ラーメンを食べ終え、龍子の事務所に到着する。
あのラーメン屋は素直に美味かったので、また今度行こうと思いながら。
乾麺だという話だったが、生麺に負けない味だった。
……だからこそ、あれだけ流行っていたのだろうが。
「さて、到着ね。マウントレディ……いえ、優はどうするの?」
「うーん、どのみちアクセルとはこれからも関わるんでしょうから、もう少し一緒にいさせてもらいますね」
これからも俺と関わるのなら、今日こうして無理に一緒にいる必要はないと思うんだが。
とはいえ、優には優の考えがあるんだろうから、ここで俺が何かを言ったりすれば、地雷を踏むようなことになってもおかしくはなかった。
それは遠慮したいので、取りあえずその件については黙っておく。
……それに、優とこれからも関わりがあるのなら、優がどういう性格なのかをしっかりと理解しておく必要もあるだろうし。
いやまぁ、今の時点でもう優の性格は大体理解していたりするのだが。
ただ、人というのは表面的な性格だけで全てが分かる訳ではない。
中には表に出てこない部分というのも当然のようにある。
であれば、その辺りについても知っておきたいと思うのはおかしな話ではないだろう。
「そう。じゃあ……アクセルの事を改めて皆に紹介してから、歓迎会といきましょうか」
「え、あの……さっきラーメン食べたばかりなんですけど」
「あら、それを見越した上で小盛りだったんでしょう?」
「それはそうですけど、出来ればもう少し後で歓迎会をお願いします」
「そう? 優がそう言うのなら、それでもいいけど。時間的にまだ余裕はあるし」
車から降りる前に時計を見た時、午後6時前といった時間だった。
既に周囲は真っ暗だが……秋ともなれば、それはおかしくはない。
今が10月なので、もう1ヶ月早ければ9月で晩夏といったくらいの時季ではあったのだろうが。
「ほら、アクセル。行くわよ」
「ん? ああ、悪い」
龍子に促され、俺はその後を追うのだった。
「アクセル・アルマーだ。ちょっとした……いや、かなり重度の個性事故で龍子と優……いや、リューキュウとマウントレディが模擬戦をやってる場所に出たという事になってるから、よろしく頼む」
「ちょっと、アクセル?」
龍子が責めるような視線を俺に向けてくる。
そんな龍子を無視するように、ねじれが俺の側までやってきて口を開く。
「不思議だね。そういう事になってって事は、やっぱり個性事故じゃないんだね。リューキュウと一緒に出掛けていたから、何となく予想は出来たけど」
そうねじれが言ってくる。
俺がそういう事になってると意味ありげに言ったのも、それが原因だ。
あるいは俺達が向かったのが公安の支部だった事も、理解しているのかもしれないな。
……とはいえ、ねじれの性格を考えると、うっかりと俺の件について話してしまいそうな……いや、龍子がサイドキックとして鍛えてきた事を考えると、そういう風に見えはするが、実際にはそれを口に出したりはしないと思ってもいいのかもしれないな。
うん、それが正しいのかどうかは俺にも分からないが。
「自分で言うのも何だけど、色々と訳ありだからその辺については突っ込まないでくれると助かる」
「分かった、リューキュウの様子を見ると、そうした方がいいかもしれないから、そういう事にしておくね」
「ねじれ、貴方ね。……まぁ、いいわ。とにかくそういう訳だから、アクセルは色々と訳ありだけど、その辺については聞かないでちょうだい。それと、暫く事務所で寝泊まりをするから」
その言葉……最後の事務所で寝泊まりをするという龍子の言葉に、他のサイドキックや事務員達が驚きを露わにする。
どうやら俺の件についてはともかく、ここで寝泊まりをするというのは他の面々にとっても予想外だったらしい。
別にそこまで気にするような事はないと思うんだけどな。
「それと、アクセルの関係でマウントレディもこれからそれなりに事務所に来るようになると思うわ」
こちらについては、そこまで驚いた様子はない。
まぁ、模擬戦をやるくらいだし、事務所同士もそれなりに親しいのだろう。
「え? 何で何で? マウントレディもアクセルの事に興味あるの? 気になる、気になる」
龍子の言葉に、ねじれは即座にそう言う。
うーん、相変わらず好奇心旺盛だな。
とはいえ、こうして明け透けに聞くので、それによって他の者達も何となく気分が楽になったといったような感じだ。
「……まぁ、大人には色々とあるのよ」
優が何とか誤魔化す。
もっとも、それで本当に誤魔化せるのかどうかはまた別の話ではあったが。
だが、そんな優に向かって再びねじれが口を開こうとしたところで、リューキュウが待ったを掛ける。
「ほら、ねじれ。その辺にしておきなさい。まずは話を進めないといけないでしょ」
「えー……」
龍子の言葉に少しだけ不満そうな様子を見せるねじれだったが、それでも結局はそれを受け入れる。
これを見ても、龍子がねじれの手綱をしっかりと握っているのが分かるな。
「とにかく、さっきも言ったけどアクセルはこれから暫くこの事務所で預かる事になったから。ただ、言うまでもなくアクセルはあくまでもこの事務所で寝泊まりするだけで、私の事務所に所属する訳じゃないわ。機密とかはくれぐれも見せないようにね」
龍子の……いや、ヒーロー事務所を率いるヒーロー、リューキュウとしての言葉に、ねじれや他のサイドキック、そして事務員とかがそれぞれ頷く。
締めるところは締める、か。
リューキュウは若手の中でも実力者らしいが、こういうところも多分評価されてのものなんだろうな。
そんな風に思っていると、リューキュウが俺に視線を向けてくる。
「アクセルも、いいわね? 事務所の機密とか、そういうのは決して見ないようにしてね。アクセルも分かっているとは思うけど、もしアクセルが何か怪しい行動をしているのを見たら、私も相応の対応をする必要があるんだから」
「りょーかい、分かったよ」
龍子はヒーロー公安委員会から直々に俺を見張るようにと言われたのだ。
そうである以上、龍子としても俺の見張りはしっかりとする必要があるのだろう。
「分かってくれればいいわ。……じゃあ、今日はこれからアクセルの歓迎会でもと思っていたんだけど、帰ってくる途中でねじれから教えて貰ったラーメン屋に寄ってきたから、まだちょっとお腹は空いてないのよ。だからこそ、少し休憩ね」
そう龍子が言うと、事務所の面々……特に事務員達は自分の仕事に戻る。
「俺はこの事務所の人間じゃない以上、ここにあるパソコンとかそういうのには出来れば近付かない方がいいんだよな?」
「そうね。正直なところ、アクセルが何かをするとは思っていないけど、疑われないのならそれが最善でしょう?」
「だろうな。それは俺も納得した。ただ、俺も色々とネットで調べたりとかしたい。だから離れた場所に机を用意して、ネットに繋がっているパソコンが欲しい。もしくはスマホとか」
いや、スマホってこの世界で通じるのか?
というか、あるのか?
そう思ったが……
「そうね。アクセルを預かる上でそういうの必須でしょうし。けど、スマホは……今はまだちょっと難しいんじゃない?」
どうやらスマホはこの世界でも普通に存在しているらしい。
そう思うと同時に、今の俺は戸籍がない以上はスマホの契約も無理なのだろうと思う。
……いや、戸籍があっても、今の俺の外見年齢を考えると契約には保護者が必要だったりするんじゃないか?
その場合は、龍子か優が俺の保護者という扱いになるんだろうけど。
「分かった。なら、スマホについては後でいい。けど、パソコンはなるべく早く頼む」
「明日にでも用意しておくわ。ちょっと前に何台か新しいのに交換したから、古いのがまだ倉庫にあった筈だし。もっとも、一度完全に消去してからになると思うけど」
「分かった、それでいい」
古い型のパソコンか。
とはいえ、俺がやるのは高スペックを必要とするようなネットゲームとかじゃない。
龍子に言ったように、調べ物が主だ。
本とか研究資料とかはそういうのを購入するのは難しくても、ネットとかで個性についての研究とかを発表してるような奴とかはいるだろうし。
……もっとも、ネットの中には当然ながら嘘の情報も多数ある。
それをきちんと見極める必要がある訳で……それはちょっと時間が掛かりそうだな。
何しろ、個性の研究の嘘を見抜く見抜かない以前に、俺の場合は基礎的な知識とかないし。
ただ、ネットの方は上手く使えば大きな力になるのは間違いない。
「ねぇねぇ、アクセルの個性って何なの?」
俺と龍子の話が一段落したと思ったところで、ねじれが不意にそう聞いてくる。
……しまったな。その辺についてはどうするか話を決めてなかった。
何しろ色々と話す必要のある事が多かったしな。
それを思えば、俺の個性をどういう風にするのかという設定については話していなかったな。
まさか、ここで馬鹿正直に異世界から来たとか、そんな風には言えないし。
そう思い、龍子の方を見て……先程ちょっと思った事を口にする。
「俺の個性は混沌精霊だ」
「え? 何それ、何それ? どういう個性なの?」
「混沌精霊っぽい事が出来る」
「……というか、混沌精霊って何なのよ」
俺とねじれの会話を聞いていた優が、呆れと共にそう言ってくる。
そういう風に言いたくなる気持ちは分からないでもない。
実際、俺について何も知らないのなら混沌精霊と言っても、それは一体何だ? と思うのは当然なのだから。
「混沌精霊ってのは……まぁ、ドラゴンと同じような空想上の存在だと思ってくれ」
その言葉に、ねじれの視線が龍子に向けられる。
龍子の個性がドラゴンに変身するというものだからだろう。
「どういうのが出来るの?」
「そうだな。取りあえずこんな感じだ」
パチンと指を鳴らすと、俺の右手が白炎となり、その白炎から子犬、子猫、小鳥といった炎獣が生み出される。
今日既に何度か見せている炎獣だが、こうして愛らしい様子の炎獣なら、見ている方も警戒しないだろう。
「うわ、可愛い。凄い、何で何で? 何でこういう可愛いのがいるの? ねえ、何で? 不思議」
炎獣を見たねじれが、興奮した様子で聞いてくる。
ちなみに離れた場所にいた他のサイドキックや事務員も、愛らしい炎獣の姿に目を奪われていた。
「これは炎獣。俺の能……個性で生みだした存在だ。見ての通り危険はないから、可愛がってやってくれ」
そう俺が言うと、ねじれは真っ直ぐ炎獣に向かう。
それを見た他の面々も炎獣に向かうが……龍子と優だけが俺の側にやってくる。
「ちょっと、いいの?」
優が具体的に何について聞いてるのかは示していなかったが、当然ながら俺にはその言葉が理解出来た。
「問題ないだろ。俺の個性って事にしておけば。それに、まさか無個性だって言う訳にもいかないしな」
無個性……それは俺が知っているような意味ではなく、この世界においては個性のない者の事を示す。
つまり、個性という名の特殊能力のない者の事をだ。
もっとも、聞いた話だと無個性はかなり珍しいらしい。
10人中2人が無個性だとか。
……それって珍しい事は珍しいが、それでも本当にそこまで珍しいか? と思うんだが。
あるいはこのどちらか……恐らくは10人中2人の方が間違っているのか。
聞いた話だと100人に2人、1000人に2人の方がそれっぽいし。
ともあれ、無個性という存在はいるが、かなり希少な存在なのは間違いないらしい。
俺の力は個性ではないので、当然のように無個性なのだが……これからこの世界で活動していく上で、そういう扱いになるのは面倒だ。
「アクセルの気持ちも分かるけど、混沌精霊ってどんな個性よ?」
「分かりやすいだろう? 龍子のドラゴンだってファンタジー世界の存在になれるんだから、俺の混沌精霊というのもそんなに間違ってはいないだろうし」
「……そう言われるとそうかもしれないけど」
実際、今の俺の説明はそんなに間違っているものだとは思わないんだよな。
何をするにしろ、この世界で個性がないというのは不味いだろうし。
「だろう? そんな訳で、これから俺の個性は混沌精霊って事でよろしく。個性の内容は、混沌精霊っぽい事が出来るって感じで」
「……まぁ、アクセルがそれでいいならいいけど。先輩はどう思ってるんです?」
優の視線に、龍子は少し考えてから口を開く。
「別に悪くはないと思うわよ? 実際、無個性の人は色々と差別されたりするでしょうし。……あまり良い事だとは思ってないんだけどね。とにかく、アクセルの個性の件については、公安の方に連絡を入れておくわね。きっと、戸籍とかを作る時にその辺もきちんとしてくれるでしょうし」
そう言う龍子の言葉に、俺は頼むと言うのだった。