降伏したジム・クゥエルは、ナスカ級に収納された。
きちんと南極条約に則った扱いをするように言っておいたので、恐らく捕虜の虐待とかはないだろう。
もっとも、尋問の類は行われるだろうが。
何しろあの男は、強硬派に所属する男だ。
そうなると、今の……星の屑を防いだという事で勢いを増している強硬派の情報は色々と持っている筈であり、それを入手するのは当然のことだろう。
捕虜とはいえ、無駄飯を食わせるのもどうかと思うし。
……これで月にいるのなら、完全無農薬の農場で働かせて自分の食い扶持くらいは稼がせるんだが。
ここは茨の園が存在する暗礁宙域であり、だからこそ捕虜にやらせるような仕事はない。
艦内の雑用とかはあるが、それで捕虜にナスカ級の情報を渡したり、あるいは破壊工作や脱出されるようなことがあったら洒落にならないし。
なので、大人しく連邦の……強硬派の情報を貰うことでよしとしておく。
情報というのは、場合によってはかなりの値段となることも珍しくはないのだから。
ともあれ、ジャマイカン率いる艦隊との交渉は、今回の一件で間違いなくこちらに有利になった
何しろ、交渉の最中にいきなりMSで出撃してきて、問答無用でこちらに攻撃してきたのだから。
戦闘の後始末……メギロートやバッタが捕虜になったのとは別の、コックピットを貫いた方のジム・クゥエルを運び出すのを見ながら、敵の旗艦に……その旗艦に乗っているジャマイカンに通信を送る。
「さて、今の俺達は敵同士、ルナ・ジオンと連邦はこれで戦争状態に入った。……そう思ってもいいのか?」
『待って欲しい。そのようなことはない。今回の一件は不幸な事故だ』
「不幸な事故、ねぇ……その割に、その事故が起きてから連邦軍側では特に何の動きもなかったようだが?」
これは事実だ。
俺とジム・クゥエル3機が戦っている間も、連邦軍の艦隊はただ黙って戦闘の成り行きを見守っていただけだった。
もし本当に今のが不幸な事故としたいのなら、出撃したジム・クゥエル3機を止める為に、別のMS隊が出撃してきたのではないか。
そのように思うのは、決しておかしな話ではない。
……もっともそれは一般的な話で、もし実際にそのような事になっていたら、出撃してきたMSも強硬派である以上、そちらも最初に出撃したMS隊と協力してこちらに攻撃してきた可能性もあったが。
そうなったらそうなったで、こっちとしては対処しやすかったから、構わなかったけど。
『いや、それは……こちらも止める為に出撃用意はさせていた。だが、戦いがあまりにも早く終わってしまった為、出撃させる余裕がなかったのだ』
苦しい、苦しいな。
ジャマイカンの言う通り、戦闘そのものは長引くこともなく、かなり短い時間で終わった。
それは間違いないが、それでも別に瞬殺という訳でもなかった以上、出撃する余裕はあった筈だ。
「ふーん……あれだけの時間があっても出撃出来ないのは、正直なところどうかと思うが……まぁ、そっちがそう言うのなら、信じておこう」
そんな俺の言葉に、ジャマイカンが悔しそうに顔を顰める。
とはいえ、言い返す事は出来ない。
もしここで出撃させられるけど出撃させなかったといったようなことを言おうものなら、それこそ何故出撃させなかったのかという事で問題になるだろう。
……実際、ジャマイカンにしてみれば、出撃したジム・クゥエルが何とか俺を倒す事が出来れば、それはそれで問題ない……どころか、強硬派の中で大きな影響力を振るえるといったように思って、万が一を望んでいたとしてもおかしくはない。
とはいえ、だからといってそれで俺が負ける筈もないが。
その結果が今のような状況になっている訳だし。
ジム・クゥエルは恐らく強硬派がジム・カスタムを改修したMSだ。
それ事態はそこまでおかしな事ではない。
特長がないのが特徴と言われるジム・カスタムだが、それは全ての性能が満遍なく高いという事を意味しており、今の時代においては間違いなく連邦軍の中でも最高峰の性能を持つMSだ。
それもゼフィランサスなんかと違い、試作機という訳ではなく量産機として性能が高い。
強硬派が自分達の専用MSを作ろうと考えた場合、そんなジム・カスタムを機体開発のベースにするのはそんなにおかしくはない。
とはいえ、強硬派が星の屑を止めてからまだそんなに経っていない。
そして改修機とはいえ、MSを開発するというのはそれなりに時間が必要となる。
そう考えると……恐らくだが、ジム・クゥエルは以前から開発を進めていたといったところなのだろう。
「信じておくが、今の行動で俺に対して借りが1つ出来たのは間違いないな? ……さて、どうする? その借りを踏み倒そうとしてお前達が退かないのなら、こっちもそれに対応する必要があるんだが?」
『ぐ……それは……』
ジャマイカンは俺の言葉に何も言えなくなる。
実際、ルナ・ジオン軍の練度は高い。
ましてや、先程ジム・クゥエルを持ち帰らせたが、メギロートやバッタもいる。
バッタはそこまで性能が高くないので、ジャマイカンの艦隊でも普通に倒せるだろう。
だが、メギロートは違う。
それこそジム・クゥエルと比べても、恐らくはメギロートの方が性能は高い。
そんな無人機を大量に有する俺達と正面から戦って、ジャマイカン達が勝利出来るとは思えない。
そう考えれば、向こうとしては大人しく退くしかないのだが……ここで問題になってくるのが、強硬派という立場だ。
強硬派という名の通り、弱腰では他の者達にどのように思われるのかは考えるまでもない。
強硬派の中にも慎重な者がいるとは思う。
まさか慎重な者が1人もいないとは、とうてい思えなかった。
……いやまぁ、そうなったらそうなったで面白そうだとは思うが。
ともあれ、慎重な者がいるのは間違いないが、こうして実際にルナ・ジオン軍と向き合い、しかもそれで実際に戦闘が行われ……しかも、その中の1人はオープンチャンネルでみっともなく命乞いすらしてみせたのだ。
普通に考えれば、今回の一件は強硬派にとって最悪の結果なのは間違いないだろう。
だからこそ、ジャマイカンはここで大人しく退くことは出来ない。
ただ……俺達と正面から戦うなんて事をすれば、負けるのが目に見えている。
それもちょっとやそっとの負けではなく、圧倒的な敗北だ。
撤退すればジャマイカンの評価は下がるが、俺達と戦って負けてしまえば、撤退するよりも評価は下がる。
『……どうだろう、茨の園については共同統治をするというのは』
やっぱりな。
ジャマイカンの口から出た言葉は、予想通りのものだった。
撤退すれば評価が下がる、戦っても負けてそれ以上に評価が下がる。
そうなると、ジャマイカンとしては何とか評価を上げる……あるいはそれは無理でも、下がる評価を出来るだけ小さくしたい。
結果として思いついたのが、茨の園の共同統治だった訳だ。
勿論、それでも強硬派だけで茨の園を使えないし、ルナ・ジオンという強硬派にとっての仮想敵国のメリットにもなるので、評価が上がる可能性は少ないだろうが。
ただ、それでも茨の園を強硬派も使えるようになるのは間違いない訳で……
「断る」
ジャマイカンに対し、俺はそう返事をする。
茨の園の共同統治は、ジャマイカンにとっては悪くない……実際には消去法でこれしかなかったのだが、とにかくそんな感じなのは間違いない。
だが、だからといって俺達がそれに従う理由があるのかと言えば、それは当然ながら否だ。
そもそも、既にルナ・ジオンは茨の園の探索や……場所によっては改修も始めている。
そこに後からやってきたジャマイカン達を入れてやるのはどうかと思うし。
それにこれが最大の理由なのだが、茨の園の側には星の屑で俺達が確保したコロニーがある。
それも最初に無傷で入手したコロニーだけではなく、ソーラ・システムの照射によって消滅した事になっているコロニーもだ。
外見もかなり……というか、外見こそが一番損傷しているし、調べればそれがコロニー落としに使われたコロニーであるというのもすぐに分かるだろう。
そうなると、当然ながら不味い。
最悪、あの星の屑には俺も協力していたとか、強硬派なら普通にそういう風に話を持っていきかねない。
そうではなくても……どんなに上手く話が進んでも、俺の空間倉庫については話す必要が出てくるだろう。
それは出来れば……いや、可能な限り避けたい。
なので、茨の園を強硬派と共同統治するという選択肢は俺の中にはなかった。
『……ルナ・ジオンと連邦の関係について、考えた上での結論か?』
ジャマイカンの表情が不愉快そうなものになる。
元々、ジャマイカンは俺を相手にどのように接すればいいのか分からず、敬語を使う事もあれば、同格の相手に対して使うような言葉遣いの時もあって、その辺はぶれていた。
だが……今、こうして俺がここで共同統治について否定した途端、その表情には不愉快そうな……とてもではないが許容出来ないといった様子になっている。
無理もないか。
俺達と戦って勝つ事が出来ない以上、ジャマイカンにとっては最後の希望が茨の園の共同統治だ。
だというのに、俺はそれをあっさりと断ったのだから。
「そもそも、茨の園を見つけたのは俺達が先だ。なら、その所有権はこちらにあると考えるのが普通だろう?」
『デラーズ・フリートによる被害は、連邦にこそ大きかった。そうである以上、賠償という意味でもデラーズ・フリートの財産は連邦の物とするのが正しいだろう』
「連邦……というか、連邦軍の被害が大きかったのは理解出来るが、だからといって賠償として茨の園を自分達の物にするというのは受け入れられないな」
サイサリスやデンドロビウムを奪われたり、それによってソロモンの観艦式やコロニー落としを防ぐ為の戦力が蹂躙されたのは理解出来る。
特にソロモンの観艦式においては、バーミンガム級1番艦のバーミンガムという、大艦巨砲主義の夢とも呼ぶべき戦艦がニムバスの操縦するサイサリスによって撃破されたのだ。
連邦軍にとっては大きな痛手だろう。
俺はそうでもないが、軍人や船乗りの中には縁起を重視する者も多い。
そういう者達にしてみれば、1番艦が観艦式で核兵器によって……しかも味方のMSだったのを奪われて使われるというのは、どう考えても縁起が悪いだろう。
だからこそ、そういう者達はもしバーミンガム級の2番艦を建造したとしても、好んで乗りたいとは思わないだろう。
後は……大艦巨砲主義の夢であるバーミンガムが観艦式に出ていたのだから、当然ながら大艦巨砲主達もその雄姿を見る為に観艦式にいた筈であり、サイサリスの攻撃に巻き込まれた可能性が高い。
つまり、大艦巨砲主義の者達も纏めていなくなった可能性が高かった。
予想ではあるが、大艦巨砲主義というのは相応の地位にある者達が多かっただろう。
いや、実際には下の地位にいる者の中にも大艦巨砲主義はいたかもしれないが、わざわざソロモンの観艦式に参加していたとなると、相応の地位……階級の者達になってもおかしくはない筈だ。
そんな諸々について考えれば、連邦軍にとって人材の喪失は手痛いダメージだったのは間違いないだろう。
何しろ、1年戦争でも多くの有能な人材が失われているのだから。
そういう意味では、ジャマイカンが言う連邦軍の損失も理解出来る。
……もっとも、強硬派としては大艦巨砲主義の者達が死んだ事によって、自分達の勢力が大きくなる好機であると考えていてもおかしくはないが。
『……後悔するぞ』
こっちが1歩も退く様子がないと理解したのだろう。
ジャマイカンは最後にそれだけを言って、通信を切るのだった。
……さて、通信はこれで切られたが、ジャマイカンがこれからどう行動するかだな。
このまま大人しく退くのなら、こちらもこれ以上は何もしない。
だが、攻撃してくるような事があった場合、こっちも当然ながら反撃する。
さて、どうなるか……
そんな風に思っている俺の視線の先……正確には映像モニタに表示されたジャマイカン艦隊は、その場で反転してこの場から立ち去っていく。
どうやらここで攻撃をするような事はせず、素直に撤退する事にしたらしい。
これは、単純にジャマイカンが俺達と戦った時に受ける被害を考え、それを避ける為に行動したのか、それとも単純に勝ち目がないから撤退したのか。
その辺については俺も分からないが、とにかくこの場からジャマイカン達が撤退したのは間違いなかった。
とはいえ、これで本当に心配ないかというと……そういう訳でもないだろう。
強硬派にしてみれば、茨の園の改修が終わった後で奪い取ろうと考えてもおかしくはないのだから。
そうならないよう、茨の園には相応の戦力を置いておく必要があるだろう。
もっとも、その辺については俺が考えるのではなく、ルナ・ジオンの上層部が考える事だろうが。
そう思いながら、俺はここに残っていたナスカ級に通信を入れるのだった。