「これがゼフィランサスの改修機、フルバーニアンか」
MS用の格納庫にある機体を見て、そう呟く。
地上仕様の機体と一番変わったのは、やはり肩の部分だろう。
明らかに地上仕様と違うその部位は、ゼフィランサスが宇宙空間で高い機動力を発揮するのに役立つのは間違いなかった。
「ええ、そうよ。私の……それにアナハイムに残っていた人達や、ディアナの協力のお陰で出来た機体」
俺の隣に立つニナが、自信に満ちた表情で言う。
当然か。
普通ならMSの改修というのは、やると決めてすぐに出来るものではない。
それが出来たのは、ウラキがゼフィランサスの操縦の際にその性能を存分に発揮していたのが大きい。
そのデータによって、フルバーニアンにする際の改修がスムーズに出来たのだろう。
……そうだな。ゼフィランサスではあるが、あの機体は改修されてフルバーニアンになったんだから、今度からは区別する意味も含めてゼフィランサスじゃなくてフルバーニアンと呼んだ方がいいか。
ともあれ、フルバーニアンの改修についてウラキの操縦データが大きな意味を持っていたのは間違いないだろう。
だが……そのデータ以上に重要なのが、ニナの頑張りだった。
正直なところ、俺とのやり取りもあったのに、無事にフルバーニアンの改修作業を終えたのは素直に凄いと思う。
まぁ、その原因となった俺がそういう事を考えるのはどうかと思わないでもなかったが。
「あの肩の奴は?」
「あれは、ショルダー・バーニア・ポッド。フルバーニアンという名称の由来になった機構ね。あのショルダー・バーニア・ポッドのお陰で、フルバーニアンの宇宙での機動性はかなり上がっているわ」
そう説明するニナのテンションは高い。
俺との一件はもう忘れたかのような、そんな様子。
いや、実際ニナの性格を考えればそういう風に思ってもおかしくはないのだろうが。
それにしても、サイサリスのフレキシブル・スラスター・バインダー、ガーベラ・テトラのショルダー・スラスター・ポッドといい、ガンダム開発計画の機体は肩の装備に拘る理由とかもあるのか。
単純に、そこが弄りやすいからというのもあるんだろうが。
あるいは、ニナもガーベラ・テトラを知ってるのだから、ガーベラ・テトラのショルダー・スラスター・ポッドを改修し、フルバーニアンのショルダー・バーニア・ポッドとして再設計したのかもしれないな。
「他は足の部分もゼフィランサスとフルバーニアンでは大きく違うな」
「そうね。そちらもショルダー・バーニア・ポッドと同様に大きく変わった部分なのは間違いないわ。プロペラントタンクとスラスターが増設されたから」
「まさに宇宙用のフルバーニアンといったところか。武器の方は?」
「頭部バルカンはそのまま。ビームサーベルとビームライフルは改修されて以前よりも威力が上がっているわ」
新型じゃなくて、バージョンアップといったところか。
「さすがだな」
「……でしょう? この子は凄いわよ。間違いなく以前よりも素晴らしいガンダムになったわ」
俺が褒めたのは、この5日という短時間でゼフィランサスをフルバーニアンに改修したニナやその仲間達の事なんだが……どうやらニナは今の俺の言葉を、フルバーニアンを褒める言葉として受け取ったらしい。
とはいえ、実際にフルバーニアンが見ただけで分かるくらいに良い機体だというのは、間違いなのだが。
ただ……例えニナがメインとなって改修したのだとしても、短時間での改修作業となると、どこかに何か問題があってもおかしくはない。
多分大丈夫だとは思うが、その辺は実際に動かしてみないといけない訳で……
「それでアクセル、ウラキ少尉はどうしたの? アルビオンから心配いらないとは連絡が来ていたけど」
二ナのその問いに、どう答えるべきか迷う。
実際に面談をしたセイラから、ウラキはラルにつけると聞いている。
それでウラキの甘ったれた根性を叩き直すと。
甘ったれた性根という表現から、ウラキがセイラと会った時の事が何となく想像出来てしまうな。
更生……という表現がこの場合正しいのかどうかはちょっと分からないが、似たようなものだろう。
とはいえ、それが数日程度でどうにかなるのかと言われると……まぁ、現在ウラキがどこにいるのかを教えるくらいはしてもいいだろう。
「ウラキは現在青い巨星に扱かれている」
「青い巨星……それって、ランバ・ラル?」
月の住人だから……いや、月の住人ではなくてもこのUC世界に生きるものであれば、当然ながらラルについては知っている。
それはMSオタクであるニナも同様だった。
MSオタクだからこそ、ラルについて詳しく知っているのかもしれないが。
「そのラルだ。ニナがどの辺まで聞いてるのかは分からないが、ウラキは月に到着した日にアルビオンから脱走した。それを確保して、ラルが預かる事になった訳だ」
「脱走……?」
「ああ。ゼフィランサスが大破した件でモンシアに色々と言われたらしい」
「……なるほど。私も正直なところ、色々と、本当に色々と言いたい事があったのだけど」
目が据わるというのは、こういう事をいうんだろうな。
下手に美人な分だけ、ニナは目が据わった時の迫力が凄い。
とはいえ、実際にニナにしてみれば強い愛着を抱いていたゼフィランサスを大破させられたのだ。
しかも普通に戦ってそうなったのならまだ納得出来たかもしれないが、ウラキの場合は自分がゼフィランサスのパイロットだという事で天狗になり、キースが宇宙空間に慣れる訓練をしている間もサボって、地上仕様のゼフィランサスを無理矢理宇宙で使おうと設定の計算とかをしていた。
宇宙仕様にしないゼフィランサスは上手く設定してもジム以下の性能しか出ないとニナが言っても、それを無視して。
その結果が大破なのだから、ニナがウラキに言いたい事があるのは納得出来てしまう。
これ、原作では一体どういう流れだったんだろうな?
もしかしたら、ニナとウラキで一緒にゼフィランサスの設定をして、ゲールと戦いになっても倒すのは無理でも撃退するくらいはしたとか、そういう感じになっていたのか?
もしそうだとすれば、俺の介入はウラキにとって大きなマイナスになってしまったと事になる。
それについては、ウラキに対して少し悪いような気がしないでもない。
もっともこの歴史は俺の、そしてシャドウミラーの介入によって大きく変わっているので、今更の話だろう。
俺の介入によって本来なら生きている者が死んでいたり、それとは反対に死んでいる者が生きていたりしてもおかしくはないのだから。
「ニナにも色々と言いたいことはあるだろうけど、今はラルに厳しく扱かれてるんだ。それこそニナに不満を言われるよりも厳しい状態にあるのは間違いない。戻ってきたら、少しくらいは優しくしてやってくれ」
「……ふーん。私が他の男の人に優しくしても、アクセルは構わないんだ?」
意味ありげ視線を俺に向けつつ、そう呟くニナ。
当然ながらその声は俺にも聞こえていたものの、今はスルーしておく。
俺がニナに対してどう思っているのか、そしてニナからの告白。
それはもう終わっており、後はもうニナがどういう判断をするかだけなのだから。
俺の特殊な……本当に特殊すぎる状況を、受け入れるか、受け入れないか。
その辺については俺がどうこう言うような事ではない以上、今の発言についてはスルーしておく。
「とにかく、今日か明日にはウラキが戻ってくると思うから、フルバーニアンの調整を頼む」
「……頼むと言われても、もうゼフィランサスのデータを移してあるから、あのフルバーニアンはウラキ少尉用の設定になってるわよ?」
俺に返事をする前に数秒沈黙したのは、自分の言葉をスルーされたからか。
「それでもだよ。何しろラルの訓練の総決算として、フルバーニアンのテストも兼ねて俺のガーベラ・テトラと模擬戦を行う事になってるしな」
「本気? ……いえまぁ、フルバーニアンになったから、スペック上ならガーベラ・テトラともやり合えるでしょうけど……パイロットの能力差が大きすぎるわよ? 私もフルバーニアンが負ける光景はあまり見たいとは思わないし」
「とはいえ、ウラキがフルバーニアンに乗っている以上、恐らく……いや、確実にニムバスとの戦いになる。それにニムバス以外にもこの前戦った連中のように、機体性能で負けていても操縦技術という点では勝っている、いわゆる古強者の類を相手にする場合もある。そういう意味では、俺との模擬戦は悪くないと思うぞ?」
自分で言うのもなんだが、俺はこのUC世界においても間違いなくトップクラスの操縦技術を持っているのだから。
「うーん……まぁ、アクセルがそう言うのなら。ウラキ少尉がこのフルバーニアンを使いこなせれば、アクセルに勝つのは難しいかもしれないけど、一方的にやられるという事はないでしょうし」
そういう事に決まるのだった。
「……で、何で俺達はこうしてゆっくりとお茶をしてるんだろうな?」
「あら、それを私に言われても困るわ。ウラキ少尉がまだ戻ってこないんだから、仕方がないじゃない」
ニナがそう言い、ツンと澄ました様子を見せる。
それでもその口元に笑みが浮かんでいるのは明らかで、どこか嬉しそうな雰囲気だ。
……これで何で嬉しそうなんだといったような事は、俺も口にする気はない。
けど、こうして俺と食事をするという事は、ニナが俺の異常な状況――あくまでもニナの常識的に考えて――を受け入れる覚悟をしたのかもしれないな。
とはいえ、それを言えばどういう反応が返ってくるのか分からないので、何かを言うつもりはないが。
「ニナがそう言うのならいいけどな。ニナの性格を考えれば、それこそフルバーニアンの設定をもっと弄るとか、そういうのをすると思ったんだけど」
「フルバーニアンの設定は完璧よ。もうこれ以上私が弄る場所はないわ。後はウラキ少尉が実際に乗って、その誤差を調整するといったところかしら」
そう言い、自慢げな様子を見せるニナ。
その表情を見る限り、どうやら本当に自分で出来る事はもう終わっているらしい。
……もっとも、ニナの性格を考えればこうして俺と食事をしていなければ、恐らくはまだフルバーニアンを弄っていたと思うのだが。
それについては、ここで俺が何を言っても意味はない。
「俺との模擬戦でウラキが全力を発揮出来なかったなんて事にならないのならいいんだがな」
「……ガーベラ・テトラのスペックについては知ってるし、アクセルが動かしたところも見たわ。そういう意味では、ウラキ少尉が勝つのは少し難しいでしょうね。いえ、戦い方によっては十分勝利する可能性があるとは思うけど」
「まぁ、ラルの下にいる事を思えば、精神的には勿論、肉体的にもきちんと鍛えられたのは間違いないだろうし」
ラルの下にいるウラキが現在どのような状況にあるのかは、生憎と俺にも分からない。
分からないが、それでも相応に鍛えられているのは間違いないだろう。
そうなると、以前と比べて精神的にも、肉体的にも鍛えられている筈だ。
……伸びていた鼻を折るのは既にシーマの古馴染みであるゲールがやってくれた。
後は、ウラキの中にある甘さをどうにか出来ればいいんだが……それについては、ラル次第、そしてウラキ次第といったところか。
「ウラキの件はいいとして……ニナも久しぶりに月に帰ってきたんだ。家族に顔を見せたりしなくてもいいのか?」
そう言うと、チーズケーキを口に運ぼうとしていたニナの手が止まる。
うん? もしかして、ニナは家族との関係が悪いのか?
ニナの性格……MSオタクぶりを考えれば、それも分からないではないが。
「そう、ね。フルバーニアンの調整も出来るところはやったし、ウラキ少尉が戻ってくるまでは暇だから、家に顔を出してもいいのかもしれないわ。ただ……うちの親って、少し過保護なのよ」
「過保護……まぁ、分からないではないか?」
ニナのような美人が娘にいて、しかも現在はデラーズ・フリートによる騒動が起きている。
ニナの両親にしてみれば、そんな中でアルビオンに乗ってデラーズ・フリートとの戦いの最前線にいる娘を心配するなという方が無理だろう。
ましてや、その娘はMSオタクでもあるのだから、余計に心配になってもおかしくはない。
……本人がそれを聞いて納得するかどうかは、また別の話だったが。
「だから、家に顔を出すともうアルビオンに乗るなと言われそう……というか、確実に言われるのよね」
「何となく想像は出来るな。……けど、もうニナも子供じゃないんだ。親の言う事だからって絶対に聞いたりはしなくてもいいだろう?」
「そうだけど、それでも私を心配して言ってくれるのを思うと……ちょっとね」
そう言い、ニナは自分の中にあるモヤモヤに対処するかのように、チーズケーキを口に運ぶのだった。