「……は? ウラキが逃げ出した?」
月に戻り、シーマとモニク、クスコ、クリスといった恋人達と、何故か自分も参加すると言ったセイラと夕食を楽しんでいたところ、ハモンが持ってきた情報に俺の口からそんな声が出る。
「どうやら酒場で仲間に厳しい事を言われたみたいね。それで発作的に酒場から逃げ出して、走り去ったらしいわ」
「……それはまた……」
厳しい事を言ったというのは、恐らくモンシアだろう。
モンシアにしてみれば、自分がゼフィランサスのパイロットになりたかったという思いがあったり、自分が口説こうとしていたニナを俺に持っていかれた――あくまでもそういう振りだが――り、もしくはシーマのような美人とも俺が付き合ってるという話を聞いたとか。
……あれ? もしかして厳しい云々って俺に関する不満をウラキにぶつけたとか、そういう事だったりしないよな?
「それで、ウラキの行方は?」
「量産型Wを追わせているから大丈夫。もっとも、ここはクレイドルだもの。何かトラブルに巻き込まれる可能性は低いでしょう」
「そういう意味では安全か」
クレイドルは治安という意味では、それこそUC世界においてトップクラスに良い。
地球のハワイと並んで、このUC世界でこれ以上に治安の良い場所はないのではないかと思うくらいに。
量産型Wとコバッタがかなりの数いるので、何か犯罪があれば即座に捕らえる。
また、何らかのトラブル……例えば迷子になったり、足を挫いて動けなくなったりした場合も量産型Wやコバッタが助けたりする。
ましてや、コバッタはともかく量産型Wの場合は知識や経験をホストコンピュータ――正確にはちょっと違うのだが――にアップデート出来るので、何らかの突発的なトラブルがあっても次々に対処出来るようになっていく。
だからこそ、クレイドルは夜であっても女が普通に1人で出歩けるような治安の良さがある。
実際、クレイドルに来る者の多くは、例えば異世界の動物や植物を見てみたいとか研究したいとかそういう者が多いのだが、そのような者達はクレイドルに来てその治安の良さに驚き、その治安を求めて移住を希望する者もいる。
1年戦争は終わったものの、ジオン軍残党はまだ多い。
それがなくても治安が1年戦争以前のように回復していない場所というのも多かった。
特に金持ちの場合は、その財産を守る意味でも治安の良い場所で暮らしたいと思ってもおかしくはないだろう。
だからこそ、治安の良い月に……あるいはハワイに引っ越そうと思う者は決して少なくない筈だ。
もっとも、連邦との関係から裕福であっても容易に月やハワイに引っ越せない者の方が多いのだが。
「ウラキって、アクセルがテストパイロットをしていたMSのパイロットよね?」
クスコがパンを食べる手を止め、そう聞いてくる。
「そうだな。とはいえ、俺がテストパイロットをしていたのは殆どがパワード・ジムで、そのパワード・ジムもトリントンの騒動で破壊されてしまったが」
これでゼフィランサスのロールアウトがもっと早ければ、宇宙仕様のゼフィランサスのテストパイロットも本格的に出来たんだろうが。
だが、結局ゼフィランサスのロールアウトはかなりギリギリになり……俺は1度乗った程度。それも宇宙仕様ではなく、もうすぐオーストラリアに下りるという事で地上仕様のゼフィランサスを宇宙で使ってみた程度だ。
やっている事はゲールを相手にウラキが地上仕様のゼフィランサスで出撃したのと同じような事ではあったが、俺の場合は別に敵と戦った訳ではないし、何よりウラキと違って身体能力が……それこそ反射神経とかそういうのが違う。
分かりやすい例だと、SEED世界に俺が介入した時のMSの扱いと同じような感じと言えば分かりやすいか。
SEED世界において、当初はザフトだけがMSを運用出来ていた。
それはMSがコーディネイターの操縦を前提としたものであり、ナチュラルでは操縦出来なかった為だ。
……まぁ、実際にはクルーゼのようにナチュラルであっても普通に操縦出来たりもしたし、それ以外にもMSを操縦出来たナチュラルというのはいたらしいのだが。
その辺については何事にも例外があるのだろう。
「そのテストパイロットが逃げ出したとなると……アルビオンの方でも大変なんじゃない?」
「ハモン、その辺りはどうなの?」
クスコの言葉に、ハモンに聞いたのは俺ではなくセイラ。
「この報告が終わった後、許可を貰えればアルビオンに連絡をしようかと思っていますが」
「お願い。話を聞く限りでは、そのウラキ少尉という人物はまだかなり未熟なようですから……いえ、そうですね。私が少し会ってみましょう」
「アルテイシア様!?」
セイラの言葉に、ハモンが普段のクールビューティぶりはどこにいったのかといった様子で叫ぶ。
いやまぁ、それも無理はないかのかもしれないが。
ハモンはセイラに対し、半ば姉や親のような思いを抱いている。
何しろセイラとシャアが子供の頃にサイド3を脱出する際に、ラルやハモンが協力したという話だったし。
その関係もあって、ルナ・ジオンを作ると決めた時、セイラが真っ先に協力を要請する相手として選ばれたのだ。
ルナ・ジオンにおいても、半ばセイラの後見人的な立場にいたりするし。
そんなセイラが突然ウラキに会うと言ったのだ。
ハモンにしてみれば、一体何がどうなってそうなったと思ってもおかしくはない。
「構わないでしょう? アクセルの話を聞いた限りでは、そのウラキ少尉という人物が私に何か危害を加えるようには思えませんし」
「いえ、ですが……アクセル、本当に大丈夫なのですか?」
ハモンが困ったように視線を向けてくる。
いや、ハモンだけではない。シーマ、モニク、クスコ、クリスといった他の面々も俺に視線を向けていた。
ルナ・ジオンにおいて女王のセイラはかなり慕われている。
ジオン・ズム・ダイクンという、UC世界において象徴的な人物の血を引き、そのジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプでもある。
また、その美貌も大きく影響してるだろう。
他にも連邦を相手に1歩も退かずに渡り合っているというのも大きい。
……まぁ、連邦の人間にしてみれば、セイラの前に出るとニュータイプ能力で心を読まれたりするのだから、強気に出る訳にもいかないのだろうが。
「ウラキの性格を考えての事なら、その辺は心配ない。良くも悪くもお坊ちゃんだしな。とはいえ、今は自暴自棄になってるんだろうし、セイラに向かって汚い言葉を口にする可能性も否定は出来ないけど」
伸びていた鼻がポッキリと、これ以上はない形で折られたのだ。
それこそ今のウラキなら、普段ならしないような行動をしてもおかしくはない。
例えば……適当な相手に喧嘩を売るとか、
もっとも、クレイドルにいる者は何らかの騒動を起こせば、捕まって農場送りになるというのは普通に知られている。
そして農場での仕事がもの凄くきついのは、短期間であっても農場で働いた者達によって広まっていた。
他にも食事も出るが、その食事はマブラヴ世界から輸入した合成食……それも味が改良された今の合成食ではなく、意図的に不味いままにされている以前の合成食だ。
そのような合成食だけに、食事は出るがとてもではないが食べられないという者もいる。
……とはいえ、最初は食べられないが、食べないと動けなくなるので、最終的は嫌々ながらも食べるのだが。
そんな農場で作られている野菜だが、評判はいい。
それもちょっとやそっとではなく、もの凄く。
何しろ無農薬で……それも手間暇を掛けて作っている野菜だ。
食堂やレストラン、あるいは弁当屋……そんな場所からは、幾らでも取引を希望する者がいる。
実際、この部屋の食事で使われている野菜も、その農場で作られた野菜の筈だ。
「では、やはりアルテシイア様が会うのは止めた方が……」
「いえ、会います」
「セイラ?」
ハモンの言葉を拒否し、断固としてウラキと会うというセイラの様子にそう声を掛ける。
だが、それは俺だけではなく他の者達も同じだ。
実際に声を掛けたのは俺だったが、他の面々もセイラをじっと見つめていた。
「どうやら、ここで私が会わなければ良くない未来があるようです」
そうセイラが言うと、俺を含めて他の者達もそんなセイラの言葉をそれ以上は否定出来なかった。
この様子を見る限りだと、セイラはニュータイプ能力で何かを感じたのだろう。
俺が知る限り、ニュータイプというのはこうした予知能力的な力を持っていても、それはすぐの未来……例えば戦闘の中で敵が次にどのような行動を取るのかといったようなものだ。
だが、セイラの場合は遠い未来……とまではいかないが、ある程度未来の事を察する事が出来る。
もっとも、俺がセイラと最初に接触した時は、恐らくかなり未来……それこそ数年、場合によっては10年単位で先の話であるシャアが小惑星を地球に落とすという光景を見たのだが。
セイラがルナ・ジオンという国を建国する事にしたのは、それが大きな理由だ。
ともあれ、今のセイラはそこまで先の未来を見た訳ではないだろう。
ウラキが関係してるということは、ガンダム開発計画の一件に関係した何かであり、そうなると……すぐに思い当たるのは、ソロモンで行われる観艦式か?
その何かにそこまで大きな影響を与えるかもしれない以上、セイラがウラキに会うのを邪魔しようとは思わなかった。
それはハモンも同様だ。
まだ納得していない様子を見せてはいるものの、それでもここで反対をする様子はない。
「分かりました。では、こちらでその場を整えましょう。標的は量産型Wが追跡……護衛しているので、すぐにでも状況を整えられますが、どうしますか?」
「頭を冷やす意味でも、もう少し1人にしてあげましょう。そしてもう数時間したら、政庁……は目立つかもしれませんから、どこか適当な場所に」
「分かりました。……アクセル、それで問題はない?」
「ああ、それでいい。ウラキの性格を考えると、これからどうするのかといった事は考えないで飛び出したんだろうし。そうなると、泊まる場所は用意しておいた方がいいだろう。……けど、適当な場所ってあるのか?」
ルナ・ジオンの首都であるクレイドルは、それこそUC世界中から多くの者が集まってくる。
基本的には旅行とかそういう感じなんだが、移住を希望する者も多い。
あるいは最初は旅行気分であっても、暫くクレイドルにいる事によって、移住をしたいと思うようになる者も多い。
そんな訳で、クレイドル……特に政庁の周囲にある建物は既にその多くが買い取られている。
中には投資目的で購入している者もいるとかで、そういう者達については幾らか問題になっているという話を聞いたこともあったが。
そんな訳で、すぐにウラキを泊めるような建物となると、あっさり用意出来るのか? とも思ったのだが……
「アクセルが何を心配してるのかは分かるけど、政府の方で何かあった時の為に確保している建物もそれなりにあるのよ」
そう俺に言ったのは、ハモン……ではなく、モニク。
政府の役人として働いているモニクだけに、その辺の事情についても詳しいのだろう。
「そういうものか」
「そういうものよ。というか、シャドウミラーはその辺どうしてるの? 私達はいつもアクセルの家に泊まってるけど」
そうモニクが言うと、セイラとハモンが微妙な表情を浮かべる。
無理もないか。俺の家に泊まっているというのは、つまりそういう行為をしているといういう事なのだから。
ラルの内縁の妻であるハモンはともかく、そういうのにあまり耐性のないセイラにしてみれば……ああ、でもセイラは相手の考えを読める以上、そういう風に考えている者と遭遇した事はそれなりにあるか。
中にはセイラを見てそういう行為をしたいと思う者も当然ながらいるだろうし。
考えようによっては、いわゆる耳年増と思ってもいいのか?
「アクセル、何か?」
俺の考えを読んだかのように、セイラが聞いてくる。
セイラのニュータイプ能力はUC世界でも最高のものなのだが、念動力や混沌精霊といった理由から、俺の心を読む事は出来ない。
もっとも、ニュータイプ能力とはまた違う……それこそ女の勘とかを使われれば、俺に対処の方法はなかったりするのだが。
「いや、何でもない。とにかく、ウラキを泊める部屋があるのなら俺としては助かる。その点についてもアルビオンに連絡を入れておいた方がいいんじゃないか? そうすれば、アルビオンに……そして連邦軍に貸しを作る事が出来るだろうし」
何しろ、ガンダム開発計画という連邦軍の中でも極秘計画のパイロットが逃げ出したのだ。
それを知ってるというだけで、連邦軍にとってはこっちにある程度譲歩する必要があるだろう。
そんな俺の思いはモニクやハモンも理解したのか、揃って頷くのだった。