真ジオン公国軍を名乗って行われたエンツォの反乱は、最終的には予想外な程にあっさりと終わった。
……いや、反乱というのは成功するよりも失敗する可能性の方が高いんだし、そういう意味では自然な結果なのかもしれないな。
結果として楽に……そしてエンツォを生け捕りにする事が出来たので、問題はなかったが。
「ハマーン、無事だな?」
ザンジバル級のブリッジクルーがエンツォを取り押さえたので、取りあえず牢屋に入れてアクシズに戻るように指示を出してから、俺はハマーンのシュネー・ヴァイスに近付く。
ゲルググJ5機は、既に全滅していた。
ハマーンにしてみれば、出来ればアクシズ出身の者達は殺したくなかったのだろうが、それでも自分が死んでも不殺を貫きたいとは思っていなかったらしい。
『問題ない。推進剤以外は、だがな』
すぐに返ってくる通信。
どうやら映像モニタの様子を見る限り、ハマーンには特に何も問題はないらしい。
「あの状況で推進剤切れにならなかったのは、上出来だ。……それでも、エンツォを捕らえたが、これからどうする?」
『すぐに私達の勝利を喧伝し、アクシズに戻るべきだろう。今もまだ、私達の勝利に気が付かずに戦っている者達がいる筈だ。その戦いをすぐに止められるよう、連絡をするべきだろう』
ハマーンの言葉も俺には分かる。
ただ、今のシュネー・ヴァイスの状態……推進剤切れを思えば、まずは推進剤を補給してからでないと動けない筈だ。
「推進剤の補給はどうする? エンツォのザンジバル級か、もしくはムサイ級で補給するか」
『出来れば、今はどちらも遠慮したいところなのだがな』
「ハマーンが言いたい事も分かる。けど、今の状況を思えば贅沢は言ってられないだろう?」
そう言うと、ハマーンは数秒沈黙した後で頷く。
『分かった。では、アクセルの指示に従おう』
「安心しろ。格納庫では誰かが何か妙な事をしないように俺がお前を守るから」
『……そうか』
何故かすぐに返事をするのではなく、数秒の沈黙の後でそう言ってくる。
今の、何か妙なところがあったか?
そう疑問に思ったが、とにかく今は推進剤の補給をする為に移動を開始する。
「それで、ムサイ級とザンジバル級のどっちに向かう?」
『ザンジバル級で頼む』
「……いいのか? 聞いておいてなんだが、ムサイ級を選ぶとばかり思っていたんだが」
最初に降伏を選んだのは、ムサイ級だ。
ザンジバル級もブリッジクルーがエンツォを裏切って……いや、見限って降伏したが、どちらを信じられるかと言われれば、やはりここは最初に降伏を選んだムサイ級だろう。
それにザンジバル級はエンツォの旗艦だっただけに、エンツォの信頼厚い者達――最終的には裏切られたが――が乗っている。
中にはエンツォを捕らえたのを納得出来ず、救出しようと考える者がいてもおかしくはなかった。
そういう連中が、ハマーンを……アクシズの後継者となったハマーンを狙う可能性は、十分にあったのだ。
そう心配するが、ハマーンは映像モニタの向こう側で笑みを浮かべる。
『守ってくれるって言っただろう?』
一瞬、そんなハマーンの笑みに目を奪われるも、すぐ我に返る。
「分かったよ。なら、ザンジバル級に行くか。こっちで連絡をするから、シュネー・ヴァイスはガーベラ・テトラ改に掴まってくれ」
ガーベラ・テトラの手を差し出すと、シュネー・ヴァイスはその手を握る。
巨大なバックパックを背負っているシュネー・ヴァイスだったが、地球やコロニーの中ならともかく、宇宙空間ではこの程度の重量は全く何の問題もない。
なので、俺はガーベラ・テトラ改でシュネー・ヴァイスを引っ張ってザンジバル級に近付く。
ちなみにビットはさすがに持っていく事は出来ないので、まだかろうじて……少しだけ推進剤が残っているのだけを自力移動させる。
うん、こうして移動しているビットを見ると、本当にゲルググJを倒すのはギリギリだったんだな。
一応シュネー・ヴァイスはザクマシンガンを持ってはいるので、戦力にならない事もないだろうが。
「ザンジバル級、聞こえるな? エンツォの様子はどうだ?」
『現在、牢屋に入れており、見張りもしっかりと用意しています』
これは副長だったか?
ともあれ、エンツォの部下の中でも纏め役に30代か40代程の男がそう言ってくる。
「そうか。大丈夫だとは思うが、一応エンツォを助けようとする者がいるかもしれないから、気を付けろ」
『は!』
「それと俺のMSはそうでもないが、こっちの機体が推進剤切れだ。格納庫で補給を頼む」
『分かりました。すぐにそのように命令を出しておきます』
そう言い、通信が切れる。
「……で、どう思う? 信じる……のはまず無理だろうが、ここで手を出してくると思うか?」
エンツォに従って反乱を起こした相手だ。
とでもではないが信じるといったことは出来ないが、それでも今は生きるか死ぬか、犯罪者となるかどうかの瀬戸際だ。
であれば、普通に考えればこの状況で妙な事はしないと思うんだが……どうだろうな。
『アクセルの強さを目の当たりにしたのだ。その上で手を出すという事はしないと思うがな』
「だと、いいんだがな」
ハマーンの言葉にそう返す。
俺の実力を見た。それは間違いないだろう。
だが、エンツォ派の者達にとって俺の実力というのは、あくまでもMSに乗ってのものだ
MSパイロットも、MSから降りればただの人。
誰が言った言葉だったのかは忘れたが、実際にこういう風に言われる事がある。
実際にアムロとかもMSから降りれば……まぁ、ニュータイプ能力で勘が鋭いとかはあるかもしれないけど、MSを操縦している時と比べると圧倒的に強さに違いがある。
そうなると、ザンジバル級の格納庫で俺達を相手に妙な事を考える奴がいる可能性は充分にあった。
もしくは、補給をする振りをして機体に妙な細工をするとか。
そういう事にならないよう、しっかりと注意する必要がある。
これがただの俺の考えすぎなら、それはそれで構わない。
だが、もし考えすぎでも何でもなく、実際にそういう事をするような相手がいたとしたら……対処はどうすればいいだろうな。
「ハマーン、一応補給の時には注意する必要がある」
『どうしたのだ、急に。……勿論、私もザンジバルの者達に気を許すつもりはないから、安心して欲しい。それに、私に対して何か不埒な事を考えている者がいれば、ニュータイプ能力で察知出来るだろう』
ハマーンのその言葉に、そういうものかと納得する。
こうしてハマーンが自分に対する害意を察知出来るのなら、ザンジバル級の格納庫に行っても恐らく大丈夫だろう。
……勿論、エンツォ派の旗艦である以上、そのエンツォ派を瓦解させたハマーンに悪意を持つ者も多いだろうから、それで完全に安心出来るかと言われれば、微妙なところだとは思うが。
それでも推進剤を補給しないという手はないので、俺はハマーンのシュネー・ヴァイスと共にザンジバル級の格納庫に向かうのだった。
ザンジバル級の格納庫では、拍子抜けする程に何もないまま推進剤の補給が終わった。
俺が警戒していたのは一体何だったのかと思うくらいに。
てっきり、何かを仕掛けて来るメカニックがいるのかと思っていたのだが。
考えられる可能性としては、もしここで俺達をどうにかしても、エンツォ派がここから盛り返すのは不可能になったと、そう思っている者が多いといった感じだろう。
「それで、これからどうする?」
俺のガーベラ・テトラ改も、ハマーンのシュネー・ヴァイスも推進剤の補給は完了している。
当然ながら、シュネー・ヴァイスのビットも同様だ。
ビットは基本的に推進剤の補給さえ行われれば、動力炉を内蔵しているということもあってまだ使える。
勿論、使い続ければ整備とかをする必要もあるだろうから、永遠に使えるといった訳ではないが。
ただ、それはどんな物でも同じだろう。
……残念だったのは、ガーベラ・テトラ改の武装の方は特に補充出来なかった事か。
ガーベラ・テトラ改のビームマシンガンに使われているのはEパック方式で、そのEパックは新しい技術という事もあってアクシズでは広まっていない。
もっとも、Eパックは当然ながら武器の形式に合っていなければ意味がなく、もしEパックが広まっても形式がそれぞれ違っていたら、どのEパックを使っていいか分からなくなる。
……うーん、そう考えるとこれからルナ・ジオンやアクシズでEパックを広める時は、極力形式を統一するようにした方がいいな。
Eパックが広まる前にその辺に気がつけてよかった……いや、俺が考えつくような事なんだから、ディアナとかでもその辺については普通に考えられているか。
ともあれ、アクシズではEパックについては補充出来る筈もなく、かといってガーベラ・テトラ改のビームマシンガンとは別の意味でのメインウェポンと呼ぶべき110mm機関砲についても、かなり弾丸が大きい事もあってアクシズにも在庫がない……訳ではないようだが、決して多くはなく、このザンジバル級にはないらしい。
そして頭部バルカンの弾丸もない。
こちらに関しては、ジオン系MSで頭部バルカンを使っているのはそれこそザクのFS型くらい……あれ? 他にもあったか? とにかく連邦系MSと違って頭部バルカンは一般的ではないので、こちらも弾丸はなかった。
ザンジバル級にある機銃の弾丸を流用出来ないかとも思ったんだが、残念ながら無理だった。
ただ、既に戦いそのものはエンツォを捕らえたという事もあって収束に向かっている。
そう考えると、どうしてもザンジバル級で武器の補充をする必要がある訳じゃない。
どうしても武器が必要なら、FCSの問題もクリアしてるので、ザンジバル級の格納庫にあるザクマシンガンとかを持っていってもいいんだが、そこまでする必要はない。
というか、そうするとビームマシンガンをザンジバル級の格納庫に置いていかないといけない訳で、それを考えればザクマシンガンを持っていこうとは思えなかった。
「よし、じゃあ行くか。……ハマーンが勝利宣言をするんだよな?」
『そのつもりだ。エンツォを捕らえた一件については、まだ知らない……もしくは嘘だと思っている者も多いだろう。であれば、すぐにでも通信で知らせる必要がある。幸い、ザンジバル級はその手の機能もそれなりに充実してるのでな』
ハマーンの言うように、ザンジバル級はそれなりにしっかりとした設備を持っている。
ましてや、エンツォが旗艦として使っていたこのザンジバル級は、だからこそ通常のザンジバル級と比べても指揮を執りやすくする為、その手の機能が強化されていてもおかしくはなかった。
「分かった。なら、早速始めよう。こうしている今も、まだ戦いは続いているだろうし。それを出来るだけ早く止めるには、やっぱりここで素早く行動する必要があるだろうし」
『そうしよう。それに……私も映像モニタ越しではなく、直接アクセルに会いたいしな。さて、ではザンジバル級のブリッジに命じて通信を行うとしよう』
ハマーンはそう言うが、ニュータイプが俺と直接会う……のは問題ないだろうが、握手をするとか、そういう接触をした場合は良くも悪くも影響を与えてしまうんだよな。
良い影響の典型的な例が、セイラやクスコだろう。
俺と直接接触した事により、ニュータイプ能力が強化されたのだから。
クスコにいたっては、直接触れた時に1回、俺に抱かれた時に1回と、合計2回もニュータイプ能力が強化されている。
……ただ、そうして2回ニュータイプ能力が強化されても、1度しかニュータイプ能力が強化されていないセイラに及ばないのは、それだけセイラが強力なニュータイプ能力を持っているという事なのだろう。
ともあれ、良い方向ではそんな感じに影響が出るが、悪い方向だとアムロが俺にトラウマを抱いたような感じになる可能性もある。
アムロの場合は主人公らしく最終的には何とかトラウマを克服したが、それは主人公だからというのも大きいだろう。
ああ、他にもララァの一件があったな。
ビット経由で俺と接触した結果、半ばパニック状態になった件。
それに直近ではトゥッシェ・シュヴァルツのパイロットの件もこれに入るだろう。
そんな諸々についてを考えると、やはりハマーンとは迂闊に接触しない方がいいと思うんだが。
ただ、ハマーンの方は何故か俺と直接会う気満々といった様子だったが。
そんな風に思っていると、シュネー・ヴァイス経由でザンジバル級からの通信が発せられ始めた。
『私はアクシズの摂政、ハマーン・カーンである。この通信を聞いている者は戦いを止めよ。既にエンツォ大佐は私に捕らえられ、反乱は失敗に終わった。繰り返す。既にエンツォ大佐の反乱は失敗に終わった。これ以上の無益な戦いは止めよ!』
そんなハマーンの通信に……映像モニタに映し出されていた戦闘の光は、見る間に減っていくのだった。