「入ってちょうだい」
ニナがそう言って扉を開けると、俺とシーマはニナの部屋の中に入る。
部屋の中はそれなりに片付けられており、何冊かのファッション雑誌やMSの資料か何かだと思われる物が机の上にあるくらいだ。
……もしモンシアがこの部屋に来たら、これ以上ない程に喜ぶんだろうな。
もっとも、シーマが俺の腕に抱きついた一件で、モンシアは完全に固まっていたが。
無理もない。
モンシアにとって、自分が最初に狙っていたニナは俺と付き合って――正確にはその振りなのだが――いるので、新しく見つけたシーマに言い寄ろうとしたものの、そのシーマも俺との関係を匂わせる……というか、堂々と見せつけたのだから。
ちなみにモンシアと一緒にいたベイトはシーマを見た時にその素性を理解したのか、いつものようにモンシアを煽るような事はしていなかった。
宇宙の蜉蝣の異名を持つ、ルナ・ジオンのエースパイロット。
セイラとは違う意味でのルナ・ジオンの象徴。
そんなシーマだけに、その正体を理解したベイトとしては何かを言えたりはしなかったのだろう。
……もっとも、寧ろそういう意味ではシーマを見てもその正体に全く気が付かないモンシアの方がおかしいのだろうが。
結局シーマが俺の腕を抱いた事でモンシアの動きは止まり、ベイトも何も言えなくなったので、こうして無事にニナの部屋に到着した訳だ。
そうしてニナの部屋に入ると俺は机の側にあった椅子に座り、ニナとシーマはベッド……正確にはベッドを操作してソファとして使えるようになったそこに座る。
俺がこっちの椅子に座ったのは、ソファ型になったとはいえ、ニナとしては男の俺をそっちに座らせたくなかったからだろう。
その辺はニナにとって譲れないものだったらしい。
……女としては当然か。
「さて、本来ならお茶とかを用意した方がいいのでしょうけど……」
「そういう気分じゃないんだろう? まぁ、口の滑りをよくするという意味では、何か飲み物でもあった方がいいんだろうけどね」
「……シーマさんが必要だというのなら、用意しますけど」
「いや、いいよ。今はまず普通に話をしようかね。それで喉が渇いたら用意して貰うよ」
「……ありがとうございます。それで、早速本題ですけど」
そう言い、ニナは俺とシーマを見比べる。
そんなニナの様子を見れば、何を言いたいのかは明らかだった。
それくらいは俺にも分かったのだから、当然ながらシーマにもその辺りは分かっていた筈だろう。
だというのにシーマは自分から何かを言う様子はなく、ニナが口を開くのを待っている。
そんなシーマの様子に焦れたのか、やがてニナが沈黙を破って口を開く。
「食堂で口にした言葉ですが……あれは本気で言った訳ではないですよね? アクセルを、あるいは食堂にいる人達をからかう為に言ったと、そう思っても構いませんか?」
「おや、何でそうなるんだい?」
「……私も月の出身です。貴方がルナ・ジオンにおいてどのような存在なのかは十分に分かっています」
「だから、私とアクセルの関係は冗談か何かだと?」
「違いますか?」
「残念ながら違うね。私はアクセルの女だ。それは誰が何と言おうとも、変えられない事実だよ」
断言するシーマ。
ニナはそんなシーマをじっと見つめる。
何と言うか……自分で言うのも何だが、俺の事について話しているのは間違いないのだが、だからといってここで俺が会話に割り込むといったことは出来そうにない。
ここで会話に割り込んだりすれば、間違いなく面倒な事になると理解出来た為だ。
そんな訳で、こうして俺の話がされているのに黙って聞いているしか出来ないといった、居心地の悪い状態となってる。
「何故、と聞いてもいいですか? 私が知る限り、シーマさんの立場なら選べる相手は幾らでもいるでしょう。なのに、何故アクセルを?」
「そうだね。それは否定しないよ。けど……そんな中で私が選んだのがアクセルなんだ」
「……ですから、何故ですか? 私が言うのも何ですが、アクセルはMSの操縦技術という点においては間違いなく凄腕ですが、それ以外となると決して優れている訳ではありません」
おい。
ニナの言葉に思わずそう突っ込みたくなった俺は決しておかしくはない筈だ。
なら俺が人格的に優れているのかと言われれば……うん。まぁ、素直に反論する事が出来ないのは事実だったが。
もっとも、だからといって人格的に駄目なのかと言われると、それはそれで素直に認めたくはないが。
「ふふっ」
そしてニナの言葉に何故か笑みを浮かべるシーマ。
恋人が人格的に優れている訳ではないと言われたのに、それに笑みで返すというのはどうなんだ?
そう思ったが、今の俺はただの置物、置物、置物。
下手に口を開くのは問題なので、黙っておく。
「何がおかしいんですか? 今のどこに笑うところがありましたか?」
「それは面白いさ。ニナだったね。あんたにとってアクセルは決して人格的に優れている訳じゃないんだろう? なのに、何故そんなアクセルの事でムキになってるんだい?」
「それは……」
シーマの言葉に黙り込むニナ。
まぁ、普通に考えて嫌っている……とまではいかないが、人格的に問題があるような相手の恋愛関係に口を出そうとは思わないだろうしな。
「……そう、アクセルは私の友人だからです。それにシーマさんの立場を考えれば、アクセルとそういう関係になるのはシーマさんにとって決して好ましくはない筈です」
「そうかい? ルナ・ジオンの上層部は私とアクセルの関係を知っていても……それに、私以外の女の件も、知ってる連中は問題ないと言ってるよ?」
「知ってる人はそうかもしれま……え? 少し待って下さい。私以外の女? それはもしかして、シーマさん以外の人とも、その……そういう関係の相手がいるという事ですか?」
「そうだよ。おや、その件についても知らなかったのかい?」
「……」
シーマの言葉に、ニナは俺に視線を向けてくる。
そこには、とてもではないが信じられないといった感情があった。
「アクセル、シーマさんの言ってる事は本当なの?」
「事実だな」
今ここで嘘を言うのは良くないと判断し、そう返事をする。
そんな俺の言葉を聞いたニナは動きが固まった。
……ここまでのやり取りを考えれば、俺も事情は理解出来る。
ニナは恐らく俺に好意を抱いているのだろうと。
その好意が男女間のものなのか、それとも友人としてのものなのか、あるいは仕事仲間としてのものなのか。
その辺りは俺にも分からない。
分からないが……それでもニナの様子からすると、恐らく男女間のものの可能性が高い。
「……ちなみに聞くけど、シーマさん以外に何人と付き合ってるの?」
ニナのこの問いに、どう返事をすればいいのか迷う。
俺の恋人全員ということで考えれば、それこそ三十人近い。
ただし、ニナは俺がアクセル・アルマーだと……シャドウミラーを率いるアクセル・アルマーだとは知らない。
顔立ちが似ている事から、あるいは何らかの関係があると思っている可能性は否定出来なかったが、それでもまさか同一人物だとは思わないだろう。
だからこそ、他の世界出身の恋人については黙っておいた方がいい訳で……
「シーマを入れて4人だな」
結局このUC世界についての恋人の数を口にする。
シーマがいいのかい? といったような視線を向けてくるが、俺の正体についてはまだ言わない方がいいだろう。
もしここでそれを言えば、それはそれで問題になりそうだったし。
とはいえ、それでもニナにとって俺に恋人が4人もいるというのは予想外だったのだろう。
先程以上の、信じられないといった視線を俺に向けてくる。
「信じられない……そんな……」
「ショックを受けているところ悪いけど、そのショックがどういう意味を持つのか、自分でしっかりと考えた方がいいだろうね」
「……シーマさん……」
「それをしっかりと考えて、それでもいいのなら……それで初めて私達と同じ場所に来られるんだよ。あくまでも今はまだその第1歩を踏み出すかどうかといったころだね」
そんなシーマの言葉に、ニナは何かを言いたいが言えなくなる。
口を開き掛けては閉じるといったことをしていたが、不意にシーマはそんなニナに顔を近づけると小声で……混沌精霊の俺にも聞こえないような小声で、ニナの耳元で何かを呟く。
「夜……身体……獣……気絶……終わらない……」
小声ではあったが、部分的には聞こえてきた。
その部分的なものだけで、何を言ってるのかは理解出来た。
俺の予想が正しかったかのように、ニナの頬は……いや、顔全体が急激に赤く染まっていく。
初心だな。
そう思わないでもなかったが、一般的な恋愛観しか持っていないニナが、例えば4人、あるいは20人以上の恋人達との夜の行為について聞かされれば、ああいう風になってもおかしくはないだろう。
ニナは間違いなく顔立ちが整っており、理知的な美人という表現が相応しい。
そんなニナだけに、それこそ学生の頃から男に言い寄られるのは珍しくなかった筈だ。
だが……幸か不幸か、ニナはそういうのに興味を持たなかった。
MSオタクのニナだが、MSが世の中に出てきたのは1年戦争の時なので、学生の時のニナはMSについては殆ど知らなかった筈だ。
あるいはMSについては知らなくても、機械……例えば戦闘機とか軍艦とか、そういうのに興味を持っていたかもしれないが。
ともあれ、そんな訳で男と付き合うような事はなかった……いや、もしかしたらそれなりに男と付き合ったりはしたのかもしれないが、それでもそこまで深い関係にはならなかったらしい、ニナだ。
シーマの口から聞いたのは、それだけ刺激的なものだったのだろう。
「えっと……その……あの……」
そうして顔を真っ赤にしたまま、俺を見てくるニナ。
その瞳が潤んでいるのは、シーマの言葉に影響されたものなのは間違いない。
「さて、じゃあアクセル。私達はそろそろ失礼しようか。ニナも今は1人になりたいだろうしね」
「……いいのか?」
「お願い」
シーマの言葉に本当にこのままニナを置いていってもいいのかと聞いたのだが、それに対して返事をしたのはシーマではなくニナだった。
そして部屋の主であるニナがそう言ってるのなら、俺も無理にここに残りたいとは思わない。
そんな訳で、俺はシーマと共に部屋を出る。
「まさか、ニナが俺を好きだったとは思わなかったな」
「そうかい? 見ればすぐに分かったと思うけどね」
通路を歩きながら、シーマとそう会話をする。
「そう言われてもな。俺とニナは初対面では決定的なまでに相性が悪かったんだぞ?」
ニナにしてみれば、子供にしか見えない俺がガンダム開発計画のテストパイロットとして相応しいとは思わなかったのだろう。
だからこそ最初に俺と会った時は認められないと口にし、実力を見せるという意味でシミュレータに乗ってみせれば、それでは本当の実力を把握出来ないとして実機を使った模擬戦を行う事になってしまった。
そのお陰もあって実力が認められ、それなりに友好的な関係にはなったと思うし、モンシアの一件もあって偽装の恋人という事にもした。
だが……言ってみれば、それだけなのだ。
俺がニナに男女間的な意味で好意を抱かれるとは、到底思えなかった。
「……自覚がないようだけど、アクセルはもの凄い誑しなんだよ。それも女誑しというだけじゃなくて、人誑しだ」
「人誑し……えっと、それは褒められているのか?」
人誑しというその表現に微妙な表情を浮かべる。
シーマの顔を見れば、恐らく褒めているのだろうとは思う。
思うのだが、それでも何だか微妙に思わないでもない点があるのも事実。
だが、シーマはそんな俺の言葉を聞いても特に気にした様子もなく頷く。
「勿論、褒めているに決まっているだろう? 私も……それに、モニク、クスコ、クリスといった良い女が4人もアクセルに惚れてるんだよ? それは褒められるべき事だろう?」
良い女って、自分で言うか?
そうも思ったが、客観的に見た場合、シーマが良い女なのは間違いのない事実でもある。
そういう意味ではシーマの言葉に頷かない訳にいかないのも事実だった。
「それに、私達だけじゃない。他の世界にもアクセルに惚れた女は幾らでもいるだろう?」
シーマの言葉に反論を封じられる。
俺が人誑し、あるいは女誑しなのかどうかは別として、実際に20人以上の恋人がいる。
それを思えば、俺のこの状況でシーマの言葉に違うとは、とてもではないが言えない。
「そう言えば……月に到着したら、アルビオンの面々は久しぶりの休息になるな」
俺に出来るのは、そうやって話を誤魔化す事だけだ。
そんな俺を、シーマはどこか呆れたように見ている。
……にしても、ニナが……この先、どう接すればいいのか、少し迷うな。
そう思いながら、俺はシーマと共にアルビオンの通路を歩くのだった。