『アクセル、ちょっとブリッジに来てくれるかい?』
ナスカ級にある士官用の部屋。
その部屋で休んでいると、不意にブリッジにいるシーマからそんな通信が入る。
幾らか切迫したその声に、微妙に嫌な予感を覚えつつ、ブリッジに向かう。
通路の途中で何人かの海兵隊とすれ違うが、俺と遭遇した海兵隊の面々は揃って敬礼する。
……何人か、特に若い者達からは嫉妬の視線を向けられるが。
それも無理はないか。
若い者達はシーマに憧れて海兵隊に入隊した者達が殆どだ。
それも厳しい試験を潜り抜けて。
そんな若い兵士達にしてみれば、シーマと付き合っている俺の存在が面白くない者も多いだろう。
ましてや、シーマ程に有名ではないが、ニュータイプ国家と呼ぶべきルナ・ジオンの花形でもあるニュータイプ部隊の中でも美人として有名なクスコとも同時に付き合ってるし、他にもこちらは2人程に有名ではないから知らない者も多いだろうが、モニクやクリスとも付き合っている。
そんな俺の存在を面白くないと思うのは、おかしな話ではなかった。
……ちなみにニュータイプ部隊では美人という意味では有名なクスコとは違い、可愛らしいという意味で有名なマリオンもいるが、このマリオンと付き合っている黒い三連星の1人、オルテガはそこまで嫉妬されていない。
これは単純にオルテガが強面の巨漢だからというのもあるのだろうし、同時にオルテガが付き合っているのはあくまでもマリオンだけで、俺のように複数の恋人と付き合っていいなからというのも大きいのだろう。
そんな事を考えつつ、ブリッジに到着して中に入ると……そこではシーマが真剣な表情でブリッジクルーからの報告を聞いていた。
「おや、アクセル。来たんだね」
「呼んだのはそっちだろう? それで、一体何があったんだ?」
「合流予定のアルビオンだったかい。それがジオン軍の残党に襲撃されてるようだよ」
「それは、また……」
その報告は、俺にとってかなり意外だった。
だが、意外であると同時に納得出来るものでもある。
キシリア派がどこまで情報を掴んでの行動なのかは分からないが、もしアルビオン隊が俺達と合流するという情報を知っていた場合、合流する前に各個撃破するというのは、十分に考えられる。
あるいは、キシリア派にしてみればルナ・ジオンを敵に回したくないという思いがあるので、合流する前にアルビオン隊を潰してしまおうと考えた可能性も十分にあったが。
けど……そうなると、アルビオン隊を襲っているのはニムバスか?
サイサリスを使って襲撃しているという可能性もある……か?
いや、ないか。
サイサリスはキシリア派にとってまさに奥の手だ。
そんな奥の手をこんな場所で無駄に使うとは思えない。
核攻撃をここで行うなら、それはそれで悪くない出来事ではあるのかもしれないが……そう思っても、やはり疑問がない訳でもない。
それこそ、俺の予想ではソロモンで行われる観艦式を狙うだろうというものだった。
であれば、ここで核兵器を使うとは思えない。
あるいは核兵器を使わず、普通にサイサリスで攻撃をしてくるといった可能性も、否定は出来ないだろうが……その戦いでサイサリスに被害があった場合、それこそソロモンの観艦式を狙うのは難しくなる筈だ。
そんな諸々について考えれば、サイサリスを出してくる可能性は低い。
だとすると……
「ニムバス以外のキシリアの戦力か」
「その可能性が高いね。あるいは、キシリア派に合流する為の手土産を求めての事かもしれないよ?」
シーマが俺の呟きにそう返してくる。
キシリアという名前を口にするシーマだったが、そこには隠しきれない憎悪の色がある。
無理もないか。
1年戦争の時、シーマはキシリアの配下として数々の後ろ暗い作戦に従事してきたのだから。
実際にキシリアがシーマ達を使い潰そうとしたのか、それともシーマの上司だったアサクラの独断だったのか。
その辺については分からないが、それでもシーマにしてみれば自分達に命令を下していた最終責任者はキシリアだという事で、不満を抱くのはおかしな話ではない。
……そう考えると、今回の一件でシーマが俺と一緒に行動する事になったのは、シーマの俺に対する想いがあると同時に、キシリア派に対する恨みがあってもおかしくはなかった。
ましてや、ギレンは1年戦争中に死んだ――キシリアが暗殺した――が、キシリアは生きているのも、この場合は大きいのだろう。
「ジオン軍残党であれ、キシリア派であれ、ここで向こうの戦力を潰すことが出来れば大きい筈だ」
キシリア派であろうと、キシリア派に合流しようとしているジオン軍残党であろうと、あるいは可能性は限りなく低いがキシリア派と何も関係のないジオン軍残党が偶然アルビオン隊を見つけていい獲物だと判断したのであろうと、とにかく敵であるというのは間違いのない事実。
そうである以上、俺がやるべき事は決まっていた。
「戦場に急いでくれ。こっちからも援軍として戦力を出す」
「だろうね。そっちの方が恩を売るにも良いだろうし」
いや、そのつもりであるのは否定しないが、直接口に出すのはどうなんだ?
そう思ったが、今の状況でなら問題はないか。
「アイアイサー」
ナスカ級の舵を握っている男がそう言い、ナスカ級は戦場に向かう。
種別としては巡洋艦だが、その速度から高速巡洋艦と呼ばれる事もあるようにナスカ級はかなりの高速艦だ。
こういう時、便利なのは間違いない。
「それで、ジオン軍残党の戦力はどんな感じだ?」
「少し待って下さい」
俺の言葉に、こちらはまだ慣れていない新人がレーダーを確認する。
単純にまだ距離があるから相手を識別出来ないのか、それとも未熟故か……もしくはどちらもか。
とにかく今は少しでも早く敵がどのような戦力を所持しているのかを知りたい。
敵がどんなMSを使っているのかで、脅威度は大きく変わってくるのだから。
勿論、ザクが相手であろうとも戦術次第、パイロット次第では厄介な相手になるのは間違いないだろうが、それでもザクよりもドム……リック・ドムとかゲルググとかの高性能機を使っている方が厄介なのは間違いない。
逆に、宇宙戦闘機とかを使っているなら……決して侮る事は出来ないが、それでも脅威度は大きく減るのも事実。
そういう意味で、向こうの戦力を把握するというのは大きな意味を持っていた。
「えっと……向こうの戦力はザンジバル級が1です」
まず最初に把握出来たのは、大きさから敵の母艦についてだった。
にしても……
「ザンジバル級?」
「厄介だね」
俺と同じ事を考えたのか、シーマが忌々しげに呟く。
ブリッジクルーのうち、1年戦争の時からのシーマの部下達はそんな俺とシーマの会話に同意するように頷くものの、新人達が理解出来ないといった様子だ。
それを見かねたのか、シーマは大きく息を吐いてから口を開く。
「いいかい、これがムサイ級なら1年戦争の時にかなり作られたから、そのうちの1隻なのは間違いない。それでも厄介なのは間違いないけど、練度的にはそこそこといったところなのさ」
そう言うシーマだったが、サイド7を襲ったシャアの部隊もムサイ級だったのだ。
それを思えば、ムサイ級というだけで油断をしてもいいのかと言えば、それは否だった。
とはいえ……
「そんなムサイ級と比べると、ザンジバル級は数も少ない、基本的には精鋭部隊が使う事が多かったのさ」
シーマの言う通り、ザンジバル級は数が少ない。
何しろホワイトベースと同じく……もっと言えば、このナスカ級と同じく地球上で空を飛べる船だし、大気圏突入も可能となっている。
まぁ、宇宙に戻るにはそのままだと無理なので、ブースターを使う必要があるが。
もっとも、ホワイトベースやナスカ級がミノフスキークラフトによって地球で空を飛べるのとは違い、ザンジバル級の場合はミノフスキークラフトによってではなく、推進力によって無理矢理空を飛んでいるというのが正しい。
ジオン軍で空中要塞と呼ばれることもあった、ガウとかと同じ方法だな。
ただ、無理矢理でもなんでも空を飛べるというのは大きい。
そんな風に宇宙だろうが地球だろうが、環境を選ばないというのは大きな意味を持つ。
それを思えば、ザンジバル級の希少性が分かりやすいだろう。
ましてや……向こうはジオン軍残党だ。
ザンジバル級を維持するだけの力を持っているとなると、余程の後ろ盾が存在するか、あるいは自分達でそれらをどうにかするだけの力を持っているという事になる。
となると、もしかしたらセイラとの会話で出て来たニコイチのMSを所有している可能性もあったりするか?
当初は新型MAといったように思っていたものの、セイラとの話の中で実はMAではなく、ザクⅡF2とガトルを使ったニコイチのMSであるというのが判明した。
当然ながら、そんなMSでは性能も期待は出来ないが、コレクション的な意味から、出来れば数機は確保したい。
まぁ、そのニコイチのMSがキシリア派にとっては恐らく主力という扱いになるのだろうから、ソロモンで行われている観艦式の護衛として動く事になるだろうアルビオンと一緒に行動していれば……
「シーマ様!」
不意にブリッジクルーの1人……新人ではなく、古株の男が手こずっているレーダー手に何かを教えようとしていたところで、不意に叫ぶ。
「なんだい、急に」
これが新人が叫んだのなら、シーマもここまで反応はしなかっただろう。
だが、その反応をしたのか古株の部下だけに、シーマも素早く反応したらしい。
とはいえ、シーマの様子は落ち着いていたが。
「その……念の為にザンジバル級のデータを照合してみたのですが……」
数秒前に叫んだのとは裏腹に、男は言いにくそうな様子を見せている。
ちなみに当然の話ではあるが、シーマの海兵隊……いや、シーマ達だけに限らず、ルナ・ジオンに合流してきた者達が持ってきた各種データはルナ・ジオン軍のコンピュータに保存されており、それらは軍艦にもそれぞれ必要な分のデータが保管されている。
古参の部下がデータを照合したというのは、それらのデータを使っての事なのだろう。
勿論、改修をされていたり、認識番号とかそういうのも変えられていたりすればデータの照合は難しいものの、それでもジオン軍残党にしてみれば、きちんとした拠点とかがないだけに、そういうのは難しい。
そういう意味で、ルナ・ジオンに持ち込まれたデータはそれなりに使える訳だ。
「データにあったんだろう? さっさと報告しな」
シーマに鋭い視線を向けられた男は、何故か俺に視線を向けてから口を開く。
「あのザンジバル級は……クロウド・カーツです」
「……何だって?」
たっぷりと数秒沈黙した後で、シーマがそう言う。
クロウド・カーツ?
俺には聞き覚えのない艦名だが、どうやらシーマには聞き覚えのある名称らしい。
「シーマ、知り合いか?」
「……ああ。古馴染みだよ。もしあのザンジバル級が本当にクロウド・カーツだとしたら、アルビオン隊も危ないかもしれないね」
シーマのその表情は、決して大袈裟な様子ではない。
本当に心の底からそのように思っている様子だった。
「詳しく話してくれ」
「もしあのザンジバル級がクロウド・カーツだった場合、艦長はゲール・ハントの筈だよ。私が言うのも何だけど、ジオン軍時代のゲールはMSの操縦技術に関しては私と同程度の技量を持っていた」
「それは、また……」
ジオン軍時代のシーマは後ろ暗い仕事ばかりを回されていた。
その為に技量はあっても表舞台に出て来なかったが、表舞台に出た今は宇宙の蜉蝣の異名を持つ。
それはつまり、1年戦争時代のシーマも異名持ちに相応しい実力を持っていたという事だろう。
そんなシーマと互角の実力を持っていたそのゲールという男もまた、異名持ちに相応しい実力を持っているという事になる。
勿論、シーマもいつまでも1年戦争当時の実力ではない。
ルナ・ジオンに所属し、恵まれた環境で厳しい訓練も積んでいる。
実戦においても、X世界で十分に経験していた。
……もっとも、X世界で使ったMSはシーマの専用機として改修されているギャン・クリーガーではなかったが。
それでも実戦経験の多さというのは、シーマにとって大きな意味を持つのは間違いない。
つまり、そのゲールという奴と今のシーマも未だに同じ実力だという訳ではない事になる。
「それで、どうする?」
「……どうするって何がだい?」
「そのゲールとかいう奴の事だよ」
シーマの古馴染みだというのなら、ルナ・ジオン軍で受け入れてもいい。
そういう意味を込めて言ったのだが、そんな俺の言葉にシーマは首を横に振り、口を開こうとしたところで……
「これは……通信? 回線に割り込んでいる……強制的に通信が繋がります!」
ブリッジクルーの1人がそう言うと同時に、映像モニタに映像が映し出される。
『地球連邦軍、ルナ・ジオン軍、並びにジオン公国の戦士達に告ぐ。我々は、デラーズ・フリート』
映像モニタに表示された男が、そう告げるのだった。