ガーベラ・テトラ改に乗ってナスカ級から出撃し、暗礁宙域の外に出る。
ルナ・ジオンが茨の園を占拠する為に派遣した艦隊は結構な戦力だったが……だからこそ、ここまでやって来た軍艦の全てが暗礁宙域に入った訳ではない。
暗礁宙域というのは、多数のデブリ……岩塊だったり、1年戦争で破壊されたコロニーや戦闘機、MS、軍艦の残骸とか、他にも諸々が集まっている場所だ。
それだけに、暗礁宙域を進むにはある程度空間的な余裕が必要となる。
もっとも、俺達はそういうデブリをある程度片付け、茨の園まで続く道を作ったのだが。
だが……その道もあくまで一時的なものでしかない。
明日……いや、明日にならなくても、それこそ数時間も経てば、何らかのデブリが作った通路に流れてくる筈だ。
通路を作ったとはいえ、デブリとかが流れてこないように金属の板とかで防いでいる訳ではないのだから。
ただ、それでも今は普通に軍艦であっても行き来が可能なようになっているのは間違いない。
それでもまだここにやってきた艦隊の全てがその通路を使って茨の園まで到着した訳ではない。
……いっそ、軍艦が全て暗礁宙域の中に入って茨の園のある場所まで移動していれば、連邦軍がこの暗礁宙域に近付いてきてもルナ・ジオン軍がいるとは分からなかっただろうに。
連邦軍、あるいは強硬派が茨の園の情報を入手してやって来たとかであれば、話は別だっただろうが。
さて、暗礁宙域までやってきた連邦軍は、その辺どうなっているんだろうな?
ルナ・ジオン軍的には偶然通り掛かっただけで、来たのも強硬派ではない普通の連邦軍の方がいいんだろう。
けど、俺にしてみればガーベラ・テトラ改の実戦テストをやるという意味でも、そして強硬派の戦力を削るという意味でも、暗礁宙域に近付いて来たのは強硬派の方がいいんだが。
そんな風に思いながら道となった暗礁宙域を進む。
シーマは一応俺の護衛ということで戦力を出すとは言っていたが、その戦力は恐らく暗礁宙域の外にいる艦隊からだろう。
……もしかしたら、もうMSが出撃してるかもしれないが。
「見えた」
シュツルム・ブースターが固定されているおかげで、ガーベラ・テトラ改の機動性はガーベラ・テトラよりも上だ。
もっとも、ガーベラ・テトラの場合はシュツルム・ブースター・ユニットという名称通り、使い終わったら排除する事が出来たのに対し、ガーベラ・テトラ改の場合は取り外し出来ないようになっているので、その点ではデッドウェイトなんだが。
勿論、ディアナのメカニック達もその辺については一応考えていたので、シュツルム・ブースターはガーベラ・テトラの物と比べても半分以下にまで小さくなっている。
……それはつまり、その分だけ中に入る推進剤の量が少なかったり、あるいはスラスターとしての性能が低くなっているという事を意味するのだが、その辺はトレードオフの関係なので仕方がないだろう。
機体制御を確認しつつ、進み続け……
「出た」
ガーベラ・テトラ改は暗礁宙域を出る。
同時に、すぐに周辺の状況を確認。
連邦軍所属と思しきサラミス級が5隻に、背後……かなり離れた場所にコロンブス級が2隻。
コロンブス級?
もしこの連邦軍が偶然この場所にやって来た……いわゆるパトロール艦隊とかそういうのなら、補給艦であるコロンブス級は一緒に行動していないだろう。
コロンブス級をサラミス級と一緒に行動させているとなると、それはつまり相応に長期間の作戦であるという事を示しているものであり……
偶然ここに来た訳ではなく、やっぱり茨の園を目当てにやって来たのか?
となると、向こうも茨の園を確保しようとしていた訳だから、そう簡単に退くことは出来ないだろう。
『アクセル中尉の手を煩わせてしまい、申し訳ありません』
近くにいたナスカ級から通信が入る。
茨の園の接収にはルナ・ジオン軍からも結構な数が派遣されている。
具体的には、ナスカ級3隻、ザンジバル級5隻、ムサイ級7隻、パプア級10隻だ。
ただし、その殆ど既に暗礁宙域に入っており、暗礁宙域の外側に残っているのはナスカ級1隻、ザンジバル級2隻、パプア級6隻だ。
補給艦で、戦いの中では弱点となるパプア級がまだ半分以上暗礁宙域の外に出ているのは、道が出来たとはいえ、まだ何があるか分からないからだ。
「気にするな。こっちとしても悪くない展開だしな。……ただ、パプア級は出来るだけ早く暗礁宙域の中に突入させろ。戦いになった時、パプア級が狙われると被害が大きい」
パプア級は補給艦ではあるが、一応武装はしている。
だが、その武装は当然ながらメガ粒子砲とかミサイルとか、そういう威力の強い物ではなく、機銃程度でしかない。
連邦軍のMSを撃破出来るかとなると……いやまぁ、上手い具合に命中すれば撃破出来るかもしれないが、それはあくまでも上手い具合に命中すればの話だ。
普通の人員が機銃でMSを狙っても、そう簡単に命中させられるものではない。
そんなパプア級が連邦軍に狙われるような事があれば、その時にこっちが受ける被害はかなり大きい。
俺の操縦するガーベラ・テトラ改はかなりの性能だし、俺の操縦技術も高い。
だが、それでもファントムのような武装がある訳でもない以上、一斉に攻撃されるようなことがあれば、パプア級を守れない。
別に俺だけで守る必要はないんだが。
それこそここに残っている戦力にはMSも相応の数がいるのだから。
ただ、それでもパプア級を出来るだけ早く避難させるのに越した事がないのも事実。
『一応、既にそのように指示は出しています』
どうやら既にその辺りの指示は出していたらしい。
この辺はさすがだな。
「分かった。……相手との交渉はどうなっている?」
『この場から立ち去れと』
「……問答無用でか?」
『は』
俺の言葉に艦長が頷く。
だとすれば、やっぱり相手はただの連邦軍ではなく、強硬派らしい。
予想はしていたので、そこまで驚くようなことではないのだが。
『向こうはジャマイカン少佐という人物で、こちらがこの場から退避しない場合、攻撃をすると言ってきています』
「強硬派らしい……うん? ジャマイカン?」
艦長の口から出たのは、俺にとっても聞き覚えのある名前だった。
以前……そう、水天の涙の時にフィフス・ルナに所属していた連邦軍の軍人で、俺と交渉した人物がそういう名前だったような気がする。
いや、けど階級が違うような?
まぁ、水天の涙から2年も経ってるんだし、階級が上がっていてもおかしくはないか。
そう言えば、ガンダム開発計画がフィフス・ルナで行われるようになってからジャマイカンには会ってなかったが……もういなかったのか?
そう疑問に思ったが、考えてみれば当然だろう。
ガンダム開発計画はコーウェンが主導で行われていた計画だし、その影響でフィフス・ルナにはコーウェンの派閥の者達がいた。
ジャマイカンは以前から強硬派だったし、どこか他の場所に転属になっていても仕方がないが。
『お知り合いで?』
俺の様子から俺がジャマイカンと知り合いだと判断したのか、艦長がそう聞いている。
「ああ、以前会った事がある」
水天の涙については……言わない方がいいか。
何しろインビジブル・ナイツの生き残りは現在月にいる訳だし。
『そうですか。では、交渉はお任せします』
「任せろ。……ただ、ジャマイカンの性格を考えると、ここで大人しく退くというのはちょっと考えられない。戦闘になる可能性もあるから、その時はこっちもすぐにMSを出撃出来るようにしておいてくれ」
艦長が俺の言葉に頷いて敬礼をするのを確認すると、通信を切る。
そして、サラミス級との間に……ジャマイカンの乗っている艦に向けて、通信を入れる。
「こちら、ルナ・ジオンのアクセル・アルマーだ」
中尉という階級に関しては、意図的に言わない。
ジャマイカンが俺を相手にどう反応するか分からないというのが、この場合は問題だしな。
『アクセル・アルマー……何故、貴方がここに?』
映像モニタに表示されたジャマイカンが、いきなり映像モニタに現れた俺の姿を見て驚きの声を上げる。
ジャマイカンにしてみれば、二度と会いたくなかったのだろう。
それもこんな場所で。
「ルナ・ジオン軍に所属する俺がルナ・ジオン軍の作戦行動に参加してるのは当然だろう? ……それで、連邦軍が一体ここに何の用件があるんだ? 現在ここはルナ・ジオン軍が作戦行動中だから、出来ればとっとと帰って欲しいんだが」
『……こちらも事情があるので、そう簡単にはいきません』
ん? ちょっと意外だったな。
水天の涙の一件から考えて、ここで俺が出れば即座に退くと思ったんだが。
「それはつまり、ルナ・ジオン軍と戦うという事か? 当然ながらそうなれば国際的な問題になるぞ? 言うまでもないが、ここにきてからの各種データの類はきちんと保存してある。俺達が最初にここにいたのも、それを見れば証明出来る筈だ」
そう言うも、この一件はそこまで強力な手札にはならないだろうなとも思う。
現在の強硬派は、星の屑を阻止した一件によって連邦内で強い影響力を持っている。
もし保存されたデータを公開しても、それを誤魔化す手段は幾らでもあるだろう。
だからといって、それが通じるのはあくまでも連邦内部だけであり、ルナ・ジオンには通じないが。
後は、ジオン共和国もどうだろうな。
ジオン共和国は連邦の従属国的な感じではあるが、同時にルナ・ジオンの本拠地である月のすぐ側にサイド3はある。
連邦とルナ・ジオンのどちらと親しいかとなると、当然ながらそれはルナ・ジオンとなるのだ。
実際、いざとなればルナ・ジオンはサイド3……ジオン共和国を養うだけの能力を持っているのは間違いないし。
当然ながら、それはシャドウミラーがあっての話になるが。
『それでも、こちらも上から命令を受けている以上、茨の園をそのままルナ・ジオンに渡す訳にはいきません』
ジャマイカンが俺の言葉にそう返している。
けど……なるほど、やっぱりそうか。
ジャマイカンがこうして茨の園という名称を出したという事や、何よりそれをルナ・ジオンに渡せないという事もあって、ジャマイカン達の目的ははっきりした。
やはり捕虜か何かから茨の園の情報を入手して、それを接収に来たのだろう。
まぁ、それなりに多くの戦力を引き連れて来たのだから、ただのパトロール艦隊が偶然ルナ・ジオン軍がここにいるの見つけて近付いて来た訳じゃないとは思っていたが。
「なるほど、話は分かった。だが、残念ながらこっちもはいそうですかと渡す訳にはいかないのも事実だ。……さて、そうなるとどうする? ここで俺達と戦うか? そうなれば、当然ながら月と地球の戦争になる訳だが」
『ぐ……』
言葉に詰まるジャマイカン。
無理もないか。
ジャマイカンにしてみれば、自分の判断で月と地球が戦争になるというのは避けたいだろうし。
……これが、星の屑でソーラ・システムの指揮をしていたバスクなら、寧ろ喜んで月と地球の先端を開くだろうが。
良くも悪くも、ジャマイカンは小粒といったところか。
現実が見えていると言い直してもいい。
何しろ連邦軍は星の屑によって大きなダメージを受けた。
観艦式は勿論、コロニー落としの時に連邦軍が受けた被害も考えれば、連邦宇宙軍の受けた被害は洒落にならないものがある。
そんな中で、月と戦争になったらどうなるか。
ジャマイカンにはその辺りについても分かっているのだろう。
より正確にはそのような状況で自分が月と戦線を開いた戦犯として扱われるのを避けたいといったところか。
ジャマイカンが……そして強硬派や連邦軍がどのように思っているのかは分からないが、シャドウミラーの実力を正確に把握している俺にしてみれば、連邦軍とルナ・ジオン……そして後ろ盾になっているシャドウミラーが衝突した場合、どちらが勝つのかは考えるまでもなく明らかだ。
「どうする? もし今回の一件が原因となってルナ・ジオンと連邦軍が戦いになった場合……しかもそれで連邦軍が負けた場合、最大の戦犯は俺達と開戦したお前が原因という事になり、それこそ学校の教科書に出て来るレベルで悪名が後世まで残るだろうな。しかも、当然ながらそういう事になれば、お前だけではなくお前の家族や親戚、友人……そういう者達がどういう扱いになっても、俺は知らないけどな」
地球に残っている者達がエリートという認識の連邦にとって、棄民政策で宇宙に棄てたスペースノイドに連邦が負けるというのは、とんでもない屈辱だろう。
ましてや、それを起こした元凶ともなれば、余計にどういう扱いになるのかは予想出来てしまう。
『だが……』
『サラミス級からMSの出撃を確認!』
ジャマイカンが何かを言うよりも前に、ナスカ級からの通信でそう知らされるのだった。