ざわり、と。
不意にパーティ会場がざわつく。
グレミー・トト……正確にはその一派、あるいはグレミーを傀儡にしているのだろう存在についてモニクと話していたのだが、そのざわめきが気になり、そちらに視線を向ける。
するとそこでは、数人がパーティ会場に入ってきたところだった。
それだけであれば、別にここまでざわめくような事はないだろう。
それなりにパーティの参加者はこの会場に出入りしているのだから。
だが……入ってきたのがこの場にいる者達にとって特別な人物であれば話は別だ。
「ハマーンか」
パーティ会場に入ってきた人物を見て、そう呟く。
そう、そこにいるのは間違いなくハマーンだった。
側にはナタリーがいる。
そんな2人に続くように、護衛と思しき女と赤ん坊……よりはちょっと大きい子供がいる。
あれは、ミネバだろう。
生まれたのが1年戦争中だった筈だから、今は3歳くらいか?
ミネバには色々と複雑な思いがあるので、取りあえず考えないようにしてハマーンに視線を向ける。
先程俺に会いに来たハマーンはマリューに近い髪型だったが、今はボブカット……というのか? セイラに近い髪型をしている。
また、着ているドレスも先程は緑系のドレスだったのに対し、今は赤……薄い赤系のドレスを身に纏っていた。
それだけではない。
いや、外見の違いはそれだけなのだが、発する雰囲気が大きく違っている。
俺と話していた時はただの少女……とはとてもではないが言えなかったが、それでも中にはあのくらいの存在感を持った女はいる。
だが、今こうしてパーティ会場に姿を現したハマーンは、俺と話していた時以上の存在感を持っていた。
エンツォの反乱で一緒に行動していて通信で話した時にも、強い存在感を持ってはいた。
持ってはいたが、それでも今のように強い存在感はなかった。
……いや、考えてみれば当然か。
あの時のハマーンは、トゥッシェ・シュヴァルツとの戦いにおいて見るからに不利な状況だったのだから。
そうである以上、どうしても気力とかも弱まっていたのだろう。
そんなハマーンと、エンツォの反乱を鎮圧し、しっかりと休んで気力も回復した今のハマーンを一緒にするのが、そもそも間違っていただろう。
「さっきと比べると、随分と違うわね」
俺の隣でハマーンを見ていたモニクが、思わずといった様子でそう呟く。
そんなモニクと俺の話が聞こえた訳ではないだろうが、パーティ会場に入ってきたハマーンは一瞬こちらに視線を向けてくる。
そして微かに笑みを浮かべた。
……何だか俺の前方にいる男が有頂天といった様子で喜んでいるのだが。
多分、ハマーンの笑みが自分に向けられたものだと思ったんだろうな。
もしかしたら、実際にあの笑みは俺じゃなくてあの男に向けられていたという可能性も否定は出来ないが。
そんな事を考えている間に、ハマーンは他の面々と共に会場の中でも挨拶とかをする壇上の上に立つ。
当然ながら、ハマーンと一緒に来た面々もそれは同じだ。
ハマーンは壇上の上で、パーティ会場にいる者達の視線を集めたのを理解したらしく、口を開く。
「諸君、今日は色々と大変だったと思う。私も、まさかエンツォ大佐が反乱を起こすとは思わなかった。また、それを理由にアクシズから逃げ出した者達もいる」
マイクの類を使わず、肉声がパーティ会場に響き渡る。
これも一種の技術だな。
マイクを使うよりも、肉声の方がどうしても強く印象に残りやすい。
勿論、このパーティ会場がそこまで広くないからこそ出来る事だが。
もしこれでパーティ会場が千人単位の客がいるような会場であれば、さすがにハマーンも肉声で全員に声を届かせるといった事は出来ないだろう。
それが出来るのは、この会場だからこそだ。
……まぁ、魔力や気による身体強化を使えば、あるいはどうにかなったりするか?
身体強化というのはその名の通り身体機能を強化する。
当然ながら、声帯とか肺とか、そういう場所も強化される訳で、大声を出す事も出来るだろう。
「それは間違いなく不幸な出来事だっただろう。だが、それでも……これはある意味で奇貨でもある!」
そう言い、大きく手を振るうハマーン。
アクシズを率いるようになってからまだそんなに経っていないというのに、随分と演説に慣れているな。
元々のハマーンの素養によるものなのか、それとも演説の練習をしたのか。
そんなハマーンの言葉に、パーティ会場にいる多くの者達が驚きを露わにしていた。
無理もないか。
普通に考えれば、エンツォの反乱とグレミー達の逃亡というのは、アクシズにとってダメージを与えるような事ではあっても、プラスになる出来事には到底思えないのだから。
「彼女、やるわね」
モニクが感心したように呟く。
役人としてのモニクは間違いなく優秀だ。
そんなモニクの目から見ても、ハマーンの演説は好印象らしい。
「何故か!? それは、以前のアクシズと比べて私利私欲の為に反乱を企む者が消え、アクシズにいながらも決してアクシズに馴染まず、自分達の派閥を強化する事だけを考えていた者達がアクシズから消えたからだ!」
ざわり、と。
ハマーンのその言葉に、パーティ会場にいた者達がざわめく。
なるほど、反乱を起こしたエンツォは失敗し、グレミー達はアクシズから消えた。
アクシズの戦力が減ったのは間違いないが、同時に不確定要素が減ったのもまた事実。
今回の一件を反乱によって戦力が減ったと見るべきか、それとも不穏分子の排除に成功してアクシズを1つに纏めたと判断するか。
その辺りは、人によるだろう。
そしてハマーンは後者を強調している訳だ。
勿論、この場にいる者達も相応の地位にいる者達だけに、ハマーンの言ってる事が無理矢理だというのは分かっているだろう。
だが同時に、無理矢理ではあるが決して嘘ではないのも事実。
ハマーンもそれが分かっているのか、先程までの激しい身振り手振りを抑え、落ち着いた様子で再度口を開く。
「勿論、反乱軍や脱走した者達の件を考えると、アクシズの戦力が減ったのは間違いない。だが、もしエンツォ大佐や脱走した者達をそのままの状態でアクシズを運営し、戦力が増強していった時……どうなっていただろうか。私は、間違いなく内乱が起きていたと思う。それも、今回のような小規模な内乱ではなく、大規模な内乱がだ」
これは俺も同意だ。
こう言ってはなんだが、今のアクシズはまだ発展途上といったところだ。
……ゼロ・ジ・アールやノイエ・ジールのように、高性能なMAを作るだけの技術を持っている事を考えると、とてもではないがそうとは思えないが。
だが、これからもっとアクシズが発展した場合、当然ながら反乱軍が使うMSやMAも高性能な物になるので、そうなったら反乱におけるアクシズのダメージは間違いなく大きくなる。
そういう意味では、ハマーンが言うように今日反乱が起きてよかったと言うべきか。
「その事を考えると、やはり私は今この時に内乱が起きた事は不幸中の幸いだったと思える。……そして、既に先に行われた式典で知ってる者も多いだろうが、今回の内乱においてルナ・ジオンからの援軍があった。……私は今まで色々と言ってきたし、今日反乱が起きてよかったとも口にしたが、もしこの援軍が来なければ負けていたのは私で、その場合今この場にいたのは私ではなくエンツォ大佐だっただろう」
ハマーンのその言葉に、会場にいる面々が何か思うところがあるのか、それぞれが考え込んだり、安堵したり、遠い目をしたりしている。
……中には何故か一瞬だけだが残念そうな表情を浮かべ、すぐにその表情を消した者もいるのだが。
あ、でもハマーンがそっちに視線を向けているのを見れば、恐らく分かっているな。
実際、ハマーンの目配せでパーティ会場の警備に当たっていた兵士達がそっとだが動き出しているし。
なるほど、エンツォの隠れシンパとか、そんな感じか?
もしくはスパイとしてハマーンの派閥に潜入していたけど、反乱が即座に鎮圧されたので合流出来なかったとか。
まぁ、その理由については色々とあるだろうが、ハマーンにとってこの演説はこういう一面を狙ってもいたのだろう。
「ルナ・ジオンから来てくれた救世主については、式典で既に紹介をしているので詳しくは言わない。だが……それを分かった上で、改めて紹介したい。……ルナ・ジオンから来た方々、壇上に」
え? マジか?
まさかこの状況で呼ばれるとは、思っていなかった。
いやまぁ、このパーティの趣旨を考えれば当然なのかもしれないが。
「ほら、行くわよ」
モニクが俺に視線を向け、そう言ってくる。
モニクにそう言われてしまえば、俺としても無視する訳にはいかないだろう。
……勿論、本当に嫌だったら話は別だが。
しかし、俺にしてみればこの一件はそこまで嫌な訳ではない。
そんな訳で、俺はモニクと……そして艦長と共に壇上に上がる。
「では、三人からそれぞれ挨拶を貰うとしよう」
そう言い、ハマーンは俺に視線を向けてくる。
そこにはどこか悪戯っぽい光。
どうやらハマーンにしてみれば最初からそのつもりだったらしい。
仕方がない、か。
こういうのはあまり好きじゃないんだが。
ただ、この状況は決して悪いだけのものではない。
何しろアクシズにおいて、まだ俺達についてはそこまで知られていないのだから。
勿論式典の時にそういうのは説明されたものの、それだけではあくまでも表面上のものでしかない。
もっと具体的に、俺達がどのような存在なのかを知って貰うと考えれば、この挨拶についてはそんなに悪くない……のかもしれないな。
そんな風に思いつつ、俺が前に出る。
……ちなみに最初に俺から挨拶をという事になったのは、やはり俺が表向きはルナ・ジオン軍の中尉だからだろう。
モニクはルナ・ジオンを代表している人物だし、艦長も当然ながらパイロットである俺よりも地位は上だ。
そういう意味では、やはり俺が最初に挨拶をするというのは自然な流れだった。
あまりこういうのを好みではないというのはあったが。
ただ、今の状況でそんな事を言っても意味はない。
それこそ俺が本当に軍人だったのなら、この程度の挨拶は普通にやるべき事ではあるんだし。
「アクセル・アルマー中尉だ。俺達がやって来たのは、ある意味で偶然だった。だが、その偶然によってアクシズにいた者達……特にここにいた者達を救えたのは、非常に嬉しく思う。ここにいたのは、戦力的に劣勢であっても反乱軍につくという選択をしなかった者達で、そういう意味ではこれからのアクシズを運営していく上で非常に頼りになると思う。これからもその気持ちを忘れず……エンツォのように、己の私利私欲に負けるような事はしないで欲しい」
そう言い、俺の演説を終える。
一応名目上は挨拶という事だったので、これでも問題はないだろう。
……何人か不満そうな様子を見せている者がいるのは、俺の態度が偉そうなのが気に食わないのか、それとも助けられたのが気に食わないのか、それとも実はエンツォ派の一員が感情を隠せていないのか。
当然ながらハマーンや他の上層部と思しき面々がしっかりと目を光らせているので、エンツォ派と思しき者達は先程のあからさまにエンツォ派だった連中と同じような結果となるだろう。
ともあれ、俺の挨拶が終わると、次は艦長の番だ。
モニクはルナ・ジオンから派遣されてきた艦隊を率いる立場なので、挨拶も最後となるのだろう。
もう挨拶が終わった俺にしてみれば、その辺りについては気にする必要がない事ではあったが。
艦長の挨拶を聞きながら、壇上からパーティ会場の様子を確認する。
すると……何故かは分からないが、俺に視線を向けている者が数人いるのに気が付く。
その視線の意味は、一体何なんだろうな。
特に敵意の類がある訳でもない。
どちらかといえば好意的……になるのか?
とはいえ、そこまで好意的といった訳でもない。
だが、俺に対して好意的になるような理由は……考えられるとすれば、俺がハマーンを救ったからか?
トゥッシェ・シュヴァルツとの戦いにおいて、ハマーンが不利だったのは間違いない。
あくまでも不利というだけで、実際に負けると決まった訳ではないのだから。
勿論、その可能性が高いのは間違いないが、だからといって勝負というのは最後になるまで分からない。
ともあれ、そんなハマーンを俺が救ったのも影響し、俺に感謝の気持ちを抱いている者がいてもおかしくはなかった。
そうしているうちに艦長の挨拶が終わり、モニクの番になる。
……モニクが口を開くと同時にパーティ会場にいた男の多くが期待の視線を向けたのは……まぁ、モニクの美貌を考えれば不思議ではないだろう。
それにモニクの熱い視線を向けているのは男だけではなく、女にもそれなりにいる。
何だか『お姉様』とか小さく呟いている声が聞こえてきたが……その辺については気にしないでおこう。