ハマーンとナタリーの話し合いは10分程続き……
「では、よろしく頼む」
ハマーンが俺に向かって握手を求めるように手を差し出してくる。
その行動を見れば分かるように、結果としてナタリーは説得された、あるいは言いくるめられたのだ。
これはイリアの一件が成功したのが大きかったのだろう。
あるいはイリアの一件で失敗していたら、ナタリーもハマーンの行動を認めようとはしなかっただろうし、そもそもハマーンが俺と接触してニュータイプ能力を強化しようとは思わなかっただろう。
もっとも、イリアのニュータイプ能力が強化されたのは間違いないが、それは決して圧倒的な強化といった訳ではない。
寧ろ、クスコは勿論、マリオンにも及ばない程度の強化でしかない。
ただ、ここにマリオンもクスコもいないので分からないだけだ。
マリオンやクスコを知っている人物としてはモニクがいるが、モニクはニュータイプではない。
その為、ニュータイプ能力が強化されたと言われても、そういうものかと納得するしか出来なかった。
「分かった。じゃあ……いいんだな?」
ハマーンに向かって手を伸ばす前に、ナタリーに向かってそう言う。
最終的にはハマーンに言い負かされた……もしくは言いくるめられた? とにかくそんな感じのナタリーだったが、俺の言葉に不承不承といった様子で頷く。
こうなっては、もうハマーンに何を言っても意味がないと、そう理解しているのだろう。
実際、先程までのやり取りを見ていれば、ナタリーがそのように思う気持ちも分からないではなかったし。
とにかくそんなナタリーの様子を見て、次にモニクに視線を向ける。
するとこちらも即座に俺に向かって頷きを返す。
そうしてナタリーとモニクの2人が頷いたのを確認してから、俺は改めてハマーンに向かって手を伸ばし……そして、俺とハマーンがお互いの手を握った瞬間、俺の意識は飛ぶ。
「これは……」
イリアと接触した時にいた精神的な空間は、星の海といった表現が相応しい場所だった。
だが、今俺の目の前に広がっているのは、星の海ではなく、文字通りの意味での海……大海原の海中だ。
精神的な世界である以上、当然ながら海中にいても息苦しくはない。
いやまぁ、俺は混沌精霊なので、もし生身であっても海中で窒息するといった事はないのだが。
『アクセル……これは……?』
どこからともなく……いや、いつの間にか近くにいたハマーンの戸惑うような声。
そちらに視線を向け……
「っ!?」
何故かそこにいたハマーンは一糸纏わぬ姿であった事に絶句する。
『っ!?』
そしてこの海中にいたハマーンも俺の姿を見て絶句していた。
俺の見たハマーンが全裸であれば、当然ながらハマーンから見た俺も全裸だったのだろう。
だが、その辺はお約束というか、精神世界的な意味もあってか、全裸ではあるが見えていけないような場所は見えなくなっている。
……それでも、ハマーンにとってはかなりの衝撃だったようだが。
そして恐る恐るといった様子で自分の身体を見て……
『きゃあああっ』
いつもの摂政らしい言葉遣いではなく、16歳の少女らしい悲鳴を上げるハマーン。
まぁ、いつもの言葉遣いはかなり無理をしてるのは分かっていたしな。
こっちがハマーンの素でもあるのだろう。
そうしながらも、胸や股間を隠すような仕草を咄嗟にするハマーン。
そんな風に思いながら、俺はハマーンに声を掛ける。
「落ち着け。……まぁ、そう言われてもすぐに落ち着いたりは出来ないだろうけど、とにかく落ち着け。服とかは着てないが、それでも全てが見えている訳じゃない。ご都合主義と言ってもいいのかどうか分からないが、大事なところは見えないようになってるから」
『きゃあああああああ……』
俺の言葉に、それでも悲鳴を上げるハマーン。
だが、俺がその悲鳴に反応せずに黙って様子を見ていると、ハマーンもようやく少しは落ち着いたのか、恐る恐るといった様子で俺を見てくる。
『ア……アクセル?』
「ああ、見ての通り俺だ」
『ここは一体どこなのだ?』
驚きが落ち着いた為か、ハマーンの言葉遣いもいつものものに戻っていた。
その件については少し突いてみたいと思わないでもなかったが、それを言えば間違いなくハマーンが照れ隠しでブチ切れそうな感じがしたので止めておく。
「精神世界か何か……もしくはそれに準ずるどこかだろうな」
『アクセルもここがどこかなのかは分からないと?』
そうして聞くハマーンだったが……うん。言葉遣いはいつものものに戻っているものの、胸や股間を隠している様子は少し違和感がある。
その件についても突っ込むような事はしなかったが。
「そうだな。この辺りは人によって違う。それにイリアの時も言ってたと思うが、すぐに現実世界に戻ったりするんだが……こうして長時間同じ空間にいるのは珍しいな」
『それは、良い事なのか、悪い事なのか?』
「どっちだろうな。まぁ、この空間の特性を考えれば悪くないとは思うけど」
そう言うが、この手の空間は人によって完全に違う。
だとすれば本当にこの状況が良いのかと言われると……どうなんだろうな。
個人的には微妙なところのような気がしないでもない。
『そうか。それで……この状況から、どうすればいいのだ?』
「さぁ?」
『……アクセル?』
俺の様子にハマーンが視線を向けてくるものの、実際どうすればいいのかは俺にも分からないのは間違いない。
いつもならこの手の空間は用事が終わると自然と消滅し、心、精神、魂、意思……どう表現するのか人によるが、とにかくこの空間が消滅すればこの空間にいる俺達は身体に戻る。
そうならないという事は、まだこの空間での用事が終わっていないという事を意味していた。
とはいえ、ならこの空間の用事は何かと言われれば、生憎と俺にも思いつくようなものはない。
「そう言われても、実際にこういう感じになったのは初めてだしな。……ハマーンは宇宙育ちだろう? こうして海の中を見る機会なんてなかったんだし、今はこの景色を楽しんだらどうだ?」
その言葉に、ハマーンは改めて周囲の景色を眺める。
そして海中を泳ぐ多数の魚や、海面から降り注ぐ日差しが海中の珊瑚を照らす光景に目を見開く。
ハマーンにとって、この景色はそれだけ素晴らしいものがあったのだろう。
実際、こういうの……スキューバダイビングとかそういうのに興味がある訳ではない俺にとっても、今こうして海の中を見ているだけで目を奪われるような素晴らしい景色がそこに広がっていたのは間違いない。
『凄い……』
何匹もの巨大な魚……マグロか? それが集団で泳いでいる光景を見て、ハマーンが呟く。
本来ならマグロとかは浅い場所を泳いだりしないんだが……まぁ、ここは実際の海の中じゃなくて、あくまでも精神世界の中だしな。
そういう意味では、こうして目の前の光景を見ても納得出来るところが多かったのは事実だ。
それに、目を奪われるような光景であるのは間違いないしな。
「そうだな。……あっちを見てみろ。クラゲが泳いでいる」
ハマーンにそう言うと、ハマーンは俺の示す方向を見て感嘆の声を上げる。
『凄い……あれがクラゲ……』
目の前の光景に夢中な為か、既に手で身体を隠すといった事もしていない。
まあ、この空間では詳細な部分までは見えないので、隠す意味は……自分の羞恥心くらいしか存在しないのだが。
その羞恥心も、今のハマーンにとっては目の前の光景に負けてしまったらしい。
無理もないか。
クラゲが……それも巨大なクラゲが海面からの日の光に照らされながら泳いでいる光景は、幻想的なのだから。
実際に漁をしている者達にとって、クラゲというのは邪魔者でしかないのだが。
もっとも中にはそういうクラゲを捕らえて加工品として売り出す……なんて猟師もいるとかなんとか、以前TVか何かで見た記憶がある。
ネギま世界だったか、ペルソナ世界だったか、あるいはそれ以外の世界だったのかはちょっと思い出せないが。
個人的にはクラゲは好きな食材ではあるんだが、問題なのは食用になるのは海にいるクラゲのうち数種類程度という事だろう。
俺はそこまでクラゲの種類に詳しい訳ではないので、あのクラゲが食べられるかどうかは分からないが。
『アクセル、綺麗なクラゲを見ているのに、食べられるかどうかを考えるのはどうかと思うが?』
「ハマーン?」
気が付けば、先程までクラゲを見ていたハマーンが俺に呆れの視線を向けていた。
いや、だが……あれ? 俺、クラゲがどうこうといった事を口に出したか?
そんなつもりはなかったんだが……
『ここは精神世界……かどうかは分からないが、とにかく普通の空間という訳ではない。私とアクセルは心と心で繋がっている状況なのだ。アクセルの全て……ではないにしろ、強く思った事くらいであればどうやら私には感じられるらしい』
そう言うハマーンだが、そのハマーンが何を思っているのかというのは、俺には分からない。
これはハマーンが俺に考えが伝わらないように上手く考えを誤魔化しているのか、それとも俺の方に何か問題でもあるのか。
「俺にはハマーンの考えている事が分からないんだが?」
『……さて、何故だろうな』
そう言うハマーンの表情にはどこか安堵した様子が見える。
自分が俺の心を読むのは良くて、俺がハマーンの心を読むのは駄目なのか?
いやまぁ、決してその辺りについて男女が平等ではないというのは理解しているが。
「まぁ、いいけどな」
俺も別にどうしても心を隠しておきたいという訳ではない。
それに心を読めるとは言うが、それはあくまでも俺が強く思ったところだけのようだし。
つまり、俺がそのように思わなければハマーンが俺の心を読む事は出来ない。
例えば俺の秘密……転生の件から、恋人達との毎晩の出来事だとか、そういうのも伝わらない事を意味する。
もっとも、俺の秘密の1つである原作知識については……まぁ、うん。ペルソナ世界での一件で既に消滅してしまったので、見られる心配とかそういうのはしなくてもいいんだろうが。
『アクセル?』
「いや、何でもない」
どうやら今の様子からすると、俺の考えを読んだりは出来なかったみたいだな。
「とにかく、今はまだこの世界から出られない以上、海の光景を楽しむくらいしかやる事はないんだから、それを楽しもう。ハマーンにとっては、初めての海だろう? ……まぁ、あくまでも精神世界で、本物の海って訳じゃないが」
『……そうだな。そうしよう』
ハマーンは少し迷った様子だったものの、実際に今のこの状況ではただ待つ事しか出来ないと理解している為だろう。
特にそれ以上何かを言うような事もなく、目の前の景色を楽しむ。
俺もまたハマーンと共に、海の光景を楽しむ。
……そんな俺の視線の先では、巨大なクジラが優雅に泳いでいる。
この精神世界って、恐らくは俺の知識とかを使って作られているんだろうな。
ハマーンの様子を見る限りだと、海とかには直接行った事がない様子だったし。
なら、ここまでリアルな海の景色を作るのは難しいだろう。
もっとも、直接海に行った経験がなくても、本や映像とかそういうので海の景色を見たりといったことは可能だろうが……
チラリと下、海底を見ると、そこでは多くの海藻が揺れているのが見えた。
ああいうのも細かいところもきちんと出来ているとなると、やはりこれは俺の記憶から生み出された海の可能性が高いと思う。
『おお、アクセル、あれを……サメだ……』
ハマーンの言葉に視線を向けると、そこにはサメと最初に言われて思い浮かぶような、典型的なサメ……ホオジロザメの姿があった。
ただ、俺のイメージだろうホオジロザメってのは凶暴で手当たり次第に獲物となる他の魚を喰い殺すって感じなんだが、視線の先にいるホオジロザメは特にそういう事をするつもりはなく、普通に他の魚の群れと一緒に海の中を泳いでいた。
この辺り、本物じゃなくて想像の世界らしいよな。
そう言いながらも、俺は実際にホオジロザメについてそこまで詳しい訳でもない。
もしかしたら、ホオジロザメも場合によっては側にいる魚を喰い殺したりせず、普通に泳いだりとかしてもおかしくはないのかもしれないが。
「そうだな。こうして見るとザ・サメって感じで格好いいよな」
『……何だそれは。いや、アクセルの言いたい事も分からないではないが』
困った様子で……それでいながら、どこか面白そうな様子で言うハマーン。
そんなハマーンの笑みを見て、俺も思わず笑みを浮かべ……
「え? あれ?」
目の前に広がっていた海中の光景が急速に霧に包まれたかのように消えてく。
同時に、俺の隣で海の景色に夢中になっていたハマーンの気配も次第に薄くなっていき……そして俺はこの状況が、俺とハマーンが接触した事によって起きた現象が終わるのだろうと、そう理解するのだった。