月に戻ってきた俺は、特に何かやる事もない。
これで何か急な仕事でもあれば、ニナとの一件で複雑な感情を抱いている今の状況を何とか出来るのかもしれないが……コロニーの一件や茨の園の一件、デラーズ・フリートやキシリア派の一件といった事は俺がどうこう言うような事はなく、この世界の人間に任せるのが一番なのは間違いなかった
そんな訳で、ニナとの一件の傷心を癒やす為、クレイドルの街中を歩いていたのだが……
「えー……嘘だろ?」
街中を歩いていた俺が見たのは、既にお馴染みのゴーヤクレープの屋台。
だがいつもと違うのは、その屋台の前に少しだが行列が出来ていた事だろう。
その光景に、思わずそんな声を上げてしまう。
ゴーヤクレープの屋台があるのはそんなにおかしな話ではない。
一体何がどうなっているのかは分からないが、ゴーヤクレープの屋台は色々な世界に出店してるのだから。
それこそシャドウミラーにとって他の世界と交流する為の一番の目玉とも言うべきか、魔法使いとかよりもゴーヤクレープの進出速度は早いのだ。
普通に考えれば異常でしかないのは俺にも理理解は出来るのだが、こうして何度もゴーヤクレープの屋台が色々な世界に出ているのを見れば、そういうものとして納得するしかないのも事実。
だからUC世界にゴーヤクレープの屋台が出ているのを見るのは、そこまで気にするような事ではない。
このUC世界はシャドウミラー的にもかなり力を入れている世界なのだから。
しかし……だからといって、こうしてゴーヤクレープの屋台の前に行列が出来ている光景は予想外でしかなかった。
そうして不思議そうに見ていると……その中に、クレープ屋には相応しくない程にゴツい、強面の男の姿を見つける。
「オルテガ?」
思わずその名前を呼ぶと、これだけの混雑の中であるにも関わらず、オルテガも俺の姿に気が付いたのだろう。
囲の迷惑を気にした様子もなく、大きく手を振ってくる。
「おう、アクセルじゃねえか。どうしたんだ? お前もクレープを買いに来たのか?」
そんなオルテガの様子に、並んでいる他の客は微妙に迷惑そうな表情を浮かべている。
仕方がない、か。
このままここで話をしていると、それはそれで面倒な事になりそうだったので、行列に並んでいるオルテガの側まで行く。
俺が行列に割り込むとかそういう事ではなく、周囲に迷惑を掛けずに話す為だった。
「久しぶりだな。今日はまた、随分と珍しい店……屋台に並んでるんだな」
「ああ、マリオンが食いたいって言ってたからな」
そう言い、視線を向けると……なるほど、離れた場所にマリオンの姿があった。
1年戦争の頃と比べると大人っぽくなってはいるが、それでも相変わらず儚げな美貌の持ち主。
「なるほど。なら、いつまでもここにいるのは迷惑になるだろうし、俺はマリオンと一緒に待ってるよ。ああ、ちなみに俺はゴーヤクレープはいらないから」
「そうか? 結構美味いって評判なんだがなぁ」
マジか。
そう突っ込みたくなった俺は、間違ってはいないだろう。
とはいえ、ゴーヤクレープの屋台もそれなりに売り上げがあるからこそ店を出しているのも事実。
そうでなければ、こうして色々な世界に出店したりといったことは出来ないだろう。
つまり、どの世界でも赤字にならない程度の商売にはなっているらしい。
それでもここまで行列が出来ている光景は見た事がなかったが。
「俺の舌に合わないのは間違いないな」
そう言うと、オルテガは残念そうにしながらも諦める。
俺が好みではないのに、無理に勧めるのはどうかと思ったらしい。
この辺の気遣いは、マリオンと付き合い始めてからのものだよな。
マリオンと付き合う前なら、それこそ自分が勧めているのに食べないとは何事だとか、そういう風に言ってもおかしくはなかったのだから。
「そうか。じゃあ、少し話したい事もあるし、向こうで少し待っててくれ」
オルテガの言葉に頷き、マリオンが待っている方に向かう。
……なお、クレープ屋の前に並んでいた他の者達の多くからは、驚愕の視線を向けられていた。
セイラやシーマ程ではないにしろ、黒い三連星も十分に有名人だ。
1年戦争でキシリア配下の特務小隊として働き、ブリティッシュ作戦においてはレビルを捕らえるという大殊勲を挙げたし。
それだけに、ジオン軍も大々的に黒い三連星の名前を広めた。
だからこそ非常に有名になった訳だ。
……ルナ・ジオンの建国については、黒い三連星の名前も少なからず影響したのは間違いない。
ましてや、オルテガは黒い三連星の中でも一番大きく、目立つ。
本人も目立ちたがりだしな。
そんな訳で、こうして黒い三連星の中でも一番目立つオルテガがいれば、それに気が付く者も相応にいる。
そのようなオルテガと普通に話している俺は何者かと、そんな視線を向けられるのはおかしな話ではなかった。
とはいえ、俺はそのような視線はスルーしてマリオンのいる場所に向かったが。
寧ろ俺よりオルテガと付き合っているマリオンの方が、周囲から向けられる視線にはかなり強いものがあるだろう。
「こんにちは、アクセルさん」
「ああ、久しぶりだな。デートの邪魔をしたか?」
「ふふっ、構いません。オルテガさんがそう言ったんでしょう?」
へぇ……マリオンと会うのは結構久しぶりなような気がするが、随分と落ち着いた様子を見せるようになったな。
無理もないか。マリオンは1年戦争の時には14歳。
そして今は0083なので、17歳……それとも誕生日によっては18歳か?
そのくらいの年齢になったのだから、落ち着くのも当然だろう。
「まあ、そんな感じだ。……マリオンは特に問題はなさそうな感じだな」
「ええ、アルテミスでの実験はそこまで負担にはなりませんから。それに、子供達と遊ぶのも楽しいですし」
そう言い、微笑を浮かべるマリオン。
……一見すると優しそうなお姉さんといった感じのマリオンだったが、フラナガン機関で助けて貰ってからずっと一途にオルテガを想い続け、押して押して押しまくり、最終的には今のようにオルテガと付き合う事になったんだよな。
また、既にマリオンとオルテガの間には肉体関係があり……当然こちらもマリオンが迫って……そう、表現を考えずに言うのなら、オルテガがマリオンに捕食された形となる。
もっとも、オルテガもマリオンも双方共に幸せそうなので、その辺については何の問題もないのだが。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
ニュータイプ能力か、あるいは女の勘か。
そうマリオンが俺に聞いてくるので、何でもないと首を横に振っておく。
もしここで俺が何かを言えば、それこそ本当にニュータイプの勘や女の勘で俺が何を考えているのか、完全に読んできそうだし。
「そう言えば、マリオンはともかくオルテガは今は忙しかったんじゃないのか? 連邦軍……というより、強硬派が月の近くまで来ていたんだろう?」
そのような場合、黒い三連星としてルナ・ジオン軍のエースであるオルテガも出撃する機会があるのではないか。
だが、現実にはこうしてマリオンとデートをしている。
ちなみにマリオンもニュータイプ研究所であるアルテミスのニュータイプ部隊に所属してるので、何かあったら出撃する事もあったりするのだが。
だが、ニュータイプ部隊はルナ・ジオンにとって特別な存在であるのも事実。
基本的には出撃せず、何か特別な事……敵が強力だったり、あるいは敵の中にニュータイプがいたりといったような時でもなければ、出撃するような事はない。
実戦訓練の為に出撃するとか、そういう事はあるかもしれないが。
ニュータイプは感覚が鋭い。
相手を殺してしまった時、その痛みや衝撃、絶望、憎悪といった諸々をまともに受けてしまうらしい。
だからこそ、そういうのを感じても受け流せるようにする必要があった。
中には最初からそういうのは平気だという者もいるらしいし、個人でその辺の感覚は大分違うらしいが。
「ええ、ですがもう撤退したので、出撃する必要はなくなったみたいです。それに……向こうもルナ・ジオン軍を刺激する訳にはいかないと思っていたのか、月の周辺には来ましたが、実際には月の宙域内には入ってこなかったようですし」
「強硬派にしては珍しいな」
強硬派の事なので、それこそ問答無用で月の中域内に入ってきてもおかしくはなかった。
とはいえ、セイラはどこぞの平和ボケした国の……それこそ国の領土に入ってきた相手に対しても何も出来ず、遺憾砲しか使えないようなヘタレた事なかれ主義の国のトップとは違う。
そのような相手がいた場合、即座に戦力を派遣して宙域に侵入してきた者達を捕らえるなり、あるいは撃破するなりするだろう。
この辺りの断固たる決意――実際には国を動かす者として最低限の行為なのだが――があるのが、セイラが月の住人から人気のある理由なのだろう。
本当にどこぞの国のトップには見習って欲しいものだ。
「オルテガさんから聞いた話によると、強硬派と一口に言っても色々といるみたいなので。そういう意味では、月に来た強硬派はその中でも慎重な人だったという事らしいです」
オルテガ、恋人とはいえマリオンにそういうのを教えるのは不味いんじゃないか?
そう思っていると、ゴーヤクレープを持ったオルテガがこちらにやってくる。
あの屋台はあくまでもゴーヤクレープの専門店なので、他の……例えば一般的な苺のクレープとか、そういうのは売ってないんだよな。
「おう、待たせたな。……ほら、マリオン。……けどこれ、本当に美味いのか?」
「リタちゃんとミシェルちゃんがヨナ君と遊びに来た時に食べたら、美味しかったそうですよ」
「……あの3人か。ヨナの奴も両手に花って奴だな」
そんなマリオンとオルテガの話を聞いて、聞き覚えのある3人の名前にどこで聞いたんだったか……と考え、すぐに思い出す。
そうそう、リタ、ミシェル、ヨナという3人は奇跡の子供達と言われていた者達だ。
1年戦争の時にジオン軍が行ったコロニー落とし。
それが連邦軍の抵抗によって失敗し、途中で崩壊したコロニーの中でも一番大きい部分がシドニーに向かって落ちたのだが、それを予見した子供達がいた。
リタ、ミシェル、ヨナの3人。
奇跡の子供達という話がオーストラリアでは広まっており、あのままだと連邦軍に確保されて実験体にされるかもしれないと思ったので、こっちで確保したんだよな。
その奇跡の子供達は現在、マリオンと同じニュータイプ研究所のアルテミスの所属となっている。
結果として、こうしてニュータイプ研究所の所属という扱いになってはいるが、ルナ・ジオンのニュータイプ研究所は被検者のニュータイプに対する扱いがかなり良い。
これはルナ・ジオンを率いているセイラがニュータイプだからというのも大きく影響してるのだろう。
「その様子だと、あの3人は元気にやってるみたいだな」
「はい。休みの日には色々と出掛けたりしているらしいですよ。ただ……ヨナ君はMSのパイロットに憧れているらしいです」
「まぁ、男の子だし……そういうのはおかしくないだろ。いっそ、オルテガが鍛えてやったらどうだ?」
「あ? 俺がか? ……苦いな、これ……ともあれ、軍人としてやっていけるような奴ならともかく、まだ子供だろ? 俺が鍛えたりしたら、身体を壊すぞ」
ゴーヤクレープの味に不満そうにしながら、オルテガがそう言う。
言われてみればそうか。
特にオルテガは、黒い三連星の中でも典型的な脳筋だ。
ガイアやマッシュなら、まだ子供向けの訓練メニューとかを考える事も出来るだろうが……オルテガにそれを期待すると、どうなるやら。
実際オルテガもそれを自覚しているから、自分ではやらないと口にしてるのだろうし。
「個人的には、オルテガには無理でもガイアやマッシュ辺りに相談して訓練トレーニングとか作って欲しいところではあるけどな」
「……何でそこまでアクセルが気にするんだ?」
「縁があるからというのもあるが、アルテミスの中で……ニュータイプ候補の中でパイロットを目指す奴ってのは、そう多くないからこそ貴重だろう?」
ニュータイプ研究所に所属している者の中でも、部隊を率いるシャリア・ブルであったり、クスコやマリオンといった面々はしっかりとMSやMAを操縦出来る訓練をしている。
だが、中にはあくまでも被検者としてニュータイプの研究には協力しているものの、MSやMAの操縦訓練はしておらず、実戦には出ないという者もいる。
単純に、年齢の問題で実戦に出るのはまだ早いとかもあるが。
ともあれ、そんな状況でパイロットになるのを希望するのなら、十分に期待出来るのは間違いなく……なら、一流のパイロットに鍛えて貰うのがいいと思うのは、そう間違ってはいないだろう。
そんな風に思いつつ、俺はオルテガやマリオンと少し話をするのだった。