ブッホ・ジャンク社の船がペズンと連絡を取ると、すぐにペズンからナスカ級が派遣されてきた。
ナスカ級……ルナ・ジオン軍の中でも最新鋭の巡洋艦が俺を迎えに来た事に、ブッホ・ジャンク社の船に乗っていた者達は驚いていたが。
ちなみに警備兵から食堂では絡まれるかもしれないと言われたものの、特に絡んでくるような相手はいなかった。
俺にしてみればラッキーだったのは間違いない。
絡まれたら絡まれたで、色々と面白いことになっていたのだろうが。
「アクセル中尉、よく無事で」
「悪いな、シュタイナー。手間を掛けさせた」
既にナスカ級に移っているので、ブッホ・ジャンク社の者達は誰もいない。
その為、言葉遣いとかについても気にしなくてもいいのは助かった。
……それでもシュタイナーは俺を中尉と呼んでくるが。
その辺については、俺からは何も言わないでおこう。
「いえ。それよりもすぐに月に向かうということで?」
「そうしてくれ。……ん? あれは……」
シュタイナーと話していたろこと、ナスカ級の窓からアクト・ザクの姿を発見する。
「護衛か?」
「はい」
「アクト・ザクとなると、乗っているのは……」
「バーニィです」
「だろうな」
シュタイナーの言葉に、そう帰す。
バーニィ……正式名称はバーナード・ワイズマン。
1年戦争の時にサイド6のリボーコロニーであった、アレックスの一件の直前にサイクロプス隊に配属になった新人。
とはいえ、サイクロプス隊に配属されるだけあって素質という点ではかなりのものがあり、それを示すように今となってはサイクロプス隊の中でもトップクラスの操縦技術を持っているらしい。
また、バーニィは他の者にはない特殊な能力がある。
それが、ザク系MSに乗るとその性能を最大限に発揮出来るというものだ。
……そういう意味では、MSの能力を最大限に活かせるウラキと似たようなタイプか。
もっとも、新米パイロットでしかないウラキと比べて、戦後も厳しい訓練を重ねてきたバーニィは普通にエース級に近い操縦技術を持っているが。
ともあれ、バーニィがアクト・ザクに乗ると、その能力は非常に高くなる。
さすがに異名持ちには及ばないものの、普通にエース級以上の戦力となる訳で……そんなバーニィがアクト・ザクに乗ってナスカ級の護衛をするというのはありがたい。
デラーズ・フリートの星の屑が終わった今……いや、終わった今だからこそ、デラーズ・フリートの残党がこの辺にいる可能性は十分にあるのだから。
勿論、デラーズ・フリートの大半の残存勢力は、キシリアの狙い通り向こうに合流しただろう。
それは面白くないが……ただ、考えようによっては不穏分子が一ヶ所に纏まっているという事になるので、そこら中に散らばって存在されるより、相手の動きを把握しやすい。
連邦軍やルナ・ジオン軍が火星にいるジオン軍残党を攻撃しないのも、そうして一ヶ所に纏めている方がわかりやすいからなのだろうし。
そんな訳で、塵は塵に……って訳ではないが、ジオン軍残党はジオン軍残党にといった感じな訳だ。
「それで、星の屑……いや、デラーズ・フリートの一件はどんな具合になっている?」
「何でも、連邦軍が地球に落ちようとしていたコロニーをソーラ・システムで破壊することに成功したとか」
「……なるほど」
その返答は、俺にとっても予想通りのものではあった。
実際にはコロニーはソーラ・システムによってダメージは受けたものの、消滅することなく空間倉庫の中に収納されている。
ただ、そうなったというのを見せない為に、ソーラ・システムによってコロニーから上がった爆煙に紛れて空間倉庫に収納したんだし。
それが連邦軍の、それもソーラ・システムを指揮していたバスクの手柄になるのは面白くないものの、その面白くないのと、ソーラ・システムによってそれなりに損傷しているものの、コロニーを1基本確保するののどちらが重要かと言われれば、やはり後者だ。
とはいえ……これによって強硬派の勢力が高まるのも事実。
元々、連邦軍の中でも強硬派の勢力が大きかったのは間違いないが、これから更にそれが増す訳だ。
ましてや、コーウェンは間違いなく更迭だろうし。
となると、レビルの派閥は後継者のコーウェンを失って、それでどうなるんだ?
解散するのか、また誰か別の人物を後継者にするのか。
その辺りについては俺も分からないので、注視しておく必要があるのは間違いない。
「分かった。じゃあ、さっさと月に行くか。……向こうでは心配してるだろうし。ああ、そう言えば強硬派からは俺については何か報告や発表があったか?」
「いえ、特に何も」
「……そうか」
てっきり悲劇のヒーロー的な存在として祭り上げられるかと思ったんだが。
俺がそういう立場になるのが面白くなかったとか?
バスクの性格の詳細は分からないが、それでも大体は理解出来る。
典型的な強硬派だ。
それに……俺とエリックを纏めて殺す為に、充電が完璧ではなかったのにも関わらずソーラ・システムの照射をしたのだから、俺の件が公になるとその辺についても知られる事になりかねかった。
バスクにしてみれば、コロニー落としを阻止したのを自分の手柄に出来たというのも大きいのだろう。
そうしてナスカ級は月に向かうのだが……
「またか。ナスカ級に乗ってるのは分かるだろうに」
暫く進んだところで、連邦軍の……より正確にはデラーズ・フリートの残党を狩る為のMS部隊に行く手を遮られる。
これで既に3度目。
そのことにうんざりとするも、これも連邦軍の仕事である以上は、仕方のない事でもあった。
「バーニィを連れてきたのは失敗でしたかね」
シュタイナーのその言葉を否定は出来ない。
実際、連邦軍がこちらの進路を遮ってくるのは、ナスカ級の護衛としてアクト・ザクがいるからだろうし。
アクト・ザクは普通のザクとは外見からして違うものの、それでも顔を始めとしてザク風の外見なのは間違いない。
そして1年戦争においてザクというのは大量に……それこそ、1万機以上も作られたと言われており、その中には連邦軍では見た事がないような機体があってもおかしくはなかった。
そんな中でアクト・ザクなんて見るからにザク系のMSがいれば、連邦軍としては確認しない訳にはいかない。
「今にして思えばそうかもしれないが、それはあくまでも今としてはだ。それに……こっちがルナ・ジオンの所属だという事で、向こうも迂闊に手を出すような事はしてこないしな」
これが例えば強硬派であれば、アクト・ザクというザク系MSを使っているというだけでジオン軍残党認定をし、問答無用で攻撃してきてもおかしくはない。
そうなったら、勿論こっちもそのまま素直にやられる訳にはいかないので、バーニィが反撃するだろうが。
ただ……強硬派以外の者であれば、このナスカ級がルナ・ジオン所属の船だというのはすぐに分かるので、デラーズ・フリートの残党を匿っていないか確認はするものの、それで終わる。
今回も特に騒動らしい騒動もなく……うん?
不意に姿を見せた、ジム・カスタムが3機。
それがジムライフルを手に近付いてくるのが見えた。
ジムライフルを手にしているのは、そんなにおかしな事ではない。
何かあった時、即座に攻撃が出来るようにするというのはMSに乗っている者として当然の事なのだから。
だが……ナスカ級の窓から見た限りだと、ジムライフルの銃口がしっかりとアクト・ザクに向けられている。
これは明らかにおかしい。
いわば、ホールドアップ状態にしろと、そう言っているようにしか思えない。
「シュタイナー」
「は」
名前を呼んだだけだが、それでもシュタイナーは俺が何を言いたいのかを理解し、鋭い視線を窓の外に向ける。
普通に考えた場合、ナスカ級を使っているのはルナ・ジオンだけなのだから、それを相手にあそこまで露骨に攻撃の準備をしてみせるというのは有り得ない。
事実、今まで近付いてきた連邦軍の部隊も、アクト・ザクの存在に疑問を抱き、怪しんだりはしたものの、ルナ・ジオン軍所属のナスカ級である以上はそこまで横暴な対応はしなかった。
しかし、新たに現れたジム・カスタム3機は、最初から……こちらに何の通告もなく、ジムライフルの銃口をアクト・ザクに向けるといったことをしてるのだ。
普通に考えれば、明らかにこっちに喧嘩を売っているように思える。
「強硬派、でしょうな」
「だろうな」
シュタイナーの言葉にそう返す。
元々強硬派はルナ・ジオンを敵視していた。
連邦とは別の勢力があるというのが、強硬派にしてみれば気に食わないのだろう。
その上で、今回強硬派はデラーズ・フリートが企んだ星の屑……地球に対するコロニー落としを止めた。
それによって、連邦軍における強硬派の地位がますます高くなった訳だ。
この強硬派も、それを理解した上で、今ならルナ・ジオンを敵に回してもどうにかなると……あるいは単純にテンションが上がってルナ・ジオン何するものぞといったような感じでやってきたのかもしれないな。
ましてや、ナスカ級の護衛はアクト・ザクが1機だけだ。
「シュタイナー、この船に他にMSは?」
「ギャン・クリーガーがあります」
シュタイナーが即座にそう言ってくる。
ギャン・クリーガーはエースや指揮官が使う機体だ。
つまり、それはシュタイナーの機体なのだろう。
となると、俺がそれに乗るのは不味いか。
「心配いりません、アクセル中尉」
シュタイナーがそう言ってくるが、中尉という階級が下の人物に対し、敬語を使ってくるのはどうなんだ?
そう思ったが、シュタイナーにしてみれば俺が誰なのかは知っている以上、今のような態度になるのは仕方がないといったところか。
「心配ない?」
「ええ。先程も言いましたが、今のバーニィはかなりの腕です。ましてや、ザク系MSに乗っている時は、本来の実力以上の力を発揮します」
そんな風にシュタイナーと会話をしていると、ブリッジとジム・カスタムの間での話が決裂したのか、それとも単純にジム・カスタムのパイロット達の頭に血が上りやすかったのか。
ともあれ、ジム・カスタムの1機がアクト・ザクに向けてジムライフルを発射しようとした瞬間、バーニィの乗るアクト・ザクは即座に動く。
ジムライフルの弾丸を回避しつつ前に出て、引き抜いたビームサーベルの切っ先をジム・カスタムのコックピットに突きつける。
もう少しアクト・ザクが腕を前に出せば、ビームサーベルはジム・カスタムのコックピットを貫くだろう。
ジム・カスタムは現在の連邦軍の運用しているMSの中では最高峰の性能を持つ。
つまり、それに乗るパイロットもエース級となる。
不死身の第4小隊が分かりやすい例だろう。
つまり、あのジム・カスタムのパイロットも相応の腕利きとなる。
……いやまぁ、強硬派のパイロットとして考えれば、もしかしたら腕はそこまででもないのに、強硬派としての影響力を使ってジム・カスタムに乗っているという可能性は十分にあるのだが。
とはいえ、窓から見た限りだとそれなりの技量を持つのは明らかだったが。
「殺さないのはいい判断だな」
もし俺がバーニィの立場であれば、恐らくはあのままビームサーベルでコックピットを貫いただろう。
だが、バーニィはそのようなことをすると危険だと……後々面倒な事になるとでも判断したのか、ビームサーベルを突きつけるだけで、そしてそこまでの動きで実力差を相手にしっかりと示していた。
事実、ビームサーベルの切っ先を突きつけられているジム・カスタムは勿論、他の2機のジム・カスタムも今のバーニィの操縦するアクト・ザクの動きを見て、攻撃を出来ないでいる。
今のアクト・ザクの動きから、もし自分達が攻撃しようとした場合、即座に自分達もビームサーベルの切っ先を突きつけられている仲間と同じような状況になってしまうと判断したのだろう。
「まぁ、しっかりと鍛えてますから」
殺さない為の訓練? と思ったが、実際にそれがこういう形で現れているのを見れば、おかしくはないかと納得してしまう。
「ともあれ、これで面倒な事がなくなるのは助かるな。……後は、これ以上妨害が入らないで月に到着出来ればいいんだが」
シーマなら、俺の正体を知っているので俺が死んだとは思わないだろう。
そもそも、ノイエ・ジールがソーラ・システムによって破壊されたという情報も出ていないのだから。
ただ、ニナやルセットは俺について知らない以上、俺が戻ってくるのが遅ければ心配する筈だ。
……それどころか、何らかの理由によってノイエ・ジールがソーラ・システムの光に飲み込まれるような映像を見る事になってしまった場合、間違いなく驚き、悲しんでもおかしくはない。
そのようにならない為にも、出来るだけ早く月に……あるいはコロニーを輸送しているシーマのナスカ級に追いつく必要があるのは間違いなかった。