルナにいるのはガンダム開発計画の件もあるが、そういう思いをした月にはいたくないと思ったからというのもあるかもしれないな。
勿論これはあくまでも俺の予想でしかないけど。
「分かってるわ。けど、それでも私はアルビオンから下りるつもりはないわ」
「……まぁ、だろうな」
色々と言ったが、ニナの性格を考えれば、とてもではないがこの状況でアルビオンを下りるとは思わなかった。
それでもこうして聞いたのは、ニナの覚悟を聞く為だ。
それでこうして言ってきた以上、これはもうテコでも動かないだろう。
「分かった。俺が言うのもなんだけど、ニナがアルビオンに乗るのは認めるよ」
「アクセルに何の権限があってそういう事を言うのかしらね?」
「だろうな。だから俺が言うのもなんだけどって言っただろう? ……それにまぁ、そうだな。ニナがアルビオンに乗るのなら、何があっても……敵がニムバスであっても、俺がお前を守ってやる。だから安心してガンダムの件に集中してくれ」
「え? ちょ……その……もう!」
ニナを安心させようとして口にした言葉だったのだが、何故か……本当に何故か、俺の言葉を聞いたニナは顔を真っ赤にして怒る。
別に今の言葉で怒るような事は何もなかったと思うんだが。
「何で怒る?」
怒った理由が分からないので素直に聞いてみると、ニナは俺を睨んでくる。
「それ、本気で言ってるの?」
「そのつもりだが」
「……はぁ、もういいわ。とにかく私とオービルはアルビオンに残るから、そのつもりでいてね」
何かを誤魔化すかのようにそう言ったニナだったが、それを聞いた俺は少しだけ意外に思う。
「オービルも?」
俺もオービルについてはそれなりに知っている。
フィフス・ルナで話した事もあるのだから。
だが、それでもまさかこの状況でアルビオンに残るとは思えなかった。
俺が知ってるオービルの性格を考えると、尚更に。
もっとも、俺はオービルとそこまで親しい訳でもないので、実はオービルもニナと同じくMSオタクで、ゼフィランサスやサイサリスをそのままにしておけないと言われれば、納得するしかないのだが。
……いや、けど……うーん、何かこう、違和感があるな。
そんな風に思いながら、俺はニナと会話を続けるのだった。