ハマーンの口から出たのは、俺にとっても完全に予想外の内容だった。
ギレンとニュータイプの素養のある女との間で作られた人工授精児。
つまり、俗に言う試験管ベイビーという奴なのだろう。
あるいはコーディネイターか?
いや、遺伝子操作とかそういうのはしてないんだから、コーディネイターとは少し違うか。
「えっと……一応聞くけど嘘やジョーク、冗談……そういうのじゃないんだよな?」
「残念ながらな」
俺の言葉にハマーンは短くそう言ってくる。
ナタリーに視線を向けると、こちらも特に驚いた様子はない。
俺がルナ・ジオン軍の中尉ではなくシャドウミラーを率いるアクセル・アルマーだとハマーンが言った時にはあれだけ驚いていたのを考えると、グレミー・トトとやらについてはナタリーも十分に知っている人物だという事なのだろう。
とはいえ、最初に知った時はかなり驚いたのだろうとは予想出来るが。
「グレミー・トトがギレン・ザビの息子、か。これまたかなり予想外の話が出てきたな」
とはいえ、それならグレミーを連れて脱出したというのは分からないでもない。
分からないでもないが……そうなると問題なのはどこに向かったかだろう。
火星が一番可能性が高いとは思う。
だが、火星にはキシリアがいる。
ギレンの息子という事で、甥という扱いにはなるのだろうが、ギレンを殺したキシリアがグレミーやその一派を引き受けるとは思えない。
だとすれば……もし本当に火星に向かったのだとすれば、もしかして火星にはキシリア派だけじゃなくギレン派もいたりするのか?
今までギレン派の中で一番大きい集団だったのはデラーズ・フリートなんだが、グレミーが星の屑を起こす前にデラーズと合流しなかったのを喜ぶべきか、残念に思うべきか。
もしデラーズに合流していたら、ギレン派にとって錦の御旗となるグレミーを纏めて殺す事も出来たんだが。
もっとも、今のグレミーはまだ10歳ちょっとで、自分の意思で活動するというよりも、周囲にいる大人達の言いなりになってる可能性もある。
そう考えれば、まだ子供のうちに殺すのは可哀想だという思いもあるが……これからの事を考えれば、そうするのが一番手っ取り早いのも事実なんだよな。
「そうだな。他にもグレミー・トトと同じように生み出された人物をクローン培養しているという情報もある」
「……なるほど、そう来たか」
UC世界においては、その手の技術はそこまで発達していない。
そんな中でクローン技術を使って特定の人物を培養するというのは、俺にとってかなり意外だった。
とはいえ、クローンが非道だとかそういう風には思わないが。
そもそもそれを言ったのなら量産型Wなんかはどうなるかって話だし。
ただし、量産型Wは正式にはクローンではないのだが。……ただ、それでも近い存在であるのは間違いのない事実でもあった。
「勿論、そのクローン達を育てている設備も、グレミーが脱出する時に一緒に持っていっている。……クローンについては、正直なところ思うところがない訳ではないが、個人の感情を別とすれば、トト家やその周辺の者達が独自に研究をしていた事なので、持ち出すのは当然だろう」
「何だ? その様子だとまさか他にも持ち出された物があるのか?」
「……そうだ。具体的には各種MSの設計データの類だな。アクセルが知っているかどうかは分からないが、アクシズにおいては現在新型のMSは殆どない。あってもせいぜいが改修機くらいだ。だが、それは技術がないからそのようにしている訳ではなく、ある程度技術が蓄積されてから新型MSを開発しようと考えていた為だ。技術立証機という意味では、MAがあったしな」
ハマーンのその言葉には納得出来るところも多かった。
そもそもの話、ゼロ・ジ・アールにしろノイエ・ジールにしろ、明らかにオーバースペックなのだ。
ある意味、連邦軍がガンダムで技術を確立し、それを他のMSに使ったのと似たようなものだろう。
もっとも、ガンダムはMSなのに対し、ゼロ・ジ・アールやノイエ・ジールはMAだが。
「しかし、MAや改修機で各種データが揃って、MSの開発も進められていたのだが、グレミー達はそれらの設計データも奪っていったのだ」
「それはまた……ちなみにMSの完成度はどのくらいだったんだ?」
これが例えば10%とか20%程度しか出来ていないMSの設計データなら、奪っていってもそう容易くは流用出来ないだろう。
勿論0からMSを開発するのと比べると、ある程度開発が進んでいる設計データの方があった方がいいのは間違いないが、それでもやはりかなり苦労する事になるのは間違いない。
そう思ったのだが……
「現在、多種多様なMSの開発が同時進行していたのでな。完成度という意味ではまだこういうMSがいいといったコンセプトを決めたものから、その気になればすぐにでも生産ラインを作ってそれでMSを製造出来るような物もある」
「……マジか……いやまぁ、ジオン系の組織らしいと言えばらしいのかもしれないが」
1年戦争の時のジオン軍は、多種多様なMSを製造していた。
個人的にはそうした方が多くのMSを使えるので歓迎なのだが、国を率いる者として考えた場合、本来なら必要なMSのリソースを別のMSに割り振っているという事で、決して好ましい事ではないのも事実。
勿論、多種多様のMSを開発中だとはいえ、ある程度完成したところでコンセプトや設計データとを見比べて、採用不採用を決めるといった手法もある。
「言っておくが、これでもとんでもない兵器の類は省いたのだからな」
そう言うハマーンの言葉に、隣のナタリーも同意するように頷いていた。
アクシズで作られたとんでも兵器……ちょっと、いや、かなり興味がある。
とはいえ、それを言ってもハマーンの様子を見る限りだと、どういうMSやMAだったのかは教えて貰えないだろう。
「まぁ、MSの設計データを奪われたのが痛いのは分かった。とはいえ、アクシズに残った設計データの類は削除されたとか、そういう事じゃないんだよな?」
「正確にはグレミー達がコピーしていったデータの元データは削除されていたが、バックアップがあったお陰で、特に問題らしい問題はない」
「それはまた……」
グレミー達はエンツォの協力関係にあったのだとばかり思っていた。
だが、もしエンツォが反乱を成功させていた場合、グレミー達はMSの設計データを削除するつもり……つまり、そのデータをエンツォ達に渡す気はなかったという事を意味している。
もっとも、グレミーもエンツォも手を組むという事には了承していてもそれはあくまでも一時的なものでしかないというのが、双方の認識だったのだろうが。
より正確には、手を組むというよりはお互いがお互いを利用していたといったところだろう。
そういう意味では、グレミー派にしてみればMSの設計データとかを消去して、もしエンツォの反乱が成功しても、戦力が続かないようにするといったことをしてもおかしくはなかった……のかもしれないな。
あくまでもこれは予想でしかなく、そういう意味では間違っている可能性もあるのだから。
「他に、何かグレミー達に奪われたデータだったり何かはないか? まぁ、今の状況でもかなりの被害が出ているのは分かるけど」
「……ガンダリウム合金のデータも持っていかれたな」
「ガンダリウム合金? 何だそれは?」
そう聞きながらも、何となくそれが何かというのは予想出来た。
具体的には、W世界のガンダムで使われているのがガンダニュウム合金で、それと近い名前という事は、装甲材の一種だろう。
「簡単に言えば、連邦軍が一部のMSに採用したルナ・チタニウム合金の生産性や加工性といった問題を解決した装甲材だ」
「それはまた……」
何らかの装甲材であるというのは、俺にも予想出来ていた。
だが同時に、ルナ・チタニウム合金を改良した装甲材だというのは、俺にとっても少し意外だった。
「言っておくが、こちらもMSと同じくまだ完成した訳ではない。……ただし、MSと比べれば完成度はかなり高いから、すぐにでもとは言わないが、少し研究を続ければ装甲材として使えるようになるだろう」
「……MSの設計データといい、ガンダリウム合金といい、よくもまぁ、そんな重要なデータを奪われているな」
その言葉に、ハマーンとナタリーはショックを受けた様子を見せる。
実際、まさかここまで好き放題にやられるとは、思ってもいなかったのだろう。
「ハマーンのせいじゃなくて、それは私のせいなんです。その……グレミー派の中に、コンピュータに強い人がいて。こちらが仕掛けた暗号やトラップも簡単に解除されたり迂回されてしまって」
「言っておくが、ナタリーはその道の専門家だ。そのナタリーを翻弄するだけの実力者が向こうにはいたという事だろう」
ナタリーが自分のせいだと言い、ハマーンはそんなナタリーを庇う。
ルリやラピス、長谷川がいれば、その辺りの対処もどうにかなったのかもしれないが、幾ら腕が立つとはいえ、ナタリーにルリやラピス、長谷川のような能力を求めるのがそもそも間違っているだろう。
「そうなると、運が悪かった……もしくは、敵の人材の豊富さにやられたといったところか」
「悔しいですが、そうなりますね」
ナタリーが俺の言葉に残念そうにしながらも同意する。
「まぁ、もう奪われてしまった以上は、データについてはどうしようもない。……それに、グレミー派がどこに合流したのかを知る為の材料にもなるしな」
ガンダリウム合金を装甲に使ったMSであったり、あるいはアクシズで開発中だったMSを使っている勢力があれば、そこにグレミー達が逃げ込んだと思っていいだろう。
もっとも、やはりその可能性が一番高いのがキシリア派なのは間違いなかったが。
ただ、もし他の勢力に合流して、それを誤魔化す為に持ってきたデータをキシリア派に流す……といった可能性も否定は出来ない。
そういう事をされると、こちらとしても厄介な事に思えるのは間違いなかった。
そうなったらそうなったで……それによって戦いになったら、その時はその時でまた何か別の方法でも考えればいいだけだろうし。
「火星ではないのか?」
どこに合流したのかといった俺の言葉が意外だったらしく、ハマーンがそんな風に聞いてくる。
「一番可能性が高いのが火星のキシリア派なのは間違いないと思う。ハマーンから聞いた話によると、血縁上はグレミー・トトはキシリアの甥という事になるんだし。……けど、キシリアにしてみればギレンは自分の手で殺したんだぞ? なら、試験管ベイビーとはいえ、ギレンの息子であるグレミー・トトを迎え入れるのは難しいんじゃないか? もし迎え入れたとすれば、それこそ何らかの企みに使おうとしてると思った方がいい」
また、これは口に出さなかったが、もしかしたら……本当に上手くいったらの話だが、火星の中でキシリア派とギレン派が争うという可能性もある。
残党といったような小さな集団の場合、どうしても組織の性格が先鋭化しやすい。
それを許容出来るかどうかといった問題もあるだろう。
だからこそ、組織の中で内紛が起きるといった可能性は充分にあった。
個人的には、火星の内部で争う分にはキシリア派にしろギレン派にしろ、好きなだけ争ってくれと思う。
それこそお互いに好きなだけ核兵器を使ってもいいとそう思ってすらいる。
……まぁ、実際にそれを口にすると、それはそれで問題が起きそうだったので、言わないでおくが。
「とにかく、色々と奪われたのは痛いが……ただ、それはつまり双方共に同じところからスタートしたと言ってもいいんじゃないか?」
「どういう意味だ?」
「グレミー派が奪っていったデータは、確かに大きい。けど、設計データとかも完成していないのが大半だとなると、その足りない部分をこれからアクシズでも、グレミー派でも研究する筈だ。つまり、同じ場所からのスタートだろう? ましてや、グレミーの派閥はそれなりに人数がいるとはいえ、それでもアクシズに比べるとかなり少数だし」
もっとも、キシリア派と合流すればMSの設計が出来る技術者とかメカニックとか、そういう連中もそれなりにいるんだろうが。
ただ、ハマーンやナタリーもその辺については十分に分かっているだろう。
それでも自信満々といった様子なのは……それだけアクシズの実力について信頼しているからか。
もしくは、次に今回と同じようなことがあったら、その時には対処出来ると考えているからか。
それは俺には分からなかったが、とにかく今の2人を見る限りでは信頼してもよさそうなのは間違いない。
「それと……アクセルとモニクには明日、見せたい物がある。楽しみにしているといい」
ハマーンのその言葉に、一体何が? と疑問に思いつつも頷くのだった。