「じゃあ、クレナはラビアンローズに残ったのか?」
「ええ。ラビアンローズに責任者がいないのは不味いだろうという事で。本人は一緒に来たがっていたようだったけど」
そう言いながらニナは俺に視線を向けてくる。
その視線の意味は俺にも十分に理解出来た。
とはいえ、それはクレナが俺に対して特別な感情を抱いているという訳ではない。
いや、ある意味で特別な感情なのは間違いないが、それは試作4号機を改修したガーベラ・テトラについての話を聞きたいという意味での特別な感情であって、俺とニナの間にある男女間の特別な感情という意味ではない。
ガーベラ・テトラはライフルモードを追加したビームマシンガンの件であったり、ビームガン兼ビームサーベルの件であったりと俺が要望し、それをクレナが受け入れて改修したという経緯もある。
それだけに、実際にガーベラ・テトラに乗って行った実戦において、一体どうだったのかといった事が気になるのは当然だろう。
俺としてもその辺については話しておきたかったし……それに、現在ディアナで行われているガーベラ・テトラ改の一件にも、出来ればクレナには関わって欲しいという思いがあった。
もっとも、そっちは無理っぽいけど。
「そうか。まぁ、ラビアンローズの件を思えば、それも仕方がないか。下手な人物にラビアンローズを任せる訳にもいかないしな。……ん?」
そこまで口にしたところで、ふと何か忘れているようなことがあるような気がしてくる。
とはいえ、それが何なのかはすぐに思い出せない……あ、いや。そうか。
「そう言えば、ラビアンローズには連邦軍の駐留部隊がいた筈だが、その連中はどうなったんだ?」
俺が初めてラビアンローズに行った時、結局ラビアンローズで警備を任されていた連邦軍の人物……ナカト少佐だったか? そいつとは会っていない。
まだ会った事がない相手ではあったが、何故か嫌われていたんだよな。
そんな風に思っていると、ニナとルセットの顔が嫌悪感と怒りに染まる。
「どうした?」
「……ナカト少佐は真っ先に襲ってきたデラーズ・フリートに降伏して、その手先となって部下を殺していったわ。しかもナカト少佐と親しい部下は、ナカト少佐と一緒にデラーズ・フリートに協力して、ラビアンローズを守ろうとした者達を殺してまわったの」
うわぁ……まさに、うわぁ……だな。
まだ会っていない俺を嫌っていた事からも分かるように、色々と問題のある人物だと思ってはいたが、それでもまさかあっさりとデラーズ・フリートに寝返るというのは予想外だった。
「それで、よくルセットやクレナは無事だったな」
「……ナカトやその部下に下卑た目で見られて身の危険は感じたけど、デラーズ・フリートの人達が守ってくれたわ」
「デラーズ・フリートの者達が?」
あ、シーマの古馴染みのゲールとか、そういう連中か。
シーマの古馴染みだけあって、その辺については弁えた連中だったのだろう。にしても……
「連邦軍の連中に襲われそうになって、デラーズ・フリートの連中に助けて貰うってのは、正反対だな」
そんな俺の言葉に、ルセットは大きく息を吐く。
まぁ、ルセットは性格……というか、MSオタク的なところはニナに似たところがあるが、外見もまたニナと同じく非常に整っている。
ましてや、ラビアンローズで以前から連邦軍の兵士達と一緒にいたとなれば、その中にはルセットを邪な、欲望に濁った目で見る者がいてもおかしくはない。
そんな中でデラーズ・フリートがラビアンローズを占拠して、そちらについた。
となると、環境の変化から暴走してもおかしくはない。
そういう意味で、ゲールやその仲間達には感謝したいところだ。……まぁ、シーマの話では死んでしまったらしいが。
「ナカトの件、連邦軍には?」
「クレナ所長が報告してる筈よ。……もしかしたら、私怨たっぷりで」
「……私怨? ルセットが、自分の部下が襲われそうになったからか?」
そう聞くと、ルセットは微妙な表情を浮かべて口を開く。
「ナカトやその部下達は、クレナ所長に色々と……その、年齢の事とか、そういうのを言ったのよ」
「あー……うん」
ルセットの言葉に、俺はそう返すしかなかった。
個人的にはそこまで気にするような事か? と思わないでもなかったが、人によってその辺の認識は大きく違う。
クレナが年齢の件でそんな風に思われたりしたのなら、そうなのかとしか返せなかった。
「ともあれ、ニナもルセットもクレナも無事でよかったよ。後は……シーマ達と一緒に、このコロニーを移動させてくれ」
「……アクセルは、私達と一緒に避難したりはしないのよね?」
「そうなるな。デンドロビウムがまだそのままだし、強硬派がソーラ・システムを使ってコロニーを破壊出来るのかどうかも分からないし」
強硬派がコロニーを破壊出来れば、何の問題もない。
だが、もしそれが出来ない場合、俺としてはコロニーをどうにかする必要があるのも事実。
地球にコロニーを落とすのは避けないといけないしな。
デラーズ・フリートがどこにコロニーを落とそうとしているのかは分からないが、ハワイを狙われるという可能性は……低いけど、まだ十分にあるのだから。
デラーズにとってルナ・ジオンが憎い存在なのは間違いないだろう。
何しろ1年戦争中にジオン公国から多数の人材を引き抜き、しかも兵器の類も奪ってきた者が多かったのだから。
それによってジオン軍の負けが決まった……あるいは早まったのは、間違いのない事実。
ルナ・ジオンがなかったからといってジオン軍が戦いに勝利出来たのかと言えば、それは難しいところがあるのだが。
ジオン軍が有利だったのは、MSという存在にあったからだ。
だが、連邦軍もV作戦によってMSを開発し、運用するようになっていた。
それをさせない為には、連邦軍がMSを運用出来るようになる前にジオン軍が連邦軍を倒す必要があるが……実際、ジオン軍は地球の多くを征服したのはいいものの、補給と人材の限界を迎えていた。
連邦軍の方でも当然ながらその辺りについては掴んでいた筈であり、そう考えると結果的にジオン軍が勝利するのは不可能だったと思う。
それこそもしジオン軍が連邦軍に勝利するのなら、最初から全力でジャブローを落とすしかなかった筈だ。
コロニー落としでもジャブローが狙われたしな。
ただ、ジャブローだけを落としても他の場所にいる連邦軍は無事だった訳で、ジオン軍がそれに対処出来たかとなると……それはそれで難しいとは思う。
戦うにしても国力が違いすぎるのが大きい。
いわゆる、ゲームチェンジャーと言われるミノフスキー粒子やMSを有効利用しても、ジオン公国と連邦政府では国力がどうにもならない程に違いすぎるのだから。
「分かった。アクセルがそう言うのならもう止めないわ。けど……気を付けてね」
ニナが心配そうな様子で俺にそう言ってくる。
「ああ、心配するな。ニナの答えもまだ聞いてないしな。この騒動が終わったら、話を聞かせて貰うよ」
「……馬鹿」
「あら。……ふぅーん」
俺とニナのやり取りを見たルセットが、面白そうに笑みを浮かべる。
そんなルセットの様子に、ニナは急いで口を開きかけるも……
「まぁ、いいんじゃない? ニナってばMSだけに集中して、男に興味がなかったんだから。けど……ふーん……そっか、アクセル中尉にね。……なーんだ」
「ちょっと、ルセット? その言い方、貴方もしかして……」
「あら、別におかしくはないでしょう? ここまでパイロットとしての腕がいいのよ? それにルナ・ジオン軍の中でも特別な立場なんだし。……なら、年下かもしれないけど、ちょっといいなって思っても仕方がないでしょ? ニナがそういう趣味だっていうのはちょっと知らなかったけど」
「ルセット!」
俺も勿論、ルセットが何を言いたいのかについては、理解出来る。
それに……こう言ってはなんだが、ルセットは間違いなく美人だ。
ニナもまた仕事の出来る女といった雰囲気を持っているが、ルセットはそんなニナと張り合えるくらい、そして特定のポイントでは上回っているのは間違いない。
もしニナとルセットの立場が逆だったら……つまり、ゼフィランサスとサイサリスのシステムエンジニアの担当がルセットで、ステイメンとデンドロビウムがニナの担当だったら、ニナとルセットの立場は反対であってもおかしくはなかった。
もっとも、そうなったらからといって、俺とルセットがそういう関係になったのかは……絶対にそうだと断言は出来ないが。
そんな風に3人で話をしていると、見覚えのある……ナスカ級のメカニックがこっちにやって来るのが見えた。
「アクセル中尉、ノイエ・ジールの補給と整備、終わりました。いつでも出撃出来ます」
「そうか、分かった。ご苦労さん」
そう言い、俺はニナとルセットに視線を向ける。
「じゃあ、そういう事で……俺は出撃する。次に会う時はこの一件……星の屑が終わってからになると思う」
そう言うと、不意にニナが俺に近付いてくる。
そんなニナを受け止めると、ニナは不意に俺の頬にキスをしてきた。
「これは……その、アクセルが無事に戻ってくるようにってお呪いよ」
薄らと頬を赤くするニナ。
このくらいの事で照れるのは……と思わないでもなかったが、ニナにしてみれば元々男と付き合ったりといったことが基本的にないのだ。
であれば、頬にキスをするくらいで照れてしまってもおかしくはない。
「じゃあ、私も」
続けてルセットが近付いて来て、ニナとは反対側の頬にキスをする。
こちらはニナよりは男慣れしてるのか、ニナのように頬を赤く染めたりといった事はしていない。
「ちょっ、ルセット!? 何で貴方まで……」
「アクセル中尉が勝利するお呪いでしょう? それに、勝利の女神のキスは多い方がいいと思わない?」
自分で勝利の女神と言うのはどうかと思うが……まぁ、俺としては嬉しいのは事実だ。
やる気が出たのも間違いないしな。
「そうだな。俺にとっては嬉しい事だったのは間違いないよ」
「アクセル!? ……もう、そんな事を言って。本当に無事に戻ってこないと許さないんだからね」
そうニナが言う。
俺はそんなニナに頷くと、ノイエ・ジールに向かう。
……なお、いつもならパイロットスーツは着ないで生身で宇宙空間に出るのだが、ニナとルセットがいる状態ではそういう事は出来ない。
コロニーの外にシーマのナスカ級が着て通信が繋がった時、俺がパイロットスーツを着ていないのを思い切り責められたしな。
俺にしてみれば、その辺りについては何も問題ないんだが、俺が混沌精霊だと知らないニナやルセットにしてみれば、我慢出来なかったのだろう。
俺の為を思ってこうして言ってくれているのを思うと、迂闊に反論も出来ないし。
それに、俺が混沌精霊だとはまだ話す事も出来ないし。
そんな訳で、俺はパイロットスーツを着てノイエ・ジールに向かう。
……当然ながら、ノイエ・ジールはナスカ級の格納庫には入らないので、宇宙空間に牽引したような形ではあったが。
その牽引ローブを使い、コックピットに向かう。
先程のメカニックが口にしたように、既にノイエ・ジールの状態は完璧……とはさすがに言えないが、可能な限りの整備と補給は終わっている。
ミサイルも完全に補給されている。
……とはいえ、デンドロビウムのIフィールド発生器を破壊した以上、もうミサイルは絶対に必要といった訳ではないんだが。
普通にビームでデンドロビウムにダメージを与えられるようになっているし。
とはいえ、攻撃手段はあった方がいいのも事実。
それに……デンドロビウムはIフィールドがなくなったが、それ以外にIフィールドを持った敵がいないとも限らない。
であれば、俺としては攻撃手段は多ければ多い方がいい。
そんな風に思いつつ、機体を起動させていく。
機体の状況を確認し、今は何も問題がないのを確認する。
後はもう出撃するだけとなった。
さて、外の様子はどうなってるんだろうな。
『アクセル、ちょっといいかい?』
映像モニタに表示される、シーマの顔。
「どうした?」
『悪い話だよ。……デンドロビウムが、ソーラ・システムのコントロール艦を幾つか破壊したらしい』
「……うわぁ」
まさに、うわぁだ。
ソーラ・システムは幾つものコントロール艦があるので、コントロール艦が1隻や2隻撃破されたところで、すぐにソーラ・システムを使えなくなるという訳ではない。
訳ではないが、それでも厄介なのは間違いない。
「デンドロビウムは結構なダメージを受けていたのに、強硬派の戦力では倒せなかったのか。これはパイロットのエリックを褒めればいいのか、強硬派の技量の低さに嘆けばいいのか。……まぁ、話は分かった。そうなると、コントロール艦をこれ以上破壊されるよりも前に、デンドロビウムを撃破すればいいんだな」
『そうだね。頼むよ』
「任せろ。……アクセル・アルマー、ノイエ・ジール、出るぞ!」
シーマに返事をし、俺はノイエ・ジールを出撃させるのだった。