「あ……」
耳に入ったその声に、反射的に視線を向ける。
そんな視線の先にいたのは、俺の手を握ったハマーン。
ハマーンもまた、何が起きたのかが理解出来ないといった様子で俺を見ている。
「見たな?」
戸惑いの声、一体何が起きたのか理解出来ないといった様子のハマーンに対し、そう言う。
すると俺の手を握ったまま、ハマーンは訝しげに口を開く。
「アクセル……? では、先程の光景は……」
「海だろう?」
その問いに、ハマーンは頷く。
「そうだ。私とアクセルは海中にいて、最後にサメを見たら……」
「現実世界に戻ってきた、と。まぁ、正直なところ、何で海だったのかは分からないけどな」
今まで何人かのニュータイプと接触した経験があるが、その多くは宇宙空間のような場所だった。
ハマーンの前に触れたイリアの時も同じような感じだったし。
また……精神世界なのだろう場所にいた時間という意味でも、ハマーンは別だった。
明らかに他のニュータイプと比べて長かったのだ。
勿論、この辺の感覚は人によって違いがある。
例えばイリアとの接触の時、俺は数秒程度の短い時間に感じたが、イリアはもう少し長い時間に感じていた。
……だが、それらと比べても今回の一件は明らかに時間が長かった。
正解に計った訳ではないので何とも言えないが、それでも感覚的には30分……あるいは1時間くらいは海中の景色を見ていたのではないかと思えるような、それだけの時間だった。
「ちなみにハマーンはあの海の空間にどのくらいいたと感じている? 俺は30分から1時間だが」
「何? 私は……数時間はあったように思えるが」
ハマーンのその言葉は、少し驚きだった。
もっともイリアの件もあるし、そう考えれば必ずしもおかしいのだと断言は出来ないのだが。
「その辺は個人差による影響だろうな」
「……それで、アクセル。ハマーンのニュータイプ能力の強化は成功したと認識してもいいのかしら?」
俺とハマーンの会話を聞いていたモニクが、そう尋ねてくる。
モニクにしてみれば、目の前で自分には理解出来ない会話がされているのが面白くなかったのだろう。
この辺はニュータイプでなければ分からないだろうし、仕方がない事でもあるのだろうが。
もっとも、それを言うのなら俺は念動力者ではあっても、ニュータイプ能力の持ち主ではないのだが。
あるいは、単純に自分の恋人が他の女と意味ありげな会話をしてるのが気に食わないとか。
……何となくだが、これのような気がしてきたな。
「それでいいと思う。ハマーン、どうだ?」
「自分では全てを把握する事は出来ない。だが、アクセルの言う事は間違っていないと思う」
「ふーん。……まぁ、それが上手くいったのはいいけど、いつまで手を握っているのかしら?」
「え? ……っ!?」
モニクの言葉で、改めてハマーンは俺の手を握っているということを思い出したのか、慌てて手を離す。
「す、すまない」
「いや、別にそこまで気にする必要はないと思うが」
そう言うも、それはそれで仕方がないかとも思う。
ハマーンはまだ16歳の少女だ。
つまり、思春期真っ盛りと言ってもいい。
異性に強い興味を持つ年齢だけに、男の俺の手をずっと握っていたというのは、思うところがあるのだろう。
薄らとだが頬を赤く染めているのを見れば、その辺りについても分かりやすい。
……本人がそれに気が付いているのかどうかは、また別の話だったが。
「取りあえず、ここでやるべき事はやったのよね? なら、一旦お開きにした方がいいんじゃない?」
何故か急にそんな事を言うモニク。
だが、それに反対する者はおらず、そのまま解散となるのだった。
「モニク、何で急にあんな事を?」
ハマーンとの一件が終わった後、MSの見学も一通り終わったという事で俺は部屋に戻ってきていた。
当然ながら、モニクもこの部屋にいる。
ちなみに艦長は……そう言えばどうしたんだったか。
いつまでもアクシズにいるのもなんなので、自分の艦に戻ったんだったか?
ともあれ、今はここにはいない。
「あのねぇ……いえ、アクセルの事だから無意識だったんでしょうけど。けど、アクセルは自分の言動を少しは自覚した方がいいわよ?」
呆れた様子でそう言ってくるモニクだったが。一体何かこういう風に言われるような事があったか? と疑問に思う。
だが、そんな俺の様子に、モニクは息を吐く。
「全く。……でも、そうね。アクセルの性格を考えると、その辺については知らない方が、自覚がない方がいいでしょうね」
「モニク?」
「いいから、今は気にしないでおきなさい。どうせすぐに忘れる……とまではいかないけど、普通に暮らしていればその辺についてはすぐに気にならなくなるから」
「……そう言われても、俺はどう反応すればいいんだ?」
モニクの言葉には何か意味ありげな色があったのは間違いない。
ただ、モニクの様子を見る限りでは、俺はそれを気にしない方がいいらしい。
何の事を言ってるんだ? と疑問に思わないでもなかったが、モニクの様子を見る限りだと、俺がここで何かを言ってもそれをスルーしそうなんだよな。
であれば、無理にそれを聞こうとしない方がいい。
モニクも必要がないから、恐らくは俺には言わないんだろうし。
「それよりも、アクシズに来て色々とあったけど、当初の目標は達成したでしょ? なら、いつまでもアクシズにいるより、一度月に戻った方がよくない?」
「何だ、急に? いやまぁ、モニクの言いたい事は分かるけど」
実際、エンツォの反乱やグレミー・トトの一派の脱走といった予想外の光景があって驚きはしたものの、アクシズに来てやるべき事は既にやった。
アクシズでMAを開発していたメカニック達にもゼロ・ジ・アールやノイエ・ジールの件で感謝の言葉を伝え、謝礼として色々とアクシズでは入手しにくい嗜好品……いわゆる、酒やお菓子といった諸々を渡したし、持ってきた補給物資の中には技術者達に渡す為の、そしてアクシズではなかなか用意出来ない資源の類も渡されている筈だ。
勿論、俺が乗った時のノイエ・ジールの操縦データなんかもその中に入っていて、それによって度肝を抜かれたとか何とか、モニクから聞いた覚えがある。
……とはいえ、俺の操縦データを新型MSやMAの開発に活かせるかと言われれば、正直微妙なところではあるんだが。
最大限のデータ取りという意味では、ガンダム開発計画で俺がパワード・ジムに乗って新型パーツとかのデータ取りを行ったように有用ではあるのだろうが。
ゼフィランサスやサイサリスでも、俺のデータは使われはしたものの、あくまでも参考程度でしかなかった筈だ。
そんな訳で、アクシズでも恐らく同じような感じになるだろうというのは、俺にも容易に想像出来た。
「なら、そろそろ月に戻りましょう。はしかって奴は時間がすぎれば治るでしょうし」
「……はしか?」
モニクの言葉に首を傾げる。
はしかというのは、当然ながら俺も知っている。
いや、勿論医者という訳でもないので詳細な内容について知ってるかと言われれば否だが、それでも感染症の一種であるのは知っていた。
「もしかして、アクシズではしかが流行する前兆でもあるのか?」
「……そういうのじゃないから、安心しなさい。それより、明日には月に戻るから、そのつもりでいてね」
そう言われると、俺としてもそういものかとしか返事は出来ない。
普通ならアクシズから月に戻るのは数ヶ月単位での移動が必要なのだが、ファブニールがあれば、量産型のシステムXNを使って一瞬で月に帰れるしな。
それこそ意味がないからやらないが、日帰りでアクシズに来る事も可能だったりする。
一般人の認識と違い、俺にとってアクシズというのは決して遠い場所ではないのだ。
「分かった。モニクがそう言うのなら、俺はそれで構わないけど……俺の方は特にやるべき事はないけど、そっちも準備はいいんだよな?」
改めてそう聞いたのは、俺の場合は元々アクシズでやるべき事はそう多くなかったのに対し、モニクはルナ・ジオンの役人の中でもトップに近い位置にいる人物だ。
そんなモニクがこうしてアクシズに来たのだから、俺が思っている以上の仕事をしたとしても、おかしくはないだろうと、そう思えたからだ。
だが、そんな俺の心配をよそに、モニクは笑みを浮かべる。
「心配しなくても、私がやるべき仕事は既に全て終わらせているわ。……いえ、寧ろ自分で言うのもなんだけど、やるべき仕事以上の仕事をこなした。ガザBを見せてくれたお礼と言っては、どうかと思うけど」
そう言うモニクの言葉に、なるほどと頷く。
モニクにとって、ガザB……いや、そのベースとなったオッゴは、縁が深い。
何しろモニクの弟が学徒兵としてオッゴに乗って1年戦争に出撃したくらいなのだから。
結局その後のゴタゴタで俺に助けられ、最終的にはルナ・ジオンに亡命する感じになったんだが。
そういう意味では、モニクにとってオッゴというのは特別な機体でもある。
……もっとも、以前聞いた話によると月とサイド3の間にあるデブリ帯でモニクの弟が休みの日に仲間と共にグループでオッゴを使い、デブリを回収してルナ・ジオンに売ってるとか何とか、愚痴られた事があったが。
そう考えると、因縁深いとか何とか、そんな風に考えるのもどうかと思わないでもない……か?
ただ、それでもモニクにとってオッゴから発展したMSであるガザBは興味深かったのだろう。
にしても、地上用のJ型ザクのパーツとかを多用して作った……つまり、MSからモビルポッドになって、そこからまたガザ系というMSになって発展していったと考えると、ある意味凄いな。
ザクとはまた別系統……別系統……いや、でもオッゴがザクの部品を流用してるとなると、ガザ系も一応ザク系の一種にはなるのかもしれないが。
「ガザB……いや、実戦配備用はガザCだったが、個人的には興味はあるけど、使い物になると思うか?」
「どうかしらね? コンセプトを聞く限りだと、それなりに使えるとは思うけど。ただ……心配なのは基本的には射撃戦重視というところでしょうね。動力炉と直結しているから、威力はビームライフルどころかメガ粒子砲クラスになるのは間違いないでしょう。一般のMSが標準装備でそれらを持ってるという事は、戦う相手にしてみれば非常に脅威よ。何しろ量産型MSである以上、数で運用するのが前提なんだもの」
「メガ粒子砲が大量に一斉発射か。敵にしてみれば厄介だろうな」
「そうね。けど同時に、それは懐に踏み込まれた場合の脆さにも繋がってるわ。ましてや……アクシズのパイロットの技量は必ずしも高くはないし」
「それもまた難点だよな。……数少ない1年戦争経験者……それも学徒兵とかじゃなくて、ベテランとかそういう連中もエンツォに協力した者が多かったし」
そういう連中も許されはしたものの、だからといって完全に信頼されたのかと言われれば、それはないだろう。
つまり、これからの事を考えた場合、やっぱり本当の意味での主戦力はまだ操縦技術が未熟な者達になるという事だろう。
アクシズの未来は、明るいようで決して明るくはないな。
そんな風に思いつつ、俺はモニクとの話を続けるのだった。
「残念だが、仕方がない。アクセルには出来ればもう少しアクシズにいて欲しかったのだがな」
「悪いな。ただ、俺も他にも色々とやるべき事があるし」
月への帰還時、俺を見送りに来たハマーンが残念そうに言う。
「アクセルがそう言うのなら、それは事実なのだろう。……残念だが、私からはまた来て欲しいとしか言えないが」
そう言い、握手を求めるように手を前に出すハマーン。
ハマーンにしてみれば、既に俺との接触は終わっている。
その為、もう俺と触れても何の問題もないと……そう判断したのだろう。
実際、その判断はそう間違っている訳ではない。
一度俺に接触した以上、再度の精神世界にはならないのだから。
それを示すように、俺はハマーンの手を握る。
……うん。やっぱり特に何かが起こるような事はなかったな。
「じゃあ、またな。……次にいつ来るのか、あるいは俺がアクシズに来るんじゃなくて、ハマーンが月に、あるいはホワイトスターに来るのかは分からないが」
普通に考えれば、アクシズを率いるハマーンが月やホワイトスターに来るという事はまずない。
何しろ、アクシズから月までは片道数ヶ月の旅路なのだから。
まだマハラジャが生きていた時なら、そういう事も可能だったかもしれないが。
だが……ファブニールが存在するので、それこそ1日2日の時間がどうにかなるのなら、その辺は問題がなかったりする。
そうなったら……その時に俺が特に何もやる事がないのなら、ハマーンの案内をしてもいいかもしれないな。
そんな風に思いつつ、俺はハマーンやナタリア、イリアと再会を約束して月に戻るのだった。