デラーズ・フリート。
映像モニタに映された男は、自分達の事をそう名乗った。
その言葉に……いや、より正確には映像モニタに映し出された男。
髪を剃った初老でありながらも生気に満ちたその男の姿を、俺は知っていた。
確か、このUC世界において1年戦争が終わって、そのゴタゴタを片付けている時……あれはペズンの接収に行く時だったか? それとももっと別の何かだったのかもしれないが、とにかく1年戦争が終わった時に遭遇したんだったと思う。
だが……そう、だが。
今回の一連の事件、ガンダム開発計画の機体であるサイサリスを奪ったのはニムバスだ。
そしてニムバスはキシリア派であり、だからこそ俺は今回の一件の黒幕はキシリアだと思っていた。
俺がデラーズと直接――通信でだが――会ったのは1度きりで、1年戦争が終わった後。
しかし、その時デラーズはキシリアに対して憎悪という表現では生温い程の気持ちを抱いていた筈だ。
それこそ目の前にキシリアがいれば、武器を使わず己の手で文字通りの意味で引き千切ってもおかしくない……いや、それでもまだ甘いと思えるような、圧倒的なまでの憎悪を。
何しろ、デラーズはギレンを信奉していた。
それは既に信奉という言葉ですら足りず、ある意味で宗教になっていたと表現しても間違いではないだろう。
そう思える程に、デラーズはギレンに心酔していたのだ。
そしてキシリアは、そんなギレンを……自分の政敵であるギレンを、ア・バオア・クーでの戦いのドサクサに紛れて暗殺した。
それでもギレンの後を継いでジオン軍を動かし、ア・バオア・クーでの戦いで勝利していればまた話は違ったのかもしれないが、ギレン暗殺による混乱から立て直すことが出来ず、結局ア・バオア・クーの戦い……いや、1年戦争そのものが負けた原因、戦犯となってしまっている。
以前からキシリアの事を知っている俺にしてみれば、極めて有能な筈のキシリアが何故そんな馬鹿な事を? と思わざるを得なかった。
実際、キシリアが有能なのは間違いない。
例えばドズルは最初MSを使い物にならないと判断したが、キシリアは即座にMSの有用性を理解し、主力にするべきだと判断した。……もっとも、ドズルもMSの有用性に気が付いてからはすぐに考えを変えたので、決して無能という訳ではないのだが。
諜報機関である、いわゆるキシリア機関を作り、1年戦争において情報の面で貢献した事。
ガルマ率いる地球方面軍の人員は基本的にキシリアの突撃機動軍の人員であり、実質的に地球方面軍はキシリアの影響下にあった事。
北米で接収した連邦軍の潜水艦を使って潜水艦部隊を作った事。
少数精鋭のMS部隊を大量に作り、それを使って連邦軍に大きな損害を与えた事。
そのやり方はともかく、ニュータイプという存在に早くから理解を示し、フラナガン機関を作って研究させていた事。
他にも数え切れない程に色々な功績を残しているのは間違いなく、そういう意味では有能だったのは間違いないのだ。
……その有能さを考えれば、一体何故ア・バオア・クーの戦いでギレンを暗殺しようなんて考えたのかは分からなかったが。
あるいは有能なキシリアであっても、ギレンを殺せる機会はそこしかなかったので賭けに出た……そしてギレンを殺したがジオン軍を纏める事が出来ず、賭けに負けたのかもしれないが。
そんな諸々はともあれ、デラーズがキシリアと手を組んだのは間違いない。
それを示すかのように、映像モニタに映し出されたデラーズの後ろにはサイサリスが映し出されているのだから。
デラーズとキシリア派が手を組む事はないと思っていた。
だが、絶対にないという事は有り得ない。
それを示すかのように、現在映像モニタにはデラーズが映し出され、ニムバスが奪取したサイサリスが映し出されている。
そんな事実に呆然としている中、映像モニタに表示されたデラーズは言葉を続ける。
『いわゆる、1年戦争と呼ばれたジオン独立戦争の終戦協定が偽りのものであるのは、誰の目にも明らかである』
いや、一応ザビ家のガルマが終戦協定をしたんだから、偽りというのは無理があるだろう。
もっとも、ギレン教の信徒とでも呼ぶべきデラーズにしてみれば、偽りだと断言するのだろうが。
『何故ならば、協定はジオン共和国の名を騙る……そして本来であればジオン公国の総帥ではなく、そしてその意思も継いではいない……そう、売国奴と呼ぶべき者達の傀儡となったガルマ・ザビによって結ばれたからだ』
なるほど、ガルマもザビ家という事で直接非難するのではなく、ガルマがジオン共和国で現在高い地位にいる者達に操られていると、そういう流れに持っていきたい訳か。
『我々は、些かも戦いの目的を見失ってはいない。それはまもなく実証されるであろう。私は日々思い続けた。スペースノイドの自治権確立を信じ、戦いの轟火に焼かれていった者達の事を! そして、敢えて渦中に飛び込もうとしている若者の事を! スペースノイドの心からの希求である自治権要求に対し、連邦はその強大な軍事力を行使して、細やかなその芽を摘み取ろうとしている意図を証明するに足る事実を私は存じておる』
そう告げるデラーズの横には、ニムバスの姿。
表情を押し殺しているのか、今の状況でニムバスが何を言いたいのかは分からない。
ギレンの信者でもあるデラーズにしてみれば、キシリア派と協力するという選択肢はまずないだろう。
だが同時に、それはキシリア派にも言える事なのだ。
ギレンとキシリアは1年戦争の時から決して協力的ではなかった。
……ドズルとキシリアもそれは同様だったし、デギンがギレンに謀殺されたように、ザビ家は基本的に敵対という関係が多かったのだろうが。
そんな中で唯一の例外だったのが、ガルマなのだが。
ともあれ、ギレン派のデラーズがキシリアを嫌っているように、キシリアもまたギレン派のデラーズを嫌っていた訳で……ましてや暗殺の一件を考えると、不倶戴天の敵という表現ですら生温いこの2つのジオン軍残党が協力するのは……一体何がどうなってそうなったのか、非常に気になるところだ。
『見よ、これが我らが戦果だ』
デラーズのその言葉と共に、映像モニタにサイサリスだけが映し出される。
『このガンダムは核攻撃を目的として開発されたものである。南極条約違反のこの機体が密かに開発された事実をもってしても、呪わしき連邦の悪意を否定出来る者がいようか!』
いやまぁ、デラーズの言いたい事は分からないでもない。
分からないでもないが、既に公の出来事として1年戦争は終わっている訳で。
そして核攻撃を禁止した南極条約というのは、あくまでも1年戦争における戦時条約なのだ。
その1年戦争が終わった以上、既に南極条約も失効してる訳で、核兵器の運用を前提としてサイサリスの開発そのものは何もおかしくはない。
……もっとも、だからこそデラーズはまだ1年戦争は終わっていないと主張して、南極条約はまだ有効だと、そう示しているのかもしれないが。
とはいえ、1年戦争中に南極条約違反をして核兵器を運用したのはジオン軍だ。
それも未遂も含めれば何度も。
その辺、デラーズはどう思っているんだろうな。
『顧みよ、何故ジオン独立戦争が勃発したのかを! 何故我らがジオン・ズム・ダイクンと共にあるのかを!』
この言葉は失敗だろう。
デラーズにしてみれば、少しでもジオン軍残党にシンパシーを抱かせようと思っての言葉だったのだろうが、ジオン・ズム・ダイクンの正統な後継者となればセイラが……アルテイシアがいる。
そしてセイラが興したルナ・ジオンこそが、正統なジオン・ズム・ダイクンの後継なのだから。
その辺りについては1年戦争に参加した者は知っていてもおかしくはない。
……あるいは、ルナ・ジオンに所属する元ジオン軍に所属していた者達に対する勧誘とか、そんな感じか?
『我々は3年待った。もはや、我が軍に躊躇いの吐息を漏らす者はおらぬ! 今、若人の熱き血潮を我が血として、ここに改めて私は地球連邦政府に対し宣戦を布告するものである!』
連邦政府に対する宣戦布告。
それは分かるが、その中にルナ・ジオンがないのは……まぁ、実利的な意味では理解出来る。
ルナ・ジオン軍はぶっちゃけ連邦軍と正面から戦っても勝てるだけの戦力を保持してるのだから。
勿論、後ろ盾になっているシャドウミラーの戦力ありきの話だが。
だが、それでもデラーズの宣戦布告にルナ・ジオンの名前がなかったのは素直に疑問だった。
ルナ・ジオンは、デラーズにとって……いや、多くのジオン軍残党にとって、裏切り者でしかないのだから。
実際、1年戦争においてルナ・ジオンが建国されなければジオン軍は連邦軍にもっと抵抗出来ただろうし、場合によってはジオン軍が連邦軍に勝利するというのも……いや、無理か。
ギレンとキシリアの関係を考えれば、勝利の芽が見えてきたところで内紛が起こってもおかしくはなかったし。
ギレン信者のデラーズの場合、キシリアによってギレンが暗殺されなければ、ア・バオア・クーでの戦いもジオン軍が勝ったと、そう思っているのかもしれないな。
実際には、もし連邦軍だけならデラーズの思い通りになった可能性は十分にある。
だが、生憎とア・バオア・クーでの戦いでは、ルナ・ジオンも連邦に味方をする形で協力していた。
それを思えば、もしギレンが暗殺されていなくても最終的にジオンの負けは決定していた事だろう。
そういう意味では、ガルマを使ってルナ・ジオンが終戦条約に関与したのは、ジオン公国……いや、ジオン共和国にとっては間違いなくプラスになった筈だ。
それをデラーズが認められるかどうかは別として。
『繰り返し心に聞こえてくる祖国の名誉の為に! ジーク・ジオン!』
その言葉を最後に通信が終わる。
「やられたな。連邦軍にとって、この一件は完全に面子を潰された形だろう」
「そうさね。それで、どうするんだい? アクセルが関わるのかどうかはともかくとして、アルビオンだったかい。向こうはかなりピンチだけど」
シーマが俺の言葉にそう返して来る。
その言葉に視線を戦場の方に向けると、当然ながらデラーズの演説が行われていた間にも戦闘は続けられており、そしてナスカ級も移動を続けていたので、既に戦闘領域に入っていた。
「って、やばいな」
アルビオンはまだ何とか無傷だったが、周囲にはサラミス級の残骸が浮かんでいる。
それはつまり、アルビオンと行動を共にしていたサラミス級がシーマの知り合いにやられたという事を意味しているのだろう。
「シーマ様、向こうの艦……アルビオンから通信です!」
ブリッジクルーの1人がそう報告をすると、シーマが不愉快そうに眉を顰めながら口を開く。
「出しな」
その言葉と共に、映像モニタにシナプスが映し出される。
『こちら地球連邦宇宙軍第3地球軌道艦隊所属、アルビオン隊の艦長、エイパー・シナプス大佐です。そちらは……アクセル中尉?』
「久しぶり……というのはどうかと思うが、とにかく今はそういう事を言ってる場合じゃないだろう? 見たところ、そっちがかなり不利っぽいし、すぐに援軍を出す。……ゼフィランサスについては、後で色々と聞かせて貰おうと思ってるがな」
映像モニタに表示されているゼフィランサスは、とてもではないがまともに動けているようには思えない。
一体何がどうなってあんな動きに?
そう疑問に思ったが、すぐにその理由が想像出来た。
具体的にはゼフィランサスがロールアウトしてすぐ、俺は操縦してみた。
宇宙用に調整されていない、地上仕様でロールアウトしたので宇宙空間では当然まともに動かせないのだが、今のゼフィランサスの様子を見る限りではそれと同じような状態に思える。
……つまり、あのゼフィランサスは未だに地上仕様のままなのだろう。
いやまぁ、それについては仕方がない。
元々ゼフィランサスが地上に下りたのは、地上での試験を行う為だ。
そうである以上、宇宙仕様にする為の各種パーツを持っていく訳にはいかないのも事実。
だからこそ、俺達と合流したらフィフス・ルナに向かって宇宙用に調整する予定だったのだが……その前にこうして敵と遭遇してしまった訳だ。
とはいえ、それならそれで出撃しないなり、出撃するにしてもまだ怪我が完治していないバニングのジム・カスタムを使うなりといった方法があったと思うのだが。
バニングの性格を考えれば、自分の機体だからウラキに貸さないなんて事はないだろうし、もしそうでもシナプスが許さないだろう。
それはつまり、ウラキが自分の意思で地上仕様のゼフィランサスで宇宙に出た事を意味していた。
『すまないが、頼む』
シナプスのその言葉に頷くと、俺はシーマと共に格納庫に向かうのだった。