「それで、シーマ。ゲールとかいう奴だが……どうするんだ?」
ガーベラ・テトラのコックピットに乗り込み、機体を起動させて電磁カタパルトに向かいながら、ギャン・クリーガーに乗っているシーマに通信を送る。
今回の戦闘で出撃するのは、俺とシーマだけとなる。
もしこれで相手がその辺の海賊とかデラーズ・フリートの一員だったりした場合、他の海兵隊も出撃しただろう。
だが、相手はゲールとかいうシーマの古い知り合い、それもシーマの部下達も知っている相手だ。
これで古い知り合いであっても、お互いに嫌い合っているとか敵対しているとか、そういう相手であれば問題はないが、シーマの様子を見るとそんな感じではない。
それこそ友好的な関係……あるいは仲間とまではいかないが、それなりに親しい相手だったのは間違いない筈だ。
『……悪いけど、ゲールについては私に任せて貰えないかい?』
たっぷりと数秒沈黙した後で、シーマがそう言ってくる。
俺はそれを聞いても特に驚いたりはしない。
シーマの性格からして、そう言うだろうと思ってはいたのだから。
「構わない。……ああ、ちなみに向こうが降伏をしてくるのなら、ルナ・ジオンで受け入れてもいい」
『いいのかい?』
まさか俺がそんな事を言うとは思っていなかったのか、映像モニタに表示されたシーマは驚きの表情でそう言ってくる。
「シーマの古馴染みなら問題ないだろう。勿論、ルナ・ジオンに所属するのなら、問題がないかどうかを調べる必要は出てくるが」
例えば、可能性はまずないと思うが、これが当初からの計算通りでルナ・ジオンに潜り込む為の演技だった場合。
もしくはそういうのではなくても、ルナ・ジオンでは受け入れることが出来ないような何かがあった場合。
……もっとも後者は、それこそ騙されたとはいえ毒ガスをコロニーに使ってコロニー落としをしたシーマを受け入れている時点で、余程の事でもない限り問題はないが。
ただ、その余程の事があった場合は、こちらも相応の対処をする必要がある。
シーマもそれを理解した上でゲールという奴をルナ・ジオンに受け入れるのなら、それはそれで構わない。
『……すまないね。どうなるかは分からないが、その件については頭の片隅に入れておくよ』
そうして会話をしていると、出撃の準備が完了する。
「アクセル・アルマー、ガーベラ・テトラ、出るぞ!」
その言葉と共に、俺の操縦するガーベラ・テトラが電磁カタパルトで射出される。
電磁カタパルトの力によって、ガーベラ・テトラは宇宙空間を素早く飛んでいく。
ガーベラ・テトラはシュツルム・ブースター・ユニットもあったりするのだが、今回は装備していない。
アルビオンのある場所はそう遠くない――あくまでも宇宙基準で――のだから、それも当然だろう。
それに、シュツルム・ブースター・ユニットは背中の部分から大きく伸びているので、電磁カタパルトとか使えない……訳ではないが、それでもやはり普通にMSを使うよりは、かなり慎重に操作する必要がある。
これが俺だけが気を付ければいいのなら、それはそれで構わないのだが……今回の場合、俺だけじゃなくてメカニック達もそれに気を付ける必要がある。
なら、必要もないのにわざわざ使わなくてもいいだろうという判断だった。
そうして十分に近付いたところで、アルビオンを襲っていた敵もこちらの存在に気が付く。
いやまぁ、ナスカ級が近付いて来ていたのだから、向こうもその辺に全く気が付いていなかったとか、そういう事はなかったのだろうが。
「さて……ん? って、マジか」
こちらが近付いたことに向こうが気が付いた瞬間、即座に反転してこの場から離脱を図っていた。
……見極めが早いな。
シーマの言っていたゲールとかいう男の判断か?
こっちにしてみれば、ガーベラ・テトラの初陣だったのだから、戦闘になっても構わなかったのだが。
向こうがナスカ級について知っていたのかどうかは分からない。
あるいは何も知らない中で、未知の敵艦がきたので即座に撤退しようと考えたのかもしれない。
だが……とにかく、ガーベラ・テトラの初陣は本当に出撃しただけで終わってしまったのは、間違いのない事実でもあった。
けどこうなると……シーマがゲールとやらに接触はまず出来なかっただろうな。
シーマのギャン・クリーガーは俺が出撃したすぐ後で同じく電磁カタパルトで射出された。
宇宙空間に射出されたシーマは、即座にザンジバル級に向かって飛んでいった。
当然ながらシーマは向こうに通信を送ってはいるのだろうが、それで上手い具合に接触出来たとは……敵の素早い反応を考えると、ちょっと想像しにくい。
ゲールの判断力の早さが、この場合事態を複雑にしていると言ってもいい。
そんな風に思っていると、アルビオンに向かって移動している……中破、もしくは大破といった具合になっている、ゼフィランサスの姿が映像モニタに表示される。
うわ……これは、本当に酷いな。
「アルビオン、聞こえるか? アルビオン」
『はい、アクセル中尉。どうしましたか?』
アルビオンに通信を送ると、即座にシモンが反応する。
本人が自覚してるのかどうかは不明だが、その声音には安堵の色があった。
無理もないか。アルビオンと一緒に行動していたサラミス級は敵に……ゲール達に撃破されており、残っているのはアルビオンだけだったのだから。
頼りになる筈の新鋭機のゼフィランサスも、撃破されていないのが不思議なくらいのダメージを受けている。
そうなると頼りになるのはモンシア達だけだが、不死身の第4小隊を率いるバニングは未だに怪我が完治していない。
勿論、モンシア、ベイト、アデルの3人は1年戦争を潜り抜けてきたベテランパイロットでもある。
それは間違いないが、やはり最大の力を発揮するのはバニングに指揮されている時なのだ。
「こっちから見た限り、ゼフィランサスはかなり危険な状態にある。現在アルビオンの格納庫に向かっているが、これは本当に大丈夫なのか?」
『こちら、シナプスだ。すまんがアクセル中尉、助けて貰えないだろうか?』
シモンに代わってシナプスが映像モニタに表示されると、そう言ってくる。
シナプスにとっても、今の状況はどうなるか危険だと判断したのだろう。
最悪……本当に最悪の場合だが、ゼフィランサスがアルビオンのブリッジに突っ込んでいく可能性もあるのだから。
「了解した。……ちなみに、こちらの被害はサラミス級だけか?」
『だけ……というのはどうかと思うが、本艦と行動を共にする予定だった2隻のサラミス級が撃破された。アルビオンに関しては、試作1号機以外は問題ない。……もっとも、その試作1号機の被害が大きかったのだがな』
シナプスの表情には苦々しげな色がある。
なら、何で地上仕様のゼフィランサスを出撃させたのかと思うが、多分これについてはシナプスやバニングが命じた訳ではなく、ウラキの判断によるものだろう。
……ニナが一体どうなっているのか、想像するのが怖い。
ニナはゼフィランサスに強い愛着を持っており、私のガンダムと称する程にゼフィランサスに入れ込んでいる。
そう考えれば、怒り狂っていてもおかしくはない。
もしかしたら、ウラキはゼフィランサスのパイロットを降ろされるかもしれないな。
「そうか、話は分かった。じゃあ、まずはゼフィランサスがブリッジにぶつからないように注意しながら格納庫に運び込む」
『すまんが頼む』
シナプスに頷きを返すと一度通信を切り、ふらふらと飛んでいるゼフィランサスに向かう。
今のゼフィランサスが宇宙空間でどのように動けるのか、俺には分からない。
分からないが、それでもこのゼフィランサスの状況を思えば……まともに動く事も難しかっただろう。
1年戦争の時、オデッサ作戦で連邦軍が勝利した事によってオデッサにいたジオン軍はHLVで宇宙に脱出した。
その時、急いでいた為にザクも宇宙で使えるF型、F2型といったような機体ではなく、J型を始めとして地上用のMSを多数持ち出していた。
その結果として、宇宙に上がってきたHLVを攻撃しようと連邦軍が集まってきた時に地上用のMSで迎撃しようとした結果、宇宙ではまともに動く事が出来ず……結果として、ろくに抵抗も出来ずに多数のMSが撃破される事になった。
ゼフィランサスが陥っている状況もそれと同じようなものだろう。
とはいえ、その時のジオン軍とは違って周囲には既に敵はおらず、いるのは味方だけだが。
そんな風に考えつつゼフィランサスに近付くと、ガーベラ・テトラの手を装甲に触れさせる。
接触回線……いわゆる、お肌の触れ合い回線だな。
「ウラキ、聞こえるか? おい、ウラキ。意識はあるんだろう?」
『このMS……ゼフィランサスは……俺が……絶対に……』
微かに聞こえてくるその声から判断すると、ウラキの意識はもうない。
より正確には、意識朦朧といった状態か。
これは……危ないな。
このままだと、本気でアルビオンのブリッジに突っ込んでもおかしくはないぞ?
「起きろ、ウラキ。このままだとアルビオンに戻れないぞ」
そう呼び掛けるも、やはりウラキの意識が戻る事はない。
だとすれば、ここで俺がやるべきなのは……
「結構揺れるだろうけど、怪我をするなよ」
一応そう声を掛けてから、ガーベラ・テトラの手でゼフィランサスの機体をしっかりと支える。
このままウラキだけに任せておけば、それこそ最悪アルビオンのブリッジに……いや、そこまでいかずとも、アルビオンの格納庫ではない場所に突っ込む可能性が高かったのだ。
そうしてガーベラ・テトラの手で押さえつけつつ、アルビオンの格納庫に入っていく。
幸い、格納庫内でも既にこちらの状況については理解していたのだろう。
ネットが用意されており、半ば惰性で進むゼフィランサスは、ネットに引っ掛かって動きを止める。
するとすぐにモーラを始めとしたメカニックがゼフィランサスに群がり、コックピットを開こうとしたり、機体の状態を調べ始める。
「……あ」
映像モニタに、ニナの姿を見つける。
ゼフィランサスを見て、泣いていた。
あそこまで思い入れのあったゼフィランサスが、こうして大破同然の状態にされたのだ。
ニナにしてみれば、悲しむなという方が無理だろう。
……ちなみにだが、そんなニナの様子でちょっと気になったのは、ニナが悲しんでいるのはゼフィランサスを見てのものだけなのか、それともパイロットのウラキについても心配しているのか。
その辺がどうなのかは、生憎と俺にもちょっと分からない。
ともあれ、ニナの親友とも呼べるモーラも今はゼフィランサスの件で忙しいだろうし、俺がニナを落ち着かせておくか。
そう判断すると、俺は近くにいたメカニックにMSを置く場所を聞いてから移動させる。
アルビオンはMSの搭載数がナスカ級と比べても少ない。
ナスカ級もアルビオンも、双方共に新型艦なのだが。
……もっとも、ナスカ級はSEED世界で使われていた巡洋艦なので、このUC世界と設計思想とかそういうのが微妙に違っていても仕方がないだろう。
そんな訳で、モンシア達が戻ってくるとガーベラ・テトラは邪魔になるかもしれないが……その時は悪いけど、少し待ってもらうしかない。
幸いな事に、ここは宇宙だ。
地球でアルビオンを使っていた時と比べても、重力を考えなくてもいいだけ、ある程度扱いは楽だろうし。
それに地上ではアルビオン隊以外に俺とノリスのMSもあったのだ。
そう考えれば、今は余分なのが1機だけってことで、地上での時よりも楽だろう。
ゼフィランサスが大破状態なので、その処理を考えると地上での時以上に大変かもしれなかったが。
今回の襲撃でアルビオン隊が受けた被害は大きい。
……あ、いや。でも被害らしい被害を受けたのはゼフィランサスだけなのか。
一緒に行動する予定だったサラミス級が撃沈されたのは大きいが。
モンシア達はそこまで被害らしい被害を受けていないのは……本人の実力もあるが、それ以上にゲールとかいうシーマの古馴染みが撤退の判断をするのが早かったからとか、そんな感じか?
ニムバス以外の腕利きも向こうにいるのは間違いなく、そういう意味では警戒する必要があるな。
シーマの古馴染みという事は、恐らくキシリア派なのだろう。
……何度考えても、デラーズが天敵たるキシリア派と手を組んでいる理由が分からない。
しかもキシリア派となると、複数の特殊部隊を有している筈で……厄介だな。
そんな風に思いつつ、俺はガーベラ・テトラのコックピットから下りると、泣いているニナの側まで移動する。
「私のガンダムが、私のガンダムがぁ……」
「ニナ、大丈夫か?」
「アクセル! 私のガンダムがぁ……」
俺の声にニナがこちらに視線を向けると、抱きついてきて泣き出す。
俺はそんなニナを落ち着かせるように頭を撫で続けるのだった。