月に連邦軍……強硬派の部隊が接近したと聞き、どうするべきか迷った。
いっそ、月に戻った方がいいのかもしれないとも思ったのだが……
「アクセル、月に残ってる戦力を信頼出来ないのかい?」
シーマにそう言われると、俺も否とは言えなかった。
月には青い巨星、黒い三連星といった異名持ちであったり、クリスやモニクのように異名持ちではなくてもそれに匹敵する実力を持つ者もいる。
実際には、クリスやモニクは以前はエース級であっても異名持ちには及ばなかったのだが、魔力や気による身体強化が出来るようになり、その操縦技術は一気に上がった。
具体的には反射神経のような能力は上がっているし、身体強化の真骨頂とも言うべき耐G能力の上昇とかが大きい。
もっとも、魔力や気の扱いはまだ初心者を抜けたところといった感じなのだが。
これでもっとその辺が熟達すれば、異名持ち以上の実力を発揮するだろう。
また、そういうパイロット達と違い、クスコやマリオン、シャリアといったニュータイプもいる。
他にも俺と関わりがないが、ニュータイプ研究所のアルテミスに所属しているニュータイプはそれなりにいた。
また、メギロートやバッタ、量産型Wのシャドウもある。
客観的に考えれば、もし強硬派が攻めてきても月が攻め落とされるといった心配はまずないのだ。
そういう意味では心配しすぎだったかもしれないな。
そんな訳で、ナスカ級は未だにアルビオンと一緒に行動していた。
「それにしても、月に今回の戦いに戦力を出さないように言っておきながら、俺達は何で問題なかったんだろうな?」
ふと感じた疑問。
もし本当にルナ・ジオン軍の手を借りたくないのなら、シーマが艦長を務めるこのナスカ級も戦いに参加させない方がいいのでは? と思う。
だが、このナスカ級だけは戦いに参加する事が許可されていた。
……許可、か。
確かに地球は殆どが連邦の領土だ。
だが、ハワイがルナ・ジオンの領土なのも事実。
そう考えると、ハワイを守る為にもルナ・ジオンがコロニー落としを防ぐ戦いに参加してもおかしくはない。
一応、連邦軍と共同でという事になっているが、それこそハワイを守るという大義名分がある以上、ルナ・ジオン軍だけでコロニーを運んでいるデラーズ・フリートを攻撃しても問題はないのだ。
勿論、そうなると連邦軍の……特に強硬派の面子が丸潰れになるだろうから、こうして一緒に行動してるのだが。
「多分、ノイエ・ジールの情報収集が目当てなんだと思うわよ」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのはニナ。
「ニナ? どうしたんだ一体? アルビオンの方にいなくてもいいのか?」
「私が呼んだんだよ。今の状況で、ニナが向こうにいる必要はないだろう?」
「え? ……ああ、まぁ、そうか」
シーマの言葉に少し考え、納得する。
ニナがアルビオンにいたのは、フルバーニアンが向こうにあったからだ。
だが、そのフルバーニアンも既に使い物にならない。
ガンダム開発計画の機体がもうアルビオンにない以上、ニナがどうしても向こうにいなければならない訳ではないのだ。
心情的な意味では別かもしれないが、その辺りの事を考えても、ニナにしてみればこちらのナスカ級に乗りたいと思ったのだろう。
何故ニナがそのように思ったのかについては、俺がここでどうこう言ったりはしない。
その理由については、俺も十分に理解しているのだから。
もっとも、シナプスにしてみれば宇宙の件について色々と詳しいニナには出来ればアドバイザーとして向こうに残って欲しかったのかもしれないが……それも無理を言う事は出来なかったらしい。
「で、ノイエ・ジールの情報収集か。……連邦軍にとっても、やっぱりノイエ・ジールは気になるのか?」
「最新鋭MAよ? 気にならない訳がないでしょう? 強硬派にしてみれば、いつルナ・ジオンとぶつかるか分からないもの。それにルナ・ジオンのMAともなれば、こう言うのはどうかと思うけど、一種のブランドに近いわ」
ブランドか。
ニナの言いたい事も分からないではない。
実際、ルナ・ジオンは地球ではアプサラス。……後はグラブロもあるか。
そして宇宙ではビグロ系によって構成されたMA隊。
旧ジオン軍にしろ連邦軍にしろ、MAというのは基本的に1機だけで使用する試作機的な一面を持っているのは間違いない。
そんなMAを部隊として運用してるのだから、連邦軍がそれに注目してもおかしくはないだろう。
……もっとも、MA隊はあくまでも宇宙での話で、地球で使われているアプサラスやグラブロは基本的に単独での運用となってはいるが。
それだけに、ブランド的な扱いをされても納得出来るものはあった。
そんなルナ・ジオンブランドのMAの最新鋭機ともなれば……なるほど、興味を抱かない訳にはいかないと。
実際にはルナ・ジオン軍製じゃなくてアクシズ製なんだが、強硬派にそれが分かる訳がないしな。
「ノイエ・ジールは確かに情報収集するだけの価値はあるだろうねぇ……もっとも、もし私が連邦軍なら、アクセルが操縦するノイエ・ジールと戦うなんて選択肢は全くないだろうけど」
「そうね。私もその意見には賛成よ。アクセルと戦うというだけで、連邦軍の被害はとんでもないものになるでしょうし」
ニナがシーマの言葉に同意したように、しみじみと言う。
ニナはフィフス・ルナで俺と会ってから、数え切れないくらいに俺の操縦技術を見ているしな。
デラーズ・フリートの騒動が始まってからは、実戦でどのような戦果を挙げたのかも間近で見ている。
その辺りの状況について理解しているからこそ、ニナも今のように言ったのだろう。
「褒められたと思っておくよ」
「あら、私は普通に褒めたつもりだけど? ……それだけ、アクセルの実力を買ってるってことでもあるし」
「そうだね。アクセルの実力を考えれば、敵に回すというのがどれだけの自殺行為なのかは、考えるまでもないだろうね」
そんな2人の会話に、何故かブリッジの中の雰囲気が柔らかくなる。
普通に考えれば、これから俺達だけで――実際には連邦軍もいるが――デラーズ・フリートの行うコロニー落としを止めるのだから、もっと緊張してもいいと思うんだが。
ましてや、向こうには奪われたデンドロビウムもあるし。
「ああ、そう言えば……ラビアンローズの占拠の件だが、デンドロビウムのパイロットが誰なのかは、結局分かったのか?」
コロニー落としもそうだが、こちらもまた大きな疑問だ。
ましてや、俺がノイエ・ジールを使う以上、恐らく俺がデンドロビウムの相手をするんだろうし。
そうなると、誰がそのデンドロビウムのパイロットなのかというのが大きな意味を持つようになる。
というか、デラーズ・フリートにデンドロビウムのパイロットを任せられる程のエースがいるのか?
あるいはサイサリスを操縦していたニムバスが生き残っていればデンドロビウムのパイロットを任されたかもしれないが、そのニムバスもソロモンの観艦式を攻撃した後の戦いで俺のガーベラ・テトラとウラキのゼフィランサスを相手にして、既に死んでいる。
実は死んだ振りをして生き延びているといった事も、あの戦いの時に撃墜数の数値が上がったのを確認しているので考えなくてもいい。
つまり、ニムバスは間違いなく死んでいるのだ。
であれば、ここで実はニムバスが生きているといった事は考えなくてもよく、だからこそデンドロビウムとの戦いにおいては、ニムバスを敵として考える必要はない。
……実際、ニムバスはパイロットとしては間違いなく一流だ。
自称していたジオンの騎士という異名も、そのように呼ばれてもおかしくはないだろうだけの実力を持っていたのだから。
ただ、俺が知ってる限りだとデンドロビウムというのは格闘戦も出来るが、基本的には射撃型の機体だ。
ジオンの騎士の異名に相応しく、格闘戦を得意としているニムバスにデンドロビウムが向いているかと言われると……正直、微妙なところだろう。
勿論、ニムバスも格闘戦を得意としているからといって射撃が苦手という訳でもないので、そういう意味ではニムバスがデンドロビウムを操縦してもそれなりに使いこなせるとは思うが。
ともあれ、そのニムバスも死んだ以上は別の人物がデンドロビウムのパイロットなのは間違いない。
……問題なのは、それが具体的に誰なのかが分からないという事なんだが。
「シーマやニナには誰か思い当たる人物がいないか?」
「あのねぇ……私はキシリアの下にいたんだよ? ましてや、ギレン派は影響力は高かったけど、純粋な戦力という意味ではそこまで強くなかったんだ。……ドズル・ザビの派閥がジオン軍残党になっていれば、腕利きのMSパイロットはそれなりにいるから、そんな者達がデンドロビウムのパイロットになっていた可能性もあるけど……今はその心配はないだろうしね」
「ガルマがいるしな」
ガルマはドズルの派閥をそっくり受け継いだ。
その為、ドズル派の象徴とも言うべきシン・マツナガも現在ジオン共和国に所属している。
……もしシン・マツナガがデンドロビウムに乗ってるとなると、かなり面倒な事になっただろうな。
「そうだね。もっとも、ドズル派の全員がガルマ派になったかと言えば、それは微妙なところだけどね。ドズル個人に忠誠心を抱いていたとか、ドズル派にはいたが、別にドズル個人に忠誠心を抱いていた訳ではないとか、そういう者達もいるだろうし」
「ドズル派と一括りにしても、その中身は一枚岩じゃないか」
「勿論だよ。そんな訳で、ドズル派の中にもジオン共和国に行かないで、ジオン軍残党として活動している者もいるかもしれないしね」
「……そうなると厄介だな。いっそ、ガルマに連絡をして情報を貰うか?」
「向こうも国を率いる身だ。そう簡単に情報を話すとは思えないけどね」
そう言われると、俺としてもなるほどと納得するしかないのも事実。
「じゃあ、ニナはどうだ?」
「私は別にジオン軍に所属していた訳じゃないのよ? それは勿論、アナハイムにいるからその辺の人よりもジオン軍については詳しいけど、それでもアクセルが疑問に思ってるような事は分からないわよ」
そう言われると、俺としてもそうかとしか答えられない。
アナハイムにはサイサリスを開発した第2開発事業部のように、ジオン系の企業から引き抜かれた者達もいる。
ニナはサイサリスのシステムエンジニアでもあったので、そういう連中とも付き合いはあるのだろうが……だからといって、ギレン派の凄腕パイロットが誰だとか、そういう事は分からないらしい。
技術者的な視点から、エースパイロットの名前を聞いていたりするかもしれない。
そう思ったのだが、生憎とそれは外れてしまったらしい。
「そうか。なら……」
ニナに言葉を返そうとしたところで、不意にビー、ビーという警報音がブリッジに……いや、違う。恐らくナスカ級全体に響き渡る。
「ミノフスキー粒子の反応を確認。戦闘濃度です。恐らくデラーズ・フリートの戦力かと!」
レーダーを担当している男の報告に、それを聞いたシーマが疑問の表情を浮かべる。
それも分からないではない。
ナスカ級とアルビオン……特にノイエ・ジールを有している事を考えれば、その戦力は一級品なのは間違いない。
間違いないが、だからといって何故ここで襲撃をしてくる?
普通に考えれば、俺達はかなりの戦力ではあるが、コロニー落としを防ぐ為に展開している連邦軍に対応するのが先じゃないのか?
そのように思ってしまうのは、俺だけではない。
実際、シーマも同じように感じているのは明らかだったからだ。
とはいえ、向こうが何を考えていようとも、ミノフスキー粒子を戦闘濃度で散布した以上、襲ってくるのは間違いない。
「アクセル、どうするんだい? ここで戦闘を行うと、それだけコロニーに追いつくのに時間が必要になるけど」
「かといって戦闘を避ける為に進路を変更すると、それはそれでコロニーに追いつくのが遅くなるけど」
シーマの言葉にニナがそう言う。
実際、その言葉は間違っていない。
少し進路を変更する程度では、敵がこちらを諦めるとは思えない。
そうなると、敵から大きく距離を取って移動する必要があり……当然ながら地球に向かっているコロニーに追いつくのは不可能となるだろう。
となると……
「こっちに向かってくる敵を倒して、真っ直ぐコロニーに進む方がいいだろうな」
「でも、あまり時間を掛けられないよ?」
「シーマの言いたい事は分かるが、こっちにはノイエ・ジールがある。あの機体をテスト運用するんじゃなくて、実際に実戦で試してみるというのは悪い話じゃないだろう? それにシーマもいるんだから、何とかなるだろ。後はアルビオン隊もな」
俺のその言葉に、シーマは笑みを浮かべて頷く。
そしてアルビオンに連絡をしてから、俺はノイエ・ジールに向かうのだった。