「……そうかい。ゲールの奴が……そうなると、今回の一件もただの遭遇戦という訳じゃないかもしれないね」
バーミンガムの救出を終えた後、ナスカ級に戻ってきてシーマに事情を説明すると、そんな風に言う。
バーミンガムとの戦いが囮で、アルビオンとナスカ級を別の戦力が襲撃するのではないかという心配があったのだが、幸いなことにそのような事はなかった。
……幸いなという表現が正しいのかどうかは微妙なところだが。
あるいはシーマが出ていれば、ゲールと接触出来た可能性は十分にあるのだから。
もっともゲールがシーマと接触しても、古馴染みだからといって情報を漏らすとは思えないし……降伏という選択肢もまずないだろう。
ただ、それでもシーマが接触すれば何らかの動きはあった可能性が高く、そういう意味では残念なのは間違いなかったが。
とはいえ、あの状況で敵がゲールだと分からなかった以上、この辺については結果論でしかないのだが。
「そうなると、考えられるのは何だ? ゲールという人物を知るシーマなら、予想出来ないか?」
「そう言われてもね。……ああ、でももしかしたらバーミンガムと接触……今回のように敵として接触するんじゃなくて、何らかの取引をする為に接触しようとしていた可能性はあるかもしれないね」
「……取引? デラーズ・フリートが連邦軍と?」
「正確には違うね。私の古馴染みだと言っただろう? つまり、突撃機動軍の所属だ。まぁ、状況から見てデラーズに協力している以上、デラーズ・フリートの一員という扱いにしてもおかしくはないだろうけど」
「……つまり、キシリアが連邦軍と手を組んだ? いや、まさかな」
キシリアなら謀略として連邦軍と手を組むといったことをやってもおかしくはないと感じると同時に、キシリアにとっても連邦軍は倒すべき敵だ。
今はジオン軍残党という扱いでいるキシリアだが、俺が知っているキシリアの性格を考えると、それこそ連邦軍と手を組むというのは……いや、手を組むのは無理でも、利用するというのならその可能性はあるか?
連邦軍がキシリアにとって敵なのは間違いないだろうが、強大な戦力を持ってるのは変わらない。
であれば、連邦軍を利用して何かをするというのは十分に考えられる。
だが、問題なのは何をするか……考えられる中ですぐに思いつくのは……
「連邦軍にデラーズ・フリートを潰させようと企んでいる?」
「……なるほど、アクセルの考えは間違っていないかもしれないね」
少し考えた後で、シーマがそう言う。
シーマにしてみれば、俺の意見は十分に可能性があると思ったらしい。
「具体的には?」
「すぐに思い浮かぶのは、ジオン軍残党の主導権についてだろうね。現在のジオン軍残党には、アクセルも知っての通り幾つかの派閥がある」
「ギレン派、キシリア派、あるいはどっちでもない中立か?」
「そうだよ。もっと詳細に分けるのなら他にも色々とあるんだろうけど、大雑把に考えるのならそれで間違ってはいない」
ドズル派、ガルマ派は、既にジオン共和国に合流している。
ダイクン派はルナ・ジオンに。
とはいえ、何らかの理由でドズル派、ガルマ派、ダイクン派といった者達であっても、ジオン軍残党として活動してる者達はいたりするが。
その辺が、シーマの言った色々だろう。
アクシズにもそれなりにジオン軍残党が合流してきていると聞いてるが、アクシズはルナ・ジオンの下部組織だしな。
あるいは……デギン派とかもあるのか?
とはいえ、1年戦争の時に既にデギンはギレンに権力者の座を渡していた。
だとすれば、ジオン軍におけるデギンの影響力というのは決して強くはないだろう。
他にも色々と小さな派閥はありそうだが……とにかく、今は大きな派閥の話だ。
「そしてギレン派の中でもトップがデラーズで、キシリア派は本人がいる以上、言うまでもないね?」
確認するように聞いてくるシーマの言葉に頷く。
「だろうな。もしかしたら他にもギレン派の大物がいるかもしれないが、曲がりなりにもこうして艦隊として纏められるような者は……絶対にいないとは言いきれないが、それでもまずいないと思っていい筈だ」
小隊……あるいは中隊くらいなら纏められる人材はそれなりにいるだろう。
だが、大隊やそれ以上……それこそ艦隊規模ともなると、そう簡単にどうにか出来る訳ではない。
「それが答えさね」
妖艶な笑み浮かべ、そう言うシーマ。
そんなシーマの顔に目を奪われながらも、シーマが何を言いたいのかを理解する。
「つまりキシリアとしては、自分達の戦力を増やしたい。けど、デラーズが邪魔な訳だ」
「そうなるね。あの2人が本当の意味で仲良くなるなんて事は、天地がひっくり返ってもないと思うよ。アクセルもそう思うだろう?」
「……そういう光景を想像出来ないのは間違いないな」
デラーズとキシリアが笑みを浮かべて握手をしている光景を想像しようとするが、全く出来ない。
いやまぁ、お互いに笑みを浮かべつつ、握手をしていない方の手で拳銃やナイフを手にしていたり、相手の足を踏む……どころか、踏み砕こうとしてるような光景であれば容易に想像は出来るのだが。
「つまり、そういう事さね」
「けど、デラーズを消してもデラーズの部下だった以上、キシリアを憎んでいる者も多いんじゃないか?」
「多いかもしれないけど、中には成り行きでデラーズ・フリートに所属している者もいるかもしれないだろう? 他にも、キシリアを嫌ってはいても憎んでまではいないとか。あるいは憎んでいてもデラーズ程じゃない以上、デラーズと違って本当に手を組むといったことは出来るかもしれない」
「なるほど。デラーズよりはマシと考えたのか。……まぁ、正直なところ、その気持ちは分からないでもないけど」
ギレン信者のデラーズだ。
そのギレンを暗殺したキシリアと友好的な関係になるということはまず考えられない。
「となると、デラーズ・フリートにゲールやニムバスといった者達が協力してるのは、デラーズを殺す為になる訳か」
「あくまでも予想であって、実際どうなのかは分からないけどね。ただ、ニュータイプの勘……って訳じゃないけど、女の勘として、そしてキシリアの性格を知っている身としては間違っていないと思うよ」
シーマの勘というのは、かなり鋭い。
元々俺の恋人達はただでさえ女の勘が鋭く、時には俺の考えてる事を読んだりもする。
それに加えて、シーマは数々の修羅場を潜り抜けてきた経験があるので、余計にその勘の鋭さは理解出来た。
「シーマの言葉だし、俺は信じるに足ると思う。ただ……問題なのは、連邦軍がどう思うかなんだよな。いっそ、バーミンガムを占拠して艦長を尋問するか?」
「あのね……アクセルなら問題ないかもしれないけど、ルナ・ジオン的には大きな問題になるよ」
呆れた様子で言うシーマ。
実際、それは分からないでもない。
現在、連邦とルナ・ジオンの関係は決して良好な訳ではないのだから。
ゴップのように、そして以前と違ってコーウェンもまたルナ・ジオンに対して好意的なのは間違いない。
だがそんな者達とは違い、ルナ・ジオンを敵視している者達がいるのも事実。
その筆頭が、強硬派だ。
最近ではその強硬派も1つに纏まりつつあると聞くが、とにかく厄介な相手なのは間違いない。
そのような者達にしてみれば、もしここで俺達がバーミンガムを占拠するような事があれば、その報復としてこちらに攻撃をしてきてもおかしくはない。
……いや、寧ろそれを切っ掛けとして、ルナ・ジオンに宣戦布告でもするか?
普通に考えれば、デラーズ・フリートの一件が起こっている中でそのような事をするとは思えない。
思えないが、それでもやるのが強硬派なのだ。
ある意味、何をするのか分からないという点でデラーズ・フリートやキシリアよりも怖い。
「なら、どうする? アルビオンにでも知らせるか? そこからコーウェンに報告して貰えば、ある程度は動くかもしれないし」
「難しいところだね。コーウェン准将はそれなりに影響力はあるが、政治に疎い。もしこの件を知らせれば、それこそ下手に騒ぎ立てて問題を大きくし、キシリアと繋がっている者達を刺激しかねない」
「……コーウェンだしな」
改めてコーウェンの性格を思い出すと、シーマの言葉に納得してしまう。
コーウェンは直情的な性格をしている。
ドズルに似ている……と言えば分かりやすいか。
下の者に慕われるという意味でも、ドズルと同じ傾向があるな。
だが、ドズルは政治が苦手で、その結果としてギレンやキシリアから半ば捨て駒のように使われた。
……まぁ、ソロモンでドズルを殺した俺が言うような事じゃないかもしれないが。
ともあれ、コーウェンは政治が出来ない訳ではないとは思う。
准将という立場を考えれば、それなりに政治とかは出来る必要があるだろうし。
実際、ガンダム開発計画はコーウェンの主導で行われているのを見ても、政治は出来る筈だ。
だが……出来るのと得意なのでは違うし、出来ても好みではないというのもあるだろう。
そう考えると、俺達の予想をコーウェンに伝えても、決して好ましい結果にはならないように思えた。
とはいえ、可能性の1つ……それも今ここで半ば思いつきで話した内容ではあったが、それでも事実の可能性が高い内容ではある以上、シナプスを通じて連絡をしておいた方がいいとは思うのだが。
「アルビオンのシナプスにこの件を連絡しておいた方がいい。……それを知らせて、それでもコーウェンや他の連邦軍上層部が信じないのなら、それはそれで構わない。それは連邦軍の怠慢であって、俺達がどうこう言うような事じゃないしな」
俺達がキシリアの狙いに辿り着いた……それでも仮定に仮定を重ねた形だが、それを知った上で連邦軍に知らせてなかったと、後で強硬派にそのようなイチャモンをつけられるのは避けたい。
だからこそ、その件で何か言われた時に『忠告はしておいた』と言えるようにしておくのは悪い事ではない。
この場合、忠告が報告でも同じような感じだが。
「そうだね。アクセルがそう言うのなら、そうしようか。どのみち、この後は恐らくソロモン到着までは特に何もないだろうし」
シーマも俺の言葉に頷くのだった。
「ううむ……なるほど。……バニング大尉、君はどう思うかね?」
「アクセルの話には十分可能性があるかと」
シナプスの言葉に、バニングがそう返す。
この場――アルビオンの一室――にいるのは、俺とシーマ、シナプスとバニング、後はニナだけだ。
つまり、ルナ・ジオン軍の代表、連邦軍の代表、アナハイムの代表といった形になる。
……アナハイムは月の企業なので、本来ならアナハイム代表というのは微妙なところなのだが、ガンダム開発計画の事を思えばアナハイムの代表がいるのは不思議な話ではない。
ニナとの関係が現在微妙な俺としては、思うところがない訳でもないが。
もっとも、それはあくまでもプライベートな話だ。
そう考えれば、今この場でプライベートな事を考えてる方が間違いなのだろう。
「言っておくが、これはあくまでも予想だからな。ただ、個人的には……キシリアという人物の性格を考えると、十分可能性があると思っているけど」
キシリアの率いる突撃機動軍にいたシーマからの意見と考えれば、その信憑性は高い。
「……それで、私にどうしろと?」
「連邦軍としても、キシリアの勢力が大きくなるのは好ましくないだろう?」
「それは否定せん」
俺の言葉に、シナプスはそう答える。
当然か。ただでさえキシリアに下には突撃機動軍がいるのだから。
勿論、1年戦争によってその戦力が大分減ったのは間違いない。
そもそも突撃機動軍が拠点としていたグラナダからルナ・ジオンの建国によって追い出されたし。
その後も黒い三連星、サイクロプス隊、闇夜のフェンリル隊といったように、エース級の戦力がルナ・ジオンに引き抜かれたりもしている。
それ以外にも戦闘によって結構な人数が死んでいるので、戦力は大分減っているのは間違いない。
だからこそ、キシリアはデラーズ・フリートを……正確にはデラーズを殺して、デラーズ・フリートの中でも自分に従う戦力を吸収しようと考えているのだろう。
元々陰謀が得意なキシリアに、十分な戦力を持たせるというのは非常に危険だ。
……あるいは、本当にあるいはの話だが、以前起こった水天の涙の裏にキシリアがいたと言われても、俺は驚かない。
陰謀家のキシリアとしては、間違いなく一級品の能力を持っているのだから。
ルナ・ジオン軍にとってもキシリアがそのような戦力を持つのは好ましい事ではないし、直接的に旧ジオン軍の敵だった連邦軍としても、それは間違いなく避けたいだろう。
「なら、コーウェンに報告を頼む。もっとも、それを向こうが信じるかどうかは、また別の話だが。ただ、少しでも信じて本格的に対応してくれれば、こっちとしては助かる」
そう言う俺の言葉に、シナプスは眉間に皺を寄せながらも頷くのだった。