「これは……」
アルビオンの艦長室において、バニングが持っていた書類を見せてくる。
当然ながら、最初にその書類を見たのはシナプス。
……このアルビオンの艦長で、アルビオン隊を率いるのがシナプスなのだから、それは当然だろう。
俺の立場は、現在のところあくまでもアルビオン隊の協力者だしな。
少し前ならガンダム開発計画のテストパイロットという身分もあったのだが、既にゼフィランサスもサイサリスも連邦軍に引き渡された後だしな。
もっとも、そのサイサリスが奪われたので、今の俺達はそれを追っているところなのだが。
「むぅ……」
シナプスは呻きながら、俺に書類を渡してくる。
その書類を確認すると、シナプスが唸った理由が理解出来た。
それは部外秘の内容が書かれた……それこそこうして持ち出すのも禁止されているかのような、そんな書類。
「バニング。この書類はどこで?」
まさか、バニング自身がこの書類を持ち出して、それに罪悪感を抱いて出頭してきた……などという事ではないのは、明らかだ。
バニングの性格を考えれば、とてもではないがそういう事をするようには思えないしな。
「通路でアナハイムのオービルとぶつかったんだが、その時にオービルが回収し忘れていった書類だ」
「……やっぱりオービルか」
「アクセル?」
オービルの名前に俺が驚くのではなく、寧ろ納得してるのを見たバニングが訝しげな視線を向けてくる。
シナプスもまた同様に、俺を見ていた。
そんな2人の視線を受けつつ、俺は口を開く。
「実は俺がシナプスに持ってきたのも、オービルを突っついてみないかという提案をする為だったんでな。現在の状況を動かすという意味でも」
「……それはつまり、アクセルはオービルを怪しいと思っていたのか?」
「正解だ、バニング。とはいえ、これは何か明確な証拠があっての訳じゃなく、半ば俺の勘に近いけどな」
そう言い、俺はオービルが怪しいと思った理由を説明していく。
アルビオンがトリントン基地に到着し、核弾頭をサイサリスに積み込んだタイミングでニムバスが姿を現した事。
連邦軍の中でも極秘計画であるガンダム開発計画についての詳細を知っている者でなければ、いつトリントン基地に到着するのかとか、核弾頭の搭載とか、そういうのは分からないだろう。
その上で、今回の追撃を行う際に殆どのアナハイムの人員はフィフス・ルナに戻ったのに、ニナとオービルだけがアルビオンに残った事。
「待て、それならパープルトンさんも怪しいのではないか?」
「バニングの言いたい事は分かるが、俺がガンダム開発計画に関わる事になって、ニナと一緒に行動する機会が増えた。その時のニナの様子を考えれば、ニナがジオン軍残党と繋がってるとは思えなかった。……まぁ、そういう風に見せ掛けていた可能性もない訳ではないだろうが」
そう言うものの、俺と接している時のニナは特に何らかの演技をしているようには思えない。
……というか、あのMSオタク振りを隠しもしていない時点で、そういうのを疑う必要はないと思う。
もし他人を騙そうとしているのなら、それは目立たないようにする必要がある。
そういう意味では、オービルはそれに当て嵌まるんだよな。
「……まぁ、アクセルがそう言うのであれば、取りあえずは信じてみても構わないが」
バニングの言葉に、シナプスも異論はないのか頷く。
「ともあれ、オービルが怪しいと思った俺の勘は正しかった訳だ。……そうなると、次はそのオービルをどうするのかという事になる訳だが」
「捕らえて尋問をするのではないのか?」
バニングが俺の言葉に予想外といった様子でそう言ってくる。
バニングにしてみれば、オービルを捕らえて尋問をするという風に思ったのだろう。
実際、それも手段としては悪くはない。
悪くはないのだが、同時に時間が掛かるのも事実。
オービルがニムバス達の動きをどこまで知ってるのかは、俺にも分からない。
分からないが、それでもジオン軍残党に……それもキシリア派の連中に協力しているのを考えると、相応にキシリアに対する忠誠心が高い可能性がある。
これが金であっさりと転ぶとかなら、こっちとしてもやりやすかったりするのだが。
「それも悪くないが、時間が掛かる。それなら獲物を意図的に逃がして巣穴まで案内して貰う。……そういう事ではないのか、アクセル?」
「正解だ」
シナプスの言葉に頷く。
それが一番手っ取り早い。
とはいえ……それはそれで問題もあるのだが。
「もしオービルが逃げるのなら、何に乗って逃げるかだな」
「……車、は無理か」
「バニングの言う通り、車で逃げるというのはまずないだろうな。そもそもアルビオンは空を飛んでいるんだ。車で逃げるにしても、アルビオンから出る事は出来ない。そうなると、考えられるのは……MSか、コアファイターⅡだろうな」
「MSはいかんぞ。ただでさえこちらの戦力が足りてるとは言えん状況だ。それが奪われるとなると、ニムバスを見つけてもこちらの戦力が足りなくなるかもしれん」
シナプスのその言葉に俺も頷く。
「それは俺も同意見だ。場合によっては、俺のジム・カスタムやノリスのグフ・カスタムが奪われる可能性もあるしな」
特にグフ・カスタムは危ない。
何しろ、相手はジオン軍残党と繋がっているオービルだ。
そうなると、ジオン軍が使っていたMSであるグフ・カスタムがアルビオンにあるのは気に食わないと思い、それを奪っていくといったようなことをしてもおかしくはない。
だからこそ、MSを奪わせる訳にはいかないのだ。
「となると、コアファイターⅡか」
バニングのその言葉が、答えだった。
「そうなるな。……まぁ、惜しいと言えば惜しいが」
実際、コアファイターⅡはゼフィランサスを構成する部品の中でも相応に重要な場所だ。
何しろ、コックピットなのだから。
そのようなパーツだけに、何かトラブルがあるという可能性も十分にある。
だからこそ、予備のコアファイターⅡがあるのだろうが、オービルを逃がす時にそのコアファイターⅡを使わせると、当然ながらそれが戻ってくる保証はない。
逃げ込んだ先を襲撃して、ジオン軍残党と、何よりサイサリスを奪ったニムバスを倒すなり、鹵獲するなりして、その時にまだコアファイターⅡが無事なら回収は出来るだろうが……そのような状況でコアファイターⅡが無事だとは、とてもではないが思えない。
それこそ、パーツ取り用に分解される。あるいは戦力として向こうに運用されるといった可能性の方が高いだろう。
無事に戻ってくる可能性は……高く見積もっても、10%ってところか?
いや、これでも少し可能性が高いように思えるな。
つまり、オービルが使うコアファイターⅡは破壊されるのを前提にしないといけないという事になる。
……といはえ、この件をアナハイムが知っても、アルビオン隊を責める事は出来ないだろう。
何しろ、ジオン軍残党と繋がっているオービルはアルビオンのメカニックなのだから。
「オービルをコアファイターⅡで逃がして、巣穴まで案内して貰う。それで異論はないな?」
最後の確認としてそう尋ねると、シナプスとバニングは揃って頷くのだった。
ビー、ビー、ビー、と。
アルビオン内に警報音が鳴る。
『アナハイムのメカニック、オービルはジオン軍残党のスパイである事が判明。現在逃走中。見つけ次第確保するように』
シモンの声がアルビオン内部に響く。
とはいえ、本当にここでオービルを捕まえられては予定が崩れてしまう。
オービルには、あくまでもコアファイターⅡに乗って脱出してもらい、ジオン軍残党の巣穴まで案内して貰う必要があるのだから。
ただ、オービルもジオン軍残党と繋がっている以上、自分を追う者達の様子に疑問を抱くということがあった場合、何かがおかしいと思う可能性はある。
その為、オービルを直接追っている兵士達には今回の騒動がオービルを意図的に逃がす為のものであるというのは知らされていない。
その兵士を指揮している者達には知らされているが。
ここで上手く指示をして、オービルを格納庫に……コアファイターⅡの予備のある場所まで誘導する為に。
……これで実はオービルがコアファイターⅡの操縦を出来なければ、こっちの策略が台無しではあったのだが。
そんな風に思っていると、ニナがブリッジに入ってくる。
慌てた様子でシナプスの方に近付く。
一瞬艦長席に座っているシナプスの側にいる俺に視線を向けるが、すぐにシナプスに向かって頭を下げる。
「申し訳ありません、艦長。アナハイムの者が……」
「気にしないで下さい。これでニナさんもジオン軍残党と繋がっているのであればともかく、そういうことではないのでしょう? であれば、今回の件については私からは特に何も言うつもりはありません。それに……今回の一件はジオン軍残党の捜索に行き詰まっていた現状の打破となる可能性もありますからな」
ニナはそんなシナプスの言葉に何と言えばいいのか分からない、微妙な表情を浮かべる。
まぁ、無理もないか。
ニナにしてみれば、オービルはそれなりに親しかった相手だ。
そんなオービルが実はジオン軍残党と繋がっていて、それを逃がしてジオン軍残党の拠点を見つけようとしていると、そうはっきりと言われたのだから。
俺がシナプスに話を持ち掛けたというのは、言わない方がいいか。
もっとも、バニングが持ってきた書類……オービルが落とした書類の件を考えると、俺が話を持ち掛けなくても今回の件と同じよな作戦は行われていた可能性は否定出来なかったが。
「格納庫から連絡! オービルがコアファイターⅡを奪ってアルビオンを脱出したようです!」
アルビオンのオペレータからの報告に、シナプスは安堵の息を吐き、決して命中しないように注意しながら攻撃するように命じる。
そうなるように誘導したとはいえ、本当にそうなるとは限らない。
それこそこっちには理解出来ないような、何らかの行動をオービルが取る可能性も十分にあったのだから。
例えば……アルビオンから脱出したオービルが、コアファイターⅡでアルビオンのブリッジを攻撃しようとするとか。
まぁ、そうなったらなったで、アルビオンも対空砲を使って迎撃するだろうが、オービルはコアファイターⅡを操縦は出来るものの、決して操縦技術に優れており、戦いが得意という訳ではない。
普通に考えれば、そんな慣れないコアファイターⅡでアルビオンに攻撃したりはしないだろう。
……もっとも、それはあくまでも普通の状態での話だ。
ジオン軍残党と繋がりを持つスパイであるというのを大々的に知られ、アルビオンに乗る軍人達に追われている今の状況が普通とは、到底言えないだろう。
ただ、幸いなことにそんな俺の予想は外れ、オービルはコアファイターⅡに乗ると自分の身を守る為に一直線に逃げ出した。
「よし、予定通りに追い出せたな。スコット、見失うなよ」
「はい」
シナプスが笑みを浮かべて命じると、ブリッジクルー……スコットと呼ばれた男は真剣な表情で頷く。
そして少し緊張した時間が経過し……
「艦長、狙い通りです。オービルはジオン軍残党にコンタクトを求めています」
スコットがそうシナプスに報告する。
「よし、では……アクセル中尉、協力をお願い出来るかな?」
シナプスの言葉に頷き、俺はノリスと共に格納庫に向かうのだった。
『くそっ、アクセルならともかく、何だって俺がひよっこと一緒に……同じひよっこなら、まだキースの方がよかったぜ、ったく』
アルビオンを出撃し、俺達はオービルの飛んでいった方に向かって移動していた。
ホバー移動の能力がある訳ではない以上、当然ながらその移動方法はMSの歩き……というか、走ってか? そんな感じだ。
そんな中、モンシアが不満そうな様子で呟くのが聞こえてくる。
というか、そういう風に言うのなら通信を切ってから言えばいいものを。
いや、あるいはウラキに聞かせる為に、こうして口にしてるのかもしれないな。
「モンシア、その辺にしておけ。仮にもお前がこっちの小隊の指揮を執るんだろう? なら、個人的な不満をわざと聞かせるような事をしても、百害あって一利なしだ」
『ぐぬぅ……』
俺の言葉に不満そうな様子で黙り込むモンシア。
この小隊……A小隊のメンバーは、モンシア、ウラキ、俺、ノリスの4人。
そんな中で小隊長を務めているのは、モンシアだ。
まぁ、これは当然の事だろうが。
ウラキは少尉……それも士官学校を卒業したばかりだ。
そして俺とノリスはルナ・ジオン軍からの出向。
そうなると、この小隊で指揮を執るのは連邦軍の中尉であるモンシアしかいない訳だ。
モンシアにしてみれば、顔馴染みのベイトやアデルと一緒に小隊を組みたかったんだろうが……バニングにしてみれば、アルビオンの護衛という事を考えると、信頼出来る技量の持ち主を残しておきたかったのだろう。
そんな訳で、俺達は若干ギクシャクしながらもオービルのコアファイターⅡを追うのだった。