突然アルビオンの食堂に姿を現したシーマ。
そのシーマを見て、ニナは完全に動きが固まっていた。
……いや、それはニナだけではない。
まだ食事の時間ではないので食堂を利用している者は多くなかったが、俺達と同じように談話室的な使い方、あるいは飲み物を用意するのが簡単だからという理由で食堂にいた他の者達も、いきなりのシーマの登場に動けなくなっている。
当然か。シーマはセイラとは違う意味でのルナ・ジオンの象徴なのだから。
ましてや、シーマは成熟した女の色気を放っている。
……後者に関しては、俺や他の面々との夜の出来事であったり、ホワイトスターにある魔力泉のスパを利用しているのも影響してるのだろうが。
シーマの実年齢は確か30代に入っていた筈だ。
だが、夜の生活や魔力泉、時の指輪による不老の効果に……最後はこの場合ちょっと違うか? ともあれ、そんな訳で20代――それでも後半だが――に見える。
そんな成熟した女の色気は、アルビオンに乗っている面々……それこそ女と接する機会がない者達にしてみれば強烈すぎたらしい。
とはいえ、アルビオンにもそれなりに女はいるのだが。
アナハイムからの出向であるニナは例外として、ブリッジクルーのシモンとか、メカニックのモーラとか。
特にモーラの部下は美人が多く、モンシアのセクハラの標的になったりしてるらしい。
ともあれそんな訳で、アルビオンにも女がいない訳ではないが……だからといって、豊富にいる訳ではない。
女の数は少ない以上、自然と競争率は高くなる。
だからこそ、こうして美女と呼ぶに相応しいシーマを間近で見た者達は動きを止めてしまったのだろう。
ニナまでもが動きを止めたのは……ニナも今はフィフス・ルナにいるが、月の住人だ。
そうである以上、シーマの存在に色々と思うところがあってもおかしくはなかった。
「シーマ、シナプスとの話は終わったのか?」
そんな中、俺は周囲の雰囲気を特に気にした様子もなくシーマに声を掛ける。
ニナは目を大きく見開いて俺を見ていた。
月の出身であればシーマがどのような存在なのかは知っているだけに、俺がこうして気軽にシーマに声を掛けるのはニナにとっても驚きだったのだろう。
「ちょっ……」
ニナが何かを言いたそうにするが、それよりも前にシーマが口を開く。
「そうだね。取りあえず向かう先はフィフス・ルナじゃなくて、月になったよ。ゼフィランサスだったかい? その修理や、アルビオンの人員の気分転換も必要だろうって事でね」
「そうか。俺達にしてみれば、月から出て来てすぐに戻るってことになるな」
「それは仕方ないさね。まさか、新型機があそこまで酷くやられるとは思ってもいなかったし。……やっぱり、アクセルが乗った方がよかったんじゃないかい?」
「どうだろうな。ゼフィランサスは地上仕様のままだったらしい。そうなると、俺が乗ってもきちんと動かせたかどうかは微妙なところだと思う」
「……へぇ。それはまた……よくそんなMSで戦闘に出ようと思ったね」
「色々とあるんだろうな」
俺もそれなりにアルビオンに乗っていたので、ウラキのことはある程度知っている。
そんな俺から見て、ウラキは……そう、例えばモンシアのように自分の実力を過信するようには思えなかった。
ただ、MSオタクという点ではニナに負けない……負けない……あ。
今更、本当に今更だが、ゼフィランサスの開発者の1人で、ゼフィランサスに強い愛着を持つ美人。
そしてこの原作の主人公であるウラキと同じMSオタク。
もしかして、ニナって原作におけるヒロイン的な立場だったりしないか?
ま、まぁ、それについては俺がどうこう考えても仕方がないので、今は考えないでおくか。
もしそれが事実だとしても、別に原作のある世界だからといって、俺が介入した以上は必ずしも原作通りの流れになる訳じゃないだろうし。
それに、ニナがヒロインというのも俺の考えすぎって可能性があるしな。
そうも思うも、モンシアが言い寄ってくるのが面倒になって、ニナは俺に恋人役を頼んだ。
これ、多分原作なら俺じゃなくてウラキがその役目だったりしたんだろう。
もっともモンシアの性格を考えると、ウラキがニナの恋人役という事になればモンシアは納得出来ず、それこそしつこくウラキに絡んでいたような気がするが。
「アクセル? どうしたんだい?」
「ん? ああ、いや。とにかくゼフィランサスのパイロットを任されたウラキは、一種のMSオタクだ。そんなウラキがガンダム開発計画で開発された機体を任されたんだから、宇宙でもそれを使いたいと考えるのはそうおかしな事じゃないだろう?」
「だからといって、地上仕様のまま宇宙で戦うのはどうなんだい?」
「それについては、MSオタク故にゼフィランサスに対する執着が人一倍強かったから、としか言えないな」
「……まぁ、そういうのはディアナにもいるし、うちにもその傾向のある奴もいるし、分からないでもないね。とはいえ、今回はどうにかなったけど、また同じような事になったらどうするんだい?」
「その辺については、それこそウラキに任せるしかないだろうな」
ウラキが原作の主人公なら、1度の挫折で諦めたりとか、そういう事はないと思う。
挫折しても、恐らくはすぐに立ち上がってくる筈だ。
……俺が原作に介入している以上、絶対とは言い切れないのが痛いところだが。
まぁ、もし……本当にもしだが、ウラキが立ち直れなかった場合は、ニムバスを止めるのは俺がやる必要があるだろう。
幸い、地上での時とは違って今はガーベラ・テトラがある。
俺が地上で使っていたジム・カスタムも決して悪い機体ではないのだが、それでもやはりガンダム開発計画の機体と比べると数段劣る。
ましてや、ガーベラ・テトラは当初の予定の機体に俺が改修する場所を幾つか頼んで性能が上がっているし。
そういう意味では、サイサリスを使うニムバスと同程度の条件での戦闘になる訳だ。
パイロットの技量でも俺はニムバスに負けているつもりはないし、そういう意味ではかなり有利に戦えるのは間違いない……と思う。
実際にその辺がどうなのかは、やってみないと分からないという一面もあるが。
「アクセルがそう言うのなら、構わないけどね。私も自分の男の言葉を信じない程情けない女じゃないし」
「え?」
シーマのその言葉に真っ先に反応したのは、ニナ。
何だ?
今のシーマの言葉のどこにそんな風に反応する要素があった?
そう思ったが、すぐに食堂にいた他の面々がざわめいているのを見て、納得する。
なるほど、俺にとってシーマが恋人の1人だというのは、既に普通の……そうであって当然の事だった。
だがしかし、それはあくまでも俺にとって、あるいはここでならシーマの古参の部下にとって普通の事だったのは間違いない。
けど、ニナを含めたアルビオンの面々にしてみれば、話は違う。
それこそ、まさに寝耳に水といったところか。
ましてや、一般的にシーマはセイラとは違った意味でルナ・ジオンの顔であり、世界的に名前が知られている人物の1人だ。
それだけに、そんな人物が俺を自分の男と、そう称するのを聞けば驚くのも当然だろう。
「えっと、その……シーマさん、今のは一体……? どんな冗談です? シーマさん程の方にそういう事を言われると、アクセルも有頂天になってしまって混乱してしまうと思うのですが」
ニナがシーマにそう言う。
ニナは今はフィフス・ルナで仕事をしているものの、元々は月の出身だ。
だからこそシーマについても色々と詳しい事情を知っている。
そう考えると、ニナがシーマの言葉に驚いた理由は分かる。
例えば自分の知り合い……同僚がトップアイドル、あるいはハリウッド女優といきなり付き合ってると、そういう感じなのだろう。
これはあくまでも俺の予想でしかないのも事実だが。
「うん? 何だい、あんたは」
シーマは自分の言葉を疑われたのが面白くなかったのか、ニナに向かって強い視線を向ける。
そんなシーマの視線に、ニナはビクリと怯える。
無理もないか。シーマは数々の修羅場を潜ってきたのだ。
ましてや、まだ完全にではないにしろ、それなりにホワイトスターで魔力や気の訓練を行っている。
そんなシーマに強い視線を向けられれば、気が強い性格をしていてもニナが怯えるのは無理もない。
「シーマ、その辺にしておいてくれ」
「……まぁ、アクセルがそう言うのならいいけどね」
ニナにしてみれば、俺は自分の思い入れのあるゼフィランサスの……ガンダム開発計画のテストパイロットにして、思い込みでなければそれなりに親しい男の友人だ。
あるいは、自分に言い寄ってくるモンシアに対する偽装の恋人というのもあるのかもしれないな。
そうなると、食堂で話をする訳にもいかないか。実際……
「マジか。ルナ・ジオンのシーマとパープルトンさんの女の対決だぜ」
「いや、けどよ……本当にあの宇宙の蜉蝣が、アクセル中尉のような外見の奴に好意を抱いたりするのか? 弟分とかそういう意味での好意はあるのかもしれないけど」
「俺はそれでも一向に構わん!」
「いや、お前が構わなくても、この場合はアクセルがどう思うかだろ?」
「シーマ様……こんな間近で見る事が出来るなんて……」
「おい、こいつ……」
そんな会話が聞こえてくる。
食堂にいる者達は少ないが、それでもその少ない者達は俺達の様子に興味津々といった様子だ。
だからこそ、この食堂で話をするのは止めた方がよかった。
「取りあえず、俺の部屋……はもうないんだったか?」
地球でアルビオンに乗っていた時は、俺用の部屋もあった。
だが、アフリカでの戦いが終わって俺はアルビオンから離れ、今はナスカ級に乗っている。
であれば、アルビオンにある俺の部屋はもうなくなっていてもおかしくはなかった。
そう思ったのだが……
「あ、その、一応まだあるわ」
「……そうなのか?」
「ええ。元々アルビオンの生活施設は充実してるから、アクセルの部屋にわざわざ別の人が入らなくても問題がないのよ。……とはいえ、今はもうアクセルはアルビオンに乗っている訳じゃないから、使うのなら艦長から許可を貰った方がいいと思うけど」
それはそれで面倒だな。
まぁ、シナプスは年齢からは想像も出来ない程に頭が柔らかい。
もしここで部屋を使わせて欲しいと言えば、すぐに許可を出すとは思うが。
だが、それでもわざわざ許可を取るのが面倒なのは間違いなく……
「じゃあ、私の部屋で話をする?」
俺の様子を見たニナが、そう言ってくる。
いいのか? と思わないでもなかったが、ここで断ったらそれはそれで面倒な事になりそうだったので、素直にニナの言葉に甘えておく事にする。
「分かった。なら、それで頼む。シーマもそれでいいよな?」
「私は別にどこだろうと、構わないよ」
そうして、俺とシーマはニナの部屋に向かうのだが……
「ニナさぁん! こんな所でお会いするなんて……うげ、アクセル」
通路を歩いていると、丁度向こうからやってきたモンシアとベイトに遭遇する。
いつもはこれにアデルもいるんだが……別に絶対に3人1組って訳でもないしな。
ともあれ、そんなモンシアはニナを見ると喜色満面といった様子で声を掛けるものの、ニナの側に俺がいるのに気が付くと嫌そうな声を上げる。
無理もないか。モンシアにしてみれば、ニナは俺と付き合っていると認識している。
それを本当に信じているのかどうかは別だが……ただ、それでもモンシアがニナに言い寄るのに俺が邪魔なのは間違いない。
「お前な、いい加減ニナに言い寄るのは諦めたらどうだ?」
「うるせいやい」
ふんっ、と鼻を鳴らすモンシア。
今の状況を考えると、やはり面白くはないのだろう。
「おい、ちょっと待て。アクセル……そっちの女ってもしかして……」
「おお! こちらもまたお美しい!」
ベイトがシーマを見て何かに……シーマの正体だろうが、それに気が付いて何かを言おうとするものの、その前に同じくシーマの存在に気が付いたモンシアが何かを言おうとする。
モンシアにしてみれば、ある意味でこれは幸運だったのかもしれないな。
ニナについては言い寄っても俺がいる為に相手にされていなかった。
そこに新たにシーマが現れたのだから。
ニナに負けず劣らず……いや、女としての色気とかそういうのでは、明らかにシーマはニナよりも上だ。
それだけに、ニナよりもシーマに目移りしてもおかしくはなかった。
おかしくはなかったが……この場合、相手が悪いとしか言いようがないだろう。
「おい、モンシア。止めておけ」
ベイトはシーマの正体を理解しているのか、モンシアを止めようとする。
だが、モンシアはそんなベイトの言葉を無視してシーマに近付き……
「お嬢さん、少しお話をして貰えませんか?」
「……お嬢さん、ね。悪いけど私は恋人がいる身だ。性欲全開で向かってくる男の相手は出来ないね」
そう言いつつ、シーマは俺の腕を抱くのだった。