「ふーん」
ブリッジに入ってきた俺とニナの姿を見て、シーマは何かに気が付いたかのように意味ありげに呟く。
……いや、この様子だと気が付いたかのようにじゃなくて、実際に気が付いたんだろうな。
ニナは歩きにくそうにしているのを隠そうとしているものの、シーマから見ればとてもではないが隠せてはいないようだったし。
他にも女の勘とかそういうので、俺とニナが何をしたのかを理解したとしてもおかしくはない。
もっともシーマがそれを口に出す様子はなかったが。
とはいえ、ニナもシーマの視線については理解しているのか、どこか居心地が悪そうにしていた。
そんなニナに助け船を出すという訳ではないが、シーマに声を掛ける。
「それで、もうすぐ月だって話だけど?」
……そう、部屋にいた俺とニナがブリッジに来たのは、それが理由だった。
シーマもニナと俺の様子を見てそれなりに満足はしたのか、その件についてはこれ以上追及する様子もなく頷く。
とはいえ、シーツの赤い染みは……まぁ、最悪俺が空間倉庫に収納すればそれでいいのかもしれないが。
「そうだね。見ての通り月が近くなってきたから、呼んだんだよ。もう少しゆっくりさせた方がよかったかもしれないけどね」
意味ありげに笑いながら、シーマはそう言ってくる。
そんなシーマを誤魔化すように……というか、単純に気になっていた事を尋ねる。
「そう言えば、月の周辺には強硬派の戦力がいたらしいが……そっちはどうなった?」
ジェネシス等を月の周辺から移動させない為に強硬派が月の周囲にいると聞いた時は、正気か? と思った程だ。
強硬派にしてみれば、これ以上ルナ・ジオンに手出しをされたくなかったのだろうが……ここで戦力を無駄に使うような事をする意味があるのか。
キシリア派が火星から派遣してきた艦隊にも監視として戦力を分けていたって話だし。
「撤退したそうだよ」
「……さすがにこのまま攻めてくるような事はしなかったか」
星の屑を阻止して、強硬派の士気は間違いなく上がっている筈だ。
……実際にはコロニーは両方とも俺が対処したのだが、1基目のコロニーはともかく、2基目のコロニーはソーラ・システムを使われた結果生み出された爆煙に紛れて空間倉庫に収納したから、向こうも気が付いてはいない……いない……うーん、どうだろうな。
とはいえ、ソーラ・システムを使ってコロニーを破壊したというのに、その破片とか残骸とか全くないのは疑問に思ってもおかしくはないと思うけど。
ただ……その辺りについて疑問に思っても、実際に破片や残骸が存在せず、コロニーも消滅している。
そうなると、疑問を抱いてもコロニーはソーラ・システムによって破壊されたと考えるしかないのも事実か。
バスクやジャミトフが俺の空間倉庫について知っていれば、また話は別だったかもしれないが。
ただそうなると、茨の園にこっちで確保したコロニーを使うのは危険かもしれないな。
茨の園についての情報を連邦軍が入手して探しに来た時、そこに俺が確保した2基のコロニーがあったら、面倒な事になりかねない。
とはいえ、ソーラ・システムでダメージを受けたコロニーは照射を受けた外側の被害がかなり大きいので、それこそ外側から見ただけなら、茨の園がある暗礁宙域に流れてついたコロニーの残骸を使ったと認識するかもしれない。
勿論、あのコロニーが運ばれていたのを考えると、その辺りの情報とかは連邦にあるだろうから、しっかりと調べられると登録された番号とかそういうので見つかってしまう可能性は否定出来なかったが。
あ、けどそうなると……
「話は変わるけど、現在俺達が護衛しているコロニーだが、これって所有権的にはどうなるんだ? ソーラ・システムで焼いた方はともかく、こっちのコロニーは普通に俺達で確保した以上、コロニー公社が、もしくは連邦が所有権を主張してくるんじゃないのか?」
元々はコロニー公社が運んでいたコロニーをデラーズ・フリートが奪ったのだ。
そうなると、所有権的にはどうなるのか。
当然ながらコロニー1基辺りの値段となるとちょっとした国家予算クラス、あるいはそれ以上の金額になるだろう。
そうなると、当然ながら俺達がコロニーを確保したから、所有権は譲渡します……なんて事にはならない筈だ。
最悪、それが原因でコロニー公社との関係も悪くなり、そのコロニーを使う予定だった連邦との関係も悪化する可能性は十分にあった。
ルナ・ジオンはシャドウミラーの下部組織である以上、連邦と敵対しても自給自足――という表現がこの場合正しいのかは微妙だが――出来るので、問題はない。
ジオン共和国、アクシズ、木星といったように、連邦以外の勢力とはそれなりに友好的な関係を築いているし。
ただ、ハワイの件を考えると連邦と迂闊に敵対するようなことは出来れば避けたいのも事実。
「ああ、その件についてなら政府の人間に任せればいいさね」
あっさりとそう言うシーマ。
面倒は上に投げるというのを、これ以上ない程にしっかりと示していた。
いやまぁ、それはそれで悪くないとは思うんだが。
実際に政治家や役人というのは交渉とかが専門の者達なのだから、適材適所と考えれば悪くない結果ではあるのだろう。
もっとも、それをやらされる方にしてみれば面白くはないかもしれないが……頼んだ相手がセイラとは違う、もう1人のルナ・ジオンの象徴となれば、断るに断れないだろう。
それがルナ・ジオンのメリットになるのであれば、尚更に。
「そうか? シーマがそう言うのなら任せるけど」
結局俺に出来るのは、そうしてシーマを通してルナ・ジオンの政府に任せる事だけだった。
もっとも、いざとなったらこっちでどうとでも出来るという自信があっての話でもあったりするのだが。
「任せて貰おうかね。……じゃあ、早速コロニーについて説明した方がいいだろうね。一応前もって連絡は入れてあるけど、その連絡を知っていても対処は難しいだろうし」
どうやら、一応前もって月にコロニーの件については連絡を入れていたらしい。
……当然か。そうでもしないと、月にコロニーが近付いて来たという事で、混乱するだろうし。
ましてや、星の屑というデラーズ・フリートによるコロニー落とし未遂があったばかりだ。
コロニーが近付いてくるという事に対して、恐怖を覚えるというのは十分に納得出来た。
「まぁ、その辺については任せるよ」
そう言う俺の言葉に、シーマはニヤリとした笑みを浮かべるのだった。
シーマが笑みを浮かべた通り……というか、シーマだからこそなのか、ともあれ月に対しての事情はあっさりとすることが出来た。
そして持ってきたコロニーは月の周辺にあるジェネシスを始めとする戦略兵器の側に置かれ、現在ナスカ級は軍港に停泊していた。
「それで、ニナはこれからどうするんだ?」
「……本社に顔を出してくるわ。色々と報告もしないといけないでしょうし」
「そうね。ラビアンローズの件も私達が報告する必要があるし」
ニナの言葉に続けるように、ルセットがそう答える。
何だかニナが微妙に居心地が悪そうにしているのは……まぁ、何となく予想は出来たりする。
ニナと付き合いがそこまで深くないシーマが、俺との一件を見抜いたのだ。
ニナとそれなりに付き合いのある友人のルセットが、その辺りについて気が付かない訳がなかった。
もっとも、シーマにしろルセットにしろ、ニナが俺に抱かれた理由については分からないだろうが。
ルセットはともかく、シーマにはその辺についても話す必要があるだろうな。
「そうか。じゃあ、ここでお別れだな。……またな」
「……ええ。また」
短くやり取りをする俺とニナ。
ただし、そこにあるのは軽い挨拶という訳ではなく、俺とニナの関係についてのものでもある。
ニナが俺に抱かれたのは……吹っ切る為、あるいは一夜の思い出。
そしてニナが自分の答えを出した以上、ここで別れたら次に会う時は今とは違った関係に……男女の関係ではなく、友人としての、あるいは一緒に仕事をした間柄としての関係になるのは事実。
だからこそ、ニナは少し悲しげな表情をしてるのだろう。
「あ、ちょっと私先に行ってるわね」
そんな俺とニナの間にある雰囲気を感じるか察するかしたのだろう。
ルセットは俺とニナを置いて、自分だけで先に行った。
そうして残ったのは、俺とニナだけ。
「気を遣って貰ったのかしら?」
「多分な」
「……後でお礼をしなくちゃね」
そう言い、笑みを浮かべるニナ。
もっとも、その笑みにはちょっとした迫力があるのも思えば、ニナの言うお礼というのはルセットにとって決して好ましいようなものではなかったりしそうだが。
その辺については、俺は気にしないようにしておこう。
ルセットがニナを相手に何をどう言ったのかは分からないし。
「なら、俺の分のお礼もしっかりとしてやってくれ」
「任せておいて、……それにしても、今になって考えると……アクセルと一緒の日々は楽しかったわね」
「そうか? 俺と初めて会った時は、技量が信用出来ないとしてシミュレータをやって、その後はシミュレータはシミュレータだからって事で、フィフス・ルナに駐留する連邦軍を引っ張り出して模擬戦をさせられたりしたんだが?」
「う、そ、それは……しょうがないじゃない。アクセルの今の外見を見れば、とてもじゃないけど腕利きのパイロットとかには見えないんだから!」
不満そうな様子でそう言うニナだったが、だからといって20代の姿でテストパイロットとして参加すると、それはそれで俺が誰なのかはあっさりと知られそうだし。
そうなると、残りは10歳の姿だが……さすがにそれでテストパイロットをやるのは無理がある。
今のこの外見でもかなり無理があるのは間違いないのだから。
「ニナの気持ちは分かるけど、だからといって誰もが知っているアクセル・アルマーの姿でやって来る訳にはいかないだろう?」
「……それはそうだけど」
ニナも俺の言葉に不満を抱いてはいる様子だったが、それで当時の事を思い出せば不満があるのだろう。
「だろう? なら、納得してくれとしか言えないな。それに……俺はきちんとテストパイロットとしての役目は果たしただろう?」
「正確には果たしすぎたという表現の方が正しいと思うけどね」
ニナの言葉に、当時の事を思い出す。
確かに言われてみれば、そういう一面がないでもなかったか?
パワード・ジムのデータ取りに、一喜一憂……いや、より正確には悲喜こもごも? ともあれ、俺がテストをする度に騒ぎになっていたのを覚えている。
ウラキがゼフィランサスに乗った時、その性能を十分に発揮させたというのと裏腹に、俺の場合はMSの性能を限界ギリギリまで引き出していたのだ。
どちらもMSの性能を引き出しているというのは同じだったが、ウラキの方は本当の意味でギリギリの性能を引き出せはしていないものの、機体に掛かる負荷はそこまで大きくはない。
それに対し、俺はMSの性能を最大限に発揮出来るものの、機体の負荷が大きいので、頻繁に整備が必要になる。
これはどっちが優れているといった訳ではなく、そういう特性とでも呼ぶべきものだ。
「その言葉は褒められている……と思いたいところだけど、どうだろうな」
「さあ、どうなのかしらね。アクセルの判断に任せるわ」
そうして話していると、いつの間にか20分程が経過していることに気が付く。
「あ……もう少し話していたいけど、もう行かないと。ルセットを待たせてるでしょうし」
「ルセットの場合、寧ろニナが来るのが遅くなればなる程に嬉しくなるんじゃないか?」
「ちょっと、止めてよね。アクセルが言うと、本当になりそうじゃない」
不満そうな様子で言うニナ。
ニナにしてみれば、ルセットにからかわれるのは避けたいのだろう。
その気持ちは正直なところ分からないでもない。
分からないもないが……最後とはいえ、こうしてたっぷりと話しているとなると、それについてはどうしようもないだろう。
「なら……名残惜しいけど、早く行った方がいい」
「……そうね。出来ればもっとアクセルと話していたかったんだけど……いつまでもこうして待たせる訳にもいかないし、本当にそろそろ行くわね。……ねぇ、アクセル?」
「うん?」
「今まで色々と、本当に色々と……ありがとう。これはお礼」
そう言い、ニナは俺の唇に自分の唇を重ねてくる。
唇と唇を触れ合わせるだけのキス。
そのまま数十秒。
やがてニナは俺から唇を離すと、笑みを浮かべて…眦に微かに涙があったが、それでも笑みを浮かべて口を開く。
「じゃあ、アクセル。……私は行くわね。今度会ったら、その……今までとは少し違う関係になってると思うけど、よろしく」
「ああ、ニナも色々と大変だろうけど、頑張れよ」
俺の一件だけではなく、ガンダム開発計画の一件でも大変なのは間違いない。
そんな俺の言葉に、ニナは満面の笑み浮かべて頷く。
「ええ。……じゃあね」
そう言い、走り去るニナ。
微かに涙が零れたのは、見なかった事にする。
こうして俺は、ニナと別の道を行く事になるのだった。